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追伸は必ず。  作者: 科上悠羽


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フェーズ1:第6話 回収日、板は休暇届

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”

バレンタインの翌週、応援コーナーは「静かに忙しい」。


下駄箱エリアでもロッカー前でも、掲示板の前だけ足が止まる。止まって、見て、息をひとつ置いて、また歩き出す。貼られた紙は増えたり減ったりしながら、いちばん目立つところにあるくせに、いちばん小さな声でしゃべっている。


生徒会の私たちは、その小さな声の「あと」を片づける係だ。


「回収、今日だよね」


腕章を整えながら言うと、隣の子が紙箱を抱え直した。箱の側面には太字で書いてある。


『回収箱(いったん預かる)

※返さない

※でも、消さない』


消さない。返さない。矛盾してるけど、これが応援コーナーのいちばん大事な優しさだ。誰かの気持ちは回収する。でも、なかったことにはしない。だから“預かる”。預けた人の肩から、いったん降ろす。


「今日、板の機嫌どう?」


生徒会の中でなぜか定着した言い方を、私は照れもなく使う。


「刺さりは良い。つまり機嫌いい」


「よし。機嫌いい日に回収できるの、勝ち」


勝ち負けを言い出すのも、また、なんかこう…バレンタインっぽい。空気が勝手に競技化する。だから応援コーナーが必要になる。


掲示板には、まだ紙が残っていた。


HELPが数枚、THANKSが数枚。それに、返事用の白い紙が、いくつかぶら下がっている。内容は昨日までの熱の名残で、でも、もう今日の校舎の温度とは少しズレている。


ズレたまま残すと、ズレたまま刺さる。だから回収する。


「最初は、THANKSからね」


私は決めごとを口にして、ピンを抜いた。


最初に外したTHANKSは、字が丸かった。


『THANKS

知らない人へ。

昨日、泣かないで済みました。

(高2)

追伸:泣かなかったけど、帰ってからめっちゃ寝た。』


読み終わって、思わず笑った。笑っていい。こういう笑いは、応援コーナーの許可が出てる。


「めっちゃ寝た、強い」


「勝ってる」


「何に」


「自分に」


隣の子も笑う。笑った勢いでピンを落としそうになって、慌てて握り直す。板の機嫌がいいからって、人間の機嫌まで良くなるとは限らない。


次のTHANKSは、紙の端が少しヨレていた。握りしめた跡。貼るまでに何回も握り直した跡。


『THANKS

返事くれた人へ。

「ありがとう」と「受け取れない」を両方言えた。

誰も悪者にならなかった。

(高2 男)

追伸:板、今夜は休め。』


「休め、だって」


「板に労基が必要」


「生徒会だよ、労基ないよ」


「じゃあ、休暇届を貼る?」


私がふざけると、隣の子が真顔で頷いた。


「貼ろう。だって板、働きすぎ」


真顔で言うから余計におかしい。応援コーナーは、こういう真顔の冗談で救われる日がある。


THANKSを回収箱に入れると、紙が箱の中でふわっと鳴った。小さい音。だけど、「終わった」音だ。


次はHELP。


HELPは慎重に扱う。THANKSは余韻だけど、HELPはまだ糸がつながってる場合がある。回収する瞬間に、その糸をぶつっと切りたくない。だから、読む。


一枚、淡い色のHELP。


『HELP

渡せませんでした。

自分に渡して勝ち、って聞いたけど、まだ負けてる気がします。

(中2)

追伸:勝ち負けにするから苦しいのかも。』


……うまいこと言うなあ。と思ってしまった。自分で気づいてる。自分で突っ込めてる。それだけで、もう半分くらい勝ってる。


返事用の白い紙が二枚ぶら下がっていた。


『中2へ

「まだ負けてる気がする」って書けた時点で、負けてないよ。

負けてるのは“気がする”だけ。

気は変わる。

追伸:勝ち負けのリングから降りよう。』


『中2へ

自分に渡したら、それは「負け」じゃなくて「練習」。

練習は勝ち負けじゃない。

追伸:練習した人は、次の自分がちょっと楽。』


返事の追伸に追伸が重なる。追伸の過密。追伸は必ず。ルールって、こういうときに面白い。


私は紙を外しながら、頭の中で“回収しても大丈夫か”を確かめた。いま残ってるのは、刺さるけど、毒じゃない。むしろ、持ち運ばなくていい種類の刺さり方だ。


「これ、回収しても残るやつだよね」


私が言うと、隣の子が箱のふたを少し開けて見せた。中には、透明のファイルが何冊か入っている。


「バレンタイン束のファイルに綴じる。外には出さない。誰にも返さない。でも、捨てない」


“返さない”は、酷に聞こえるかもしれない。でも、返したら返したで、紙がもう一回刺さることがある。いちばん危ないのは、元の場所に戻すことだ。だから“預かる”。この学校の優しさは、ときどき不器用に見える。


