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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
四章 立場の弱き者共
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22. 獣人の犠牲

 一足先に国に戻ってプレッセルを待っている間にも、僕は悩み続けていた。ガナンさんに言われたように、いずれ自分の中で答えが出ると思ってもそう簡単には考えがまとまらず、気が付くとプレッセルが一人の獣人とともに戻ってきた。

 馬の顔を持ち、全身を毛で覆われ、手足には五本の指ではなく蹄を持ち、二足歩行をする獣人の女性、エブールは僕らのことを問いただした。

「何故奴らを殺さなかった?」

 未だに答えを出せていない疑問に、思わず黙り込む。人を殺めるべきではないという勇者に相応しいであろう正しい主張や、両親のために殺したくないという僕の本心を伝えたとしても、尊厳や生命を踏みにじられた獣人の人たちが納得するとは思えなかった。

 そうやって考え込んでいると、エブールは瞳に激しい怒りと憎悪を浮かべて僕らのことを睨みつけてきた。彼女が邪神教団に受けた具体的なことは知りようがないけれど、瞼の裏に焼き付いたあの悲惨な光景のことを考えれば、奴らを庇っているように見える僕らに対して彼女が恨みや怒りを向けることも真っ当に思える。

「お前たちの考えは絶対に間違っている!」

 だから、エブールがこうやって声を荒らげるのも自然なことに思えた。

 自然なことに思えたけれど、考え直すと少し違和感を抱く。奴らを殺さずに捕まえた甘さを責め立てるにしては、僕たちに向ける負の感情が大き過ぎるように思えてならない。

 きっと、彼女を捕まえ人道に反する行いをしていた内の何人かは火刑に処され、釈放される者も再び邪教認定されることを恐れて大人しくなるだろうし、恐怖から実行することはないにしても、獣人の人たちが直接復讐をすることだって可能なはず。にもかかわらず、なぜ僕たち聖女神教の信徒を激しく睨みつけるのか、なぜ僕たちのことを憎々しげに見ているのかを疑問に思う。

 すると同じことが気になったのか、プレッセルは疑問を声に出した。

「なぜ、私たちのことをそれほどまでに憎むのですか?」

「あなたには感謝しているから、言えない。ただ、私たちはお前たちのことも許すつもりはない」

 エブールはプレッセルの疑問に対する明確な答えを返さず、邪神教団や、聖女神教に関わる人皆に対する負の感情を露わにし続けた。


 その後、邪神教団の脅威を除くための戦いにエブールが加わった。彼女を仲間に加えるべきでないとの意見もあったが、多くの獣人に要請されたことで断れなかった。仲間に加わった主たる目的が復讐であることは明らかだったが、戦力としては申し分なく、僕も彼女を仲間に加えることに賛成だった。

「お前たちは悪くないのと、助けてもらった義理があるだけ」

 初めての顔合わせで堂々と言い放ったその姿は少し顰蹙を買ったが、エブールが仲間に加わってから初めて行われた戦闘で、彼女は実力を十分に示した。嗅覚ですぐに捕らわれている人々を見つけ出し、脚力で誰も逃さず、戦闘力で正面から次々になぎ倒す。誰の目から見ても彼女の活躍は明らかで、一転して彼女のことを歓迎する雰囲気に変わった。

 しかし、その明るさも長くは続かなかった。


「殺してやる!」

 次に訪れた邪神教団の村で、彼女は憎悪の言葉を吐き散らしながら邪神教団の人々に襲い掛かり、何人もの重傷者を出した。プレッセルは怪我人を懸命に治療したが、二十歳ほどの一組の兄弟の治療は間に合わず死なせてしまった。皮肉なことに、その遺体や負傷した人々の体についた蹄の跡が彼女の強さを証明していたが、誰も彼もが彼女を遠巻きに見ていた。

「何故治した?答えろ、プレッセル!」

 戦地の真ん中にもかかわらず、激情のままにエブールはプレッセルに噛みつく。しかし、プレッセルはエブールの怒りに動じることなく粛々と答える。

「理不尽に虐げられたことへの怒りの矛先を探すのも致し方ないことです。しかし、聖女様もおっしゃられているように、人は皆弱さを抱えているのです。自分より弱き立場の者を作り、それらを虐げることでしか心の平穏を得られない心弱き者もいるのです。弱者救済、そんな者共も救うべき、そのように聖女様も主もおっしゃられています」

