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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
一章 俺の、僕の転生
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2. 俺の父さんと母さん、僕のママとパパ

 僕はヴィー君とヨリドちゃんと一緒に、里の近くの森の中にある聖剣を見に来てた。僕たち三人は、七歳になってようやく里の一員として認められたから、聖剣を見せてもらえるらしかった。

 そこで、少し緊張したりワクワクしながら聖剣の前に着くと、聖剣をぐるっと囲っている奇妙な文字を見つけた。

startup password: Zulfitein

 これって英語?けど、地球に聖剣なんてあった?もしかして異世界転生した?

 その文字を見て混乱していたら、頭の中に前世の記憶がたくさん流れてきて、すぐに意識がなくなった。


 蘇った記憶の中での俺は、日本と呼ばれる国に暮らしていた。そこでの俺は佐藤緋色と呼ばれる何の変哲もない高校生で、両親と共に平和に暮らしていた。ありふれた三人家族だったが、とても仲良しで一緒に暮らす日々は幸せなものだったと思う。

 小学生の頃、両親はいろいろなところに旅行に連れて行ってくれた。父さんは運転が上手くないから、車で旅行をするときはいつも母さんが車を運転をしていた。

 中学生になると部活で忙しくなり、自ずと家族そろって出かける機会は減った。その代わりに、部活の試合なんかのときには二人揃って応援に来てくれた。負けたり、あまり上手くいかなかった日には二人で慰めてくれて、試合で活躍をした日には二人揃ってお祝いをしてくれた。

 高校生になってからは、両親の誕生日などの贈り物を自分で稼いだお金で送りたくて、バイトを始めた。バイトを通して、両親の苦労を少し理解できたような気もした。そして、初めて自分で稼いだお金でプレゼントを渡したとき、父さんも母さんも泣いて喜んでくれた。

 父さんは優しい人で、母さんは外で働くかっこいい人だった。そんな父さんと母さんのことが大好きで尊敬していたし、二人の息子として暮らす日々は幸せだった。

 そんな平和な日々が続くと思っていた、続いてほしかった。それなのに、あの雪の日、俺は車に轢かれて、そんな日々は終わりを告げた。


「うわあああっ!」

「大丈夫?ヒイロ、起きられそう?」

 前世の夢を見て、つい叫んじゃった僕のことを、ママが心配そうに見てくる。

 ママは僕のことを心配してくれている。それなのに、前世の記憶を思い出したせいで、ママの顔が母さんの顔とは違うことに気づいた。ママはおっとりとした優しい顔で、母さんとは違っていた。そして、それだけじゃなく、前世の記憶のせいで、ママ自身のことも少しだけ変だと思い始めていた。

「聖剣の神気にでも酔ったのでしょうな。それでは、儂はお暇します」

「先生、ありがとうございました」

 里に一人しかいないお医者さんは、僕が病気じゃないとわかると、挨拶をして帰っていった。

「とりあえず、病気じゃなさそうでよかった」

「うん」

 ママは相変わらず心配そうに僕のことを見ていたが、僕の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 前世で俺のことを育ててくれて父さんと母さんに迷惑ばかりかけたのに、なんの恩返しもできないまま先に死んでしまったことが申し訳なかった。


 それから一日経って少しだけ元気になった僕は、昨日みたいにヴィー君とヨリドちゃんと一緒に聖剣を見に行くために歩いていた。雪が積もっている道を必死に歩いていると、僕が昨日気絶しちゃったせいでもう一回聖剣を見にきたことを、ヴィー君がからかってきた。

「ヒイロは勇者にはなれないよな」

「なんでそんなこと言うの?」

「だって昨日、聖剣見て倒れたもん」

 ヴィー君の嫌な言い方が嫌で、僕が怒り出しそうになっていると、ヴィー君のお父さんが僕たちの間に入ってきた。

「こら、ヴィーゴ。それはわからないぞ。よし、着いたな。それじゃあ、昨日はできなかった分、今日の説明をしっかりと聞くように」

 僕たちの喧嘩をヴィー君のお父さんは流して、この里について、いろいろと説明をし始めた。

「みんな、昨日見たからわかると思うけれど、この里には聖剣があるんだ。これは聖女神様が人々を魔族から守るためにくれた大事なものなんだ。ああ、魔族というのはね、邪神を信じていて人とは違った姿を持つ危険な生き物のことだよ。

