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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
四章 立場の弱き者共
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20. 最初の里

 あれよあれよという間に話は進み、一つ目の邪神教団の隠れ里に向かうことになった。なぜ隠れて暮らしている彼らの居場所がわかるのか疑問に思った僕に対して、プレッセルは教えてくれた。その説明の中には、彼女が聖女と呼ばれている理由が含まれていた。

「聖女神教の信徒はこの世界の至る場所に暮らしており、聖女様はその全ての者の祈りの声をお聞きになられるのです。きっと捕らわれている獣人や暮らす土地を襲われた人々の中に信徒がいたのでしょう、彼らの救いを求める声から、私に向かうべき場所をお告げくださったのです」

「そうなんだ、じゃあプレッセルのおかげなのか」

「ま、まあ、そうかもしれませんね。とにかく早く聖女様のためにも奴らを倒さねばなりません」

 プレッセルは少し恥ずかしそうに誤魔化していたが、僕は彼女の頼もしさを改めて実感していた。彼女のお告げのおかげで使命を果たせることを意識しながら、僕たちは馬車に乗って邪神教団の里に向かっていた。今回は僕たちだけではなく、さまざまなことに対処するため、騎士修道会の人たちが僕たちの旅に同行してくれていた。

 そうして、僕たちを乗せた馬車は静かに揺れ、その揺れとは別に僕の体は震えていた。戦いに向かう前はどうしたって不安に襲われる。そんな僕を見かねたように、ガナンさんが声をかけてくれる。

「勇者様は、以前にも奴らと戦ったことがあると聞きました。その際、誰も殺めずに捕まえたという話は事実なのですか?」

「そう、ですね」

 ガナンさんの質問に対してどこか後ろめたい気持ちを抱えながら返事をしていた。アチーチとの邂逅によって、勇者として戦う理由を見出すことができた一方で、何人たりとも殺めたくない理由は、両親に恥ずかしくない、誇れる息子でありたいという思いしかなかった。その考え方が勇者という立場に相応しくないのではないかという疑念が、あの時から僕に付き纏っていた。 

「汝、人を殺めるなかれ。主もそう仰られています。ですから、勇者様の行いはきっと正しかったのでしょう。しかし、今から行われるのは異教徒との戦いです。主も、女神様も、悪を打ち滅ぼすためならば、お許しになられています」

 ガナンさんは僕の態度の理由を知らずとも、僕の行動を肯定してくれた。けれど、彼の語った人を殺すことも場合によっては許されるという教えを、僕は納得できなかった。たとえ主に許されたとしても、人を殺めた己を肯定することなど僕にはできない。僕にとってはそんな教えが正しいとも思えない。

「もちろん、勇者様の優しさは大変素晴らしいことです。しかし、その優しさが身を滅ぼす原因になる可能性もあります。自分の周りの大事な存在を助けるには、そうせざるを得ないときがくるかもしれません」

 そうなのかもしれない、魔族と争っている状況でそんな甘い考えは許されないのかもしれない。そう頭では理解していても、納得は出来なかった。

「そうはいっても、恐ろしいですよね。もちろん、勇者様がお嫌でしたら、そういったことは私に任せてください。あなたは正しく、人々に仄暗い部分を見せることを許される立場ではありません。それに、子供にそんなことを押し付けるべきではありませんからね」

 ガナンさんは覚悟の決まっていない僕のことを責めず、穏やかな顔で励ましてくれた。父性を感じさせるその笑顔を見て、やはり僕は両親のためにそんなことできないと改めて自覚する。

 こうして会話を重ねると、僕たちは人を殺めることに対する考え方が異なっていた。最悪殺しも厭わないと言っていたガナンさん、真っ当に奴らを打ち倒すべきだと考えているプレッセル、殺すことなんてできないと思う僕、馬車の中には三者三様の思いが存在していた。意見の差異が、今回の遠征に何か不和をもたらすかどうか不安だった。


 ある程度の距離まで里に近づくと、気づかれないように馬車から降りて歩いて目的地に向かっていた。後ろに何人もの騎士がついて来ている状況に対する緊張感や、これから人の命を奪うかもしれないこと、そして知り合いの人が傷つけられるかもしれないことに、恐怖の感情が肥大化する。

