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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
六章 勇者ヒイロの英雄譚
41/45

41. 魔王イブリースの誘惑

 アチーチの思いに応えるためにも、魔王が待つであろう城の奥へと歩みを進める。道中で何人かの魔族が待ち構えていたが、アチーチやガギンゴギンほどの強敵と出くわすこともなく、城の最奥で大きな扉を持つ部屋に辿り着く。部屋の奥からは強大な気配を感じられ、少しだけ気圧されそうになる。

 そんな中、ガナンさんが僕に疑問を投げかける。

「ヒイロ様、二人のことを待ちますか?」

 ガナンさんの言葉通り、未だにプレッセルとエブールさんは追い付いていなかった。迎えに戻るか、このまま前に進むかどうかの選択を迫られる。しかし、迷いはすぐに頭から追い出す。エブールさんは僕らのことを信じて任せてくれた。それを知ったうえで迎えに戻ることは、彼女の決意を踏みにじることに他ならない。彼女の信頼に応えるために、僕らは前に進まなければならない。

「いえ、エブールさんは僕ら任せるといいました。だから、僕らは前に進まなければいけません」

「わかりました」

 ガナンさんとアナベラさんと僕の三人で扉を開ける。

 扉を開けて部屋の中に入った途端、目に入ったのは僕らを待ち構える多くの魔族の姿だった。その中でも、豪華な椅子に座り、大きな翼と角を持つ男性の魔族と、そのそばに控えめに立つ、人間と変わらない見た目をした女性の魔族、その二人は明らかに別格の存在感を放っていた。

 そして、椅子に座る魔族、おそらく魔王だと思われるその魔族がゆっくりと手を持ち上げると、それに従って待ち構えていた多くの魔族が僕らのことを取り囲む。しかし、襲い掛かってきた魔族はヴィー君と同じかそれ以上の強さだったが、いまさら苦戦することはなかった。

「ヒイロ様とアナベラさんは魔王を、残りは私が引き受けます」

 立っている相手が片手で数えられるほどの人数になると、ガナンさんは僕らのことを送り出した。魔族は人間よりも頑丈なのか、視界の端で倒したそばから立ち上がる姿が見え、こちらの体力が尽きる前に決着をつけなければならなかった。

「思っていたよりもやるようだな。やれ、ザブンザブ」

「承知しました」

 魔王の指示によって女性の姿をした魔族が一歩前に出た途端、膨大な量の水が現れる。しかし、その圧倒的な量の水は、目の前で凍り付く。

「あなたは魔法が得意なようね。つまり、あなたを倒せばあたしの強さは証明されるということね」

 アナベラさんがザブンザブと呼ばれていた魔族、おそらく最後の四天王を引き受けてくれたおかげで、僕は魔王の前に辿り着いた。

 ようやく、ここまで来られた。僕一人では決して辿り着けなかった。


 改めて目の前に座る魔王を見ると、すさまじい威圧感を感じられる。そこで思い出すのは、ガギンゴギンが語った魔王の力のことだった。魔王は人類を滅ぼすための力を邪神から与えられている。未知なる力を恐れる心が、僕の手に聖剣を握らせる。

「憎き聖剣、それさえなければ、我ら魔族は安泰となる。余が終わらせる」

 ゆっくりと立ち上がった魔王がおもむろに放ったのは、どこまでも黒い闇だった。命の危険を感じて聖剣から咄嗟に光を放つと、光と闇は相殺された。その光景で直感した。あの力は、魔王が邪神から与えられた力は、聖女神由来の力を消し去る力だ。つまり、聖剣とは正反対の力を魔王は持っている。

 ぞっとすらしない。聖女神が蘇らせたという人類がその力に襲われたら死んでしまうのではないか?ガギンゴギンから聞いた、人類を支配するという魔王の目的が現実味を帯びる。恐ろしい可能性を現実のものにしないため、勇気を奮い立たせ魔王との戦いに臨む。

 しかし、意気込んだところで簡単に勝てるはずもなかった。接近戦を仕掛けても聖剣は当たらず、魔王が放った闇が体に触れると全身を蝕まれるような苦痛を感じる。苦しみの中、魔王が邪神に与えられた力ならば、聖剣の力で相殺できるのではないかと思い付き、聖剣の光を自分の体に放つと苦痛はなくなる。

 なんとか凌ぐことはできたが、魔王の力を浴びたせいでヴィー君の苦しみを理解してしまう。魔王が放った闇の力が僕の肉体を苦しめたように、聖剣の放つ力は黒魔術で変化した彼の肉体を苦しめた。これ以上、同じような苦しみを味わう人を生み出してはいけない。

