魔法のネイリスト
※冬の童話企画参加作品です。
きらきらをテーマにした、やさしいお話です。
魔法のネイリスト
また、隣のお姉さんの部屋に、綺麗な何かが光っている。
私はその“何か”を、そっと窓から見るのが好きだった。
「きらきら光って、きれいだなぁ。
お姉さんは、何をしているんだろう?」
飛ぶように嬉しくなって、
私は毎日、毎日、隠れるようにして窓を見ていた。
「今日も、見えるかな〜」
毎日、魔法を見ているような気分で、
私は学校へ行く。
玄関を出ると、いちばん最初に目に入るのは、
隣のお姉さんの家だ。
お姉さんは、半年前くらいに引っ越してきた。
挨拶に来たとき、ママの後ろから少しだけ見えたのが、
お姉さんだった。
高校生くらいで、背がすらっとしていて、
隣に立っていたおばさんの横で、静かに立っていた。
そのとき、私は、お姉さんの爪から目が離せなかった。
きらきらと光る……
まるで魔法みたいな輝き。
見てみたい。触ってみたい。
そんな気持ちが胸いっぱいに広がって、
思わず、心の声がこぼれてしまった。
「……わぁ。すごい、綺麗……」
「はじめまして。
今日から隣に引っ越してきました。どうぞ、よろしくお願いします」
おばさんがそう言うと、
お姉さんも、私の方を見て、にこっと笑って言った。
「こんにちは。はじめまして。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をしてくれた、その笑顔も、
爪のきらきらと同じくらい、まぶしかった。
お姉さんと会ったのは、この時だけ。
それから毎日、決まった時間になると、
お姉さんの部屋から、あの光が見える。
そのことは、ママには秘密にしている。
「お姉さん……何をしているのかな」
家の玄関を出て、まだ数歩しか歩いていないのに、私は立ち止まって隣のお姉さんのお家を見上げてしまう。
毎日、毎日、気になってしまう、あの光。
「もしかしたら……お姉さんって、、、
魔法使いなんじゃ……なーんてね」
私はそう思いながら、
ぎゅっと手袋の中で指先を握った。
ふっと、足元に目を落とすと、
きらきらと、綺麗な何かが落ちていた。
私は立ち止まって、そっと手袋を外す。
冷たい空気で、白い息が指先に……
私は ”それ” を拾い上げてみると
爪……?
みたいな形をした光るものだった。
手のひらの上で、
”それ” は冬の光を集めたみたいに静かに輝いている。
「……なに……これ???」
「きれいだなぁ〜。あの時の お姉さんの爪みたい……」
思わず、小さく息をのむ。
そのとき、はっと我に返った。
「……あ、学校、遅刻しちゃう」
私は慌てて、その ”光るそれ” をそっと上着のポケットにしまい、もう一度手袋をはめた。
私は、今、すごく悪いことをしているみたいで、胸がどきどきした。
盗んだわけじゃない。
ほんの、ちょっと借りただけ。
あとで、ちゃんとお姉さんに返すから。
そう思うと、少しだけ気持ちが軽くなった。
学校では、私はずっと上着を着たままだった。
「ねえ、なんで上着、脱がないの?」
当たり前に、友達は聞いてくる。
今日だけは……今日だけは、ほっておいてほしかった。
「……でも、今日はすごく寒いもんね。
私も上着、着ようかな。風邪ひきたくないし!」
そう言ってくれて、私は心の中でほっと息をついた。
助かった……。
それから私は、一時間ごとに、そっと上着のポケットに手を当てた。
そこに、ちゃんと“それ”があるのを確かめるたび、胸の奥が、くすぐったいみたいにあたたかくなって、気づくと私はひとりで、にやにやしていた。
帰りの時間、帰りの会で、私は名指しされた。
「今日いちばん楽しそうだった人は、だぁれ?」
先生がそう言うと、
クラスのみんなが、いっせいに私を指さした。
「今日は、なにか HAPPY なことがあったのかな?
楽しく一日を過ごせることは、とても大切なことです。それじゃあ、みなさん、拍手!」
パチパチパチパチパチパチ。
こんなふうに拍手されたのは、はじめてだった。
胸の奥が、ぽわっとあたたかくなる。
とても、いい気分。
それは、あのとき……
お姉さんの爪の、きらきらを見ていたときと、少し似ていた。
私は拍手の中で、
そっと上着の上からポケットに触れ、
中の“それ”を、少しだけ握りしめた。
今日は、なんていい日なんだろう。
そう思うと、自然と、口元がゆるんだ。
帰り道、私は、ふと足を止めていた。
そこは、
お姉さんの家の前だった。
勇気を出して、返さないと。
でも、
なんだか、返したくなかった。
だって、、、
今日がこんなに幸せな一日になったのは、
上着のポケットに入っている“それ”のおかげなんだもん。
……絶対、返したくない。
でも、、、
お姉さん、探してないかな。
困ってないかな。
もし、お姉さんの大事なものだったら、
やっぱり、返さなきゃ。
「……よし。返そう」
私はひとりで、
お隣のお姉さんの家の玄関の前に立ち、
ぶつぶつとつぶやいていた。
そのとき――
「わっ!」
突然、後ろから声がした。
「ぎゃあっ!」
思わず、変な声が出てしまう。
「あはは、ごめんね。
何回か声をかけたんだけど、聞こえてなかったみたいで……」
振り返ると、そこにはお姉さんがいた。
「えっと……お隣さん、だよね?
