39. 肩書の意味
アチーチを無事に追い返すことができたが、そのまま去っていくことを後ろめたく思う同時に、ヴィー君の言葉を思い出す。
『お前は平和を守っても、人々のことは救えていない』
今回はドワーフの人たちを守ることができたが、彼らが再び襲われる可能性だってある。カンバの里を去ったときと同じような悩みが生じるけれど、ドワーフの人たちは誰もそんなことを気にする素振りを見せなかった。
「同じように襲われたときは、お前がいなくとも俺たち自身で戦う。だから心配する必要はない」
王様も、テスタも、他の多くのドワーフの人たちも同じような言葉で、旅立つ僕らの背中を押した。
彼らの後押しで国を去る覚悟を決めた僕は、テスタを仲間に誘っていた。今回のように彼の作る物で僕のことを助けて欲しかったけれど、思いのほかあっさりと断られる。
「俺はこの国を出て行くつもりはない。だから一緒に行けないが、お前に作った剣がきっとお前のことを助ける。
正直に言うと、お前が最初に勇者だと名乗ったとき、俺は疑った。お偉いさんが何の用だと。けれど、お前が剣に対して抱いている考え方を聞いて、信用できると思った。勇者だから信用しているんじゃねえ、お前自身を見てそう思ったんだ。だから、また会いに来い、ヒイロ。
それから、お前の戦いぶりの話を聞いて、手甲と鞘も用意したから持っていけ。これらは火竜の皮から作られていて、お前の体を熱から守る」
自分が作った武具のことを誇らしげに語るテスタの言葉を聞きながら、彼の言葉を反芻していた。
『勇者だから信用しているんじゃねえ、お前自身を見てそう思ったんだ』勇者という肩書ではなく、僕自身に対して評価されたことは、喜びの感情と同時に、期待に応えられないかもしれないことへの不安の感情を僕の心にもたらした。
様々な場面で僕らに便宜を図ってくれた王様、僕の武器を作ってくれたテスタ、泊めてくれた宿屋、その他にもお世話になった人々に感謝を伝えてから、ドワーフの国を去った。寂しさなどの感情が胸に去来したが、その中でも後悔の感情が一際大きかった。
受けた恩を十分に返せただろうか。彼らはああやって言ってくれたが、このまま去ることは本当に正しいのだろうか。カンバの肩書やヴィー君の希望を奪ったのだ、勇者としての役割を完璧以上にこなさなければならないのに。
「聞いていますか、勇者様?」
「え、ああ。すみません」
「二人の四天王を倒した勢いで、魔王の本拠地に向かうのはどうかという計画についての話です」
「わかりました」
悩んでいたせいで仲間の会話を聞き逃し、そして聞き返した話の内容に、決着が近付いてきたことを実感する。雑念を抱いているままでは魔王に勝てるとは思えず、頭の中から悩みを振り払おうとする。しかし、そうやって思い悩む僕の姿が分かりやすかったのか、ガナンさんは心配そうな声で僕に聞く。
「勇者様、何か悩みを抱えているのですか?」
心配させてしまった申し訳なさから、正直に僕の悩みを話す。
「いえ、このまま立ち去ることを不安に思っていただけです」
カンバだったら、本物の勇者だったら不安を残さずに人々を助けられた。その役割を奪ってしまった以上、彼らの平和を守らなければならないのに、それを成し遂げられているのか不安に思っていた。
「きっとそれだけではないのでしょう?