回収が半分ほど終わった頃、ロッカー前に人だかりができた。


掲示板を見る人が、なぜか増えている。回収してるのに増える。人は「なくなる前」に見たくなるらしい。消えそうなものは、急に大事に見える。ひどい生き物だ。


その人だかりの端で、一人の女子が、じっとこちらを見ていた。


視線が合って、彼女は慌てて目を逸らした。目を逸らした先が掲示板で、掲示板を見ているふりをしてるのに、掲示板の紙はもう半分なくなっている。つまり、見てるのは紙じゃなくて、回収してる私たちだ。


私は、箱を抱えたまま、そっと近づいた。


「……あの。なにか、困ってる?」


この問いかけは、ちょっとだけ勇気がいる。声をかけると、相手の“困ってる”が本物になっちゃうから。でも、応援コーナーのそばでは、困ってるのが本物でもいい。


彼女は唇を噛んで、小声で言った。


「……あれ、全部……なくなるんですか」


なくなる、という言葉が苦しかったのだと思う。紙が消えるのが苦しいんじゃない。紙が消えることで、「助かったこと」まで消える気がするのが苦しい。


だから私は、用意してある言い方を使った。生徒会の台本だ。


「表に貼ってあるのは、回収する。掲示板は、次の人のために空けるから」


「……じゃあ」


「でも、捨てない。預かる。だから、消えない」


彼女の目が少しだけ大きくなった。


「……預かる」


「うん。預かる。返さないけど、消さない」


返さない、のところで彼女が一瞬だけ困った顔をしたので、私は続けた。


「返したら、また刺さることもあるから。刺さったまま持ち歩くより、箱に入れて、いったん休ませる」


彼女は、ぼんやり頷いた。言葉の意味全部は飲み込めてなくても、温度だけは飲み込めた顔だった。


「……じゃあ、わたしのも」


そう言って、彼女はポケットから折りたたまれた紙を出した。


ピンクのHELP用紙。角が、何度も折られている。貼れなかった紙。貼らずに持ち歩いて、重くなって、でも捨てられなくて、ここまで来た紙。


彼女の指が、紙を渡す前に止まる。


「……これ、貼ってないのに」


「貼ってなくてもいい。預かりは、貼った紙だけじゃない」


私は箱のふたを開け、透明ファイルの一枚を抜いた。そこに、紙をそっと挟む。ピンじゃない。刺さない。挟む。


彼女は、それを見て、すごく小さく笑った。


「……挟むの、なんか、助かる」


「うん。今日は刺さない日。板の休暇届、出てるから」


言った瞬間、後ろの人だかりから小さい笑いが起きた。誰かが聞いてた。笑いが起きたってことは、ここは安全地帯だ。


彼女は、もう一回笑って、今度はちゃんと声が出た。


「板、休暇届……」


「板、働きすぎ」


「……わたしも、働きすぎかも」


その一言が、今日いちばんのTHANKSみたいだった。


私は箱を抱え直して、掲示板に最後の一枚を貼った。生徒会用の小さい紙だ。


『お知らせ

バレンタイン束、回収します。

助かった紙は、預かります。

追伸:板は本日、休暇。』


貼った瞬間、誰かが吹いた。吹いた笑いが短く伝染して、ロッカー前の空気が一秒だけ軽くなる。


応援コーナーの仕事は、だいたいこうやって終わる。


劇的に救わない。

全部は変えない。

でも、一回ぶん、呼吸を戻す。


回収箱がいっぱいになったら、腕が痛くなる。腕が痛いのは、ちゃんと運んだ証拠だ。


「戻ろうか」


私は言って、箱を抱えた。


掲示板は少し寂しくなったけど、寂しいのは悪いことじゃない。空くってことは、次が入るってことだ。空白ができたら、誰かが書ける。


そして、書けたら、追伸が付く。


だからこの学校は、なんとか回る。


追伸:板の休暇は一日でいい。人間の休暇も、それくらいでいい日が増えるといい。

頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

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