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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
六章 勇者ヒイロの英雄譚
40/45

40. 最後の一日

 魔族の国に向かう前の日、僕らは思い思いに過ごしていた。ガナンさんとプレッセルは聖女神教の関係者の人たちと過ごし、エブールさんは孤児院に向かい、僕とアナベラさんは街を見回っていた。そこに暮らす人たちの視線を感じるが、心に余裕が生まれたおかげで彼らの視線から逃れたいと思わなかった。

「ねえ、勇者。それとも、ヒイロって呼んだ方が正しいのかしら?」

「呼び方は別に何でも大丈夫です」

「そう。じゃあ、勇者。あたしはあの三人とは違って、あなたこそ勇者に相応しいとは思っていない。それでも、あなたが恐怖の感情に震えながら自分の正体を告げていたことは分かるわ。それは、どれほど恐ろしかったの?」

 僕がどれほどの恐怖を感じながら正体を告白していたのか。それについて知ることがアナベラさんのためになるかどうか分からないけれど、僕が感じていた感情を隠すつもりはなかった。

「皆さんを騙していたことを軽蔑されるかもしれない、僕と一緒に命懸けで戦うことなんてできないから見捨てられるかもしれない。そんな恐怖を感じていました。けれど、皆さんが僕のことを受け入れてくれたおかげで、今は正直に言えてよかったと思っています」

「そう」

 僕の答えを聞いたアナベラさんは黙り込り、僕らの間から会話が途切れた。そうやって沈黙に包まれてから少し経ち、気が付くと僕らは街の人たちに取り囲まれていた。当然のことだが、周囲にいた人たちが僕らに対してネガティブな感情を向けることとはなく、それどころか、僕らを囲む人々のうちの一人が僕らに応援の言葉をかける。

「勇者様も、お姉さんも頑張ってね」

 僕らに向けて発せられた子供の応援を少しこそばゆく感じたが、彼らの素直な感情が伝わってくる。

「…あたしは自分のためにしか戦ってこなかったから、誰かに応援されたことなんてなんてあまりなかったわ。他の三人が言っていたように、あなたの行動の結果が今の言葉なんでしょうね」

 アナベラさんは慣れない応援の言葉に対して少し恥ずかしそうな素振りを見せながら、僕らを取り囲む人々のことを見つめていた。


 アナベラさんと二人で過ごした日から少し後、僕らは魔族の国に向けて出発する準備を進めていた。その国は僕らが今いる大陸とは別の大陸に位置しているから海を越える必要があったけれど、意外なことに船と船乗りは簡単に見つかった。どうやら、以前、助けたことがある街の出身だったらしく、そのおかげで快く協力してくれた。そのおかげで問題なく海を越えられて、無事に魔族が暮らす大陸に到着する。

 ここまで連れてきてくれた船乗りの人たちに感謝を告げ、船旅の疲れを癒すために一日休んでから、改めて出発する。

 特に問題が起こることもなく魔族の国に着いた僕らは、当然のように敵意の込められた眼差しを向けられたけれど、直接襲い掛かってくる者はいなかった。僕らを遠巻きに見つめる人々が発するガギンゴギンという言葉によって、彼らが敵意を抱く理由と、僕らが襲われない理由は察せられる。ガギンゴギンはその人柄から多くの人に慕われ、僕らを追い詰めた強さを知られていたのだろう。

 彼らが放つ憎悪と敵意と恐れの感情の奔流の中で、魔王城に向けて歩みを進める。そうして無事にたどり着いた魔王城は、意外にも簡単に僕らの侵入を許す。物事が順調に進んでいることに不安を覚えながら、それぞれが警戒を緩めることなく魔王城の中を進む。すると、突然エブールさんの静止の声が響く。

「止まれ、落とし穴だ」

 その一言で、ここが敵地だということを否応なく実感し、気が引き締まる。誰一人落とし穴に落ちる人はいないはずだった。しかし、室内にもかかわらず突如吹き荒れた風が僕らを襲い、視界の端でバランスを崩して落とし穴に落ちていくプレッセルの姿を見る。

「ちっ、私の獲物はあの女一人か。約束通り、勇者の方はお前に任せる。私は、魔王様の御為にあの女を排除する」

「ああ、こっちは俺に任せろ」

 女性の姿をした魔族が、プレッセルを追いかけて落とし穴を下っていく。一人取り残されたプレッセルに対する心配と不安の感情は、その後のエブールさんの行動で吹き飛ばされる。

「おい、私はプレッセルのところに行く。必ず追いつく。だから、任せた!」

 女性の魔族とともに現れたアチーチを見ることもなく、エブールさんはプレッセルを追いかける。残された僕らは、三人でアチーチと向き合う。

「ビューブオは四天王の一人だけあって実力は確かなんだが、感情的で思うように動いてくれないから俺が遊撃部隊を率いていたんだ。まあ、今は関係ないか。ヒイロ、今度こそ決着を付けよう」

