4. 僕の一日
僕の一日は、ママの朝ごはんを食べて始まる。毎日、家族三人で一緒に朝ごはんを食べてから、パパが牛舎に行くのをママと一緒に見送る。僕が無茶をして心配をかけたあのときから、パパは出かける前に僕がママに迷惑をかけないよう注意をするようになっていた。
そしてママと二人で家にいる間には、前世の記憶を頼りに家事とかを手伝っていて、そうするといつも、ママは嬉しそうにしてくれていた。そうすることでしか、感謝を伝えたり、実の親だと思えないことに対する償いができなかった。
それでもずっと家にいるのは暇だから、いつもヴィー君とヨリドちゃんと一緒に遊びに行っていた。そのときはだいたい、里の近くの森とかに行って、ヴィー君の話を聞くことが多かった。
「なあ、ヒイロは勇者の中で誰が一番好き?」
「誰が一番とか分かんない」
「じゃあ、次までに決めて来いよ。俺はやっぱり勇者アルスかな。勇者アルスの話なら、もうほとんど覚えてんだ」
ヴィー君は、いつも楽しそうに勇者の話をしていた。あまりにもいつもその話をするから、どうしてそんなに勇者のことが好きなのかが気になった。
「なんで、そんなに勇者が好きなの?」
「なんでってそりゃあ、かっこいいから。あと、父さんが言ってたんだ。俺だったら立派な勇者になれるって。だから、俺が勇者になった姿を父さんに見せてやりたいんだ」
まっすぐに、少し恥ずかしそうにして、ヴィー君は自分の夢を語っていた。僕はヴィー君のそういう話を聞くのは好きだったけど、そういう話をしているときのヨリドちゃんは、いつも暇そうにしてた。そして、そんな態度を見たヴィー君はいつもいじけて、わざとらしく嫌な言い方をしていた。
「興味ないんだったら、一緒に遊ぶなよ」
その姿を見て、僕が前世の小さい頃も女子に対してはこうだったっけ、って恥ずかしく思うし、もっと素直になったりうまくやればいいのに、って勝手に心配に思う。
「ヴィー君、そういう言い方良くないと思うよ」
そう思ったせいでちょっと注意するみたいな言い方になっちゃったけど、それでヴィー君の言い方が良くなったらいいと思た。
「ほんと、ヒイロの言い方を見習ってよ」
「うるさい!」
そんな僕の発言を聞いたヨリドちゃんも一緒に注意をしたせいで、ヴィー君はより一層すねて走って逃げていった。
「ごめんね、ヨリドちゃん」
「ううん、大丈夫。それじゃあ、何しよっか?」
「僕はヴィー君の話を聞きに行く。ごめんねヨリドちゃん、先におうちに帰ってていいよ」
「え?ちょっと!」
ヴィー君を追いかけるために聖剣のある方向に向かっていった。
聖剣の近くにたどり着くと、ヴィー君はいつものようにへこんだ様子で聖剣を見ていた。
「怒らせたくないなら、意地悪言わなきゃ良いのに」
「うるさいな、わかってるよ」
拗ねた様子のヴィー君が何も言わなかったから、僕もしばらく何も言わなかった。いつまでたっても何も言わないヴィー君をいつもみたいに適当に慰めないで、なんとなく聞いてみた。
「ねえ、ヴィー君はヨリドちゃんのどこが好きなの?」
「はあ!?なんでそんなこと…。そんなの、だって…。可愛いじゃん」
ヴィー君の恥ずかしそうな言い方がおかしくって、僕は思わず笑った。
「何笑ってんだよ、悪いかよ」
「馬鹿にしてないよ。うん、応援してる」
「ほんと?ありがと」
僕が応援すると言うとヴィー君はすっかり嬉しそうにしていた。ヴィー君のこういう素直な部分は好きだった。
「そっか、じゃあいいか。それでさっきの続きだけどさ、俺は勇者になるために鍛えてるけど、ヒイロも鍛えてるんだっけ?勇者目指してるの?」
「そうじゃないよ。なんでか分からないけど、領主様の娘に鍛えさせられてるだけだから」
「じゃあ、俺が勇者になって、アイツから守ってやるよ」
「大丈夫。いつか飽きると思うし」
