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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
四章 立場の弱き者共
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19. 被害の拡大

 ガナンさんの故郷からエレツークに帰ると、僕たちに給料が与えられた。正確には給料扱いではなく、依頼を解決してくれたお礼として教会に送られた献金の一部が僕たちに配給されるという扱いをしているようだった。なぜそんな回りくどい方法を取っているのか疑問に思ったが、『清貧たれ』という主の教えに基づき、勇者が依頼を通じて金儲けをしてはならないという意見が聖女神教に根付いていることが理由だとガナンさんから教わった。

 とにかく、今世になって初めて労働の対価としてお金を手にしたが、その使い道は特に思いつかなかった。前世では、初めて手に入れた給料は両親に贈り物をするために使った。家のことをいろいろとしてくれていた父さんには家具や家電を送りたかったが、予算の問題から砥石を買い、仕事で日々疲れて帰ってくる母さんには、小型のマッサージ器を買った。二人は僕の贈り物を本当に喜んでくれた。しかし、今世は僕のせいで両親に贈り物をすることもできず、特に欲しいものもない。それでも何となく街を散策していると羊皮紙が目に入り、誰かに手紙を送るのも悪くないのではないかと思い付く。小学生の頃、両親に手紙を送ると喜んでくれたことを思い出す。あの村で平和な家族を見たせいか、感傷に耽っていた。また前世の両親のことばかり思い出していた。今世の両親に対して申し訳ない。

 頭を振って気分を変える。現実的に考えると、そんなもので喜ぶ人がいるのか、誰か送れる相手がいるか疑問に思う。お母さんとお父さんはそんなものを喜んでくれるか分からず、そもそも二人はこの世にいない。故郷の人たちとは気まずい別れをした。しかし、それでもヨリドちゃんとヴィー君が今どうしているのか心のどこかでずっと気になっていたが、あんな別れをした僕は、友人という対等な立場で彼らに手紙を出せるような勇気を持ち合わせていなかった。

 そんなことを考えていた影響か、ふらふらと街を歩いている最中に立ち寄った本屋で目に付いたのは、勇者アルス伝説だった。ヴィー君が好きだと言っていた作品、僕は勇者と呼ばれる相応しい存在に近づけているだろうか。


 そうやってガナンさんの故郷から帰った後の短い休みを過ごした僕らは、依頼で様々な場所に駆り出されていた。依頼の内容は魔物の退治や盗賊の捕縛といった腕っぷしを求められるものから、あくまで僕というよりもガナンさんやプレッセルに対しての依頼で、教会などに派遣されて祈りを捧げることもあった。そうして数々の依頼をこなしているうちに僕らの知名度は上がり、街で出会った人に声をかけられることも増えた。彼らの感謝と期待の声を聞くたびに勇者という肩書や立場による重圧がのしかかり、押しつぶされそうになる。

 人々の期待に応えるためにもより強くなりたいと決意し、そのために何を鍛えれば良いのか考えると、あの戦いでの成功体験を思い出す。救いを求めたおかげで聖剣の力を扱えるようになった。それならば、プレッセルに習ったように、信仰心を抱くことが魔法を鍛えることに役立つかもしれない。打算的だが強くなるために、あの戦いに勝てた恩を返すため、聖女神教のことを教わりたいと思う。それに、僕が見ている限り周囲の信徒の人たちは善人が多かったような気がした。より正しい人間になれるように、より強くなれるように、打算的かもしれないが宗教に対してもう少し向き合いたいと思った。

 ガナンさんとプレッセルに聖女神教についてもう少し習いたいと言うと、二人とも快く受け入れてくれこた。そして教わっている過程で聖女神様が力に目覚めるまでについてのお話、概要としては、熱心な信徒の一人だった修道女が殺された後に主の不思議な力によって蘇る、信仰心が篤いものは報われることや、聖女神の神秘性を示す話だと僕は感じたが、それについてガナンさんとプレッセルの意見は少しだけ異なっていた。聖女派のプレッセルは熱心な信仰心のおかげで主に蘇らせてもらったと考え、女神派のガナンさんは高潔な精神を持っていたおかげで女神として目覚めることができたと考えているらしかった。立場の違いから二人の意見は異なっていたが、以前のように激しい言い争いはしなかった。この間の対話を通じて少しだけ彼らも分かり合えていたのだと思う。

