25. 聖女プレッセルの過去
私の一番古い記憶は、誰が歌っているのかもわからない子守歌を聞きながら眠っている記憶だった。
『いとしい我が子、あなたは私の腕の中で揺られ、穏やかに眠る。
私は歌声で、あなたを安らぎの揺りかごへと誘う。
私の心は愛で溢れ、希望と喜びと混ざり合う。
あなたの視線が私の気遣いを誘うと、私はあなたに向き合い、心の奥底から喜びを感じる。
今はただ、主とメアリ様と私の愛に包まれてお眠り、いとしい我が子』
幼かった私には言葉の意味が分からなかったが、意味がわかるようになった今、親から子への愛に溢れたその歌が、私のために歌われたものであって欲しいと願ってしまう。
物心がついてからの記憶は苦しいものが多かった。
当時の私は何も持っていなかった。寒さに耐えるための衣服も、その日を生きるための食料も、雨風を避ける家も、そして、親もいなかった。
寒さに耐えることは困難だった。最低限の布切れ一枚はもっていたが、寒い冬の空気は私のことを苛んだ。生き残るために、着るものを持たない者同士で温めった。それでも、寒い冬を乗り越えられる者は少なかった。雪と同じくらい冷たくなる人や、風邪をこじらせて亡くなる人がいた。
日々の飢えを凌ぐことも困難だった。たまに聖職者がやってきて、お恵みでお金を配られることもあったが、満足に食べられる金額ではなかった。多くのお店に入店を断られたが、露店では買い物ができることもあった。空腹に耐えられないときは食料を盗むこともあった。それでも、飢えをしのげる者は少なかった。ほとんど皮しかない体になる人や、盗んだことの罰で殴られたことによる後遺症で亡くなる人もいた。
様々な環境に耐えることも困難だった。屋根や壁のある場所を見つけられても、憲兵などに見つかって追い出されたり、暴力を振るわれることもあった。住む家を持たない者同士で見回りが来る時間などを共有してやり過ごした。それでも、様々な環境を耐えられる者は少なかった。暑さのせいで汚水を飲んで病気になる人や、雨雪の寒さや風邪によって亡くなる人もいた。
人から害されることもあった。数少ない金や食糧をめぐって暴力を振るわれた。浄化という名目で、憲兵に人が殺されることもあった。
身の回りでは、常に誰かが亡くなっていた。人の命があまりにも軽い環境だった。
それでも、私は死にたくなかった。あの子守唄を歌ってくれた両親に会いたい、その一心で懸命に生きた。
ある日のこと、一人の女の聖職者がお恵みをくれた。
ただ、その日はどうしようもなく空腹だったから、つい鞄を盗んだ。だが、中には私が望んでいるものは入っておらず、一冊の本しかなかった。騙されたと思った。
空腹に任せて齧り付いたり、怒りをぶつけて燃やしたり、ビリビリに破ってしまいたくなった。けれど、せっかく手元にあるのだから、一度その本を読もうと思った。期待を込めて本を開いたが、中には蛇のような模様があるだけで、何も面白くなかった。捨ててしまおうかと思ったけれど、せっかく手に入れたのだから、聖職者がこの本を喜んで見ている理由を知るまでは捨てないことにした。
本の面白さを知るためにどうすればいいか考え、一つの作戦を立てた。作戦の内容は、決まった曜日、決まった時間に教会に集まる人の話を、教会の裏手から盗み聞きすることだった。当然、正面からは入れなかった。
大して面白くない話だったら途中で帰るくらいの気持ちで作戦を実行したが、一度話が始まると不思議と真剣に聞いていた。
「今日は地獄と、神のおわす国についてのお話をしましょう。初めに、地獄とは恐ろしい場所です。そこに落とされた人は、悪鬼によって咎に見合った罰を与えられます。何度も肉体を痛めつけられ、そのたびに体は治り、永遠に苦しめられます」
当時の状況が最悪だと思っていた。それよりも悪い状況があるなんて考えたことなかった。ずっと苦しかったのに、地獄に落とされて永遠に苦しめられるなんて耐えられないと思った。
「ですが、心配ありません。信仰を抱き、善行を重ねれば、主はその行為をお認めになり、私たちに慈悲をお与えになります。そうすれば、来る日の審判で神のおわす国に入る慈悲を賜ることができるかもしれません。だから、正しいことを行いなさい」
信仰を持ち、正しく生きさえすれば永遠の苦しみを味わうことはない、そう思うと聖女神教は魅力的に思えた。そして、地獄が本当に恐ろしい場所だと分かれば、神のおわす国とやらがどれくらい良い場所なのか気になるのは当然のことだった。
「神のおわす国ってどんな場所なんだよ」
