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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
六章 勇者ヒイロの英雄譚
43/45

43. 未来の光景

 長きにわたった魔族との戦いが終わり、魔王を倒したことを人々に知らしめてからおおよそ一年が経ちました。

 ガナンは家族とともに故郷に帰り、ヒイロ様とアナベラさんは魔族の暮らす国に留まり、そして私とエブールはというと、獣人の人々に対する不当な差別を取り除くための旅に向かっていました。そのようにして、それぞれの道を歩み始めてから一年程経ったある日、私とエブールはエレツークに帰ってきていました。そこで久しぶりにマムに顔を見せると、奇妙な仕事が与えられました。

「異端の審問ですか?」

「そこまで堅苦しい仕事ではありません。ここ最近広まっている考え方、それを広める人たちの目的を探るように頼まれているのです」

「構いませんが、教会の人たちが危険視しているのはどのような考え方なのでしょう?」

「人間と魔族の共存、それが彼らの主張です」


 マムに与えられた仕事を果たすため、エブールさんと二人でとある建物に向かいました。その建物の一室で私たちを待っていたのは、初めて見る女性でした。その女性は入ってきた私たちを睨みつけると、不満げに言葉を発しました。

「わたくしは、ヒイロかガナンとかいう男を連れて来いと言ったはずよ。それなのに、こちらの要求に応えることなくあちこち連れまわして、その挙句にこんな狭い部屋に閉じ込めるなんて。まさか、拷問でもするつもりなの!?鞭で打たれただけで、人は死にかねないのよ!」

 勢い良くまくし立てられせいで呆気に取られた私は何も言えませんでした。しかし、エブールさんは臆することなく、私の代わりに一歩前に出ました。

「私たちに課された仕事は、お前の目的を知ることだ。人類と魔族の共存、何故その考えを抱くに至った?お前はヒイロと知り合いなのか?あいつから何か聞いていたのか?」

「なんだ、そんなことが知りたかったのね。それは簡単なことよ、ヒイロが魔族を滅ぼさなかったから、それだけよ」

 具体的な返事ではなかったせいであまり理解することができませんでした。そんな私たちの様子を見た女性は説明を続けました。

「あいつは、重たい責任に心が折れてしまいそうになるような弱い男で、悪人だとしても生きることを願うお人好しだけど、誰かのためなら勇気を持って戦える男よ。そんなあいつが魔王を倒したのに帰ってこないってことは、魔族のもとで何かすることがあるってことよ。例えば魔族のことすら守ろうとしているとかね」

 彼女の言葉からはヒイロ様に対する理解と、確かな信頼が伝わってきました。そんな彼女だったら、私も正直に話して問題ないと思いました。

「あなたの想像通りです。ヒイロ様は魔族の人々のために、魔族の国に留まっています」

「思った通りね。それなら、こんなとこにいる理由はないわね。早く出しなさい。わたくしにはするべきことがあるのよ」

「するべきことですか?」

 私の疑問に対してにやりと笑った彼女は、楽しそうに答えました。

「わたくしに雇われている身にもかかわらず、無断で欠勤を続けているに馬鹿をそろそろ迎えに行こうと思っているのよ。丁度良いわ、あなたたちも来るかしら?」

 こうして、私とエブールはその女性、アネッテ様とともに、再び魔族の国に向かうことになりました。


 旅の途中ではアネッテ様の愚痴が騒がしくはありましたが、大きな問題もなく魔族の国に辿り着きました。人間が国に来たことは不審に思われ、歓迎されることもありませんでしたが、以前ほどの敵意を向けられることもなく、私やエブールが顔を見せるとすんなりと通してくれました。それからさらに少し待つと、見覚えのある人が現れました。