 それで、普段の聖剣はこうやってがっちりと地面に刺さっていて取れないけれど、勇者が現れるとこの聖剣を取ることができると言われている。だから、勇者が現れるまでの間、この剣を盗まれたり、壊されたりしないように守ることが、この里に生まれた人がやらなきゃいけないことなんだ。

 まあ、この里には魔族に対する結界があるし、過去に魔族が入ってきたことはないんだけどね」

「俺がいつか勇者になってこの聖剣を抜いて見せるから、それまで守んなきゃいけないんだよな!」

 ヴィー君のお父さんは、子供である僕たちにもわかりやすく説明をしてくれた。そしてそんな説明を聞いたヴィー君は、楽しそうに勇者になるっていう夢を語っていた。けれど、僕にとっては、何故か地球の言葉が近くにある変な剣にしか思えなくて、聖剣に対してそこまで興味を持てなかった。


 聖剣のお話を聞き終わってから、今日こそ自分の足で歩いて家に帰ると、ママは安心したみたいに僕を抱きしめた。

「ああ、ヒイロ。今日は大丈夫そうね。本当に良かった」

「うん」

「それじゃあ、そろそろお父さんも帰ってくるから、一緒にご飯の準備をしよっか」

 ママは安心したみたいに、そう言ってキッチンに立った。けれど、僕にはその姿がやっぱり変に見えていた。前世ではいつも父さんが料理をしていたのに、なんでママが作ってるの?っていう疑問と、前世と比べて変だと思う僕自身がよくない、っていう考えが浮かんでくる。そんなことを考えてモヤモヤしていると、パパが帰ってくる。

「ただいま。おっ、今日のヒイロは元気そうだな。良かった良かった」

「うん。もう元気いっぱい」

 そう言って大きな声を出すパパの姿も、前世の父さんと違いすぎて変な気持ちになる。比べるのはよくないことだってさっきも思ったのに、前世のことを考えずにはいられなかった。


 それからご飯ができたら三人でご飯を食べて、少しゆっくり過ごしてから寝る時間になると、僕の体調を心配したママが心配そうに寝かしつけてくれる。

「ヒイロももう、聖剣を見に行ったんだもんね。それじゃあ、今日はヒイロが眠るまでの間、勇者様の伝説についてお話ししようかな」

 そう言うと、ママは勇者のお話についてゆっくりと語り始めた。

「この里には勇者様のための聖剣がある、って話はヒイロも聞いたと思うけど、じゃあ勇者様ってどんな人だと思う?」

「わかんない」

「伝承によるとね、勇者は優しくて、勇敢で、魔族と因縁を持ち、いずれ魔王を打ち倒す者なんだって」

「ヴィー君が勇者になるって言ってたけど、僕もなれる?」

「ヒイロは優しくって、きっと勇敢な子だけど、ママはヒイロに魔族と戦ってほしくないなー」

 ママはそう言って僕をキツく抱きしめた。それが嬉しかったけれど、喜んでいたら母さんを裏切っているみたいに思えた。

「続きは?」

「あっ、そうね。それで、勇者様は人類と魔族との戦いが激しくなりそうな時に現れるんだって。導かれるようにして聖剣のもとにやってきて、その聖剣の力で魔族と戦うの」

「聖剣があるだけで魔族に勝てるの?」

「それがね、聖剣は不思議なものだから、それを持つだけですごい力持ちになるとか、その剣から放たれる光は魔族のことを浄化する、とか言われているんだって。特に初めて抜いた時には一際強い輝きを放って、奇跡を起こすって言われてるの。過去には、死んだ人を蘇らせたこともあるんだって」

「勇者の冒険の記録とかってないの?」

「物語としていろいろと本になってるの。それはね…」

 僕の質問を聞いたママが話した勇者のお話には、あっと驚くような展開はなかった。仲間を集め、魔族や邪神教団と戦いながら仲間達との絆を深め、たくさんの人々を助け、四天王や魔王を倒し、平和を取り戻す、そんな内容のお話だった。ありきたりだったけれど、今世ではそういった物語を聞くことがなかったから新鮮ではしゃいじゃった。はしゃいだせいでだんだんと疲れて、すっかり眠くなった。

