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追伸は必ず。  作者: 科上悠羽


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フェーズ2:第22話 中間当日、聞かないで待つ

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”


---


 中間当日の廊下だけ、終わったはずの紙がまだ少し追いかけてくる。


 一時間目が終わる。

 チャイムが鳴る。

 回収される。

 机の上は空く。

 それで本当なら、ひと区切りついていいはずだ。

 でも試験の日はそう簡単じゃない。紙が手元からなくなったあとも、答えだけは少しのあいだ空気の中に残っている。何番。記号。英単語。年号。公式。書いたかどうか。ずれたかどうか。誰かが口を開けば、そこからまた出てきてしまう。

 だから中間当日の廊下は、終わったあとほど少しだけ騒がしい。

 声の大きさじゃない。頭の中の騒がしさの方だ。


 応援ポストは、中間考査の日程表と試験範囲の一覧が貼られた掲示板の横に置かれていた。

 六月の紙。教科名。試験時間。持ち物。追試の注意。どれも事務的で、どれも整っている。

 なのに、その前を通る子たちの歩幅は整っていない。

 試験が終わったばかりの子は少し速い。これからの子は少し遅い。どっちでもないふりをしたい子だけが、真ん中くらいの歩幅で通りすぎる。

 中間当日は、廊下の速さも人によって違う。


「今日の廊下、口だけ前のめり」

 横から札の子が言った。

 もう腕章も何もない。ただの在校生の顔で立っているのに、こういう日の言い方だけは妙に現場に近い。


「分かる」

 私は頷く。

「出てきた瞬間に“どうだった?”が飛ぶ」

「しかも悪気ゼロで飛ぶ」

「そこがいちばん強い」

「うん。優しさの顔して来るから避けにくい」

 その言い方が妙に正確で、私は少しだけ笑った。

「去年のあなた?」

「去年の私」

「何したの」

「聞かないで待つつもりだったのに、三歩で“何番?”って言って死んだ」

「現場比喩?」

「現場比喩」

 でもたぶん、ほんとうにそういう日だ。

 聞きたくない。

 でも黙っていると、自分だけ気にしてるみたいになる。

 だからつい、いちばん先に口に出やすいものを言ってしまう。中間当日は、そういう負け方がよくある。


 私は箱の蓋を開けた。

 白い紙が一枚。折り目はきれいなのに、最初の二行だけ少し強かった。


【HELP】

中間当日の廊下で、答えの話を聞かないで待つのが苦手です。

終わった直後に「何番どうした?」とか「できた?」が飛ぶと、自分もつられて聞きたくなります。

でも、聞いたあとで余計にしんどくなることがあります。

聞きたくないのに黙るのも変な感じで、どう立っていればいいか分かりません。

今日、新入生に「試験のあと、聞かないで待つって何を先にすればいいですか」と聞かれて答えられませんでした。

中間当日は、どこから聞かないで待てば少し楽ですか。

(高2)

追伸:答えを聞きたいんじゃなくて、不安を早く終わらせたいだけな気もします。


「来たね」

 札の子が肩越しに読んで、少しだけ真顔になった。

「今日のやつ」

「今日のやつだね」

 聞きたくないのに聞いてしまう。

 それはたぶん好奇心だけじゃない。

 不安を早く終わらせたい。そこが大きいのだと思う。

 試験のあとって、終わった紙は戻ってこない。だから人は、誰かの口から“正解っぽいもの”をもらって安心したくなる。でも、その安心はだいたい短い。短いくせに、そのあとまた別の不安を連れてくる。中間当日の困りごとは、そこがいちばん厄介だった。


 最初の返事は、昼休みの終わりに来た。

 小さめの字。角ばっていて、必要なことしか置いていかない字だった。


【返事】

高2へ

聞かないで待つ時は、

「口」

「足」

「次」

で考えると少し楽です。

口=最初の一言を答え以外で用意しておく

足=廊下の真ん中で止まらない

次=次の教科や持ち物へ話をずらす

です。

答え合わせを我慢するというより、

最初の出口を先に作る方が通りやすいです。

(高3)

追伸:中間当日は、沈黙で耐えるより、別の一言で抜ける方が静かです。


「口、足、次」

 私は声に出して読んだ。

「いい」

 札の子もすぐ頷く。

「聞かないって、黙ることじゃないんだ」

「うん。出口がないと、たぶん口が勝手に答えを取りに行く」

 たしかにそうだ。

 聞かないで待つ、を我慢の話にすると苦しい。

 でも別の一言があるなら、会話はそっちへ流せる。中間当日は、たぶんその方がずっと現実的だった。


 二枚目の返事は、丸い字だった。行間が広くて、読んでいるこっちの肩が少し下がる。


【返事】

試験直後の廊下で苦しくなる時は、

“その場で立ち止まらない”だけでもだいぶ違います。

教室へ戻る、

水筒を取りに行く、

次の準備をする、

みたいに体を次へ送る。

人は止まると、口の方から不安を片づけたくなります。

(大1)