「また来たのか」

 暴風のビューブオが私たちを見て、不満そうな声を上げました。

「まあ、そう言うなって。ヒイロに会いに来たんだろ?あいつはもうすぐ来ると思うぞ」

 灼熱のアチーチが私たちの目的を察して、休ませてくれました。

「二人とも久しぶりね、そっちは上手くいっているかしら?私たちの方は、まあ、ぼちぼちってところね」

 そして、さらにやって来たアナベラさんと近況などについて話し合っていました。久しぶりに会った仲間との会話は弾み、気が付くと時間はかなり経過しており、いつの間にかヒイロ様もやってきました。

「プレッセルもエブールさんも久しぶり。それから、お久しぶりです。アネッテ様」

 そう言ったヒイロ様の後ろには、見覚えのある魔族が何人もいました。鋼鉄のガギンゴギンが一番後ろに控え、ザブンザブと呼ばれた女性の魔族がヒイロ様の隣に立ち、他にも何人かの魔族がヒイロ様を囲み、そして。

「久しぶりだな、獣人と聖女。余は、お前のおかげで生きながらえているぞ」

 堂々たるたたずまいで、かつては魔王と呼ばれていた魔族が立っていました。そんな魔王の姿を見ながら、あの日、私たちの旅が終わりを告げた日のことを思い出していました。


「誰か助けてくれ!」

 魔王が自分の胸に聖剣を突き刺した後、ヒイロ様が最初に行ったことは周囲の人に助けを求めることでした。魔王を助けることが許されることだと思えず、ヒイロ様の呼びかけに応えることができませんでした。多くの人が私と同じように動かない中、行動を起こす者が二人いました。

「ヒイロ様、私に出来ることはありますか?」

「ヒイロ、俺はどうすれば良い?」

 ガナンと灼熱のアチーチは周りの人の目を気にすることがありませんでした。ヒイロ様を助けるため、そのために彼らは動きました。

「ガナンさんは魔王の体を押さえてください。アチーチは僕が聖剣を抜いたらその傷を燃やしてくれ」

「分かりました」

「分かった」

 その真剣な態度から、彼らが懸命に魔王を助けようとしていることが私たちにも伝わってきました。しかし、聖剣を引き抜いただけでは解決はずもありませんでした。

「…ごめん、アチーチ。聖剣の力がうまく制御できない。魔王の体に残っている聖剣の力を打ち消すために、魔王の体に魔力を注いでもらっていいか?」

「任せろ」

「私はどうすれば?」

「胸に大きな傷を負ったのに、心臓マッサージしていいのか?…ガナンさんは待機していてください」

「分かりました」

「誰でもいい、火傷を冷やすために、水を持ってきてくれ」

 ガナンと灼熱のアチーチに指示を出してから、ヒイロ様は魔王を助けるため、再び周りに助けを求めました。

「氷じゃダメかしら?」

「詳しい知識はないから分からないけれど、凍傷や低体温症の可能性を考えると、水がいいです」

「それなら、ザブンザブが適任でしょう」

 アナベラさんもヒイロ様に協力する姿勢を見せ、ザブンザブと呼ばれた魔族にも協力を求めました。

「魔王様は自らの意思で胸を突き刺していました。魔王様を治療してしまえば、魔王様の意思に背いてしまう可能性があります」

「あれは追い詰められた結果の行動だ。俺は、魔王様の行為が本心から来るものだと思わない。もし、俺の考えが間違っていたのなら、魔王様が無事に治ってから罰を受ければいい。だから、今は一緒に助けてくれ」

「承知しました。そういうことでしたら私も協力いたします」

 灼熱のアチーチの言葉で、ザブンザブと呼ばれた女性の魔族も魔王を救うために水を出し始めました。

「血液型を気にする時間はないか。誰でもいいから、魔王に血を分けて欲しい!」

「わ、私の血で大丈夫か?私の血で、魔王様の御命を救われるか?」

 暴風のビューブオを筆頭に、数多くの魔族が魔王に血を分けるために名乗りを上げました。苦労しながらなんとか魔王に輸血をし、あとは火傷と胸の傷が治せれば問題がない、そんな状態になっていました。傷を治すのであれば、私に出来るかもしれません。しかし、聖女神教の私が魔王を助けることが許されるとも思えず、あと一歩を踏み出すことができませんでした。