そんなことを考えていたせいか、無意識のうちに声を発していた。
「神のおわす国には、寒さも飢えも暑さも痛みも苦しみもありません。ただ穏やかに生きられます」
私が無意識のうちに声にしていた疑問に返ってきた答えは、少し信じられなかった。もし本当なら、もし実在するのなら、素晴らしいことだけれど、あまりにも都合が良いせいで疑わしかった。
「そして、そこは確かに存在します。かつて、聖女様は一人の勇者に告げられました。『私はこの目で神のおわす国を見てきました。そこにいる人は皆、主への信仰を捧げ、平和に暮らしていました。あなた方もそこに行けるよう、主への信仰とともに生きなさい』と」
聖女様の声を聞いた勇者がいるという話のおかげで、神のおわす国が現実味を帯びたように思えた。
きっと、聖女なんてご大層な存在も、勇者なんて肩書の人も嘘をつかない。だから、きっと神のおわす国は実在する。それならば、痛みも飢えも暑さも寒さも苦しみもない神のおわす国に行きたい。その思いから、気がつくと私は救いを求め、主と聖女様と対して信仰心を抱いていました。
それから、教会に行って説教を聞くことは私の習慣の一つになりました。
「きちんとした服を着なさい。過剰な露出は双方にとって害となります」
きちんとした衣服を着るようになりました。布は滅多に手に入るものではありませんでしたが、中に入れていた肉が腐った頭陀袋などを、商人の方から頂きました。根気強く洗っても匂いが染みついていましたが、それくらいしか手に入りませんでした。それのおかげで、冬の寒空でも凍えることは無くなりました。
「盗みをしてはいけません。多くのお金を手にしているように見えても、それはその人が喜捨するためのものです。正しく貧しきものに分け与えられるようにしなさい」
盗むのをやめました。それまでに私が犯した罪を反省し、盗みを働いたことのあるお店に謝罪をしました。暴力を振るわれることもありましたが、それは私の罪に対する罰でした。そして、私のことを許し、どうしようもなく空腹になったときは食べに来ても良いと言ってくださった人もいました。申し訳なさから、滅多に行くことはありませんでした。
「全ての土地は主より与えられしもの。住まわせてもらっている感謝を忘れてはなりません」
無断で他人の敷地に侵入することをやめました。私はその地に住まわせてもらっている対価を払えないため、感謝を示す他ありませんでした。
「人に優しくしなさい。とりわけ弱き者に優しくしなさい。貧しき者や病人、老人や子供、彼らが一人で生きるのは困難です。そして親切にされた者は、その恩に報いなさい。特に親には孝行しなさい。彼らはあなたが一人で生きられるようになるまで育てたのです」
自分より苦しそうな人に食べ物を分け与えるようにしました。生まれて初めて、人から感謝の言葉を告げられました。
主と聖女様の御言葉によって、正しく生きるようになりました。
正しく生きるようになると、施しだけではなかなか生きられず、様々な仕事をするようになりました。体臭が原因で何度も断られましたが、字が読めるようになっていたおかげで、働かせてくれる場所もありました。そこでは常に見下されていましたが、仕事をさせてもらえるだけありがたいことでした。幸いなことに、推定十歳にも満たなかった私にそういった要求はされませんでした。信徒は貞淑でなければなりません。
労働とともにある暮らしでは、飢えることも増えましたが心は満たされていました。今ここで亡くなったとしても、正しく生きている私はきっと神のおわす国に行くことができるでしょう。そうしたら、そこで満足するまで食べられます。そう考えていました。
しかし、正しく生きるためには、盗んだ教典が気がかりでした。聖職者が喜んで読む理由も何となくわかりいましたが、捨てようなんて考えは既にありませんでした。それどころか、文字が読めるようになれば読めるようになった分だけ、教典は私の罪深さを教えてくれました。罪を贖うためにも返さなければなりませんでした。
ある日、集会が終わった直後の人の出入りに乗じて教会に入ると、ひときわ高い位置にその女性はいました。
「汚い子供!出て行きなさい!」
私がその女性に話しかけるよりも先に、他の女性の信徒に見つかり、あわや追い出されそうになりました。本来、聖女神教は何人に対しても門戸を開かれていたはずなので、入っただけで追い出されるのはおかしな話ですが、とにかく、その女性は追い出されそうになった私に話しかけてくれました。
