26. 最悪の再会
プレッセルの凄絶な過去を聞き、彼女がこれまでに経験した苦労や、正しさにこだわる理由を知った。不安定になった彼女の心を僕が癒さなければならない、そう思った。
「エブールさんの気持ちもわかります。自分たちを虐げた人々への復讐を望むことは、致し方ないことです。マムに救われたおかげで、聖女神教が私の心の拠り所となっていたおかげで、私は復讐に心を支配されることなく正しく生きてこられました。ですが、聖女神教への信仰が揺らいでしまっている今、私はなんのために正しくあれば良いのですか?」
「そんなこと考えないで、今までみたいに聖女神教を信じて生きれば良いと思う。きっと、聖女神教は正しいから」
「そうですよね。ありがとうございます、勇者様」
こちらに縋るように聞いてきたプレッセルに返した僕の言葉は、きっと彼女が求めている答えだった。けれど、間に合わせの慰めにしか思えない言葉を聞いた彼女は、貼り付けたような笑顔を返した。
それ以上語ることを持たない僕らは、帰ることになった。ガナンさん達に先に帰ることを伝えるために教会に手紙を残してから、自室に向かう。
自室の中で、プレッセルにどんな言葉を伝えれば良かったのかを考える。どれだけ考えても、正しい答えは分からなかった。他の正しく生きる理由を探すことの提案も、今回みたいに悲観的な感情を抱くことの否定も、彼女の抱える苦しみに対する同情も、どんな言葉も相応しいと思えなかった。
身近にいる人の心も救えないくせに、何が勇者だ。肩書より大きく劣った自分の器量にため息を吐く。
それぞれの心にわだかまりを生じさせた日から一夜明け、確認されている限りでは最後の邪神教団の里に向かうことになった。性急ではないかという疑問は、逃がした人々が合流していた場合、僕らの襲撃を警戒して姿をくらますかもしれないと言われれば納得できた。
そこに向かう人に関して、教会内での差別的な発言を理由に多くの騎士が心を清めなおすことになったため、僕らに同行する者はいなくなった。そのせいで、ガナンさんとプレッセルとエブールと僕の四人で向かうことになる。分かりやすく態度に出す人はいなかったが、お互いに言いたいことを飲み込んでいることは明らかだった。
僕らの不和はいずれ解決するべきだが、今は前回のように失敗をしないことに意識を向ける。逃した人々を含む大量の邪神教団が待ち構えていたり、乱入者が現れたとしたら、少ない人数で太刀打ちすることはきっと困難だろう。だから気を引き締めなければならないと思っていた。
しかし、そんな緊張感とは裏腹に、僕たちがそこに到着したとき、既に家々は激しく燃え、辺りには血の匂いが漂っていた。その恐ろしい光景が僕の故郷が襲われたときと似ているせいで、お母さんとお父さんを失った日を思い出す。あんな思いはしたくない。
不安になった頭で、誰が何の目的でこんなことをしたのか、その人物は僕たちの味方なのか考えても、何もわからない。何も分からないまま警戒をしていると、一人の人影が確認できたが、燃え盛る火が逆光となり顔が見えない。
「なあ、知ってるか?こいつらが人を襲うのは、完全に魔族になるためらしいぞ。同じ種族だった人間を躊躇なく殺せるようになれば、それはもう人ではなく魔族の心を持っている。そして、黒魔術の力で肉体も魔族になれば、それはもう人ではなく完全な魔族だ。つまり、こいつらは邪神を信仰しているというより、自分達は魔族として生まれるべきだったと信じているだけなんだよ」
僕らが知らなかった邪神教団の目的を滔々と語るその声を、僕は聞いたことがあった。けれど、その声は僕の記憶の中にある声より少し低くなっていた
近づくにつれてだんだんと見えるようになった顔、僕を激しく睨みつけるその顔を、僕は見たことがあった。けれど、その顔は僕の記憶の中にある顔より少しだけ大人びていた。
「お前と最後に戦ったとき、なんで気が付かなかったんだろうな。勇者の伝承の一節『聖剣は勇者に戦う力を与えた。目はあらゆる悪事を見通せるように、耳はあらゆる悪事の企みを聞こえるように、拳は大岩を砕けるほど強靭になり、聖剣は邪神由来の力を消し去る力を持つ』あのとき、俺がお前に負けた理由は、聖剣がお前に力を与えたから。そうだよな?ヒイロ」
勇者の伝承を楽しそうに語る姿だけは、僕の記憶の中にある姿と同じだった。
「久しぶりだね、ヴィー君」
聞きたいことは数多くあったが、敵意に満ちた様子から、日常会話をするためにここにいるのではないのだろうことは分かった。
「ヴィー君がやったの?もしそうなら、なんでこんなことをしたんだよ」
僕たちの里が受けた被害を返したかのような光景に疑問を抱く。僕の友人だった頃のヴィー君は、勇者に憧れ、人並みに正しい心を持っていた。だから、むやみに人を殺めるはずがない。だから、この光景は彼の手によるものではないと信じたいのか、彼が歪んでしまったように見えることが悲しいのか、彼の行いに怒りをぶつけたいのか、自分の感情が分からなかった。
「別に深い理由はない。俺らの故郷を襲ったことは恨んでいるけど、お前みたいに親を殺されてないから、そこまで激しく恨んではいない。ただ、こいつらは俺と似た苦しみを味わっていたから、お前の強さや侵略におびえ、改宗を強制されることを恐れ、いっそのこと殺して欲しいって頼まれたとき、その願いをかなえてやろうと思った。それが理由だ」
「頼まれても、そんなことをするようなやつじゃなかっただろ!」
以前の彼ならするはずのない行動に落胆する。以前のような彼はもういないのだろうか。
「そうだな、あの頃は勇者になりたかったからな。お前が勇者になったせいで、俺は絶対勇者になれないのに、真面目に正しく生きる必要があるか?…ヨリドのこと憶えてるか?」
「ヨリドちゃん、懐かしい名前だね」
「あいつ、あんな別れ方したのに、ずっとお前のこと気にかけてたんだよ。気に入らねえよな、お前は勇者もヨリドも俺から奪おうとする。だからさ、あいつの処女は俺が奪ってやったよ。そうすれば、勇者様とは釣り合わねえよな?」
僕への悪意を露わにした下劣な発言に嫌悪感を抱く。やはり、もういない。幼稚でわがままな部分もあったが、勇者への憧れから立派な勇者になりたいと、僕を守ると言っていた頃の正しい彼はもういない。
「やろうぜ、ヒイロ。リベンジマッチだ。今度こそお前に勝って、俺の強さを証明してやる」
「皆さんは生き残りがいないか探して、可能な限り助けてください!僕はここに残って彼を止めます」
「分かりました。勇者様もお気をつけて」
ガナンさんたちは、生き残りを探しに行ったが、ヴィー君は彼らを追いかけようとしなかった。
「俺のことを止めるっていうのは、かつての友人に向けて言ってるのか?それとも勇者として言ってるのか?」
「勇者として、平和を守るため」
「使命感かよ、つまら答えだな」
正面から向き合い、周囲には誰もいない二人だけの空間で、お互いに剣を構える。向き合っていると、かつて二人で強くなるために鍛えていた日々を懐かしく思うが、僕もヴィー君も笑わない。
何を間違えたのだろう。なぜこうなってしまったのだろう。僕のせいで彼はこうなってしまったのだろうか?どうすれば、彼の心を救えるだろうか?後悔や疑問が頭の中を渦巻く。しかし、今はこの戦いに集中するべく、それらを振り払うようにして聖剣を振り下ろす。




