6. 僕の日常
僕の毎日は日の出と共に始まる。お父さんと共に牛舎に向かい、掃除や藁の交換などの雑務を行う。成長期だから早起きをするのは大変だけれど、早いうちからお父さんの仕事に慣れておきたいからなんとか頑張っていた。お父さんの仕事を一つ憶えるたびに、お父さんは手を大きく動かしてぐりぐりと頭をなでて僕のことを褒めてくれた。前世ではされたことのない褒められ方に、恥ずかしさと嬉しさの入り混じった気持ちになる。
その後、餌やりを終わらせると、自分たちの朝ご飯を食べるために一度家に帰る。僕たちが家畜のお世話をしている間に、お母さんが朝ごはんの準備をしてくれているから三人で一緒に食べる。お父さんの仕事を手伝い始めてからは、朝ごはんの手伝いなどをしてお母さんの家事を手伝う時間が減っていた。そのせいで、ちょっとしたお喋りをする時間が減っていたから、なるべく他のことの手伝いをして、お母さんと会話をする時間を作っていた。
ご飯を食べて終わってもう少しだけお父さんの仕事を手伝うと、時間に余裕ができる。その空いた時間には、だいたいヴィー君とヨリドちゃんと一緒に過ごしていた。小さい頃から三人で遊んできたのに、最近になるとヨリドちゃんが僕たちに混ざる回数が減っていた。その理由としては、母親から家事などを教わっていて、花嫁修業をしているからだと聞いたことがある。前世ならまだ中学生にもなっていない年齢だから早すぎるようにも感じるが、思春期に入り始めた僕たちは心も体も少しずつ子供から大人に変化して性差が顕著になり始めていたから、仕方がなかったのかもしれない。
ヴィー君と二人で過ごしているときは、良くも悪くも会話の内容はあまり変わらなかった。ヴィー君がヨリドちゃんのことを話したり、改めて聖剣を見に行ってもやっぱりまだ聖剣を取れなかったことを悔しがっていたり、仕事の苦労を話し合ったり、なんてことない話をすることが多かった。
それでも一番機会が多かったのは、勇者に関係する話だった。その話をしているときのヴィー君の言葉には、勇者への憧れが滲み出ていていた。憧れを実現するための努力を重ねていたが、未だにその夢が叶っておらず、年を経てもなかなか実現しない夢への焦りを感じていたんだと思う。いつか勇者になりたいという言葉が、早く勇者になりたいという言葉に変わっていたことを聞いていたのに、僕は彼に何もしてあげられなかった。
それから、時々アネッテが里に来ることがあった。けれど、誰も彼女の世話を焼きたがらず、いつもその仕事は僕に押し付けられていた。
「おいヒイロ。いつになったら、正式にわたくしの部下になるのかしら?」
「何回も言ってますけど、僕はお父さんの仕事を継ぐつもりですから」
いつものようにアネッテの勧誘を断ると、彼女は相変わらず不服そうな表情をしていた。この里の一員として、お母さんとお父さんの息子として生きて、二人ときちんと向き合いたかった。そして、父さんと母さんに出来なかった分の恩返しをしたいという気持ちもあった。
「まあいいわ。気が変わったらいつでも来なさい。それと、昨日の負けはどういうことなのかしら?わたくしを守る護衛としての自覚が足りないのではなくて?」
アネッテの文句を適当に聞き流しながらいつものようにお茶を用意していると、両親が不満げな表情で僕たちのことを眺めていることに気が付いた。二人は口に出すことはなかったけれど、その表情から四年前の遺恨が二人の中に残っていることが察せられた。だから、未だに恨みがましい目線をアネッテに向けるのも仕方がないことだとは思ったけれど、僕はあまり恨んでいなかったし、彼女に対する恐怖感も薄れていた。彼女の感性は、当時から比べると少しだけまっとうになりつつあったから、いつまでも恨み続けることは違うと思っていた。
「いつまでも家にいても暇ね。ヨリドにでも会いにいけないかしら?」
田舎の小さな家では時間が余って仕方なかったとはいえ、勝手に遊びに来て、勝手に飽きたと言われても理不尽な気もするが、今更そんなことに不満を抱きはしなかった。けれど、ついついため息をついてしまう。
「何よ、生意気な態度ね。いいじゃない、同年代の平民の生活を知ることは今後のためになるのよ。それに、彼女とは友人なのだから」
それから、驚くことにアネッテにも友人と呼べる存在ができていた。もしかしたら一方的な思い込みかもしれないが、その変化は良い兆候だったと思う。根本的な部分は大きく変わっていないが、僕やヨリドちゃんとの交流を通して、彼女も少しだけまっとうな感性になっていたような気もする。
「とにかく、もう少ししたらわたくしは帰るのだから、それまでは好きにさせなさい」
そう言われたら断ることもできず、仕方がなくアネッテとともにヨリドちゃんの家に行くことになる。それなのに、男子禁制だからと言われてヨリドちゃんの家の外に放置されると、やることが無くなって暇になりヴィー君のところに遊びに行ったりする。
「ヴィー君、今暇?」
「今日もヨリドはいないのかよ」
「アネッテとなんか話してるよ」
「あいついんのかよ。まあいいや」
アネッテの存在を認識した途端に露骨に嫌な顔をしたヴィー君は、わざとらしく、今思い付いたような素振りで話題転換をする。
「そうだ。今日、久しぶりに勇者アルス伝説を読んだんだけど、もしも俺が勇者になったとしたらどんなタイトルで語り継がれると思う?勇者ヴィーゴの物語とかどう?」
「何それ、安直すぎない?」
「いいだろ。とにかく、もし俺が勇者になったら、どんな冒険をしたのか最初にヒイロに聞いて欲しいんだけど、いい?」
「もちろん、いいよ」
「よし。じゃあ、約束な」
叶うかどうかも分からない約束を交わすと、ヴィー君は嬉しそうな顔をする。その約束が実現するかどうか、僕にはわからないけれど、ヴィー君の夢が叶って欲しかった。
その後は、大したことのない話をする。毎日繰り返して会っていると、真新しい話題なんかは少なくなっているけれど、それでもヴィー君と過ごす時間は大切なものだった。
ヴィー君と別れてから、ヨリドちゃんの家にアネッテを迎えに行く。二人が笑顔で過ごしているのを見ると、一人で勝手に安心する。少なくとも僕やヨリドちゃんとは普通に関われるようになっていることは、領主様のお願いが実現する方向に進んでいて、とても良い傾向だと思っていた。
そして、アネッテを里長の家に送り届けてから家に帰り、お父さんと一緒に残りの仕事を終わらせて、三人で一緒に晩ご飯を食べる。その間にいろいろと話したりと、家族団欒の時間を過ごして、また明日の朝に備えて眠りに就く。
こうして、何の変哲もない僕の日常は過ぎていく。