追伸:聞かないで待つ時は、答えより先に自分を移動させる方が早いです。


「止まらない、か」

 札の子がそこで言った。

「大学っぽい」

「もう儀式みたいになってるね」

「でも今日も当たってる」

 悔しいけれど、ほんとうにそうだった。

 試験のあとに答えの話が始まりやすいのって、廊下の真ん中で人が止まるからかもしれない。止まると、口だけが暇になる。暇になった口は、だいたい不安の方へ伸びる。


 三枚目は短かった。


【返事】

一個目の質問をしない。

二個目は出にくいです。

(中3)

追伸:中間後の答え合わせは、最初の一回でだいたい始まります。


「つよ」

 私と札の子が同時に言った。

 一個目の質問をしない。

 その一行が、今日の廊下にはすごくよく似合っていた。

 答え合わせって、たいてい一問目から始まる。何番。どれ。あれ書いた。その最初の一回が出なければ、だいたいそのまま別の話へ流れることも多い。


 四枚目は少し遅れて来た。

 字は小さいけれど、最後だけ少しやわらかい。


【返事】

新入生に聞かれたなら、

「できた/できてない」の二択に乗らなくていい、

も伝えていいと思います。

試験後の一言は

「終わった」

「つかれた」

「次やばい」

くらいで十分です。

結果の話じゃなくて、今の体感で返す。

(高3)

