42. 戦いの終わり
「テスタ、アチーチ、僕に力を貸してくれ」
立ち上がった勢いのまま、剣から火を放つ。魔王はその火を打ち消すべく闇を放ったけれど、火は闇を通り過ぎる。聖女神ではなくアチーチ由来の火なのだから当然の結果だった。そして、不意を突いた火が魔王の体を襲うのと同時に、魔王が放った闇が僕の体を覆う。一度味わったとしても慣れない苦しみに耐えながら、聖剣の力で何とか打ち消す。それとほぼ同時に、魔王の体を覆っていた火も消える。
「小癪な!しかし、この程度、この程度ではまだ倒れぬ!魔族を救うためにも、ここで負けるわけにはいかないのだ!」
全身から肉の焦げる匂いを漂わせながらも、魔王は決して倒れなかった。魔王という立場が、矜持が、執念が体を動かしていたのだろう。瞳の輝きが鈍ることはなかった。
「それならこれはどうかしら?」
そんなとき、横から弱々しい火が魔王に向かって飛んできた。その方向を見ると、倒れるザブンザブと呼ばれた魔族と、堂々と立っているアナベラさんがいた。
それと時を同じくして、魔王に殴られた腹部の痛みが軽くなった。驚きとともに入口の方向を見ると、エブールさんと、エブールさんに肩を貸すプレッセルがいた。
さらに、周りを見ると、肩で息をするガナンさんの周りに立っている魔族はいなかった。
仲間たちが皆戦いに勝利して、この場に駆けつけてくれた。そのことに喜びを覚える。しかし、僕の仲間が来たということは、四天王たちや他の魔族が敗れたということに他ならない。
「どいつもこいつも役に立たぬ!」
その事実に対して魔王は失望の言葉を発した。その言葉にどうしようもなくむかついた。
僕が知る限り、多くの魔族もガギンゴギンもアチーチも、言葉を交わしていない残りの二人の四天王も、確かに魔王のために戦っていた。それなのに、魔王が自分を支えてくれている仲間を蔑ろにした。
「ふざけるな!ガギンゴギンだって、アチーチだって、他の魔族の人だって、お前のために戦っていた。それなのに、なぜそんなことが言える!」
「余は、この力で魔族のことを守ってやっている。それなのに、余の悲願の成就に役立たない者に何と言おうと勝手であろう!」
「魔族を救うだとか、魔族を守るだとか言っているくせに、仲間をないがしろにするな!お前が知らないだけで、お前はいろいろな部分で救われているはずだ。一方的にお前だけが守ってやっているだとか、救っているだとか、思い上がるな!」
「黙れ!知ったような口を聞くな!」
一方的に守ってやっているだとか、恩を押し付けるような考え方が、少し前の僕を見ているようで苦しかった。他人を救うという考えにとらわれ、自己犠牲を払うことに対する躊躇が少なかった僕も、力で他人をを支配して、自分のために動くことを強いる魔王も、どちらも間違っている。
「お前を倒して、余の正しさを証明する」
魔王は僕の言葉で考えを変えることはなく、己の意見を貫くために拳を構える。
「ヒイロ様…」
「ヒイロ様!」
「ヒイロ!」
「勇者!」
仲間たちが僕を信じて託す声を聞く。
「これで終わりだ!」
「これで終わらせる!」
仲間の声援に背中を押され、力の限り剣を振り下ろす。僕の振るった剣は弱々しい魔王の手を弾き飛ばし、彼の体を激しく打つ。最後の一撃で体力が尽きたのか、魔王はその場に倒れ込んだ。しかし、それでもまだ諦めていなかった。ふらふらの足で何とか立ち上がろうとしていた。そんな魔王にとどめを刺すことは容易だった。
「お前がどれほど尽力しようとも、魔族と人類種の恒久的な平和が為されるなど、到底思えぬ。種族としての根本的な差も、長く続いた因縁も、そう簡単に和平を許さぬ」
弱り切った肉体と裏腹に、彼の言葉は激しい怒りを帯びていた。その口ぶりから、彼が和平を諦めていることを察せられたけれど、僕は魔族と人間の和平を信じている。
「ガギンゴギンや、彼に従うゴーレムたちは、人と協力する生き方を選んだ。彼らのように、ともに暮らすことはきっと出来る」
「ガギンゴギン、奴が裏切ったのか」
ガギンゴギンを思う魔王の声は、裏切られたという思い込みから生じる深い悲しみと、ガギンゴギンがどこかで生きていたことに対する喜びを滲ませる声だった。
