32. 人々の恨み
十分に休息を取った僕らは本格的に魔族と戦うための準備を始めたが、今から鍛えなおすほど時間に余裕はなかった。これまで教わってきたこと、ガナンさんに教わった剣術と、プレッセルから教わった魔法が、魔王軍の四天王や魔王に通用すると信じて戦うしかない。
国に戻ってきて久しぶりにエブールとプレッセルと会ったが、二人が楽しそうに会話を交わしていることに驚く。最後に会ったときのプレッセルは明るくなかったどころか、ひどく落ち込んでいた。誰かが彼女の元気を取り戻してくれた。その事実に安心すると同時に嫉妬を覚える。エブールのおかげなのか、それとも他の誰かのおかげなのか分からない。確かなことは、僕はプレッセルの心を救えなかった、それだけだった。
故郷の人たちが苦しんでいるときに僕は何もできなかった、プレッセルの心を救えなかった。
僕に出来ることは、人類の平和を守るを守るために魔族と戦うこと。そして、正しい勇者になるために、魔族との戦いで誰も死なせないこと。きっとその二つだ。
僕たちが最初に向かうことになったのは、魔族による襲撃を何度も受けていると言われるモテン村になった。四天王の一人が侵攻している経路の上に存在しているとプレッセルが告げられたらしく、その村を救うために急いで向かうことになった。
最低限の衣服や食事のほかに何本かの剣を荷台に載せてから僕らも乗り込み、ガナンさんが操る馬車でその村に向かう。急いで移動する馬車の中でも、エブールとプレッセルは穏やかに会話を交わしていた。そんな彼女たちの会話の中で、印象に残るものがあった。
「勇者様とガナンは、魔族との戦いが終わった後にしたい夢などはありますか?勇者様が帰郷してらっしゃる間にエブールさんといろいろと話し合った結果、私たちは聖女神教の誤解を解くために各地で獣人に対する差別を是正する決意をしました。実現に至るまでには様々な困難が待ち構えているかもしれませんが、いつか成し遂げなければならないと思っています」
プレッセルが聖女神教への信仰心を取り戻していたことは、その言葉からも明らかだった。僕が故郷に帰って自分の過ちを認識し、自信を失っている間に、彼女は前に進んでいたのだ。その姿が眩しくて羨ましかった。
「そうですね、私は妻と子としばらくのんびり過ごしたいですね」
僕が呆然としている間に、御者台の方からガナンさんの平和な夢が聞こえてきた。エブールは語る必要はないだろうと言わんばかりにこちらを見る。
馬車の中に流れる空気が僕に答えることを催促したけれど、何と答えれば良いのか分からず黙り込む。
僕のせいで悲しませた前世の両親に会って謝りたい。けれど、そんなこと実現できるだろうか。この世界にどうやって来たのかも分からないのに、帰る方法を見つけられるとは思えない。
今世の両親の死を心から悲しめなかったことを償いたい。けれど、死んでから何年も経ってしまったから、今更遅いのではないだろうか。罪深い僕の祈りが両親のもとに届くとは思えない。
迷いに迷った挙句に口から出た答えは、ありきたりで面白みがないものだった。
「特に考えていない。それよりも僕が今考えるべきは、魔王を倒して、人々の平和を守ることだから」
勇者として成し遂げなければならないという考えも多少は抱いていたけれど、決して心の底からの言葉ではなかった。そして、そもそも、僕に魔王を倒したその後があるとは限らないことを考える。勇者として相応しい死に方は魔王との相打ち、そうなればその後なんて存在しない。
けれど、もしも、魔王を倒した後も僕が生き残って同じような質問をされたとしたら、そのときの僕はなんと答えるのだろうか。
僕とガナンさんが交代しながら数日間走った馬車が到着した村は、一見は何の変哲もない村に見えた。僕らを不思議そうに眺めている村人からも、どこか穏やかな空気が感じられる。改めて僕らがこの村に来た理由を説明しても、村人から動揺は見て取れなかった。魔族の襲撃に慣れている彼らにとっては、魔王軍の四天王が来ることも普段と大差ないのかもしれない。
