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勇者ヒイロの英雄譚  作者: 千里
三章 使命の理解
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14. 鍛錬の日々

 新たな地に移り住み、新たな仲間が加わってからの日々は、足りない部分を補うための鍛錬の日々だった。

 ガナンさんからは、僕の実力を伸ばすために剣術を教わっていた。まず初めに教わっていたことは、鍛錬の前に必ず行う誓いについてだった。

「この稽古中に事故が起きた際に神の国で争うことがないよう誓いますか?」

 今までに口にしたことがない類の、宗教色が強い言葉に思えて口に出すことを少し躊躇してしまうこともあったけれど、ガナンさんはこの誓いの言葉を重要視していた。重要視している理由を質問すると、このような言葉が返ってきた。

「この誓いを重要視する理由ですか?それは、理性や礼儀が存在することによって、ただの暴力に過ぎない剣術が技術に昇華されるからです。そして、鍛えていない者を怖がらせないために己の心を律することは、力を持つ者が果たすべき責任の一つだからです。また、主曰く、他者を害するために剣を持つ者は剣によって滅ぼされ、人々を救うために剣を持つ者は多くの人に助けられる。だからこそ、剣を持つ前にしっかりと心がけることが大事なのです」

 ガナンさんの考え方は、あまり詳しくないから確証は持てないが、前世で言うところの武道の礼儀や、因果応報などの考え方に近く感じた。前世ではあまり宗教に関わってこなかった僕にとってその考え方は、少し堅苦しく感じることもあったが、丁寧な説明のおかげで納得することができた。

 そして領主様に教わった力ある者の責任に似た教えに、あの家のことを少しだけ懐かしく思う。

 その他にも、当然のことだが、戦い方についても教わっていた。

「勇者様は、一対一の戦いがあまり得意じゃなさそうですね」

 オクセンシェルナ家にいた頃に習った戦い方は、アネッテを逃したり守るための戦い方だったが、今後は限られた人数で戦うことになるため、一人で戦う技術が求められるのだと説明された。このように、ガナンさんは筋道立てて教えてくれたため理解しやすかった。

 それから、鍛錬とはあまり関係ないが、ガナンさんは家族のことを話すことがあった。遠くの魔物退治などに派遣されることが多く、そのせいで家のことを奥さんに任せきりにしてしまうことを申し訳なく思っていることや、子供たちに一緒に過ごせる時間も短く、小さい頃は忘れられることもあって悲しかったことなどの、取り止めのない話をしてくれた。幸福そうな家族の話に、行き場のない嫉妬心を抱くことすらあった。

 何度も会話を交わすうちに、彼が真っ当な感性を持ち、信仰を重んじていることが分かる。だからこそ、なぜ結婚が許されない聖騎士修道会に入っていながら、昇進する未来を捨て、職を追われるリスクを背負ってまで結婚したのかを疑問に思い、その理由を尋ねたことがあった。すると、彼は不思議な言い方で僕の疑問に答えてれた。

「小さい頃からの夢でしたから。親が愛情をこめて子どもの名前を呼びかけ、呼ばれた子どもは、父か母のもとに駆け寄って抱きしめられる。そんな家庭が夢だったからです」

 なんてことはない幸福な家庭の夢を聞くと、同じような欲求が沸々と湧き上がってくる。前世ではそんな風にされることはあまりなかったが、お父さんとお母さんはそうしてくれることが多かった。だんだんと妄想が膨らんでいき、お父さんとお母さんに何度もされたように抱きしめられたい、前世ではされなかったが、父さんと母さんにも抱きしめられたい、そんな気持ちが昂ってしまう。行き場をなくし肥大化した被庇護欲は、もはや性欲と遜色ないものだった。


 プレッセルからは、聖剣を使いこなすために魔法の使い方を教わっており、魔法とは何なのかについての座学から習い始めていた。

「そもそも魔法とは、聖女様が私たちにお与えになったものだと考えられています。だから強い魔法を使えるようになるには、より真摯に信仰心を抱くことです。そして聖女様がお与えになるお力は、その人の願いに応じるとも言われています。人々を癒したいと願った者は聖女様から治癒の力を授けられ、人々を守りたいと願った者は障壁を張る力を授けられたそうです。…私ですか?私は…救いたいと願いました」

 僕と同じくらいの年齢にして、教会随一の魔法の使い手であり、未だに発展途上だと言われている彼女の教えは、感覚的なもので理解し辛かった。これまで人にものを教える機会がなかったのであろうその不器用さは、年相応なものに感じられた。

 彼女の教え方は分かりにくかったが、それを言い訳にして向上心を持たなければ使命を果たせないであろうことも確かだったから、もちろん努力は続けていた。一刻も早く苦しむ人々を助けに行くために、人々を魔族の脅威から守るために、教えの理解するべく反復練習を繰り返す日々だった。

 しかし、そんな風に焦る気持ちとは裏腹に、鍛錬をしてもなかなか強くなったり、魔法と聖剣を使いこなせるようにはならなかった。そのせいで不貞腐れてしまいそうになることもあったが、そんなときはヴィー君の言葉が蘇ってくる。

『なんで俺は勇者になれなかったんだよ!なんでお前は聖剣を抜けたんだよ!』

 僕を責め立てるような言葉を思い出せば、再び気力がわいてくる。僕には彼の夢を破ってしまった責任があった。その責任が諦めることを許してくれない。


 ちなみに、歴史や宗教史、他には世界の情勢とかにまつわる座学も行っていた。その中でも特に力を入れて教えられたのは、やはり聖女神教にまつわることだった。

 この座学はガナンさんとプレッセルの両名から教わっていたが、その教え方にも個性が出ていた。

 例えば、教典の始まりの部分、創星記の最初の部分は以下のような内容だった。

『初めに主はこの星をお創りになられた。だが闇がこの星を包み込み、常に夜のみがあった。太陽をお創りになられた。昼と夜が生まれた。大地を草花や木々で満たし、地に暮らすすべての生き物を生み出し、海を魚で満たし、空には鳥を浮かべた、また、地に暮らす生き物の中で、主と同じ形に作られた人に、他の生き物を治めるように命じられた。こうして星は今の形となった』

 この内容について、ガナンさんは覚えることを強要することもなく、柔軟に教えてくれた。

「一言一句正しく覚える必要はありません。大切なのはその教えの本質を理解することです。経典のこの部分を読んで理解すべきことは、主が私たちと私たちが暮らすこの星を創ってくださったことへの感謝と、主の偉大さを理解すれば十分だと思いますよ」

 一方でプレッセルの教えは、少し融通が利かないものだった。

「一言一句正しく覚えなければいけません。主と聖女様の御言葉を正確に届けることこそ、私達の使命なのです。少しでも教典との齟齬があれば、その言葉は主と聖女様の御言葉ではなく、話した人の言葉になってしまいます。勇者という立場である以上、すべて憶えなければいけません。それから、当然のことですが、勇者様は教義を必ず守らなければなりません。だから、あのガナンとかいう騎士のことは信用してはいけません!」

 厳しい教えを聞き流しながら、教典を憶えることや教義を守らなければならないことへの強迫観念が聞き覚えがあるような気がして、少しだけ考える。どこで聞いたのかについてしばらく考え込んでからようやく思い出す。

『俺は絶対に勇者になるんだ。そのためにも強くならなきゃいけないんだ』

 彼女の強迫観念は、ヴィー君が抱いていた勇者や強さに対する執着に似ていた。その姿を見て、少しだけ懐かしくなり、その何倍も寂しくなる。


 鍛錬と勉強を繰り返し、少しずつ少しずつ実力と知識を付け、戦いに備える。

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