追伸:中間当日は、正誤より先に体を戻す方が助かります。


「体感で返す」

 札の子が小さく言った。

「それもいい」

「うん。できた、できてない、って二択だとすぐ重い」

「しかも自分でもまだ分かんないし」

「それ」

 試験直後って、実際にはまだ何も確定していない。

 なのに会話だけ先に結果の形を取りたがる。

 そこがしんどいのだと思う。

 終わった。つかれた。次やばい。そのくらいの体感なら、まだ今の自分で言える。


 掲示板の横には、今日も紙一枚ぶんの余白がある。

 試験範囲の紙はそこを空けて貼られていて、木の箱が少しだけ前に出ている。

 答えを聞かないで待つためには、たぶんあれと同じものがいる。

 一言ぶんの余白。三歩ぶんの移動。止まりきる前に抜けるための小さい手順。


 その時、短い負けが来た。


 一時間目の終了後、教室前の廊下に新しい制服の子が一人立っていた。

 高一っぽい。手には筆箱と問題用紙をしまったままのファイル。歩いて戻ってきたはずなのに、教室へ入る手前で止まっている。

 そこへ、同じクラスらしい子が笑いながら近づいた。

「何番どうした?」

 軽い。ほんとうに軽い。悪気のない声。

 でも聞かれた方の肩が、そこで少しだけ上がる。

 ああ、と思った。もう最初の一問目が始まりかけている。


「行く?」

 札の子が小声で聞く。

「うん」

 私は頷いた。


 近づきながら、危うくこう言いそうになった。

 まだ言わなくていいよ。

 でもそれだと、今度はこちらが大げさになる。今日ほしいのは止める力じゃなくて、抜ける出口だ。


「終わったばっかりな感じ?」

 私はそう聞いた。

 新しい制服の子は少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。

「あ、はい」

「なんか……聞かれたくないわけじゃないんですけど」

 そこで止まる。

 その止まり方だけで十分だった。

 言い方がないだけ。そういう顔だった。


「最初の一個、変えてみる?」

 私は言った。

 その子がきょとんとする。

「え」

「何番、じゃなくて、別の一言」

 すると札の子が横からすぐ言う。

「つかれた、とか」

 それがちょうどよかった。


 私は聞いてきた子の方を見る。

「次、数学だっけ」

 とっさにそう言った。

 完全な見切り発車だったけど、中間当日の廊下ではそのくらいのずれ方の方が助かる時がある。

 聞いてきた子は一瞬きょとんとしてから、「うん、数学」と答えた。

 そこで会話がほんの少しだけ傾く。

 答えの話から、次の教科の話へ。


 新しい制服の子も、その傾きに乗れたみたいに小さく言う。

「終わったけど、次やばい」

 短い。

 結果じゃない。体感の一言。

 でも、それで十分だった。

 聞いてきた子もすぐ笑う。

「それは分かる」

 そこで終わる。

 何番も、合ってたかも、書けなかったかも、そこへ行かずに済んだ。


 私はそこで少しだけ安心した。

 ところが、その直後に小さい失敗が起きた。

 別の子が横から「でも最後の記号どうした?」と入ってきたのだ。

 出た、と思った。答え合わせって、少しずらしても横からまた始まることがある。

 新しい制服の子の目が、そこで少し泳ぐ。

 今度こそ口が答えを取りに行きそうな顔だった。


 私は危うく「聞かない方がいいって」と言いそうになった。

 でも、それを言うと今度は空気が固くなる。


「水筒取りに行く?」

 札の子が先に言った。

 あまりにも自然で、私は一瞬だけ感動した。

 足。次。まさにそれだった。


 新しい制服の子は一拍だけ遅れて頷いた。

「あ、うん」

 そしてそのまま歩き出す。

 止まらない。

 答えの話から、自分の足を先に動かす。

 聞いていた子たちも「じゃ、あとで」と軽く手を振るだけで追いかけてこない。

 それで十分だった。


 廊下を少し歩いてから、新しい制服の子が小さく息を吐いた。

「聞かなかった」

 その声が少し可笑しくて、私は笑いそうになる。

「うん」

「危なかったです」

 札の子がすぐ返す。

「一問目、もう出かけてた」

「出かけてた」

 新しい制服の子もつられて笑う。

 笑えるなら、もう半分くらいは勝っている。


「でも、なんか感じ悪くならなかった」

 その子が少し不思議そうに言う。

「うん」

 私は答える。

「黙ったんじゃなくて、出口を変えたから」

 その言い方をした時、自分でもすごく今日の話っぽいと思った。

 聞かないで待つって、たぶん拒否じゃない。

 会話の出口を、正誤じゃない場所へ少しずらすことなのだ。


 ところが、ここでもう一つだけ短い負けが来た。

 水筒を取ったあと、同じ子がぽつりと自分から言ったのだ。

「でも、最後のとこ、ちょっと不安で」

 やっぱりそこは残る。聞かなかったからって、不安まで消えるわけじゃない。

 中間当日はそういう日だ。


 私は危うく「何番?」と聞き返しそうになった。

 だめだ、と思う。口って本当にすぐ不安の方へ行く。


「今は不安のままでいいかも」

 私は短く言った。

 新しい制服の子が目を上げる。

「え」

「次の教科まで持っとく方」

 札の子が横から足す。

「終わってから聞くか決めればいい」

 それで十分だった。

 不安を今すぐ終わらせなくてもいい、と誰かに言ってもらえるだけで、人は少し待てることがある。


 新しい制服の子は、今度はちゃんと頷いた。

「……はい」

 その返事のあと、もう答えの話は出なかった。

 完全に消えたわけじゃない。でも、少なくとも次のチャイムまで持てる顔にはなっていた。


 教室へ戻る廊下では、まだいくつか同じような会話が起きていた。

「できた?」

「まあまあ」

「何番?」

「もう次いこ」

 うまく流せる子も、流せない子もいる。

 でも、最初の一問目を出さない、止まらない、体感で返す、そのくらいの手順があるだけで、廊下の空気は少し違う。

 中間当日の二話目って、たぶんそういう最大圧の回なのだと思う。

 うまくやれない瞬間もある。口が勝手に答えを取りに行く瞬間もある。

 でも、そのたびに戻れる小さい手順が一個あれば、全部は崩れない。


 昼休みの終わり、箱の中にTHANKSが一枚入っていた。

 折り目は最初のHELPと同じ。真ん中の行だけ少し強い。


【THANKS】

中間当日に聞かないで待つのは、

我慢の話だと思っていました。

でも今日、新入生に

「口」

「足」

「次」

で考えると少し楽だと伝えました。

その子も、

最初は「何番?」の空気に引っぱられかけたけど、

「終わった」

「次やばい」

みたいな体感で返して、

途中で水筒を取りに行く方へ動けていました。

答えを聞かないって、黙ることじゃなくて、出口を変えることなんですね。

(高2)

追伸:中間当日に欲しかったのは、正解を我慢する強さじゃなくて、口と足を別の方へ送る小さい手順の方でした。


 読み終わって、私は中間考査の日程表の紙をもう一度見た。

 教科。時間。教室。

 紙の上では全部がきれいに並んでいる。

 でも試験が終わったあとの廊下では、正解も不安もそんなふうには並ばない。

 口が先に行く。足が止まる。誰かの一言で急に始まる。

 だからこそ、聞かないで待つのにも順番がいるのだと思う。


「じゃあ」

 札の子が、わざと少し改まった顔で言う。

「中間パック二話目の結論は」

「答えを我慢するより、出口をずらす」

 私が返す。

「語呂は弱い」

「でも意味は強い」

「うん、今日はそれ」

 そこで二人で少し笑った。

 笑って戻れるなら、二話目としてはたぶん十分だ。


 中間当日の廊下って、たぶん誰にとっても少しだけ危ない。

 試験は終わっているのに、答えだけがまだそこらへんに浮いている。

 でも、一問目を出さない。

 止まらない。

 次の教科へ足を送る。

 体感の一言で着地する。

 そのくらいの手順なら、人はちゃんと廊下を歩き抜けられる。

 試験のあとに要るのは、たぶん正解より先に出口なのだと思う。


 追伸:中間当日、聞かないで待つのは黙って耐えることじゃなかった。最初の一問目を出さずに、口と足を次の方へ少しずつ送ることでした。


---


頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

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