18. 勝利のお祝い
戦いが終わり村に戻ると、人々が心配そうな様子で僕たちのことを伺っていた。その心配は無事に退治できたのかを気に掛けるものだと思われるけれど、ガナンさんのことを心配している様子の人もいた。
「ガナン君、もう大丈夫かい?」
「ええ、無事に魔物は追い払いました。この村はきっと大丈夫です」
僕たちを代表して、ガナンさんが問題を無事に解決したことを伝えると、竜を殺さなかった僕らのことを咎める人はいなかった。それどころか、緊張感が緩んだ人々は安心したように笑顔で僕らのことを受け入れ、その光景を見たガナンさんもどこか穏やかな顔つきになった。
「本当かい?それは良かった。それじゃあ、君たちの勝利を祝して宴会を開こう!」
こうして、村には平和な空気が流れだした。僕の故郷とはあまりに反応が異なり、雑念が頭に浮かぶ。ここに暮らす人々が優しいのか、僕の故郷に暮らす人々の性格が悪かったのか、どっちなのだろうか。
いや、きっと別にそのどちらか知る必要はない。今はただ、素直に祝われよう。
その日の夜、言われた通りに宴会が行われた。
僕とプレッセルや子供たちなどの酒が飲めない人たちはひとまとめにされ、その中には母親が襲われたあの子供もいた。プレッセルによる治療、不安が取り除かれたこと、そしてしっかりと体を休めたおかげで、母親は元気になったと嬉しそうに言っていた。
「ありがとう、勇者様。勇者様たちのおかげで母さんは元気になったんだ」
感謝の言葉を聞くと、僕たちがやったことに意味があったと思える。その言葉だけで嬉しくなってしまい、自分の単純さが少し恥ずかしくなる。その感情を誤魔化すようにして辺りを見回すと、ガナンさんが大人の人たちに混じって宴会に参加している光景が目に入る。
「ありがとう、ガナン君。本当にありがとう。君はこの村の誇りだよ!」
酔っぱらった村人たちは、ガナンさんに感謝を伝えていた。どうやら最初にこの村に来たときの気まずさは解消されたようで、彼らは嬉しそうに話しかけていた。そうやって盛り上がっている彼らの会話に、牧師様とシスターが混ざろうとしていた。
「ガナン君、その、怪我とかは大丈夫ですか?」
話をしたいけれど何を話せば良いのか分からない、だから酒の勢いで話そうという意図が彼らのぎこちない態度から醸し出されていたが、きっとガナンさんは酔ってなどいなかった。聖職者にとって酩酊と放蕩は罪であると、宴会が言っていた。
「大丈夫ですよ」
僕にすら伝わったその感情はきっと素面のガナンさんにも伝わり、どう接すれば良いのか分からなさそうな態度を取る。気まずい雰囲気の彼らを村人たちが深刻そうな顔で見守る。状況や過去の経緯を知らないであろう子どもたちすら静かに見守る。かく言う僕も緊張して見守っている。
誰も口を開かず、しばらくの間、気まずい静寂が辺りを包む。
しばらくそうしてから、ガナンさんは一度こちらを見た。そして一度、僕に向けたものかどうかは分からないけれど、微笑みを浮かべると、意を決したようにして牧師様とシスターに向き直った。
「この村に来てからいろいろと考えました。私は、お二人に心から感謝をしています。大人になるまで庇護下に置いてくれたこと、私に聖女神教について教えてくれたこと、他にも多くを教えてくれたことを、私は知っています。私が知っておくべきなのはそれだけです。だから、お二人も私が感謝をしているということだけ知っていてください」
「私たちのことを許してくれるの?」
「何のことかわかりませんよ、シスター」
「そう。ごめんなさい。…本当にありがとう、ガナン君」
謝罪と感謝の言葉を告げると、シスターは静かに泣き始めた。どうやらシスターと和解できたようだった。しかし、牧師様はそれでもなお申し訳なさそうに俯いていた。ガナンさんは牧師様にさらに一歩近付くと、優しく語りかけた。
「上の娘が七つ、下の男の子が五つとなりました。彼らも自分で判断できる年齢です。牧師様に子供たちの洗礼をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「…結婚したのですね。聖騎士修道会に入ったことは、風の噂で聞いていました。あの組織は結婚が許されていないと聞いています。それなのに、どんな気持ちで…」
そこで言葉を区切ると、牧師様はしばらく黙り込んだ。その姿を誰もが固唾を呑んで見守る。
「ぜひ、連れてきてください」
長いようで短い沈黙の後に発せられたのが歓迎の意を込めた言葉だったことに、見ていた人はみなほっとしていた。
「いやー、良かった良かった。それじゃあ、牧師様もガナン君もほら」
村人に勧められるままに、ガナンさんと牧師様はワインを口にしていた。酩酊しない程度の飲酒で、離れていた期間を埋めるようにして、彼らはいろいろと話していた。
どうしてあの会話で和解できたのか、部外者の僕にはわからない。けれど、それでも別に良い気がしていた。だって、ガナンさんは憑き物が取れたみたいにすっきりとした顔をしていたから。
宴会からさらに数日経った後に、僕たちはこの村から旅立とうとしていた。ガナンさんは牧師様やシスターと別れのあいさつを交わしており、僕とプレッセルは村人たちに別れを告げていた。初めて会ったときの警戒心はすっかり鳴りを潜め、別れを惜しむ人もいた。
「本当にありがとう勇者様、今度は僕が母さんを守るから。だから、またいつか会いに来てね」
特にあの子どもは僕に懐いてくれて、僕たちがこの村から旅立つとわかっても、涙をぐっと堪えて再会を願ってくれた。いじらしい姿に、愛らしさすら感じる。きっとまたいつか会いに来たいとさえ思った。
そして、いざ走り出そうとすると馬車を村人たちが見送ってくれていた。その中でも、あの子供の声は一際大きく聞こえてくる。
「バイバイ、勇者様!」
「じゃあね、サブラ!」
大きく手を振る子どもの姿に、改めて戦う覚悟を決める。アチーチが言ったみたいに、彼らの中には僕を勇者と知らず露骨に嫌な態度を取った人だっていたし、彼らの多くは僕の苦悩をきっと知らない。しかし、それは彼らの平和を守らない理由足りえない。
そしてなにより、この地は笑顔で溢れていた。脅威が去ったことを祝い、和解しことを喜び、笑顔で語り合う、そんな平和な光景を見ていると、心で理解できた。勇者として為すべき使命は、何気ないこの平穏を守ることだった。そのために力を行使できるのは、どこか誇らしい。
ちなみに、帰りの馬車でガナンさんに牧師様やシスターとの会話の意味を改めて聞いた。
「申し訳ありません、教えられません。別に、説明するのが嫌だから話さないのではありません。私と牧師様たちとの間にあった出来事は、誰にも口外しないと主と女神様に誓ったのです。だから、勇者様にも言えません」
すると、ガナンさんは説明できないと正直に答えてくれた。秘密のままにすることに、プレッセルは不快な思いをするかと思ったが、意外と好意的な反応を見せた。
「私は、あなたが不信心者だと思っていました。教義も守らず、そのことを反省している様子もありませんでしたから。しかし、違ったのですね。主と聖女様に誓った約束を守ろうとするあなたとのことを、私は信じます」
プレッセルのように、僕も別に悪い気はしなかった。僕らのことを信用できないから話せないのではなく、ある程度交流を持ったからこそ言えないと正直に伝えてくれた気がした。
その秘密を知らないことは、きっと僕たちの関係性に亀裂をもたらすほどのことではない。




