30. 命の重み
僕の身の回りには亡くなった人が何人もいたのに、何故、人の命の重さを知らなかった?疑問の答えを見つけるために、過去を振り返る。
邪神教団の人たちが火あぶりにされる光景を見た。共に戦った騎士の一人を死なせた。獣人の人たちを救えなかった。僕が躊躇したせいで両親が亡くなった。そして、ヴィー君を殺した。これまでの旅でそれだけ多くの人々を死なせた僕は、数々の死とどう向き合っていたのか。
邪神教団の人たちの死を喜ばなかった。そのときの僕は、両親との約束を守るには、彼らのことも守るべきなのか迷っていただけで、彼らの死とは向き合っていなかった。
騎士の人が亡くなったときは、その人のことを詳しく知らなかったせいで、周りの人たちのように悲しめなかった。獣人の人たちが捕らわれていた光景の凄惨さに恐怖を感じたが、亡くなっていたことに対してはあまり目を向けていなかった。彼らの遺体は丁寧に埋葬した。
両親の死を悲しみ、殺した相手に怒りを覚えたが、復讐をしようとしなかった。それよりも、いずれ両親と再会できたときに誇れる自分でありたかった。
ヴィー君をこの手で殺した。彼の死を悲しみ、彼が罪を償わずに亡くなろうとしていることに怒り、彼の中に以前のような正しさがあることが分かってからは、彼の死後が穏やかであることを祈った。
そこまで考えて、気が付いた。邪神教団を除いた人々の死に関して、僕は死後のことを考えていた。
騎士の人と獣人の人たちが救われて神のおわす国に行けるよう丁寧に埋葬した。両親とは、いずれの日か神のおわす国、もしくは違う場所で再会することを夢に見ていた。自分の罪を後悔していたヴィー君が地獄に落ちないよう祈った。
きっと、僕は頭のどこかで死を終わりと考えていなかった。蘇り、地獄、神のおわす国、その後は様々だけれど、死のその先があると考えていた。敬虔な信徒ではない僕が、聖女神教の考え方に基づいて死後を考えていた理由は、きっと簡単なこと。僕が一度死んで蘇ったから。自分の身に起きたことが、他の人にも起きて当然だと認識していた。
そのせいで、どうせ蘇る命だと考え、僕は人の命を軽視していたんだ。
騎士の人の死や、獣人の人たちの死が悲しめなかった理由は、信徒である騎士の人は、死後にきっと神のおわす国に行くことができ、弱者救済の考え方から、差別で苦しんでいた獣人の人たちは救われると思っていたから。
両親の死は確かに悲しかったけれど、いずれ二人とも蘇るかもしれない、神のおわす国で再会できるかもしれない、そう考えたせいで復讐しようしなかった。
ヴィー君の死を伝えるべきだと思った。それを伝えられた人がどれほど傷つくのか考えなかった。
そして何より、自分の命すら軽く見ていた。ヴィー君との決闘のときでさえ、彼を殺すくらいなら自分が死んでも良いと思った。お母さんとお父さんが亡くなった後、ぼんやりと死ぬことを考えた。だって、どうせまた蘇るかもしれないから。
どこまでもくだらないことを考えていた自分の愚かしさに、思わず笑ってしまいそうだった。
「人は蘇る。その考えのせいで、お母さんとお父さんが亡くなったときも、騎士の人や獣人の人たちが亡くなったときも、ヴィー君を殺したときも、軽く受け止めていた。命の重さも知らずに、軽視していた。何が勇者だよ。ははは、…はぁ」
「違いますよ、勇者様。死後に救いを求めることは、正しく生きるための動機となります。間違った考えではありません。それに、勇者様が人々と真剣に向き合っていたことは知っています。あなたは、命を軽視していません」
ガナンさんがそう言ってくれたのは嬉しいけれど、今更そんな言葉を鵜呑みになんてできない。
人々の死を悲しめない冷血漢。両親の死を重く受け止めていなかったせいで、復讐のスタートラインに立ててすらいなかった薄情者。ヴィー君の死が与える影響を考えなかった愚か者。それが僕なんだから。
そうして、命の重さを理解していなかった理由に気が付くと同時に、何かに違和感を覚えた。
