28. ヴィーゴの最期
「泣くなよ、ヒイロ。もう、俺はお前を、守ってやれないんだから」
いつの間にか泣きそうになっていた僕を見て、ヴィー君は困ったように言った。憑き物が落ちたような穏やかな顔を見ると、余計に悲しみが増す。
「お前がそんなに泣くから、大切なことを、思い出した。俺は、お前に助けてもらった、その恩を返すために、お前を守りたくて、強くなろうと思ったんだ。それなのに、いつの間にか、強くなることだけ考えて、一番大切なことを、忘れちまってた。お前のことも、人類のことも裏切って、魔族の肉体を得てまで、強くなろうとして、挙句の果てには自殺だ。どこまで、間違えるんだよ。ああ、俺は地獄行きだ」
「そんなことない!僕が殺したんだ」
否定するために叫び声を上げても、ヴィー君は子供をあしらうように、僕のことを優しく諭す。
「違う。俺は、お前のただの友人で、終わりたくなかった。お前と敵対してでも、物語の一節に、名前を残したかった。それで、お前に挑んで、負けたなら、潔く死のうと思った。俺自身が、死を選んだ。だから、これは間違いなく、自殺なんだよ」
「それなら、死ぬ必要なんてなかっただろ。罰せられて終わりで良かった。ヴィー君のお父さんや、…他にもたくさんの人を悲しませてまで」
「俺の親父は、亡くなった母さんの面影を、見ていただけだ。きっと、俺自身のことは、愛していない」
今になって初めて、ヴィー君の母親が亡くなっていたことを知った。会ったことも、見たことも、話に聞いたこともなかったのに、そのことに違和感を抱かなかった。彼が言ったように、僕が薄情な性格だということを、いやでも自覚せざるを得なかった。そんな僕が彼の死を悲しいなんて言っても、きっとその言葉に説得力なんて無かった。
「親より先に死ぬなんて、俺は本当に親不孝者だ。いつか、謝らないと。ヨリドにも、謝らないといけないのに」
「そうだ、自分の犯した罪を償わないで死ぬなんて許されないに決まってる」
「さすが、ヒイロ。それでこそ勇者だ。優しく、勇敢で…」
「ヴィー君?」
「まあ、いいや。とにかく、勇者として、俺みたいに間違えないで、正しく生きろ」
僕が彼の過ちを否定したことで、ヴィー君は満足そうに笑った。もう、僕が何と言おうとも、彼は死を受け入れているのだろう。だからこそ、最後に僕の正しい姿を見て子供のようにはしゃぐ。
「最後に、お前の物語の悪役として、呪いを残してやる。お前は平和を守っても、人々のことは救えていない。この言葉の意味を理解して、その上で乗り越えて見せろ。お前が勇者になるために」
「最後なんて言うなよ。…わかった、救ってみせる。誰も彼もを」
「その言葉を、聞けて良かった。…ああ、お前の物語、最後まで知りたかったなぁ」
「そうすれば、いいだろ。死ぬなよ、ヴィー君…。死なないでよ…」
最後なんて思いたくなかった。いつまでも僕の活躍を信じて生きて欲しかった。それなのに、どれだけ名前を呼んでも、ヴィー君は声を発さなかった。気がつくと、彼の首からとめどなく流れ続けていた血は止まり、大半の部分が人間に戻っていた。
彼のしたことや、父親やヨリドちゃんに直接謝らずに逝ったことに怒りを憶えていた。彼が亡くなったことが悲しかった。それなのに、満足そうな様子で目を瞑っている彼を見たら、そういった感情は萎んでいった。
「おやすみヴィー君。いい夢を」
ただ、彼の死後が穏やかであることを祈っていた。死の間際には自分の過ちを認め、子供のように勇者に憧れる彼が、地獄に行かないで神のおわす国で穏やかに過ごせるよう、僕は祈っていた。
「捕らえられていた人たちを連れて帰る準備が出来ました。その人も一緒に帰りましょうか?」
僕の隣にやって来たガナンさんは気を遣うようにして聞いてきたけれど、それはヴィー君の願いではない気がした。
「いえ、ここで燃やしていきます」
その言葉に少し驚いた反応をしたが、ガナンさんは僕を止めなかった。
ヴィー君の体は激しく燃える火の中で、パチパチと音を立てながら燃えた。体はこの世から無くなり、少し黒く焦げた骨だけが残った。聖女神教の宗教観では残酷に見えるかもしれないけれど、前世の記憶を持つ僕なりに精いっぱい弔ったつもりだった。
しかし、彼の体が無くなってしまったことで、ヴィー君の死を知る手段は僕が伝える以外には存在しないかもしれないことに気付き、彼のお父さんや、ヨリドちゃんにヴィー君の死を伝えなければならないという使命感が、僕の中に生まれる。
そして、そのために故郷へ戻りたいと伝えると、皆が認めてくれた。それに合わせて、全員で一度短い休暇を取ることになった。魔族との戦いが本格的になる前に少し休むためという体で、プレッセルとエブールはそれぞれ思い思いの場所へ行き、ガナンさんは僕について来てくれた。
「今の勇者様を一人にしてはいけないと思いました」
ガナンさんの言葉は、別れた際の恨みが残っているかもしれないせいで、一人で帰ることを心細く思っていた僕を安心させてくれた。そうして、わずかな不安と安心感、そして、ヴィー君の最期を伝えなければならないという使命感とともに、オクセンシェルナ家が治める街に向かった。
そこで出会った人に、僕の故郷の人たちがどこにいるのか尋ねたが、大した情報は得られなかった。