どうしたの? お家、間違えちゃったかな〜。
なーんてね」
心臓が、ばくばくしている。
急に大きな声を出されたから?
それとも……
私が、“それ”を持っているから?
私は思わず、下を向いて、
何も言えなくなってしまった。
「あぁ、ごめんね。びっくりしたよね?
本当にごめん」
そう言ってから、お姉さんは少しだけ声を落とした。
「実はね……
ずっと、待ってたの。あなたを」
え……。
待ってた?
胸が、どきっと音を立てる。
ばれたのかな。
怒られるのかな。
勝手に拾って、持って行っちゃったから……。
どうしよう。
「ねえ、うちの前に、なにか落ちてなかった?」
そう言いながら、お姉さんは両手を前に出した。
きらきらと光る爪が、夕方の空気の中で揺れる。
「それとね……
私の爪、見て。なにか気づかない?」
私は、下を向いていたはずなのに、
気がついたら、お姉さんの手から目が離せなくなっていた。
「あ……!」
そして、思わず声が出る。
「右手の、小指……
きらきらした爪が、ない……!」
「あはは。そうなの。
よく気づいたね」
お姉さんは、少し照れたみたいに笑った。
「それね、
“つけ爪”って言うの」
「……つけ爪?」
言葉をくり返しながら、
私は、さっきまでの困った気持ちを忘れていた。
「そう。
私はね、ネイリストをしているの」
ネイリスト。
「みんなの爪に、魔法をかけて、
好きな色を塗ってみたり、
色んなつけ爪を作ったり、
きらきらした爪で、
幸せな気分になってもらいたいの」
その言葉を聞いた瞬間、
私は思わず、息をのんだ。
知りたかったことが、
一気に耳の中に流れこんでくる。
頭の中が、ぐるぐるする。
「ネイ……リスト?魔法の、爪……?
きらきら……?」
そして、最後に、ぽつりと聞いてしまった。
「……お姉さんは……ま、魔法使いなの?」
「ふふ。
魔法使い、かもしれないわね〜」
その言葉を聞いたとたん、
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
「……ま、魔法使いなら、
私を……カエルに、しちゃうの?」
真剣に聞いた私の質問に、
お姉さんは、くすっと笑った。
「あはは。
カエルさんには、しないよ〜」
そう言ってから、
少しだけ声を落とす。
「ごめんね。
じゃあ、話を戻すね」
胸が、どくん、と鳴った。
「ねえ、今朝……
私の家の前で、
きらきらしたもの、拾わなかった?」
――きた。
たぶん、私はカエルになる。
そう思ったら、体の力が、すっと抜けた。
でも、不思議と、
口だけは、ちゃんと動いていた。
「……ご、ごめんなさい」
「朝、お姉さんの家の前で、
きらきらしたのを、拾いました」
「それで……
学校に持って行ってしまいました」
「……返しに、来ました。
ほんとうに、ごめんなさい」
私は、上着のポケットから、
お姉さんに教えてもらった
“つけ爪” を取り出して、
ぎゅっと頭を下げた。
「わぁ……」
お姉さんは、目を丸くして、
それから、やさしく笑った。
「やっぱり、見つけてくれてたんだね。
ありがとう」
「これはね、
私の大事な、つけ爪だったの」
「見つけてくれて、ありがとう」
そう言われても、
私はまだ、どきどきしていた。
次は、なにをされるんだろう。
すると、お姉さんは、
ちょっといたずらっぽく言った。
「じゃあ……
お仕置きとして、私の部屋までどうぞ?」
……笑顔だった。
その“バレバレの冗談”に気づかないまま、
私は、言われるがまま、部屋の中へ案内される。
(言うこと、聞かないと……カエルさんに……?
それとも……食べられちゃう?)