それからは二人で一緒に過ごす。ヨリドちゃんのどこが好きか聞いたり、勇者になったらどこかの国のお姫様と結婚したいとかいう話を聞いたり、野菜を残したことでヴィー君がお父さんと喧嘩したとか、なんてことない話を聞いたりして平和に過ごした。
それから、たまに領主様の娘、アネッテが里に来るようになった。領主様が一緒にいないときは里のみんなに嫌な顔をされるのに、彼女は特に気にしてなさそう様子だった。当然のことだけど、そんな彼女と関わろうとする人は誰もいなかった。そのせいで、年齢が近いこととか、彼女が僕のことを気に入っていることとか、色々な理由で、いつも僕が彼女の身の回りの世話をやらされていた。
「おい、ヒイロ。早くわたくしの部下になりなさい」
「何回も言ってるけど、僕はパパの仕事を継ぐつもりですから」
いつもみたいに断ると、何度も断られて慣れたみたいで、最初のときみたいに怒鳴ったりはしなくなった。けれど、相変わらず不満そうな顔で聞いていた。何度誘われても、僕はこの里でママとパパと一緒に暮らして、少しでも恩返しと罪滅ぼしをしたかったから、この里から離れるつもりはなかった。
「ほんと、生意気」
僕が断ったことに怒っているアネッテを落ち着かせるためにお世話とかをしても、作法がなっていない!とか言われて余計に怒られることもあったけど、何回もやっているうちに少しずつ慣れてきて、最近では褒められることも増えていた。断っていたはずなのに、だんだんと彼女の部下にされそうな方向に進んでるみたいにも感じてた。
そして、アネッテが来ているときは、護衛として何人かの騎士が一緒に来ていたから、さっきヴィー君と話したみたいに、僕は剣を教えられていた。
「いいか、坊主。基本的に俺達護衛の一番大事な仕事は、主を守り逃がすことだ。たとえ自分が死んだとしても主人の身の安全を守り、他の仲間と共に敵を倒すんだ」
その言葉を聞くと自分の間違った行動を思い出して後悔する。そして、そんなことをしたらまたパパに怒られそうだと思ったけど、それが正しいことなのかどうか、僕にはわからなかった。
それからしばらく稽古を続けていると、アネッテは見飽きて帰ろうとする。だから、彼女が寝泊まりしている里長の家に送る。最初の頃は僕の家に泊まっていたけど、部下の人たちの寝る場所がなかったり、アネッテがボロい民家は嫌だと言ったせいで、いつの間にか里長の家に泊まるようになっていた。
僕の家に泊まっていた頃はママとパパがが明らかに嫌な顔をして、里長の家に泊まるようになってからはアネッテがわがままを言って困らせたり、いろんなことに文句を言うことについて、里長と里長の奥さんと娘さんが愚痴を言うようになっていた。
きっと、家族や使用人とかとしか関わってこなかったから、他人との関わり方が良くわかってないんだと思う。正直、鞭の痛みを思い出すと、今でも少しだけ怖くなる。けれど、自分よりずっと年下のこの子がちゃんと生きれるように、少しでも手助けがしたかったし、領主様からもできたらアネッテが人とちゃんと関われるように手助けをして欲しいとも言われていた。そして、何よりも僕自身の行動が間違っていたと思っているから、彼女を責めたいとも思えず、嫌いになることもできない僕だけでも彼女の味方でいようと思ってた。
そんな風に、いろんなことが終わってから家に帰ると、ママが迎えてくれる。そして、一緒に晩御飯の準備をしてパパが返って来たら三人で一緒にご飯を食べる。晩御飯を食べている間は、僕が今日あった出来事についていろいろと話す。そんな僕の話を、二人はずっとにこにこしながら聞いてくれる。それだけで嬉しかった。
それから少しして、夜も遅くなって眠たくなると、ベッドに入る。だいたい一年くらい前に気絶して心配かけたときみたいに、僕のことを寝かしつけるために読み聞かせのようなことはしないけど、軽くお休みのキスをしてから眠る。
こうして僕の一日は平和に過ぎていく。