 そんなことを、戦いとは関係ないことを考えていたせいで集中が途切れていたのか、背後から聞こえてきたガナンさんが苦戦する声に、魔王から視線を逸らした。しまった、そう考えたときにはすでに遅く、わずかな油断の隙をついて接近した魔王の拳が僕のことを殴り飛ばす。

 激しく床を転がされ、耐えきれずに血を吐く。なんとか立ちあがろうとすると、戦いながらも僕のことを心配そうに見る仲間の姿が見えた。

「仲間のことを心配したのか?戦う最中に余から視線を逸らして、その結果自分が攻撃を受けるとはな。実に愚かだ」

 乱れた呼吸のせいでまともに返事ができず、黙って聞いていた。

「愚かしいまでの正義感を持つ勇者よ、余の配下となれ」

 予想外の言葉に魔王の顔を見るが、彼の瞳から見えてきた感情は優しさや甘さではなかった。

「余の目的は人類を滅ぼすことではない。魔族が人類の上に立ち、徹底的に支配することで、これまで我ら魔族が受けてきた雪辱を晴らすのだ。しかし、支配下に置く人間の選別は不可欠だ。お前が余の味方になれば、生き残らせる人間を選ばせてやろう。ただし、自分の命惜しさで降伏するような人間を選ぶことは許さぬ」

「生き残る人を選ぶ…、許されないことだ」

 息も絶え絶えに反論するが、魔王は気にする素振りを見せなかった。

「人類がずっとやってきたことだ。魔族と人間が敵対した理由は様々伝わっている。見た目が異なるというだけで野蛮だと決めつけ、魔族を滅ぼそうとする。邪神様を信仰しているだけで異教徒だと扱い、死後の幸福を認めなかった。自分の理解できない文化や名前を持つというだけで馬鹿にして見下す。人間はすぐに他人を差別し、害する存在だ。お前はそうではないとアチーチから聞いているが、他の人間どもが救いようのない存在であることを否定できるか?」

 魔王の主張に対して否定の言葉は返さず、いろいろな人のことを考えていた。

 僕は、故郷の人たちの落ちぶれた姿を見て、彼らのことを見下し、見捨てようとした。

 プレッセルは、聖女派以外の考え方を誤っていると考え、ガナンさんなどに対して攻撃的な態度を取っていた。

 エブールさんは、聖女神教が獣人の地位を下げたすべての原因と考え、多くの人に対して敵意を剥き出しにしていた。

 魔王の言葉通りなら、僕らも生き残るべきではない人間になる。しかし、プレッセルとエブールさんが見捨てられるべき人間だとは思わない。だって、二人とも成長したのだから。

 同じように、誰だって変われるはずだ。ガナンさんの故郷の人たちやテスタだって、初めて会ったときとその後で態度が変わったように、今は魔族を敵視している人でも、魔族に対する考え方を変えることは出来る。

 だから、救いようがない人間なんていない。

『みんなを守ってやってくれ』

 呪いのようにこびりついた父の言葉、その言葉通り、救いようがない人間なんていないのだから、すべての人間を守るために戦う。

『勇者の正しい死に方は、老衰か、魔王との相打ちのどちらかだけだ!』

 勇者の正しい在り方にこだわるヴィー君の言葉、彼や人々が望む勇者として、魔王の提案に従うことは許されない。

『あの方も、どうか救ってくれ』

 僕を信じて託してくれたアチーチの言葉、彼の期待に応えるため、このままでは終われない。それに、彼が守るために降伏させた人々が殺されたとしたら、人類を殺すことを恐れていた彼はきっと深く傷つく。彼の心を守るためにも、魔王の提案を聞くわけにはいかない。

 そして、熱いとまではいかない温度、人の手の温もりほどの熱が僕の背中を押す。

「たとえどんな人間であろうとも、虐げられている人間には手を差し伸べなければならない、救わなければならない」

 呼吸が落ち着いたおかげで何とか立ち上がれる。手に持っていた聖剣を鞘にしまい、テスタにもらった剣を背中から引き抜く。

「救いようがない人間なんていない!それは魔族も同じだ。人類も魔族も、皆を守るため、ここでお前を倒す!」

「断るとは思っていたが、それでも己の愚かな選択を後悔するが良い」

 決着に備えて、剣を握りなおす。人間と魔族の未来は、きっとこの戦いにかかっている。

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