23. 武闘家エブールの怒り
残り二つとなった邪神教団の集落のうちの片方に向かっている途中、今回の作戦が成功するかどうかについて考える。どうせそこに暮らす奴らも戦うために鍛えてなどいないだろうから、いつもと大差ない戦いになる。勝ち目がないと思わせる程度の強さを見せつけ、それから数で制圧すれば奴らは簡単に投降する。
だから、敵の命を奪うかもしれないことや、仲間が傷つくかもしれないことに対して緊張感を抱いても、戦闘そのものや、負けるかもしれないことについては緊張感を抱いていなかった。他の人たちも僕と同じようなことを考えているらしく、それほど緊張している様子に見えなかった。
しかし、緩み切った空気の中で何かに違和感を憶え、目的地が近づくに連れてだんだんと暑さが増していることに気が付いた。暑さは際限なく増していき、この世界に生まれてから感じたことのないような熱気に汗が止まらなくなる。動かなくとも汗が流れるほど暑いのにもかかわらず、異常事態に鳥肌が立つ。
原因を探るために馬車の外に出るとさらに暑く、空を見上げると二つの太陽が輝いていた。だが、ここはそういうタイプの異世界ではなかった。魔法などが発達している代わりに文明の発達が遅れ、獣人や魔族といった地球に存在していなかった生き物も存在しているが、太陽の数など天文学的な特徴や地理的な特徴は前世と大差ない世界だったはず。それならば、この異常事態の原因は敵襲に違いなかった。
「プレッセル!障壁!」
僕の大声に慌てて飛び出したプレッセルは障壁を張った、その障壁に向かって片方の太陽がゆっくりと近づき、激しい衝撃とともに弾け飛ぶ。熱が僕らを襲い、肌を焦がし呼吸もままならない。
熱に揺らめく空気の向こうに、竜とそれに乗った人影が見えた。
「久しぶりだな、勇者ヒイロ。改めて自己紹介するぞ。俺の名前は灼熱のアチーチ、魔王軍四天王が一人、今は各地を遊撃する部隊を率いている」
そこまで一息に言い切ると、アチーチは飛び降りる。
「さあ、勝負だ!」
そして着地と同時に大きな声で宣戦布告をしてきたが、僕ははしゃいだ様子についていけなかった。
「なんでよりによって今来たんだよ」
喉に焼けるような熱を感じながらつぶやかれた文句は、アチーチには届かなかった。
「皆さん、先に行ってください!プレッセルは手伝ってくれ!」
アチーチの足止めのために少なくとも僕は残り、プレッセルにも協力を仰ぐ。そして、この場にやって来た主な目的である邪神教団の捕縛は、ガナンさんとエブールや他の騎士に任せる。
どうやら、アチーチがここに来た目的は本当に僕だったようで、彼は全員を素通りにさせた。
「何しに来たんだ、アチーチ。今来られても困るんだよ」
「つれないこと言うなって。この間はあまり話せなかったし戦えなかったから、もう一回会いに来たんだよ」
アチーチはこちらの不満げな態度を気にする様子を見せなかった。
「とにかくかかってこい!」
突然乱入してきた不満をぶつけるように、僕はアチーチの掛け声を合図に斬りかかった。彼の放つ火を斬り落とし、回避することでなんとか接近した。だが、向こうも接近戦の心得があったようで、アチーチを目掛けて振り下ろした剣は避けられ、彼は至近距離で魔法を放とうとした。この距離では避けられない、そう思った瞬間、目の前に現れた透明の壁が火を防いだ。そして、火によって視界が塞がれている隙に、距離を取られた。
「プレッセル、助かった!」
「なかなかやるな、だがもう近付かせないさ」
宣言通り、向こうの攻撃と防御はより一層激しくなった。
前回はあまりにも実力差があったせいで手も足も出なかったが、僕だって何度も戦いと訓練を重ね、力をつけてきた。そのおかげで、あの時よりもずっと自由に聖剣の力を扱えるようになっていた。自分の中に存在する力を聖剣の先から出すイメージをし、自分の前面に壁を張るようにして魔法を放つ。