「なるほど、そのような事情なのですね。とにかく、モテン村へようこそ、勇者様方。皆様方が滞在していらっしゃる間、身の回りの世話役としてカンバを付けますので、分からないことがあれば何でも彼にお聞きください。四天王だか何だか知りませんが、一緒に魔族を倒しましょう!」
村長だと思われる老人は歓迎と戦意を感じさせる言葉を僕らに投げかけると、僕と同じくらいの年齢に見える青年を連れてきた。
「初めまして、勇者様方、俺の名前はカンバです。勇者様がいれば、四天王相手でも勝てますよね。この村に勇者様方をを導いてくださった聖女様に、心より感謝します」
聖女神メアリへの感謝を告げるカンバは、もしかすると僕よりも信仰心が篤そうだった。
しばらくの間、村の人たちと一緒に生活をして分かったことがいくつかあった。
まず、村の人たちは皆優しかった。村の中や付近の森を案内してくれたり、美味しい食事をごちそうしてくれたり、家に泊めることを歓迎してくれた。そんな彼らの優しさが身に沁みるようだった。
次に、魔族に何度も襲われている影響か、村人の大半が魔族と十分に戦えるくらい強かった。その中でも、カンバは頭一つ抜けて強かった。村が魔族に襲われるたびに、勇気をもって先頭で戦っていたからだと、彼は照れくさそうに自慢していた。
そして、村人の多くが魔族を深く恨んでいることを知った。魔族との長い間の戦いの間に、村の中から一人や二人では済まない数の犠牲が出たことを、彼らは教えてくれた。それなら、恨みを晴らすために魔王と戦おうとしたことはあるのか尋ねると、カンバは小さく震えながら答えを返してくれた。
「魔族は憎い、当然憎いですけど、魔族をこの村に送り込んでいるやつと戦いに行けば、俺はこの村を守れません。その間に、魔族がこの村を襲うかもしれない。この村の人たちが殺されるかもしれない。村の皆も、そうではない誰かも、そんなこと気にしなくて良いから戦いに行きなさいって言ってくれるんですけど、俺はそんなこと嫌です。だから、俺はこの村を離れられません。そんな中、勇者様方が来てくださって本当に良かった。どうか、俺の代わりに魔族を打ち滅ぼしてください」
口調こそ僕らが来たことを喜んでいる希望に満ちた明るいものだったが、瞳の奥に見えた仄暗い光のせいで彼の頼みを快諾することは出来なかった。
その代わりに僕ができる精一杯のことは、この村で生きていた人の話を聞くことだった。村人たちは皆、亡くなった人に関する大切な思い出、過去を憶えていた。亡くなった人には希望に満ちた明るい未来があった。彼らの命を、平和を守れなかった自身の無力さを痛感する。
それから数日経ったある日、村から離れた位置に魔族の大群の姿を見た。はるか遠くに肉眼で見えた人型の魔族は、石や土によって体が構成されていた。
「きっとそれはゴーレムですよ。早く倒しに行きましょう」
カンバは魔族に対する敵意を言葉から滲ませており、その感情は村全体から伝わってきた。その憎悪の感情が怖かったから、彼らのことは連れて行くべきではないと思い、ゴーレムがこの村を襲ったときに備えてもらうように頼む。
「どうかこの村を守ってください。僕たちが倒してきます」
「そうですか、…わかりました。俺らはこの村を守るので、勇者様は倒してきてください」
この場に残ってほしいという僕の頼みを、カンバは不承不承引き受け、他の村人たちも仕方がないといった様子だった。そんな彼らに戦うための剣を託す。
そして、彼らに配ったものと同じ剣を僕も手に取る。僕が負ければこの村の人たちを死なせてしまうかもしれない、これ以上は誰も死なせたくないという恐れと、彼らを守らなければならないという使命感を胸に、四天王との戦いに向かう。




