旅のすすめ
旅行の行き先を決めるというのは、案外むずかしいことではない。行きたい場所があるならそこへ行けばいいし、食べたいものがあるならそれを食べに行けばいい。人はしばしばもっと立派な理由を求めたがるが、動機というものは案外その程度の単純さで成り立っている。
私の場合、その動機は一杯のソースカツ丼であった。なぜそれが食べたくなったのかと問われても、明確な理由は思いつかない。ただ、ソースに浸かったカツが丼の上に乗っている光景が、どうしようもなく頭に浮かび、離れなくなったのである。
カツ丼は好きだ。牛丼かカツ丼かと問われれば、迷わず後者を選ぶ程度には。しかし特別な思い入れがあるわけでもない。むしろ私の舌は、どちらかと言えば味噌カツの方に親しんでいるくらいである。そんな取り留めのないことを考えているうちに、ふと疑問が湧いた。
ソースカツ丼というものは、いったいどこで生まれた料理なのだろうか。何気なく検索してみると、諸説はあるものの、福井県の「ヨーロッパ軒 総本店」が発祥だという説が目に入った。すると不思議なもので、その瞬間、私の中では福井へ行くことがほとんど自動的に決まってしまったのである。行き先さえ決まれば話は早い。財布とスマホ、タオル、それから少しばかりの期待をバッグに詰めて、翌朝、少し膨らんだバッグを背負い家を出る。出発地は家からほど近い名古屋駅である。
名古屋駅 の構内は、早朝にもかかわらず人で溢れていた。あの一団はツアー客だろうか。大阪弁のおばちゃんたちが乗務員らしき女性と楽しそうに話している。一方、改札付近では仕事のできそうなサラリーマンたちが、汗をうっすらとかきながら忙しなく出入りしていた。いくつもの世界が混じり合うその空間に、私もまた自然と紛れ込んでいった。ところで名古屋駅に来たなら、私にはどうしても果たさねばならないことがある。きしめんを食べることだ。これを済ませなければ、私の旅は始まらない。良い旅の始まりには、良い朝食が必要なのである。入り口手前に置かれた食券機、私はここで毎回冷たいきしめんを選ぶのだ。店内に入り、店員のお姉さんに食券を渡すと、三十秒ほどで丼が差し出される。魚介の出汁に醤油を合わせた、名古屋らしい濃い味付けだ。私はそれをするりと平らげ、最後に水を一杯飲んだ。この一杯の水こそが、きしめんの余韻を見事に整えてくれる。こうしてようやく、私の旅は動き出した。名古屋駅から福井駅までは直通では行けないため、滋賀県の 米原駅 を経由する必要がある。長い旅路である。私は景色を楽しむつもりだったのだが、電車の揺れが心地よく、いつの間にか私の脳に届くのは音だけになっていた。
「まいばら」というアナウンスで目が覚める。どうやら私の心は、すでにソースカツ丼の方へ向かっているらしい。逸る食欲を抑えながら福井行きの電車に乗った。
車窓には 琵琶湖 が広がっていた。日本で一番大きな湖である。電車はその脇を、急ぐでもなく、だらだらと進んでいく。こののんびりとした時間を楽しめるのも、電車旅の醍醐味なのだろう。そんな時間に身を任せながら、私は福井県へと入っていった。
やがて 福井駅 に到着する。駅を出てまず感じたのは、海の匂いをわずかに含んだ涼しい風だった。名古屋とはどこか違う空気で、それがこの土地に来たという実感を静かに与えてくれる。駅前の景色、匂い、人々は、私を魅了するには十分だった。その中に身を置いているだけで、理由もなく遠回りしたくなるような、そんな街である。
ヨーロッパ軒へ向かって歩いている途中、小さな蕎麦屋があった。年季の入った木の看板に、手書きの文字で「そば」とだけ書かれている。暖簾を出して店先を掃いているのは、穏やかそうな店主と、奥様らしき人だった。
「観光かい」
店主がそう声をかけてきた。
私は「そうなんです」と答えると。
「今日は暑いからな、冷たいそばがうまいぞ」
それに続くように奥さんが笑いながら言う。
「ソースカツ丼もあるよ」
家を出てから初めて交わした会話だった。人の温もりというものは、思いのほか心に染みるものらしい。余所者の心の雪を溶かすようなやり取りで、私は一瞬、ヨーロッパ軒へ向かう目的を忘れそうになった。だが、私はここで嘘をついてしまった。
「もう、食べてきてしまって」
ほんの一言、口からこぼれただけの、取るに足らない嘘だった。しかし言い終えた瞬間、胸の奥がきしりと痛んだ。あの言葉は二人にどう映ったのだろうか。今となっては知る由もない。誰かを気遣ったつもりの言葉が、なぜか自分の胸元にだけ残っていた。
私は「ありがとうございます」と軽く頭を下げ、再び歩き出した。
しばらくすると、目的地が見えてくる。そして同時に、長い行列も視界に入った。私は一瞬足を止め、それから並ぶ覚悟を決めて最後尾へ向かった。列に身を置きながら、先ほどの蕎麦屋の暖簾はいまも揺れているだろうか、そんなことがふと頭をよぎる。期待で胸が膨らむはずの時間に、私の意識は何度もあの店先へ引き戻されていた。
やがて順番が来て、私は ヨーロッパ軒 総本店 の扉の前に立った。引き込まれるというより、気づけば手が伸びていた。扉を開けた瞬間、店内は濃いソースの匂いに満ちていた。甘ったるい香りが空気ごと肺に流れ込んでくる。先ほどまで胸の奥に残っていた蕎麦屋の記憶は、その一息で押し流されてしまった。空腹というものは、理屈よりも正直である。注文してしばらくすると、ソースに浸かった大きなカツが三枚乗った丼が運ばれてきた。近づいて匂いを嗅ぐと、それが実に暴力的な香りであることが分かる。これはまさに、私が夢に描いていた通りの丼だった。箸を割り、カツを一口、二口――気づけば、カツが一枚消えている。慌てて米もかき込むが、やはりあっという間だった。そして食べ終えたころ、丼の底に書かれた店名が、ゆっくりと姿を現した。その文字を眺めながら、私はふと思った。人は遠くへ旅をするが、結局そこで得るものは、大きな出来事ではなく、こうした小さな記憶なのかもしれない。ソースの匂い、見知らぬ店主の笑顔、そしてほんの些細な嘘。それらが混ざり合って、ようやく一つの思い出となるのだろう。そんなことを思いつつ私は今帰りの電車に揺られている。




