33. 二人目の四天王
勇ましく村を出発したものの、近づくにつれてゴーレムの大きさと多さが明らかになる。その威圧感に気後れしてしまいそうになるが、それでも何とか気持ちを奮い立たせてゴーレムたちと向き合う。すると、土や石でできたゴーレムの集団の中に一人だけ体が鉄で出来ているゴーレムを見つけた。おそらく、そのゴーレムこそが話に聞く四天王の一人なのだろう。村に近づかせないために、統率している頭を倒して進軍を止めてもらうことを目的として、僕らは一直線にそこを目指す。
そこに向かう僕らの前に多数のゴーレムが立ちふさがったが、プレッセルの障壁がゴーレムを近づかせず、ガナンさんの槍で遠ざけ、エブールが遠くに殴り飛ばす。仲間が僕のために道を作ってくれた。感謝の気持ちとともに、何とか目的の鉄のゴーレムの前に立つ。
「進軍を止めて引き返してくれ。そもそも、何故平和に暮らしているこの村を襲う?」
「魔族の平和な未来のため、戦う理由なんてそれで十分じゃろ」
口も何もないのっぺりとした顔から発せられた言葉は、どこか人間味を感じさせた。僕が人類を守りたいという思いと同じような気持ちに、剣を持つ手が震える。それでも、僕を信じてくれている仲間や村の人たちのためにも、剣をしっかりと握りなおす。
「さあ、勇者よ。儂は魔王軍四天王が一人、鋼鉄のガギンゴギンじゃ。魔王様と魔族の悲願の礎になってもらおうぞ」
「僕の名前は勇者ヒイロ、人類を守るためにも、村を守るためにも、モテン村は近づかせない!」
「…見事じゃ、勇者よ。儂とお主、どちらの意思が強いのか、それの勝負じゃ」
お互いに譲れぬ思いを胸に抱いて対面する。
そして、僕が振り下ろした剣を合図に、勝負は始まった。
四天王といういうだけあってガギンゴギンは力強く、そしてとても頑強だった。拳は地をえぐり、こちらの振るう剣は彼の体に傷一つ付けられないどころか、彼の体にあたる度に刃こぼれする。
ガギンゴギンの強力さと頑強さに、あまり勝ち目を感じられなかった。
「…何故、ただの剣で戦う?勇者は魔族を殺す聖剣を持っているのじゃから、使えば良かろうに。それとも、アチーチが言っていたように、他者を死なせたくないなどという甘い考えを抱いておるのか?」
「…何を…」
ガギンゴギンの疑問に息が詰まる。中途半端な自分の行動に対する後ろめたさを見抜かれたように思えた。
勇者として人々を守らなければならない使命感、聖剣のせいでヴィー君を殺してしまった自責の念、両親に恥ずかしくない自分であるために誰も殺したくないというわがまま、そして、ガギンゴギンが心を持っているように感じて、一つの命だとしっかり認識してしまったこと。様々な感情の間で板挟みになっていたせいで、どうすれば良いのか自分でも分からなくなっていた。
カンバなど村の人たちにも、僕とともに戦ってくれている仲間にも、ヴィー君やこれまでに犠牲にしてしまった人々にも、両親にも、そして、目の前に立つガギンゴギンに対しても、誰に対しても中途半端な振る舞いだった。
それじゃあ、僕はどうすれば良い?こんな中途半端な気持ちのままで戦うべきじゃなかったのか?殺さないためにもここで引くべきか?ここまで来たからには、村を守るためにも殺すつもりで挑むべきか?答えの出ない疑問が僕を迷わせる。
「勇者様!大丈夫ですか?」
迷いに迷っていた頭の中に響いた叫び声が、僕のことを思考の海から現実に引き戻す。声のした方向を見ると、カンバが見覚えのない女性とともに立っていた。
「いつまでも大人しくしているのなんて性に合いません。それに、助けが来てくれたんですよ。だから、俺も一緒に戦います!」
「どうやら、勇者とやらが押されているようね。あたしも手伝ってあげるわ」
カンバの隣にいたもう一人の女性が放った炎が、何人ものゴーレムを倒す。ここに来るまでの間にも何人ものゴーレムを倒してきたのだろう、彼の後ろには倒れ伏したゴーレムが見えた。