「聖剣の里の人ですか?さあ?そんなことより、勇者様ですよね?活躍は耳にしています!邪神教団の奴らを倒して、もうすぐ魔王も倒すとか。同じオクセンシェルナの土地の者として誇らしいことです!」
彼らが敵意のような感情を僕の故郷の人たちに向けていたことだけが伝わってきた。その感情を抱いている理由が気になったが、周囲に人が集まり少し騒がしくなったせいで聞けなかった。
そして、その騒ぎを聞きつけたのか、遠くから馬車がやって来る。
「どきなさい!これは何事かしら?」
馬車から降りたその人は、人ごみをかき分けるようにして、懐かしい口調、懐かしい声とともに僕らに近付いてきた。
「あら、ヒイロじゃない。勇者をクビになったのかしら?」
「違いますよ、アネッテ様」
アネッテは相変わらずで、その姿に懐かしさと安心感を抱く。彼女が人々を追い払ってくれたおかげで周りが静かになり、その流れで彼女にも聞く。
「ヨリドたち?彼女たちなら、里がある程度復興できたとか言って帰ったわよ。お前たちは会いに行くの?そうね、わたくしも久しぶりに会いに行こうかしら」
そうして、僕たちの案内を買って出てくれたアネッテに付いて行くようにして、僕たちは故郷の人たちに会いに行くことになった。
アネッテの案内で久しぶりに足を踏み入れた故郷は、すべてが元通りになっていたわけではなかった。それでも、人が暮らせる程度には復興しており、見覚えのある人たちが笑顔を浮かべている光景に、言葉に出来ない喜びを抱いた。
そして、その人々の中にヨリドちゃんはいた。久しぶりに会った彼女は、以前の面影を残しつつも、大人の女性になっていた。特に、お腹が一目見てわかるくらいに変化していた。
「久しぶり、ヒイロ。わざわざ帰って来たってことは、ヴィーゴのことでしょ?」
本当のことを伝えて良いのかどうか、わずかに迷った後に、僕は正直に答えることにした。
「ヴィー君は亡くなった。僕が…」
「で?それを私に伝えてどうなると思ったの?」
それ以上聞くつもりはないとでも言うかのように、きつくこちらを睨みつけた。覚悟していたけれど、実際に敵意をぶつけられると少したじろいでしまう。
「ヴィーゴはどうしようもない奴だったよ。昔からすぐに意地悪言うし、調子乗りだったし、ヒイロが出てってからのあいつは、不貞腐れて、いつもイライラしていた。それでも、あいつは私たちのことを救ってくれた。ヒイロが出て行ってから、私たちがどんな扱いを受けてたか知ってる?ヒイロと両親は勇敢に戦って、私たちは聖剣を守る使命も果たせず、逃げ出した臆病者。それが私たちの評価。表を歩くだけで陰口を叩かれた。石だって投げられた。そんなとき、私たちを守ったのはヴィーゴ。解決方法は言葉じゃなくて暴力だったけど、みんな彼に対して感謝してた。私も本当に感謝していた。そんな彼が死んだことを伝えられてうれしいと思うの?」
ヴィー君は勇敢にみんなを守ってくれていた。僕が知るように、勇者に憧れる優しい心を失っていなかった。そのことが本当にうれしかった。
「ねえ、ヒイロ。私と結婚してよ」
「え?」
一人で喜びを噛み締めていたせいで、想定外の言葉に言葉を返せず、思考が止まる。
「私、ヴィーゴが出てってから籍を入れてたんだ。今の私の立場は未亡人だから、誰かのハレムの一員にされるかもしれない。そしたら、このお腹の子供はどうなるの?こんなに大きくなったから堕ろせないけど、生まれたら捨てるように言われるかもしれない。ヒイロは、ヴィーゴの忘れ形見にそんなこと言わないでしょ?だから、この子を守るために結婚してよ。側室扱いでいいから」
「ごめん」
彼女の求婚を断ることに迷いはなかった。断るべきだと思った。
「ヒイロのせいで父親の顔も知らず、子供のうちに死んじゃうかもしれないのに、助けてくれないんだ」
「ごめん」
「あっそ。それじゃあね、ヒイロ。きっと二度と会うことはないだろうけど」
「ごめん」
僕のことを責める言葉に、謝ることしかできなかった。彼女の怒りはもっともだったから。
「何故ヨリドの提案を断ったのかしら?あの男に申し訳ないとでも思った?」
ヨリドちゃんが立ち去って行った後に、断った理由を聞いてきたアネッテの質問に、僕はうまく説明できなかった。
「そうですね、もしハレムに対して生理的に嫌悪感を抱いているのであれば、それは間違っていますよ。ハレムというものは制度の一つでしかありません。それを正しく扱うのも、誤った扱い方をするのも人です。女性を手に入れるためにその人の配偶者を殺した領主もいましたが、困窮した人を助けるためにその制度を使う人だっていました。どんな教えであろうとも、間違えるのは人です」
ガナンさんなりに励まそうとしていたのかもしれないが、しっくりこなかった。生理的な嫌悪感というほどではないが、僕にとって結婚とは、両親たちやガナンさんのような一対一が当たり前だったから、違和感はあった。けれど、ヴィー君の子供を守るためなら受け入れられるような気もしていた。
それじゃあ何故断ったのか考えて、僕には自信がないのだと思い至った。プレッセルの悩みを解決できず、ヴィー君のことも救えない僕は、残されたヨリドちゃんとヴィー君の子供を幸せにできるような人間じゃない。僕のような間違えてばかりの人間がそんなことはしてはいけない。きっと、そんな悲観的な感情が理由だった。
とにかく、一度気持ちを切り替えて、ヴィー君の父親を探すために、改めて辺りを見回す。