 そんなとき、いつだって私の背中を押すのは、大切な仲間でした。

「救えば良い。これまでも、これからもお前が救う者は皆正しい。私が保障する」

 エブールの言葉は私の背中を押しました。その言葉のおかげで、私は覚悟を決めました。

 ああ、聖女様、どうか私のことをお許しください。決してあなたを裏切るつもりはありません。魔王を救うことが正しいと思ったのです。魔王をここで救わなければ、魔族の怒りがヒイロ様や人間に向かうかもしれません。だから、どうか魔王を救わせてください。

 聖女様に祈り、エブールさんを床に座らせ、魔王を救う決意をしてから一歩踏み出しました。

「私に治癒魔法を使わせてください」

 そんな私の言葉で道が開き、あっさりと魔王のもとまで辿り着きました。止血や、冷却、そして輸血が済んでいたおかげで、治癒魔法は魔王の傷を問題なく癒しました。

「大丈夫です、あとは目が覚めるのを待つだけだと思います」

「ありがとう、プレッセル」

「ありがとう、聖女」

 心臓も脈拍し、確かに呼吸もありました。無事に治療が終わったことで、周囲の人々からは歓声が上がりました。魔王の無事を喜び、お互いに抱きしめ合う者や、私に感謝を告げる者など、それぞれの方法で安堵と喜びを表現していました。

 しかし、人間とともに喜び合ったことが恥ずかしかったのか、すぐによそよそしい態度に戻りました。それでもなお喜び続けていたのは、既にヒイロ様と親交のある灼熱のアチーチと、人目もはばからず泣いている暴風のビューブオだけでした。

 ですが、確かにそこにはその光景が広がっていました。僅かな時間でしたが、ヒイロ様を中心としてその光景が広がっていました。


「それで、二人は何か急いで伝えることが?」

「え?ああ、私ではなく、アネッテ様があなたに用があるようです」

 過去を懐かしんでいた私はヒイロ様の疑問で現実に引き戻され、アネッテ様を前に押します。

「そうね、お前に用があるのはわたくしよ。それで、お前はいつになったら帰ってくるのかしら?」

「それは…」

 アネッテ様に圧力をかけられたヒイロ様は、答えに窮していました。魔族の国でまだ為すべきことがあるのか、アネッテ様に恩を返さなければならないのか、それとも全く違うことで悩んでいるのか。そうやって迷う彼の背中を押したのは意外な人物でした。

「何を迷っている。人は人の国に帰るが良い。先ほども言ったように、魔族が人間に対して抱く恨みは少しずつ薄れていくだろう。お前がいなくとも問題ない」

「そうか。…ありがとう、イブリース。僕はお前を信じている」

 魔王の言葉に背中を押されて、ヒイロ様がこの地を去る決意をしたことは明らかでした。人の国に戻り、人々から魔族に対する差別を取り除くためになすべきことをなすのでしょう。その姿に、どこか今生の別れを予感しました。進む道が異なり、二度と会うことができないかもしれない彼に伝えたい言葉は、私の中にありました。

「私は信じています。あの日、ヒイロ様が魔王を救った日に広がっていた光景、魔族と人間がともに生き、ともに笑いあえる光景を日常のものにすることができると。その日が訪れるまであなたが無事であることを遠くから祈っています」

「それはお互い様だろ。プレッセルとエブールさんが人と獣人の平和を成し遂げられるって、僕も信じている」

 そうして、私たちは固く手を握りました。

 頑固だった頃の私に正しい生き方を学ばせてくれた人、苦しかったときに寄り添ってくれた人、私を救ってくれた人。あなたが作る未来を信じています。

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