 改めて二人に聖女神教について教わったが、自分がどちらの立場を取れば良いのか分からなかった。女神として、聖女として、そのどちらで信仰すべきか選べないのならば、メアリ様という存在に敬意を払っても良いと言われた。そんな不純な信仰心で、魔法を鍛えられるだろうか。


 人々の平和を守るための依頼をこなしたり、聖女神教について学びながら過ごしているうちに、魔族の侵攻が本格化したらしく、被害の話が広まり始めていた。とある村が魔族によって滅ぼされた。とある街が魔族に降伏し、魔族によって支配されている。とある国が魔族の国の従属国になった。

 各地が受けた被害の大きさは別々だったが、一つだけ共通する被害があった。それは、その地に存在する書類の一切が焼かれ、魔族の言語を主として用いるように強いられていることだった。あくまで予想に過ぎないらしいが、その目的は魔族と人類が敵対関係にあったという事実を書き換え、魔族こそが支配者階級の立場であると歴史を改竄し、言論を統制することによってその支配を強固なものにするためだと考えられていた。

 被害にあった地域には、戦えない人々だって暮らしていた。何の罪もない一般人の被害を考えると、少し前に訪れたガナンさんの故郷の平和な光景が頭の中に蘇る。既に被害者が出ているのに片方だけを重要視するのも後ろめたく思うが、もしあそこに被害が出ていたらと思うと恐ろしくなる。

 民間人に被害を出している、戦争倫理を感じさせない行いに怒りがふつふつと湧き上がってくる。怒りを感じながらも、アチーチに対して抱いた印象とは異なり、人類に対する敵意を感じさせる被害に違和感を憶えていた。しかし、今はそんな疑問を抱いていても意味はないから、怒りに身を任せて魔族の企みを阻止するために向かいたかったが、アチーチに敵わなかったという事実が僕の実力不足を物語っていた。勇者として魔王退治の道半ばで無駄死にすることは許されず、噂を聞くたびに歯がゆい思いをしながらも、魔王を倒せるまで鍛えるしかなかった。

 そうして魔族による被害の話が広がると同時に一つの噂が広がっていた。魔族の指示に従えば、とりあえず被害は出ないという噂だった。魔族の甘い誘惑に負けて、降伏すべきという意見を言う人間が聖女神教の内部にすらいた。魔族と対峙する聖女神教の信徒が堕落した意見を出すことは許されざることだと、ガナンさんもプレッセルも同じように怒っていた。これに関しては僕も同じような意見だった。戦えない人々を救うための僕らがそんなことを言ってしまったら、人々は何も頼りに出来なくなってしまう。

 そして、魔族の侵攻の噂と時を同じくして、各地で邪神教団の噂も聞こえてくるようになった。奴らは火事場泥棒のように魔族の襲撃で混乱した人里を襲い、いわゆる獣人、人と動物の特徴を併せ持ち、地域によっては差別を受けていたり、労働奴隷や性奴隷として扱われいる立場の弱い存在を誘拐しているようだった。人々を殺し、獣人を捕らえる悪逆非道な邪神教団は、形だけでも従っておけば支配されるに留まる魔族とは異なり、多くの人々から恐れられているようだった。

 そこで、多くの人からの依頼によって、次の任務は邪神教団の殲滅になった。多くの民が恐れている野蛮な存在を打ち倒し人々の平和を守るため、僕に足りていない実戦の経験を積むためなどの様々な理由から、両親を殺めた存在に対する復讐の機会が期せずして訪れた。

 しかし、僕の中に彼らに対する恨みや敵意などはあれど、殺したいほど憎んではいなかった。

 それよりも、困っている人々を守るために戦いたかった。

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