「お待ちなさい。教典を持っているのなら、彼女も信徒の一人です。追い返してはなりません。話を聞きましょう」
「違います!私は、信徒じゃありません…」
当時、既に聖女神教のことは信仰していましたが、集会にも出られないこと、身分の低さ、そして教典を盗んだ後ろめたさから、否定していました。
「それでは、どうしてここに?」
「盗んだものを返しに来ました」
聖女神教の信徒でないのならなぜここに、真っ当な疑問に正直に答えると、すぐに雰囲気が厳しいものに変わりました。
「それは、盗難の罪を犯した者は、罰として手を切られることを理解したうえでの発言ですか?」
教典に暮らしている土地の法律は記載されていなかったので、そんなこと知りませんでした。その言葉の恐ろしさに鳥肌が立ちましたが、これまでに謝罪を行った店に対して生半可な気持ちで謝罪を行ったことなどありませんでした。それに、私が死後に救われるためにも、盗難の罪はここで贖わなければなりませんでした。ガタガタと震えて、恐怖の涙を流しながらその後の言葉を待ちました。
「悔悟の念を抱きし者は赦されるべき、これは主の御言葉です。その本はあなたにあげました。だから、あなたは盗んでなどいませんよ」
しばらくの間、彼女の言葉の意味が理解できませんでしたが、少し考えてわかりました。彼女は私のことを救おうとしてくれていました。その優しさに、私は心から感謝をしていました。
「それに、教典を見ればわかります。しっかり読んでいるのですね。あなたさえよければ、この教会で修道女になってみませんか?」
「ミリアム様!?そんな孤児などを」
「孤児を虐げてはなりません。それであなたはどうしたいですか?」
都合の良い展開に少し困惑しましたが、私が救われる前に、心残りを無くそうと思いました。
「一つだけお願いをしてもよろしいですか?」
「ええ、もちろん」
「私と同じ境遇の人たちを助けてください」
「わかりました」
善行を積むため、そして、私だけが救われる後ろめたさを抱えないための私の願いを、その女性、ミリアム様は聞き届けてくださいました。
聞くところによると、私が正しく生きようとしていたのを真似していたらしく、私と同じ地域に暮らしていた人たちの素行は比較的まともだったそうです。そして、彼らは力のある者は騎士や農作業の手伝いなどの肉体労働、力の弱い女性や子供は、女中や下働きなどの仕事に、今でも従事しているようです。
修道女として教会に暮らすようになってからも、決して楽な生活ではありませんでした。生活するための法律と知識や、修道女として生きる心がけと基本的な雑務などを、ミリアム様に厳しく、そして懇切丁寧に教わっていたことは大変ではありませんでした。私が苦労していたのは、周囲との関係性でした。
「あなた、名前ないのよね?じゃあ、ミリアム様に迫って聖職に就こうとしたプレスとかそんなのでいいんじゃないの?」
「ミリアム様はマムって略称で呼んでいいのよ」
くすくすと笑いながら話している様子を見れば、悪意が込められていることも簡単にわかりました。きっとミリアム様が許されても、私なんかを仲間と認めたくない人が数多くいたのでしょう。嫌がらせは、巧妙にミリアム様がいないところで行われました。私が問題を起こせばミリアム様にきっと迷惑をかけていたでしょう。だから、なるべく波風を立てないように、私は無視していました。
結局、呼びやすさなども考慮されてプレッセルという名前で落ち着き、ミリアム様ではなくマムと呼ばせていただくようになりました。
それらの嫌がらせを私があまり気にしなかったことが気に入らなかった人が多くいたようで、その後も何かと嫌がらせは続きました。
「ねえ、掃除やっといてよ」
「わかりました」
「良い子ぶるなよ、孤児のくせに」
分かりやすく外部の者である私は、好奇と敵意の対象でした。しかし、私が問題を起こしてマムに迷惑をかけないためにも、善行を重ねるためにも、私は正しく生きることを心掛け続けていました。
そうして、主と聖女様に仕える暮らしを続けていましたが、私の中にはある恐れがありました。何度も読んだ教典は、私の望むページを開きました。
『親には孝行しなさい。彼らはあなたが一人で生きられるようになるまで育てたのだから。彼らが年老いたならば、今度はあなたが世話をしなさい』
私はその教えを全うできません。そう思うと、卑怯な考えが頭の中に浮かびました。
『彼らはあなたが一人で生きられるようになるまで育てた』
私の両親は、私のことを育てませんでした。それならば、恩を返す必要なんてないのかもしれません。