「奴らは私たち獣人を虐げ、それに留まらず、多くを殺した!だから私たちも奴らを殺す。それなのに、お前は救うべきと言うか!」

「人の命は何人の物であろうとも尊きものです。それに、悔悟の念を抱きし者は赦されるべき、主の御言葉です」

「後悔したからと言って、罪がなくなるわけではない」

「その通りです。ですが贖罪はすべきであると、主も仰られています」

「主とやらの言葉は全部正しいのか?」

「ええ。主の教えに従い、復讐のために生きるのを止め、教義を守らない者もいますが、主と聖女様への信仰に生きれば、来る日の審判で神のおわす国に行くことができるのです。ですから、あなたも主の教えに従い、正しく生きるべきです」

「どこまでも正しいことしか言わないんだな、プレッセル…」

 プレッセルの正しさへの執着にを聞いたエブールは、怒りが鎮まったように大人しくなった。だが、エブールに対する恐怖が邪神教団の人々に伝播し、殺される恐怖から震えるだけの者、自決する者、死に物狂いで抗う者、地獄のような光景が広がり、その抵抗によって味方の騎士が一人殺された。

 たまに話す程度の仲の彼はワインが好きで、離れて暮らしている息子といつか一緒に飲みたいと語っていたことしか知らない。僕よりも深い仲の人たちはやりきれない表情で、彼の遺体を見つめていた。希薄な関係性のせいであまり悲しめない自分に嫌気がさした。


 戦闘の後処理に移ると、エブールの激しい怒りの理由はすぐにわかった。捕えられていた獣人は皆、狭い牢屋の中で鎖に繋がれたまま息絶えていた。遺体の大半が首や脇の下、そして太ももの内側といった大量に血が出るであろう部位を傷つけられていた。

 なぜ失血死させたのか、なぜ何の罪もない彼らの血が流れなければならなかったのか、救えなかったことを申し訳なく思う。戦いはそういうものだということは分かっているが、見知った人や何の罪もない人の血が流れることに苦しくなる。

 騎士と獣人の遺体は丁重に扱われ、埋葬するために急いで連れて帰られ、死んだ邪神教団の遺体はその場で焼かれた。いずれ来る復活の日に備えて、信徒であった騎士と同情されるべき被害者である獣人の遺体が埋葬されることや、悔悟の念を抱く前に亡くなった邪神教団が決して蘇らないように燃やすという扱いが妥当だと考えていることは、この場の空気感から伝わってきた。

 ただ、僕は誰にも死んで欲しくなかった。そしてプレッセルは、邪神教団のためにすら祈りを捧げていた。彼女はどこまでも正しく生きようとしていた。

 それから国に戻ると、今回の被害の原因となったエブールを仲間から外すべきだという意見が出た。彼女の激昂しやすさを懸念した意見だったが、彼女の存在は他の獣人に希望を与えており、一部の者にとって、獣人が勇者の仲間であることは獣人の地位向上に一役買っているため、彼女に戦い続けて欲しい人もいるようだった。

 話し合ってもなかなか結論が出ず、彼女を追放するかどうかの最終決定権は僕に委ねられた。僕としては年長のガナンさんに決定を下して欲しかったけれど、許されなかった。

 結果として、僕はエブールに仲間として居続けてもらう決定をした。人を殺さない理由を見定めてもらうために、彼女には仲間でいて欲しかった。


 それからも戦いは続いた。何度繰り返しても罪悪感は無くならず、人々の死や、僕たちを恐れる人々の目、そして怒りを向ける子供たちの目に慣れることはなかった。

 それどころか、邪神教団の子供たちを今まで出会った子供たちと重ねて見ることがあった。街中で声をかけてくれた子供、いつも両親とともに教会に祈りに来る子供、そして、ガナンさんの故郷で出会った子供、サブラ。

『どうして、お父さんとお母さんを連れてくの?』

『自分の手を汚したくないから、代わりに誰かに殺させるんだ。勇者様って本当に卑怯者だね』

 親子を離れ離れにすることや、自分の手を汚さないでいることを頭の中で見知った顔に罵倒される。そうすることで自分の行いを赦されようとしている浅ましさ、彼らに対して申し訳なかった。

 何も変わらない僕とは違い、エブールはプレッセルとの口論以降少し変わった。まず、エブールを仲間として残す決定をした僕に感謝を述べ、自分が暴走したせいで死者を出したことについて、一人一人に丁寧に謝っていた。怒りを露わにすることも減り、自分の過去の話もしてくれるようになった。故郷は退屈な場所でそこから逃げ出したかったこと、その途中で邪神教団にとらわれている仲間の存在を知ったこと、その復讐の道中に捕まって僕らに出会ったこと。

 そうしているうちに彼女はだんだんと仲間の一人として認識されるようになったけれど、それでも、未だに僕らや聖女神教の信徒らに対して敵意を抱いていた理由だけは教えてくれなかった。

 そして、気が付くとプレッセルに告げられた邪神教団の集落は残り二つとなっていた。

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