 そして、恐怖の感情を抱いている人間は僕のほかにもいたようで、騎士の中には不気味な邪神教団に委縮している人もいた。彼らを鼓舞するために、邪神教団と戦った経験がある僕が演説をするように頼まれるが、慣れないことに不安になりながらもなんとか言葉を紡ぐ。

「僕は、邪神教団に暮らすを襲土地われたことがあります。その時、奴らはその肉体を魔族の者に変化させました。その膂力は恐ろしいもので、容易く木々をなぎ倒せるような恐ろしい敵でした。ですがその時は…」

 そういえば、あの時は何故、魔族の姿をした人たちが突然人間の肉体に戻ったのか疑問に思う。

 疑問を解決するために、辛い記憶を頭の中から掘り起こす。知人の罵声や、友との決別、両親との別れが頭の中に浮かんでくる中、思い出したのは、聖剣を抜いたことだった。『初めて抜いた時には一際強い輝きを放って、奇跡を起こす』母さんに教わったように、初めて聖剣を抜いた影響で起きた奇跡が奴らを魔族の肉体からただの人間に戻したのだとしたら、あの奇跡を再現することができたら、僕たちは奴らをきっと打ち倒せる。

「その時は、聖剣の力で奴らを人の姿に戻しました。今回も、この聖剣が存在すれば、きっと負けることはありません。だから、僕を信じてついて来い!」

 演説に慣れていないせいで上手くやる自信なんてなかったけれど、意外にも歓声が返ってきた。その光景からは、事実とも言い切れない僕の言葉を、彼らが信じてくれたことが伝わってくる。もしかしたら、彼らは自分にとって都合のいいものを、信じたいものを信じているだけなのかもしれない。しかし、そういった考えと同時に、僕でも人々を勇気づけることができるのではないか、勇者に相応しい立ち居振る舞いができているのではないか、なんて都合の良い考えを抱く。

 しかし、いくら勇気づけようとしても、いきなり人が強くなることなんてない。邪神教団が強ければ、仲間の中に犠牲が出るかもしれないことを不安に思っていたが、恐れていた展開は訪れなかった。それどころか、すぐに武器を捨てて降伏する者や逃げ出そうとする者が大半で、武器を手に立ち向かってくる者なんてほとんどいなかった。過去と似たような光景にわずかに動揺しながらも、逃げ出した人たちの確保を騎士の人たちに任せて、僕たちは戦うことを選んだ人たちと対峙していた。しかし、彼らは弱かった。その事実から、彼らは普段から鍛えもせず、僕が暮らしていた里の人たちのような戦う力を持たない民間人や、反抗する気力を削がれている獣人などを虐げるためだけに力を振り翳すようなきっとどうしようもない存在なのだと察せられる。それでも、そんな奴らも殺さずにすむのならそうして欲しいという僕の願いを、ガナンさんとプレッセルは聞いてくれた。

 結果として、この戦いでは誰も死なず、剣を握った人たちも逃げ出した人たちも、もれなく全員を捕らえてくれていた。そうして、激しい争いが起こることもないままに戦いは終わった。

 そして、里の中に邪神教団の大人はいなくなり、静かになった里に出てきたのは瞳に怒りを宿した幼い子供たちだった。

「パパとママを返せ!」

 頼りない棒切れを持って立ち向かってきた子供たちはあっさりと騎士に取り押さえられていたが、誰もが扱いに困っているようだった。僕よりよっぽど幼く十にも満たない年頃の子供たちは、困った様子の騎士の人たちに抑えられながらも、憎しみを込めて僕たちのことを睨みつけきた。守りたいものを守ることもできず、無力な自分と敵に向けて怒りを露わにするその姿は、まるであの日の僕のようで、僕たちが悪だと思ってしまう。邪神教団の人たちが何の罪もない被害者で、僕たちが彼らの平和を脅かす加害者。

 こんな苦しい思いをする戦いがあとどれほど続くのか、既にしんどい気持ちになっていた。

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