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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
四章 立場の弱き者共
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29. みんなの人気者

 ヴィー君の父親は簡単に見つかった。というよりも、僕がやって来たという噂が広まっていたらしく、向こうの方から僕らに接触してきた。

「久しぶりだね、ヒイロ君。既に大体のことは聞いてるよ。良かったら家に来て、座ってお茶でも飲みながら話をしよう」

 大体とはどこまで知っているのか、復讐をするために誘っているのか、様々な考えが頭の中に浮かぶ。罪悪感と気まずさのせいで断りたかったが、その誘いを断れるような立場でもなく、黙って後ろをついて行く。ヴィー君の父親の背中を追っているうちに、彼が一人で暮らしている家に着いた。そして、椅子に座った僕たちに熱いお茶を配ってから、彼はゆっくりと語り始めた。

「ヒイロ君が聞いたことがあるかは知らないけど、僕と妻は幼馴染なんだ。まあ、狭い里だから、ヒイロ君やヨリドちゃんの両親とも幼馴染だけど。それで、彼女は思ったことを正直に言ってしまう性格でね、良く言えば裏表がなく、悪く言えば無神経だった。それに対して、僕は口下手で遠慮してしまうことが多かったから、彼女の堂々としたところを尊敬していた。

 そんなある日、彼女は里に伝わる聖剣について正直に言ってしまったんだ。『勇者だか誰だか知らないけど、なんで知らない人のためにそんなことをしなきゃいけないの?あなたたちの誰かが勇者なら、その役目を喜んで果たせるのに』ってね。頭の固い里の人たちはその言葉に怒っていたけど、僕は、その言葉に影響されて勇者を目指したこともあったんだ。結果としてはすぐに諦めたけど、彼女を喜ばせるために勇者を目指した事実が、僕が彼女に抱いている感情を自覚するきっかけになったんだ」

 その話を聞いて最初に思ったのは、母親からは正直さ、父親からは勇者に対するあこがれの感情、それらがヴィー君に遺伝したのだろうという考えだった。きっとこのまま話を聞き続ければ、ヴィー君のことをより深く知れる。これ以上話を聞くのは怖いが、それ以上に知りたいと思った。

「それからいろいろあって僕たちは結婚したんだけど、別にそれは話さなくても良いか。二人で幸せな結婚生活を送っていたある日、妻はヴィーゴを妊娠した。あの頃は、これから訪れるであろう、三人での幸せな生活への期待で胸がいっぱいだった。人生で一番幸福な時間だった。

 けど、うまくいかなかったんだ。ヴィーゴを生んだ直後の妻の出血がひどく、僕はどうすれば良いのか分からず、とにかく肉を食べさせるべきだと思って、周りに止められたのに飛び出した。出産の最中、役立たずだったことが悔しかったんだ。

 鹿の肉を持って帰った時、妻は既に息をしていなかった。なんで飛び出して行ってしまった、なんで隣にいてやらなかった、なんで彼女を守れなかった、後悔から泣きそうになったけど、僕よりずっと大きな声で泣いている子供がいて、この子だけでも守らないと。そう心に決めた。

 ヴィーゴを育てるのは大変でね、あの子は昔から活発で、僕は出来ないことや、知らないことがたくさんあった。少し目を離すとあの子はどこかに行ってしまい、僕は乳を出せないから同じくらいの年の子を持つ親に頭を下げ、夜泣きのせいでいつも寝不足で、襁褓の洗い方も分からなかった。大変な日々の中、僕は妻の分もヴィーゴに愛情を注いだ。あの子が立てるようになり、歩けるようになり、言葉を話せるようになり、一個一個の成長が嬉しかった。

 あの子との暮らしは大変だけど幸せだったはずなのに、僕の心の中にはいつも隙間が空いていた。妻と二人で過ごしていた部屋は一人で過ごすには広すぎて、誰かを泊めるときに貸し出していたが、そこから違う人が出る度に失望していた」

 ヴィー君の父親は奥さんの死に深く傷付いていた。そんな彼から子供までも奪った僕は、これ以上聞くのが苦しかった。ヴィー君への愛情を感じさせる言葉が、僕の罪の意識を重くする。

「言葉を話せるようになったあの子にどうやって言葉を教えるのかに悩んで、子供向けの勇者の話を聞かせたら、あの子はそれを本当に気に入ってね、そんなとき言ってしまったんだ。『ヴィーゴのお母さんは、なんで良く知らない人たちのために聖剣を守らなきゃいけないの?とか、文句を言っていたなぁ』その言葉を聞いたヴィーゴは、どこまでわかっていたのか、平気そうな顔して『じゃあ、俺が勇者になったら、母さんは喜んでくれる?』なんて言ったんだ。四歳の時だったから忘れているかもしれないけど、僕を慰めてくれたのか、母親に会いたかっただけなのか、もうわからなくなってしまったけど、あのときからあの子は勇者に憧れて、強く、正しく、正直になって、だんだんと妻と重なって見えるようになったんだ。