「おやすみヒイロ。いい夢を」

 うつらうつらしていた僕は、ママの言葉を最後に、気がつくと眠っていた。


「おはよう、緋色。朝ごはんできてるよ。じゃあ、僕はお母さん起こしてくるから、先に食べててもいいよ」

 目を覚ましてリビングに向かうと、いつものように父さんが朝ごはんを用意してくれていた。家族揃って食べるために、俺はいつも父さんと母さんが階段から降りてくるのを少し待っていた。だから、今日もいつものように少し待っていると、朝に弱い母さんは父さんに引っ張られながら、寝ぼけた様子でテーブルに座る。

「それじゃあ、いただきます」

 父さんの言葉を合図に、家族みんなで朝ごはんを食べ始める。いつも通りのはずなのに、食べ慣れた味のはずなのに、何故だか涙が止まらなかった。

「ど、どうしたの緋色?」

 父さんが狼狽えた様子で俺のことを心配して、母さんは驚きのあまり目を見開いていた。

「なんでもない、なんでもないんだけど、懐かしくて…」

 そこでようやく、夢だってことを自覚した。当たり前だった日常は、守るべき平和な日常は、もう帰ってこないものだった。


「ヒイロ、大丈夫?」

 ママの心配そうな声で起きる。前世の夢を見たせいで自然と泣いている僕のことを、心配そうにママが見てくる。

「悲しい夢を見ちゃっただけ。なんでもないから、大丈夫」

「そっか。良かった」

 僕の言葉を聞いたママは、なんでもないことに安心したみたいに息を吐いた。

 ママはこんなに僕のことを大事にしてくれているのに、前世の父さんと母さんを夢に見てしまうのが嫌だった。ママとパパを裏切っているみたいで嫌だったのに、前世の記憶がないと父さんと母さんとのつながりが無くなっちゃいそうで、先に死んだ申し訳なさのせいで、前世の記憶を大切に守りたいと思っちゃっていた。

 前世と今世、どっちの方が大切なのか、すっかり分からなかった。


 そんなことがあったせいで、今日はなんとなく家に居づらかった。だから、ヴィー君とヨリドちゃんと一緒に遊ぼうと思った。

「ヴィー君、遊ぼ」

「おう。いいぞ」

「ヨリドちゃん、遊ぼ」

「うん、いいよ」

 最初のうちは三人で鬼ごっことかをして遊んでいたけど、聖剣を見に行ったからか、ヴィー君は楽しそうに勇者の話をした。

「もしさ、勇者になったら俺の名前が世界中に広まるんだよな。勇者ヴィーゴ、かっこいい?」

「うん」

「でしょ。俺はかっこいいけど、ヒイロは変な名前だよな。ヒイロなんて名前聞いたことないってパパが言ってたし」

「私はそんなことないと思うよ」

 ヴィー君は素直な部分があって、悪気なんてなさそうにこういうことを言うことがあった。ヨリドちゃんは庇ってくれたけれど、嫌な気持ちになって言い返したくなった。

「変じゃないもん! 緋っていう字の意味は、生き生きと、明るく、人との縁に恵まれて欲しいからその名前にしたって父さんが言ってたから。それに、母さんが言ってたけど、父さんはひいろって音の響きでも決めたって、…あっ。……なんでもないよ」

 怒ってつい余計なことを言っちゃった。僕の変な発言を聞いた二人は、よく分からなさそうな顔をしていたけど、特に質問をしないでくれた。それにホッとして、その後はヴィー君が勇者になったらどうしたいか、とかのもしもの話を聞いて過ごしていた。


 すっかり遊び疲れて家に帰ると、ママは優しく抱きしめてくれる。

「ただいま」

「おかえりヒイロ」

 ママは僕のことを大切にしてくれているのに、僕はママのことを実の親だと思っていいのか、すっかりわからなくなっていた。記憶が戻るまでは僕にとって唯一の両親だったのに、記憶が戻ってからはどうしても変だと思う気持ちが抑えられなくなっていた。

 今はまだ、七歳になったばかりだから二人のことを本当の親だと思えないけど、いつか前世の年齢を越したときにでも、自然とママとパパのことを親だと思える日が来て欲しいと思った。

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