私は、ぎゅっと目をつぶった。
涙と汗で、ぐしゃぐしゃになりながら……。
でも。
その先に待っていたのは、
私が知らない世界だった。
とても素敵な時間になる事も知らずに……。
靴を脱いで、
階段を一段ずつ、のぼる。
まっすぐ、ドアに向かって……
足が、だんだん重くなっていく。
ドアが開く音がして、
私は、また目をつぶった。
「目を開けて。
悪いようには、しないから……ふふ」
その声を信じて、
そっと、目を開ける。
目の前に広がっていたのは……
きらきらと流れ星が散りばめられた、壁。
部屋のまんなかには、白い机と白い椅子。
その横には、いろんな色の小さなボトルが並んでいて、
どのボトルのふたにも、
小さな爪が、ちょこんとくっついていた。
「わぁ……」
また、心の声がこぼれてしまって、
私は慌てて、口をおさえる。
「大丈夫。なにも、しないよ」
お姉さんは、にこっと笑った。
「さっき、ネイリストだって話したよね。
私はね、いろんな人の爪を作るお仕事をしているの」
「さぁ、座って」
私は、お姉さんの話をもっと聞きたくて、
目の前にある、ふわふわの白い椅子に、
黙って腰をおろした。
「……わぁ。ふわふわだ……」
こんなに座り心地のいい椅子は、はじめてだった。
ふと、窓のほうを見る。
木の机。
木の椅子。
見慣れた、赤いカーテン。
「あ……私の部屋だ」
思わず声が出て、
また、あわてて口をおさえる。
「そうなの!」
お姉さんは、やさしく言った。
「私の部屋からも、見えるんだよ。
毎日、毎日、見てくれている、
とても可愛い子は、どんな子かなって……
毎日、思ってたんだよ」
「……お姉さんも、見てたんだ」
知らなかった。
胸が、少しだけ、どきっとする。
「私ね……毎日、きらきら光る部屋で、
お姉さんは何をしてるのか、
ずっと気になってて……」
お姉さんは、うんうん、と頷いた。
「それで?」
お姉さんは、机の向こうに座った。
私たちは、向かい合わせになる。
「……気になってて。
それで、その……窓から見てたの。
ごめんなさい……」
言ってから、今さらだけど、
じろじろ見られるのって、
ちょっと、恥ずかしいことなんだと気づいた。
「謝らないで」
お姉さんは、やさしく言った。
「私はね、
毎日、毎日、可愛い子が見てくれていて、
いつか、お話できたらいいなって、
思ってたんだよ」
「……え?」
「え?もしかして、嫌だった?」
私は、ぶんぶんと、
すごい勢いで首を横に振る。
「ち、違う。嫌じゃない。
……私は、お姉さんのこと、知りたいです」
はじめて、
お姉さんの目を、ちゃんと見た。
黒い瞳は、きらきらしていて、
お化粧も、まつ毛も、
全部、星みたいに綺麗だった。
「はじめて、ちゃんと目を見て話すね」
お姉さんは、くすっと笑う。
「あのときは、
爪ばっかり見てたもんね」
私は、顔が熱くなって、
なにも言えず、下を向いた。
「私がなくしたネイルはね、
勇気と、幸せを運ぶネイルだったの。」
「……勇気と、幸せ?」
「そう。私、少し人見知りでね。
引っ越しの挨拶に行くの、すごーく緊張してたの」
お姉さんは、少し照れたように笑った。
「だから、この魔法のネイルをつけて、
思いきってママと挨拶に行ったのよ。
……ちょっと、恥ずかしいな」
照れているお姉さんが、
とても可愛くて、目が離せなかった。
「それでね、
気づいたら右手の小指のネイルの“つけ爪”がなくなってて。
ずっと、探してたの」
「見つけてくれて、ありがとう」
――勇気と、幸せ。
その言葉を聞いた瞬間、
胸の中で、なにかが、つながった。
「……そうか」
「学校で、なんだか今日は、
ずっと幸せな気持ちだったのは……
この魔法のつけ爪のおかげだったんだ」
私は、ぎゅっと胸の前で手を握った。
「お姉さん、ありがとう。
すぐに返せなくて、ごめんなさい。
でも……とても、幸せな一日でした」
そう言えた自分に、
少しだけ、驚いた。
「ありがとう」
お姉さんは、やさしく微笑んだ。
「じゃあ、お礼に……
あなたに、素敵な魔法でネイルをしてあげる」
「その前にね」
お姉さんは、少し身をかがめて言った。
「あなたの名前、教えてくれる?」
――――
私は、お姉さんと友達になった。
魔法のネイルを目の前で見せてもらって、
胸がいっぱいになったまま、家に帰った。
……あ。
学校の宿題、忘れてた。
今日の宿題は、
「わたしの将来の夢」。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
わたしの将来の夢
夢野 きらら
わたしの将来の夢は、
魔法のネイリストです。
どうしてかというと、
隣に引っ越してきた、わたしのお友達、
キララお姉ちゃんが、ネイリストだからです。
偶然だけど、名前も同じで
わたしは、これは運命の出会いだと思いました。
キララお姉ちゃんに会えて、
本当に、幸せです。
あのとき、
“つけ爪”を拾って、よかった。
勇気と、幸せのネイル。
元気と、季節のネイル。
愛と、告白のネイル。とか
キララお姉ちゃんのネーミングセンスがいいのかは分かりませんが、色々教えてもらいました。
わたしも、
魔法のネイリストになって、
この世界の人たちに、
幸せが、ずっと続くよ!!ネイル。
をしてあげたいです。笑。
きらきら光る爪。
きらきらした魔法。
それは、
わたしの、大切な、大切な、将来の夢です。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
おしまい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「きらきら」は、特別な魔法の言葉だなと思っています。
このお話は、「きらきら」と聞いて、
真っ先に思い浮かんだ“ネイル”から生まれました。
娘がネイリストなので、夢を乗せてみました!!
この物語が、少しでも
あたたかい気持ちになってもらえたら嬉しいです。