『やめてくれ』
不甲斐ない僕を助けに来た彼らに怒鳴ってしまいそうになる。僕がもっと早く決断していれば、彼らにゴーレムを殺させずに済んだ。結局、僕のせいで、僕が迷ってしまったせいで、殺すことを恐れたせいで死なせてしまった。他にもいろいろと卑屈な考えが頭の中に浮かぶ。そんな僕の恐れの感情を見抜いたような言葉が聞こえてくる。
「勇者様、あのときのことを恐れて聖剣を使っていないのですか?」
カンバたちが来てくれたおかげで余裕ができたのか、気が付くとガナンさんが隣に立っていた。そんなガナンさんの言葉に対して、聞き覚えのない声が返事をする。
「それなら、あたしに任せなさい。ただの鉄がそんなに固いはずがないのだから、魔法の効力によって固くなっているのよ。だから、そういった相手にはこうすれば良いのよ」
女性の掛け声とともに水と炎を放つ。そして、その魔法が当たった部分が金属質な灰色から、錆びた鉄のような銅色に変化する。そんな簡単に鉄は錆びないだろうとは思ったが、魔法には理屈なんて通用しないのかもしれない。ともかく、剣が通るようになったおかげで僕やガナンさん、そしてカンバの振るう剣が少しずつガギンゴギンの体を傷つける。
だが、だんだんと傷が増えるにつれて、聖剣を使わなかった理由が分からなくなる。聖剣の力を制御できなかったせいで、僕はヴィー君を殺してしまった。そのときみたいに、また誰かを殺めてしまうことを恐れて聖剣を使っていなかったのに、このままではガギンゴギンは死んでしまうかもしれない。失血死なんてしないかもしれないが、体を傷つけ続けて無事なはずがない。僕の心には躊躇が生まれていた。そのせいで僕は攻撃の手を緩め、確かな隙が生じた。
「はっ!」
その隙をついて、ガギンゴギンは掛け声とともに、地面から何本もの土のとげを生やす。油断と驚きのせいで周りにまで気を使えなかった。そのせいで、カンバのことを守れなかった。彼の体にとげが突き刺さるのを見ていることしかできなかった。
「っ!こちらは私に任せてください!」
「プレッセル、頼む!」
カンバの治療をプレッセルに任せ、彼が無事であることを祈りながら改めてガギンゴギンと相対する。こちらの人が減り、相手の手数が増えていたが、僕もガナンさんも、共闘してくれている女性も、もう油断はなかった。それさえなければ特に問題はなかった。奥の手であろう地面からの攻撃も来ると分かっていれば対応は出来る。
それからしばらく戦いが続いた後に、魔法を使ったせいで体力が尽きたのか、ガギンゴギンは息を切らしながら僕らを睨みつける。既に決着はついているようなものだった。
「勇者様、カンバは無事です」
「すみません、心配かけました。さあ、早くそいつにとどめを!」
僕らの決着を待っていたのか、戦いが終わった途端にプレッセルがカンバの無事を僕らに伝えてくれた。僕が躊躇したせいで彼を死なせていたら、きっとこれ以上ないくらい後悔していた。だから、彼が助かった事実に心から安心する。
「儂の負けじゃ、殺すがよい」
鉄で出来たのっぺりとした顔を俯かせているガギンゴギンを見下ろす。カンバたちが魔族に抱いている恨みの感情のことを思えば、人類の平和を守るためには、殺すことが正しいのかもしれないけれど、カンバは無事だった。この戦いで僕らには犠牲は出なかった。それどころか、僕たちこそ魔族を何人か殺してしまっていた。
カンバが殺されていたのならともかく、誰も死ななかった。それに、人の命は重く、魔族も人のように心を持っているのなら、ガギンゴギンの死も誰かを悲しませるかもしれない。だから、出来ることならガギンゴギンのことも殺したくなかった。彼を殺さなくてもいい理由を探すために、戦う理由を知りたかった。
「お前は、魔族の平和のために戦っていると言った。その意味を教えろ」
そんな僕の言葉を聞いたガギンゴギンは、魔王の意思、魔族の怒りをゆっくりと語り始めた。