「おっ、いいな。だが甘い!」
しかし、その攻撃は出力が足りず、アチーチの魔法で押し返される。
力押しで勝てそうにないのなら、もう一個の作戦に移る。先ほどは攻撃するイメージで魔法を行使していたが、今度は攻撃のためではなく、純粋に光らせるためだけに力を凝縮し、光球を放つ。それはあまりに眩く、手で顔を覆った僕やプレッセルは無事だが、きっとアチーチの視界を一時的に封じることに成功した。その隙に彼を倒そうとした。
「なるほど、それなら!」
しかし、その言葉とともにアチーチを中心として球状に火が広がり、僕らは向こうに近付けず、プレッセルの障壁や僕の聖剣の力でこちらに迫る火を防ぐことしかできなかった。
防戦一方で接近戦を仕掛けさせてもらえず、お互いにこれといった決め手を持たず、前回よりだいぶましになったとはいえ、再びどちらの魔力と体力が先に尽きるかの我慢比べになりそうだった。
「今はこれくらいの強さか。目も見えるようになってきたし、それじゃあ俺は帰る。またな、ヒイロ」
長期戦の覚悟を決めていたこちらの気持ちを裏切るようにして、アチーチは前回と同じようなことをあっさりと言い放った。
「もう帰るんだったら、何のために来たんだ…」
「わかってくれよ、こっちにも魔王軍四天王としての立場があるんだ。ずっとさぼっていたら周りに文句を言われる。だから仕事をやってる感じを出してるんだよ。じゃあなヒイロ。来い、ルギオス!」
僕の文句を意に介さず、アチーチは竜に乗って飛び去った。
何のために来たのか訳が分からないが、厄介な横やりのせいで大幅に遅れた。本来の目的である邪神教団の捕縛に向かった人々を追いかけるが、とっくに手遅れな気がしていた。
少し遅れて集落に向かうと、そこには重たい空気が流れていた。近くにいた人の話では、獣人や捕らえられていた人たちは保護したが、邪神教団は大半を逃してしまったようだった。誰も口にしなかったが、明らかに作戦は失敗した。
そのせいで、馬車に乗って教会に帰る足取りは重たく、作戦失敗から数日後に教会で行われた反省のための話し合いの際に、誰もなかなか口を開こうとしなかった。
「誰も悪くありません。魔王軍の四天王が乱入してくるなんてこと、誰にも予想できません」
僕が言うまでもなく原因は明らかだったが、失敗の要因が外部に存在することに不満を露わにしている人が一定数いた。失敗の責任を押し付けられる対象を身近に作り、それを非難することで自分には責任がないと考えたかったのだろうか。
そうなると、自然と人々の視線はエブールに集まる。新参者で、種族が異なる彼女は格好の的だったらしく、エブールのせいで失敗したと言いたげな雰囲気になる。彼女は少しずつこちらの立場に歩み寄ろうとしているのに、こちらから向こうに悪意を持って接する姿は見ていられなかった。
「やめてください!」
僕やプレッセル、そしてガナンさんがこの場を納めるために声を発しても、頭に血が上った様子の人々には届かなかった。
「そうだよ、お前が獣人を助けることを優先するべきなんて言うから、今回の作戦は失敗したんだ。だから、こいつを仲間に入れべきじゃなかった!」
悪意で満ち満ちた人々の声を聞いたエブールが怒りを露わにする。
「また差別か。やはりお前たちのことを許すべきじゃなかった」
騒がしい声の中、エブールの声が怒りの感情を伴ってはっきりと聞こえてきた。せっかく少しずつ和解できていたのに、彼女は初対面の頃のような態度でこちらに敵意を向ける。
「やめてください。今、私たちが争う意味などありません」
「そういえば、プレッセルは知りたがっていたな。ならば、私がお前たちを恨む理由を教えてやる。獣人を最初に差別したのが、お前たち聖女神教だからだ!」
エブールの言葉に込められた負の感情に思考が止まる。