しかし、わずかな期間でもいいから、両親が愛情を持って私を育てたことを願う心もありました。私の中に存在する、誰かに子守歌を歌ってもらった記憶がその欲を肥大化させていました。もし、その記憶の中の子守歌を歌ってくれた人が両親だったのなら、私が赤子の頃、その手で抱きしめられ、優しく寝かしつけられたことがあるはずです。
親に愛されていなければ恩を返さなくて良いと考える打算的な心と、親に愛されていたことを願う子供のようなわがまま、相反する二つの感情に苦悩していました。
そんな私の胸中を察してか、マムは私のことを心配してくださいました。
「悩みがあるのなら、主に己の後悔を告白しなさい。そうすれば主に赦されるかもしれませんよ」
「マム、私は過去の罪に苦しんでいるのではありません。赦しを乞うているのでもありません。ただ悩んでいるのです。私は、親に愛されて生まれてきたのでしょうか?」
「…ええ、産む覚悟を決めたのです。きっと愛しているはずです」
「マム、ありがとうございます。もう大丈夫です」
『嘘つき』
心の中で呟きました。
マムに教育してもらったおかげで、私は法律を知っていました。親は子を殺すなかれ、教典に書いてあるその言葉を根拠として、この国での中絶は違法です。母が私のことを愛していようが、愛してなかろうが、私のことを生まざるを得なかったのです。
結局、私が愛されていたのかどうか、確かなことは分かりません。はっきりしているのは、もし私が愛されていたのなら、親への恩を返せないことです。
それならばと、私と同じくらいの年齢の子を持つであろう人たちに優しくしようとしました。いずれの人も、私の両親だと確信することは出来ませんでしたが、親であって欲しいと願う人はいました。彼女が私の母だったらよかったのに。
両親に恩を決して返せないことに対する後ろめたさから、他に一つでも教えに反したら、地獄に落とされるかもしれない恐怖を抱き、決して過ちを犯してはならない、教義に背いてはならない、という考えを私に植え付けました。
その考えのもと、ひたすらに正しく生き続けていたある日、教会で祈りを捧げている最中に、不思議なことが起こりました。不思議な光とともに一人の女性が現れました。その女性は、教会で何度も見たことのある彫像と似ていました。いえ、本物の方が何倍もお美しい御姿でした。
「せ、聖女様ですか?」
なぜ私の前に?頭の中は疑問で埋め尽くされていました。
「敬虔なる信徒プレッセル、聖剣が起動しました。来る魔族との争いに備えなさい。あなたはこれまでのように、誰よりも正しくありなさい」
「御心のままに。ですが、何故私なのでしょうか?」
「あなたは他の誰よりも教義を守ろうとしていたからです。あなたには誰よりも強い力を与えましょう。あなたが私に願う通りに、救う力を。聖剣には敵を打ち倒す力を。あなたは人々を守りなさい」
その言葉を最後に、聖女様は姿を消しました。起きた出来事を信じられないまま周囲を見ると、他の人々も見聞きしていたらしく、聖女様の御言葉の事実確認が行われ、慌ただしく日々が過ぎました。
「プレッセル、あなたの言う通り、勇者が現れたようです」
マムはそう言ってから後ろめたそうに私に告げました。
「可能ならば、聖女様に誰よりも強い力を与えられたあなたは、勇者の旅に付いて行って欲しいそうです」
「わかりました」
私はマムの頼みを一も二もなく同意していました。教えを守れない分、少しでも正しく生きるために断る理由がありませんでした。
そうして私は、次代の聖女などというこの身には過ぎた肩書を頂き、あの日、勇者様は私の前に姿を現しました。
「聖女様です!」
あのときの私は、自分の正しさしか信じられませんでした。
「こんな人と協力するなんてあり得ません!どんな教義であろうとも、それを守れない者を信用することなどできません!」
他人が誤っていると思っていました。
「悔悟の念を抱きし者は赦されるべき」
邪神教団であれ、救うことでより正しく生きられると思っていました。
けれど実際、私が正しかったのかわかりません。
『主と同じ形に作られた人間が最も偉く、主によって他の生き物を治めるように命じられた。だから、お前たち獣人は人間に支配されるべきなんだよ』
私の救われたいという願いは、聖女神教が正しいことが前提です。ですが、聖女神教が獣人を差別している根拠として語られたエブールさんの言葉は、確かに教典の一節でした。他者への差別を行うような宗教が正しいのでしょうか。その疑問は私の信仰を揺らがせました。