「そうだな。今度こそお前との決着を付けるか」

 何度も繰り返した戦いの決着をつけるため、向き合う僕とアチーチの傍らで、ガナンさんとアナベラさんはただ見守っていた。まるで、僕ら二人で決着をつけることが相応しいと思っているかのように。


「燃え尽きろ!」

 あいさつ代わりに放たれたアチーチの火は、テスタからもらった剣が吸いつくす。手甲のおかげで火山のときのように手が焼け爛れることはなかったが、それでも熱が伝わってくる。

「ビューブオがお前以外を落としてくれたら、この間みたいに囲まれることはないはずだったんだけどな。まあ、仕方ない。正面からこい、ヒイロ」

 アチーチの言葉でテスタからもらった剣を背中の鞘に納め、お互いに拳を握る。アチーチが考えた一対一に持ち込むという対策は、ガナンさんとアナベラさんの様子から成立しそうだったのに、彼はシンプルな殴り合いを望んでいるようだった。その姿に、勝つもりがあるのかどうか疑問に思う。

「お前はここまで来たのか。人間は物を燃やし続けるための奴隷として、俺の種族を扱うという恐ろしい話が言い伝えられている。お前が魔王様を倒してしまえば、俺の家族がどうなるかわからない。そうだ、俺は、大切な人を守るために戦うんだ」

「僕を見てもそう思うか?」

 自分を無理矢理納得させるかのようにつぶやいていたアチーチは、僕の疑問に黙り込む。黙り込んだ彼の目からは、争いを望まぬ平和な心と、大切な人のために戦う使命感の二つが見て取れる。

「いや、お前以外の人間がどうか分からない。それに、お前がここまで来てしまった以上、家族を守るために戦わないといけないんだ!」

 魔王にはその強さを買われ、守るべき人たちから頼られる、そんな経験が彼に戦う選択肢を取らせたのだと、悲痛な叫び声から伝わってくる。彼を助けてくれた人はいなかったのか。誰かが彼の味方をしていたらここまで一人で苦しんでいなかっただろう。

 苦しみに歪むアチーチの顔に、容赦なく拳を叩きこむ。

「それなら僕を頼れよ!お前の故郷の人たちだって僕が救う」

「なんで、なんで、お前がそこまで俺の味方をしてくれんだよ!」

 怒ったような態度で殴り返してきたアチーチの疑問に自問自答する。何故アチーチのことを救いたいのか。その理由は、僕と同じで戦うのが嫌いなお人好しに友情を感じていたから。きっとそんなシンプルな理由だ。

「お前が苦しんでいるからだ!」

 言葉と共に放たれた拳がアチーチの腹部に刺さり、彼はその場にゆっくりとへたり込む。そして、それっきり立ち上がる気配を見せなかった。

「勇者だから。とか、そんな大層な理由じゃない。それでも、大切な人たちの平和な暮らしを守るためだったら戦える。そこには魔族も人間も関係ない。お前を救うために、お前の大切な人たちも救ってみせる!」

 僕が最初に戦う決意を抱いたのは、ガナンさんの故郷に暮らす人々の平和な光景を見たときだということを、家族や故郷の人を守りたいと思うアチーチの姿を見たおかげで思い出せた。僕は彼らの平和な暮らしを守るために戦いたかったのだ、そこにアチーチも含まれてもおかしいことなんてない。

「恐ろしい人間たちから家族を守るためだとしても、俺は誰も殺したくなかった。魔王様は俺の意思を尊重して、一部の人間は殺さないと約束してくれたし、俺の故郷の人たちを守ってくれるとも約束してくれた。だから、俺は魔王様のために戦わなければいけないと思ってた」

 弱りきった様子でアチーチは語る。

「教えてくれ、ヒイロ。大切な人を守るためでも、人を殺すことは悪か?」

 懐かしい質問に、これまでの日々が思い出される。人のために戦う理由を知った。何人であろうとも命が重いことを知った。救ってきた人々が僕に向けてくれた思いを知った。これまでの旅で積み重ねた様々な経験を経ても、その問いに対する答えは変わらなかった。

「失われた命は戻ってこない、だから、それだけは許されない」

「本当はわかってた。魔王様はいつからかおかしくなって、人類への恨みの感情に支配されている。あの方も、どうか救ってくれ」

 アチーチは分かり切っていた僕の答えに微笑み、僕に願いを託す。そんな彼の頼みを断る理由なんてない。

「それなら、僕に任せろ。魔王も、お前も、魔族の人たちも救ってみせる」

「お前が人々に慕われているのは、きっとそういう部分なんだろうな」

 友に託された願いを叶えるため、魔王の待つ場所へと歩みを進める。

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