01
「ポム、君がもし僕がいた世界に行ってしまっても、決して入社してはいけないブラック企業がある。何だと思う?」
休憩時間。グリーンは猫耳のメイドのポムと雑談をしている。
「はて? 魔王軍ですか?」
「あははっ! 安心しろ、魔王軍はないよ!」
確かにこの世界の住人にとっては、魔王軍は恐怖の対象でしかない。
「魔王軍がないのですか!? そんなの幸せすぎるじゃねぇか? 無敵だな」
どうしても魔王軍のところで引っかかってしまうポム。
「いや、魔王軍の話は置いておいて……」
「だって、だってですよ! 魔王軍が無いということは、魔王がいないと言うことですよ!! それはつまり……」
ポムはいい子だが、グリーンの話をあまり聞いてくれない。
「いや、だから、魔王の話は置いて……」
「魔王がいないなんて…… 想像できないくらいすごい!! お前、バカだな!」
「え!? バカって……」
いつもは大目に見ているが、あまりに直接的な罵倒だったので、さすがに聞き捨てならなかったグリーン。
「だって、バカはバカだぞ! 魔王のいない世界から、魔王のいる世界にきたんですよ! それってつまり、魔王軍がいるってことで…… 魔王が、魔王で…… ありゃ??」
この世界の猫耳族は、あまり論理的な会話が苦手なようだ。
「もう分かった! 僕が悪かった! 魔王はいないけど、魔王みたいなのはいる!! それでいいか!?」
ポムに難しいことを言って反省するグリーン。
「なんだ、そういうことですか! わかった。 って言うか、ややこしいこと言うな! 謝れ!!」
「……ご、ごめん」
こういう時、グリーンは、脊髄反射的に謝罪してしまう。長い戦隊での生活のせいで、理不尽に慣れてしまっているからである。
「いやいや、そうじゃなくて! 元の世界には魔王軍より悪いところがあるんだよ」
ようやく本題に入れた。
「そりゃ大変だ! 一体、どこですか?」
「それが戦隊ヒーローなんだよ」
「それって、確かご主人様がいたところじゃ……?」
「そうだ。 僕の古巣だよ」
ガチャ
「おい、ポム! 何してんだ!?」
ポムは、キッチンにあったナイフを持って、グリーンに向けた。
「だって、ご主人様、魔王より悪いところで働いてたんでしょ? つまり魔王より悪い奴ってことでしょ? 殺さなきゃ。 ママの仇!」
ポムはナイフを構えると、低い体勢からグリーンの隙を伺っている。
「違う! そう言うことじゃない。 やっぱり魔王よりは悪くない。 あと、君のお母さん、元気に生きてんだろ!」
ポムの母親は、今朝も庭で採れた木苺を持ってきてくれた。
「今、ママは関係ねぇだろ!?」
「いや、君が言い出したんだろう!」
「……どっちにしても、魔王のいるこの世界に来たご主人様は、ただのバカだ。 なんだ、敬語使って損したわ。 イケメンじゃなかったら、もう刺してるよ。 おい、グリーン! お茶出せや、コラ!」
「お前…… クビにするぞ」
ここでグリーンは、切り札のパワーワード「クビにするぞ」を出した。今月十四度目だ。
「大変申し訳御座いません、ご主人様。 ご主人様は天才です。」
「もういいよ…… だから頼むから僕の話を最後まで聞いてくれよ」
実は構ってちゃんのグリーン。これだけくだらない堂々めぐりしても、やっぱり話は聞いてほしいらしい。
「ふぅ~、最初からそう言えば良いのに。ったく、めんどくせぇやつだな」
「おい、聞こえてるぞ…… まあいい。 それはともかくーー」
不毛なやりとりに辟易していたグリーンは、ポムを無視して、ポムに自分語りを始めた。
「大体、戦隊ヒーローっていうのには、基本、目立ちたがりの人格破綻者しかいないんだ。
とにかく熱血、とにかくカッコつけ、とにかく自己中、とにかく大食い。まぁたまにマッドサイエ…… いや天才科学者もいるが…… でもそいつはきっと良い奴だ」
最後、ちょっと照れながら話すグリーン。
「ふーん」
いかにも興味無さそうに聞くポム。
「連中はどうかしている。怪人相手だったら、何やっても良いと思ってて、沢山人がいる街中でも平気でバカデカい銃をぶっ放すし、とにかく何につけても爆破すんだ。まったく正気の沙汰じゃない」
興味がなさ過ぎて、毛繕いを始めたポムの事などお構いなしに話を進めるグリーン。
「しかも毎週日曜日になると、戦隊たちがその方が格好いいからって理由だけで、必要もないのに巨大ロボットで戦うんだ。その結果、毎回、街が一つずつ消滅している。街が消滅してるのに、『やったー! 勝ったー!』はないだろう?」
グリーンは、喫茶店のカウンター越しに窓の外をみながら、悲哀たっぷりに語る。
「だから僕はそんな戦隊が嫌になって、二年前に辞めたんだ」
ーー二年前。群馬県の山中ーー
「――ってな具合で、あんなどっちが悪の組織か分かんないですよ。ホント、あんなブラック組織、辞めて良かったよ」
グリーンは、カウンター越しにオープンしたばかりの喫茶店を見渡しながら、しみじみと語った。
「い、いいんですか? グリーンさん。現役の戦隊ヒーローであるあなたが…… この話がバレたら、マズいんじゃないですか?」
新聞記者らしき男は、明らかに狼狽している。
「おかわり」
「いいの、いいの、むしろ戦隊の闇を暴露したら、戦隊自体なくなるから、もう戻らなくて済むでしょ? ていうか、もう辞めたから、現役じゃないよ! そこ重要!!」
「しかし世間では、未だにあなたは現役と思われていますよ」
「そうなの!? 全く、本部の連中は何をやっているんだ! おっといけない、落ち着いて…… スゥー」
組織の対応に、憤慨するグリーンだったが、念願のスローライフに過去や怒りは持ち込まないと決めているので、深呼吸をして自分を落ち着かせる。
「おかわり」
「どっちにしたって、場所さえバレなきゃ問題ないよ。そこだけは頼むよ、記者さん」
落ち着きを取り戻したグリーンは、にこやかに答えた。
「いや、バレるも何も…… 隣でイエローさん、カレー食べてますけど……」
「いやぁ~、それにしても今まで溜まっていた不満をぶちまけることができて、最高の気分ですよ…… って、アンタ、今何って言った!?」
グリーンは、天国から地獄へ突き落とされたようなリアクションをすると、恐る恐る新聞記者が指差す方に目をやった。
「おかわり」
そこには、”とにかく大食い”のイエローが空になった皿を持って、グリーンをにこやかに見つめていた。
「ええええええええ!!!」
ビックリ仰天のグリーン。
「な、な、な、な、な、なんでここにいるんだよ!?」
仰天しすぎて、”な”を連発してしまうグリーン。
「朝起きたら、グリーンが作るカレーの匂いがしたんだよ」
当たり前のように当たり前では無いことを言うイエロー。
「お前、ここ群馬県だぞ…… お前、どんな嗅覚してるんだよ!」
東京から群馬県上高地まで約二百kmある。
そうは言うものの、いつもの癖で、黙ってカレーを注ぐグリーン。そうこうしていると、更に事態を複雑化させる連中が現れた。