 そして、アネッテ様が僕らの里にやって来た日、領主様と違って、悪い貴族が里にやってきた。だからみんなを守ろう、そう思って勇敢に立ち向かったのかな」

「ふん、まあいいわ」

「…あのとき、ヴィーゴも守れないかもしれない恐怖が心を支配した。あのとき、君がヴィーゴを守ってことへの感謝は今も忘れていないのに…」

 彼はそう言うと俯いて、こちらを見ようともしなかった。乾いたのどを潤すために飲んだお茶は、ぬるいどころか、むしろ冷たく感じられた。

「妻が亡くなったのも、ヴィーゴが殺されたのも、きっと全部僕のせい。それなのに、これ以上この場に君が居たら、僕は君に怒りを向けてしまう。君が伝えに来なければ、どこか遠くで生きているかもしれないと信じられたのに。なんで、そんなことを教えに来た?なんで、ヴィーゴが…」

 彼は椅子の上で俯いたまま動かず、何も声を発しなかった。僕たちが存在しないような態度に、これ以上の滞在が望まれていないことがわかる。

 本当に知りたくなかった?知らないままでこのまま停滞し続けるのが良いことなのか?過去にとらわれないで前を向くためにも知る必要があったのでは無いか?自分の負担を軽くするためだけの言葉は、発するべきではない。


 目的は果たした結果、重たくなった足取りで帰り道を歩く。下を向いて歩いていたせいで、気がつくと見知った顔の人々に取り囲まれた。彼らにも、僕がヴィー君を殺したことが伝わっていたのだろう、恨みがましい目付きと、罵倒の数々が僕に飛んでくる。

 そうだった。里の人たちはこういう性格だった。そのことに懐かしさすら覚える。僕が何かを言われるのは平気だったが、他人に被害が出ることは許せなかった。だから、誰かが石を手にしたとき、またかというわずかな呆れとともに、考えるより先にアネッテを守っていた。ガナンさんは僕が守らなくとも平気そうだった。

「相変わらず救いようの無い。自分たちで問題を解決しようともせず、頼りにできそうな者に依存し、その期待が圧力になっているなど考えず、自分たちの罪深さから目を逸らし、他者のせいだと喚くしか能が無い。それなのに、この者共が石を投げられている場面にお前が居合わせていたら、お前は死んだあの男のようにこの者共を救ったのでしょうね」

「あなた方の中で、石を投げるられるほど罪を犯していない人がいますか?勇者様はこの世界のために懸命に戦っておられるのです。その方に敵意を向けることの意味を知りなさい」

 アネッテとガナンさんは僕のこと庇ってくれた。まるで、里から出ることになったあの日のようだった。罪深い自覚があるのに、人に守られることがどうしてこんなにも嬉しいのだろう。


 その後、オクセンシェルナ家が統治する街に帰るための馬車で考える。アネッテは僕を庇ったが、事実として、僕は彼らを守っていなかった。彼らが悪く言われ、石を投げられ、敵意を向けられ、その行為が彼らの心を苛んでいたとき、僕は何もしなかった。

『お前は平和を守っても、人々のことは救えていない』

 ヴィー君が伝えたかったのは、きっとこういうことなんだろう。敵を取り除いてもそれは一時の平和に過ぎず、恐怖や不安に震える人々の心は置いてけぼりだった。

「どうすれば、この世界のすべての人々を救えるのでしょう?」

「ヨリドのことでも心配しているのかしら?そのことなら、わたくしが何とかするわよ。だって彼女は友人なのだから」

「そうですよ、勇者様。一人では出来なくとも、私たちは助けを乞うことができます。汝、すべての人に愛情を持って接しなさい。助けを求められれば、それに応えるべく努力することが人としてのあるべき姿です」

 自分ではできないことを他の人に助けてもらう、なんて単純なこと。それなのに、僕はそれすらできていなかった。

 そのことを実感するとともに、頼まれてもいないのにそれをやってくれていたヴィー君を尊敬する。そんな彼だからこそ、僕が今日出会った人たち皆が慕っていた。出会う人皆が彼を殺めた僕に怒りを向け、彼の死を悲しんだ。

 彼の死は多くの人に影響を及ぼしていた。改めて、彼の命を奪った罪深さを実感する。

「何をへこんでいるのよ。またふざけたことを考えているのかしら?」

「違いますよ。ただ、ヴィー君の死がこんなにも多くの人を傷つけるなんて思っていなかったので、彼の命の重さを実感していただけです」

「?人の命が重たいことは当然でしょう?何を言っているのよ」

 言われてみれば、人の命が重いことなんて当然だった。じゃあ、何故僕はその常識を知らなかった?

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