「それは、協力した人間どもとガギンゴギンが寛大であったからだ。すべての人間が魔族に対する差別をなくすと思うか?すべての魔族が恨みを忘れると思うか?深く大きい溝はそう簡単に消えるはずがない。だから、余が支配することが手っ取り早い。お前たちが魔族の恨みを理解することなどできるはずないのだから」
「それなら、人間に差別された獣人がいる。お前たちの苦しみだって、きっと理解できる。私たちが魔族と人間の平和を助ける」
息も絶え絶えのエブールさんが、魔王の言葉に反論した。しかし、それでもまだ、魔王は納得しなかった。
「獣人が受けたのは差別だが、魔族が受けた苦しみは虐殺だ。決して、一緒にするな」
「そう。それなら、あたしが助けてあげるわ」
虐殺の苦しみを何故アナベラさんが理解できるのか疑問に思ったが、少し前に彼女が僕に聞いてきた質問に関係があったのだろう。彼女が抱えている秘密が関係しているであろうことはすぐに分かった。
「やはり、魔法が使える人間がただの人間であるはずない。魔法は、神より与えられし奇跡だ」
「聖女神教にとって、魔法とは何か、知っているかしら?」
アナベラさんは魔王の言葉を気にすることもなく、僕に疑問を投げかけた。そんな彼女の疑問の言葉に、かつてプレッセルから聞いた話を思い出す。
『そもそも魔法とは、聖女様が私たちにお与えになったものだと考えられています』
「聖女神は祈りに応えるようにして人間に魔法の力を与えると言われているわ。人を癒す力、人を守る力、そして邪神に対抗する力。
そんな中、それらとは異なる危険な魔法を扱える者がいればどうなると思う?聖女神に人を害する力を願った危険人物だと言われるだけで済めば良い方、邪神を信仰している異教徒だとして処刑される人もいたらしいわ。魔人、魔女、そう呼ばれた彼らは、聖女神教からは悪魔の手先だとして処刑され、魔族からは人間だからという理由で敵対視された。それがあたしの祖先。
どう、勇者?それを知って、あなたはあたしと敵対するかしら?人間に恨みを持っているあたしに復讐されるかもしれないと思うかしら?」
アナベラさんの疑問に、考える間もなく答える。
「そんなことはしない、思わない」
「そうよね。そんなあなたたちのおかげで、あたしは祖先の恨みを気にしないでいられた。魔族と人間の両方から差別されたどっちつかずの種族のあたしが、魔族と人間の橋渡しになってあげる。…ああ、本当ね。秘密を受け入れてもらえると、確かに気が楽になるわね」
人類と魔族の平和のために助力するという趣旨の提案をしたアナベラさんは、気が抜けて安心したかのように息を吐いた。そんな彼女の言葉を聞いた魔王は、反論も納得も、何の言葉も発しなかった。
決着がついてから少しして、アチーチとビューブオと呼ばれた女性の魔族がやって来た。
「ま、魔王様!?」
プレッセルとエブールさんが戦ったビューブオは、遠くから心配そうな顔で魔王を見て、憎しみの籠った顔で僕を見る。
「ヒイロ、止めてくれたのか?」
アチーチは魔王が敗れたことに悔しそうな顔をしながらも、どこか安心したような顔で僕を見る。
「認めぬ、余は認めぬ」
戦いが終わったはずの気の抜けた空気の中、ゆっくりと魔王が立ち上がった。
「それならば、何だったのか。人間は憎むべき存在、そんな余の意見に従って散っていった者たちはどうなる?ここで余がお前の意見に流されてしまえば申し訳が立たぬ。数えきれない犠牲を出して、それでも魔族の平和のために戦ってきたのだ。復讐という動機が彼らに忠誠心を与えたのだ。ここで考えを改めることなどできぬ。余は引けぬのだ!」
叫び声とともに襲い掛かってきた魔王の攻撃に防御の姿勢を取るが、彼の狙いは僕の腰に刺さっていた聖剣だった。彼の攻撃を防ぐ手段を失ったことで焦りが生じるが、こちらに攻撃を仕掛けてくることはなかった。
「ここでお前を倒しても、余が負けた姿は多くの者に目撃されている。温情を見せたお前を殺して生き延びようとも、威厳は既に失われた」
そうして、魔王は自分の胸に聖剣を突き刺す。
「余が生きている限り、お前と協力などできるはずもない。余が死んだ後に。お前の語った理想を叶えてみせろ。お前が魔族を守るというのなら、それを実現してみせよ!」
魔王の言葉と血が、僕の肩に。