かつて、あなたが私の故郷を訪れた時、あなたは苦悩する私のことを助けようとしてくれました。それなのに、あなた自身が思い悩んでいるときは、私たちに助けを求めてくれない」
「私やエブールさんだって、最初の頃は酷い態度を取ったことがありました。ガナンさんは自ら悩みを乗り越え、自分の過去を話せないと正直に言ってくれました。けれど、あなたは違います。ずっと一人で苦しんで、決して私たちに助けを求めません。あなたが救おうとしてくれたように、私たちにもあなたのことを救わせてください」
秘密を抱えているせいで、ガナンさんとプレッセルの言葉に罪悪感を感じる。魔王との戦いの直前になってしまうが、僕の正体についての話を彼らに伝えるのならば、それはきっと今しかない。
「一つだけ、伝えるべきことがあります。僕が正体についてです。僕は、聖女神メアリに選ばれた勇者ではありませんでした」
しばらくの間、誰も何も言葉を発しなかった。沈黙が恐ろしかった。
「…それは、本当ですか?」
沈黙を破るようにして、最初に言葉を発したのはガナンさんだった。その質問に、躊躇いがちに頷く。
「僕は、誤って聖剣を手にしただけで、本来の持ち主ではありません。だから、僕では魔王に勝てるかどうか分かりません」
「ゆう…。あなたはどうするのですか?」
「僕がもっと強ければ、ガギンゴギンにも、アチーチにもこんなに苦労しませんでした。きっと、魔王との戦いはそれ以上に厳しいものになります。それでも僕は戦わないといけません。相打ちをしてでも魔王を倒す、それが僕がしなきゃいけないことだから」
ガナンさんと会話を交わしながら、だんだんと自分が下を向いて行くのが分かる。騙していた罪悪感から、彼らの顔を正面からまともに見られなかった。
「人々のことを騙して、本来はカンバが受けるべきだった名誉を奪って。僕の正体が知られたとき、皆さんも何を言われるか分かりません。だから、だから…」
しかし、僕の言葉を遮るようにして胸倉をつかまれる。驚きのあまり視線を上にあげると、ガナンさんが怒ったような表情で僕のことを睨みつけていた。
「それ、本気で言っていますか?」
「僕だって、一人でも皆さんと一緒に戦いたいけれど、死地に向かわせたくありません」
「お前は自分勝手だ。私が聖女神教の奴らから追い出されそうになったとき、追放しないと決めたのはお前だった。それなのに、今度はお前が私を追い出そうとするなんてな。だから、今度は私が断る。誰が何と言おうとも、私はお前やプレッセルに救われた。お前とともに戦う」
エブールさんは、僕の行動の正しさを信じているような言葉を吐く。彼女を追放しなかったのは、人に強い恨みを抱く彼女に、人を殺めない理由を見定めてもらうためでしかなかった。
正しさからは程遠い理由による行動なのに、僕に救われたという彼女の言葉が胸に響く。
「ヒイロ様、あなたは自分の価値が勇者という肩書にしかないみたいにおっしゃられていますが、そんなことありません。
確かに、初めてあなたと一緒に私の故郷に行ったとき、人の故郷が危ういのに竜を殺さないとか、ふざけたことを言う子供だと思いましたよ。しかし、あなたはその考えを貫いて、人々やドワーフ、そして魔族までも救おうとする。そんなあなたの考えが、行動が、人々に希望をもたらすのです。そんなあなただからこそ、人々はあなたを希望の勇者だと思うのです」
僕が人々の希望の勇者、ガナンさんの言葉は少し重たい。
「エブールさんとガナンの言葉通り、あなたはこれまで様々な場所で人々を救ってきました。あなたが聖女様に選ばれた勇者でなくとも、これまでに積み重ねた行動が、あなたの優しさと勇敢さを物語っています。
思い出してみてください。あなたがこれまでに助けてきた人々は、あなたの肩書ではなく、あなたの行動に感謝をしていたはずです」
僕の行動に感謝をしていたという言葉で思い出したのは、サブラやカンバ、そして、テスタの言葉だった。
『本当にありがとう勇者様、今度は僕が母さんを守るから。だから、またいつか会いに来てね』
『魔族が人類に対する恨みを抱いていることや、奴らにも感情があるなんてこと、俺は知らなかった。魔族に対する恨みは忘れないけど、俺だってきっと恨まれて当然の行いを重ねていた。そのことに勇者様のおかげで気付けました。だから、俺もお前と一緒に償うべきだと思っただけだ』
『俺はこの国から出て行くつもりはない。俺は一緒には行けないけれど、この剣がきっとお前を支える。正直、俺はお前が最初に勇者だなんて言ったとき疑った。お偉いさんが何の用だと。けれど、お前の剣に対する考え方を聞いて信用できると思った。勇者だからじゃなくて、お前自身を見てそう思った。だから、また会いに来い、ヒイロ』
サブラに告げられた感謝が、カンバの言葉から伝わってきた敬意が、テスタが僕に寄せてくれた信頼が、勇者だったからだとは思わない。
流されやすいと思われるかもしれない、僕の悩みが軽いものだったと思われるかもしれない。それでも、僕なりに人々を救えていたのだと、少しだけ自信を持てた。
「どうか、僕とともに戦ってくれますか?」
「「「「もちろん」」」」
人々の平和を守るために、仲間の人たちと最後まで戦う決意を抱く。




