表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追伸は必ず。  作者: 科上悠羽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/17

フェーズ1:第4話 乙女、ログイン

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”

大学棟のロッカー前は、風がちょっとだけ理屈っぽい。


中学の下駄箱前みたいに、感情がむき出しでぶつからない。高校みたいに、空気が勝手に走り出してもいない。代わりに、紙とペンと時間割が、全部いったん「手順」になる。


だからこそ、応援コーナーが目立つ。


ロッカー列の端。生徒会の貼った「応援コーナー」の札。

HELP と THANKS の用紙は、大学棟だけほんの少し厚い。紙の角がきっちりしていて、触ると「ちゃんとしてる」と思える。


ちゃんとしてる紙は、ちゃんとしてない気持ちを受け止める。


その日、昼休みの終わりかけ。

白衣の袖をちょっとだけまくった女子が、掲示板の前で止まっていた。


名前は書かない。ここでは、みんなそうする。

代わりに「学年」か「所属」だけ置いていく。


彼女は用紙を見て、HELP を一枚抜いた。

ペンは黒。迷いがないように見えて、文字を書く直前に一回だけ息を詰めた。


『HELP

バレンタインの準備が、恥ずかしいです。

恥ずかしい、って書くのも恥ずかしいです。

理系の女が包装紙を選んでるの、乙女ぶってる感じがして、無理です。

でも、渡したい人がいます。

本命とかそういう言葉にすると、さらに無理です。

「ありがとう」と「これからも」の間の気持ちです。

どう準備すれば、恥ずかしさで死なずにすみますか。

(大2)

追伸:死ぬは言いすぎでした。』


追伸が付いているだけで、少し笑える。

少し笑えると、助かる。


紙はピンで留められた。

大学棟のピンは刺さりがいい。板が大人だ。


それでも、貼った本人の肩は、貼ったあとに少し上がっていた。

貼ったことで“やらかした感”が増すの、わかる。


彼女は足早に去っていった。

白衣の裾が、ロッカーの角をかすめる。


残ったのは、HELP と、追伸と、空気の微妙なざわめき。


「理系の女が包装紙を選んでるの、乙女ぶってる感じ」


それを読んだ誰かが、笑いをこらえそこねて、喉を鳴らした。

笑っていいのか、笑ったら失礼なのか、その境界に足を突っ込んだ音だった。


夕方、応援コーナーの前に、ひとりの男子が立った。


学食のトレーを持ったまま、読んでいる。

手がふさがってるのに読みに来るのは、相当だ。


彼は返事用の白紙を取り、細い字で書いた。


『大2へ

乙女ぶってる、って自分で言えるの、かなり理性強い。

でもね、包装紙を選ぶのは「乙女」じゃなくて「包装」です。

包装は機能です。

中身を守る、受け取る側の手を汚さない、見つけやすくする。

だから、包装紙選びは“合理”です。

合理なら、理系の勝ち。

追伸:色は一色でいい。二色にすると負ける。

(大3)』


最後の追伸で、学食のトレーが微妙に揺れた。笑ってる。

二色にすると負ける、は、意味がわからないのに妙に真理っぽい。


次の返事は、字が丸い。


『大2へ

「本命」とか「義理」とか、分類しなくていいよ。

分類すると“正解”が生まれて、恥ずかしさが育つ。

だから分類やめよ。

渡したい相手がいる、それで十分。

準備は“道具”で済ませると恥ずかしさ減る。

・袋(入れるだけ)

・リボン(結ぶだけ)

・シール(貼るだけ)

この三つは、やることが少ないから勝てる。

追伸:理系の勝ち方は「工程を減らす」。

(大1)』


工程を減らす。

それは研究でも、レポートでも、人生でも、たぶん正しい。


だからこそ、掲示板の前で頷く人が増える。

頷きは音がしないのに、増えると空気が変わる。


最後の返事は、誰かが勢いで書いた字だった。

ペンの圧が強い。


『大2へ

乙女ぶってる感じが無理、わかる。

でも“乙女ぶり”って、ぶってるから悪いんじゃなくて

「見られる」前提にするとしんどいんだよ。

だから見られない場所で準備しよ。

通販で袋買う。

コンビニでチョコ買う。

家で入れる。

終わり。

恥ずかしさは「他人の目」だから、目を消せ。

追伸:白衣は正装。むしろ格好いい。

(院生)』


“目を消せ”が物騒なのに、内容が健全で笑う。

応援コーナーは、たまに物騒な言い方で平和を運んでくる。


翌日。


件の大2は、また掲示板の前にいた。

今度は白衣じゃない。ニットの袖。

それだけで、昨日より“人間”っぽい。


彼女は返事を読んで、口を閉じたまま笑った。

声にすると負ける笑い。


「二色にすると負ける」で、肩の緊張が落ちた。

「包装は機能」で、目が少し楽になった。

「工程を減らす」で、勝てそうになった。

「目を消せ」で、勝てる気がした。


彼女はTHANKSを一枚取った。

紙が厚い。大学棟のTHANKSは、ちゃんとしている。


『THANKS

返事くれた人へ。

包装は機能、で救われました。

私はたぶん、恥ずかしいんじゃなくて

“乙女カテゴリに入れられる”のが嫌だったんだと思います。

分類やめます。工程減らします。目を消します。

今日、袋を一色で買います(二色にしません)。

追伸:白衣は正装、うれしかったです。

(大2)』


貼ったあと、彼女は少しだけ立ち止まった。

掲示板の端に、用紙補充のチェック欄がある。生徒会の小さい印。


そこに、誰かが鉛筆で小さく落書きしていた。


『二色にすると負ける、流行ってて草

追伸:三色は爆発』


誰が書いた。

院生か。大3か。生徒会か。

たぶん誰でもいい。


彼女は耐えきれず、ふっと声を漏らした。


「……爆発はしない」


その独り言が、通りすがりの大1に拾われる。


「爆発しないっすよ。……でもテンションは爆発するかも」


「テンションは……しない」


「しますよ。袋買うだけでテンション上がる人います」


「それは……乙女?」


「それは勝利です」


その返しで、彼女は完全に笑ってしまった。

笑ったら負けると思っていたのに、笑ったら勝ちだった。


応援コーナーの前は、今日も少しだけ静かで、少しだけ駅で、少しだけ楽だった。


掲示板は今日も大人だ。

二色にしなければ、たぶん機嫌もいい。


追伸:工程を減らすと、心の工程も減る。だから袋は一色でいい。

頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