その違和感の理由を考えるべきではないという嫌な予感があったが、これ以上悪いことなんてあるとは思えなかった。
ふと、目の前に座るアネッテを見て思い出す。そういえば、彼女と初めて会ったとき、僕は自己犠牲を払ってでもヴィー君を助けようとした。転生してすぐに、自分の命を省みない行動をした。
やはり、転生したせいで…?いや、違う。そもそも、僕は何故転生した?前世の俺は何故死んだ?そこまで考えて、ようやく思い出す。俺は轢かれそうになっていた見ず知らずの子供を庇って死んだ。
腑に落ちた。つまり、俺は死ぬ前から命を軽視していた。長々と考えていた言い訳は、外部に理由があると思い込むためのもので、生まれたときからどうしようもない馬鹿だった事実から目を逸らすためのものだった。
その事実を自覚すると、僕はどんな気持ちで死に際のヴィー君にあんなことを言ったのか疑問に思う。多くの人を悲しませてまで死に、何よりも、親よりも先に死んだ悲しませた親不孝者。まさしく俺のことで、俺の方がきっと両親のことを悲しませた。だから、叶うことなら父さんと母さんに会って謝らないと。前世の罪を償わないと。そうしなければ、きっと地獄行きだ。
その後特に会話が交わされることもなくオクセンシェルナ家の治める街に着き、そこでアネッテと別れ、ガナンさんとともに国に戻った。そして、これまでに死なせてしまった人々、僕が向き合ってこなかった人々の命と向き合わなければならないという使命感から、僕は行動に移した。
亡くなった騎士の人については、他の騎士の人に聞くことができた。エイブラ、小さい頃から明るく、どこか憎めない性格で、僕にしたように誰に対しても積極的に関わりに行く人だったらしい。いろいろあって奥さんと出会い、子供が生まれた。明るい未来が待っていたのに、僕のせいで亡くなった。僕はそんな彼のことを知ろうとしていなかった。
「ようやく、聞きに来たのか。これであいつも報われる」
話を聞いた騎士の人の態度にやるせなさがにじみ出ていて、申し訳ない気持ちで立ち去った。
次に、亡くなった獣人の人たちのことを知るために生き残った獣人のひとたちを訊ねたが、わざわざ蒸し返そうとしたせいで罵声を浴びせられた。それでも知らなければならないという思いから何度も頭を下げると、いやいやといった様子で話してくれた。ひとまとめにするべきではないが、全員が同じような辛い目に合っていた。平和に暮らしていたところにやって来た邪神教団に捕らえられ、黒魔術のために血を抜かれる。その過酷な生活の中で、血が足りなくなって亡くなった多くの子供。子供の代わりに血を上げて亡くなったサイハン、反乱を起こそうとして殺されたゾリグ。他にも多くの人が非業の死を遂げていた。勇敢に戦って亡くなった人たちにも人生があった。
「俺たちは、聖女神教のことを許していない。だから早く帰れ」
話を聞き終わると追い出され、そのまま邪神教団の人たちにも話を聞きに行く。すると、彼らは申し訳なさそうに、そして僕に関わりに来て欲しくないような態度で話してくれた。元奴隷だったが、魔族が主人を殺してくれたおかげで平和に生きれるようになったラファ、両親も邪神教団だったせいでそれ以外の世界を知らなかったダヴィ。彼らもまた、信仰に狂わされた人生だった。
「これ以上、私たちには関わらないで下さい」
どこか憎しみを込められた視線から逃れるようにして立ち去る。
僕のせいで亡くなった全ての人が、家族、恋人、友人、知人によって死を悲しまれていた。一人の死が数多くの人を悲しませていた。これまで守ってきた人たちの死も、数多くの人を悲しませるだろう。一人の命がそれほど重いなら、この世界の平和を守るとは、この世界に生きる人々を守るとは、どれほど重い使命なのか。平和を守るという勇者の使命を、僕は背負えるだろうか。
『勇者の正しい死に方は、魔王との相打ちだけだ!』
人の命を軽視し続けていた僕が過ちを償うには、ヴィー君が言ったようにするしかないだろう。この命に代えてでも魔王を倒し、使命を果たす。それ以外に償う方法はきっとない。




