13. 二人の仲間
馬車に揺られて一週間ほど経ち、馬車はようやく目的地に到着した。幸いなことに、旅の間に大きな事件が起こることはなく、平和な旅路だった。
「やっと着きましたよ、勇者様。この国こそ聖女神教の総本山である、宗教国家エレツークです!」
到着するなり、無駄にテンションの高い聖女派の使者、ファンヴに連れられてエレツークとやらに足を踏み入れる。思えば遠いところまで来た。顔見知りの人も頼れる人もいない、文化も風習も何も知らない。慣れない地での暮らしに、どうしようもなく心細い気持ちになる。
国に入った僕が最初に連れて行かれた場所は、見るからに荘厳な教会だった。前世でも神社仏閣といった場所に行くことはあったが、教会には行ったことがなかった。そのせいでマナーも何も分からず、相談できる相手もいない。とりあえずその辺の長椅子に腰掛けて、周りに合わせてお祈りをし、手持ち無沙汰で建物内を見回すと修道服を着た女性の姿をした彫像が目に入る。あまり詳しく知らないが、その姿を一目見ただけで何者を模した像なのかすぐにわかった。
「女神様はこんな見た目をしているのか」
深い意味なんてなく、思い付いたままに独り言を呟いた。
「聖女様です!」
そんな僕の独り言に反論する声が教会の奥の方向から聞こえてくる。驚いてそちらの方向を見ると、僕とあまり歳の変わらない少女が怒ったようにこちらを見ていた。
「ここがどんな場所なのか知らないのですか?とにかく、ここでは聖女様と呼んでください!」
「こら、プレッセル。そんな言い方をしてはなりません」
「ですが、マム」
「ですがもありません。もとをたどれば同じ対象を信仰する者同士なのですから、無意味に敵対心を抱いてはいけませんよ」
遅れて入ってきた壮年の女性は少女に注意をしていたが、その少女は納得できないといった様子を隠せていなかった。そして、その様子を困ったように眺めた壮年の女性は、ため息をついてから改めて僕の方に向き直る。
「申し訳ございません、勇者様。改めまして、この子は聖女神教、聖女派を代表して勇者様の旅のお手伝いをするプレッセルです。彼女は次代の聖女候補とも名高く、その魔法の力できっとあなたの旅に役立つでしょう。多少は未熟な部分もありますが、彼女のことをどうかよろしくお願いいたします」
少女に関する説明を一度言い切ってから、その女性は少しだけ口を閉じる。そして、どのような言葉で釈明すればよいのか迷ったような様子を見せ、なんとかして言葉を絞り出す。
「彼女は納得してくれましたが、あなた方子供たちにこのような重圧をかけることを、どうかお許しください」
苦しそうな顔になりながらも、僕に向かって丁寧に謝罪をしている間も、差し出された右手を握り返している間も、その女性は一度も顔を逸らすことはなかった。
続いて、女神派から派遣される人と合流するために、先導して歩く使者の人たちの背中を追いかける。その間、会話が盛り上がることもなく、しばらく歩いてからたどり着いたのは、先ほどの教会と同じくらい大きな建物だった。
何の感慨も抱かずにその建物をぼうっと眺めていると、いつの間にか隣に立った女性が解説を始める。
「ここは、メアリ大聖堂。聖女様のお墓の跡地に建てたと言い伝えられている神聖な聖堂です。女神派の人たちは、聖女様が女神として蘇ったこの場所を神聖な地だと考えおり、そのため、この聖堂は女神派の聖地とされています。ちなみに先ほどの教会は、女神様が生前務められていたと言い伝えられている場所なので、聖女派の聖地となっているのですよ」
「ありがとうございます。えっと、マムさん?」
「ミリアムです、勇者様」
それぞれの建物についての説明をミリアムさんに聞いてから、僕は聖堂の中に入っていった。
重たい扉を押して建物の中に入ると、そこには多くの人がいた。いかにも聖職者といった服装をした人が多い中で、一人だけ甲冑を着ている人がいた。格式ばった格好をした人々の中で、あまり見栄えを意識していないように見える格好は目立ち、その格好からその人の考え方が見て取れるような気がした。
人々と建物内に漂う仰々しい雰囲気に気後れしていると、他の人より少しだけ豪華なつくりの服を着た男性が僕に話しかける。
「あなた様が勇者様でいらっしゃいますか?私は聖女神教、女神派の教皇の任を拝命しております、ローマンと申します。我々からは、聖騎士修道会随一の剣の使い手であるガナンを勇者様の旅のお供として遣わそうと考えております」
「ご紹介にあずかりました、聖女神教、女神派、聖騎士修道会所属のガナンと申します。勇者様、どうぞよろしくお願いいたします」
紹介されて一歩前に出たガナンさんは、ガシャガシャと重々しい甲冑の音を響かせながら、恭しくお辞儀をした。
こうして僕の旅路に二人の仲間が加わった。きっと僕一人の力では魔王を倒すことは出来ないから、彼らの助力は必要不可欠なものだった。
「ガナンとはあのガナンですか?」
「私の噂というと、聖騎士修道会に所属しているにも関わらず、決まりを守らず結婚した異端者、とかですかね?それでしたら、私のことですよ」
「やっぱり!勇者様、こんな人と協力するなんてあり得ません!どんな教義であろうとも、それを守れない者を信用することなどできません!」
協力が必要だと思っている僕の気持ちとは裏腹に、プレッセルさんはガナンさんに対して否定的な感情を露わにしている。
短い会話しか交わしていないが、プレッセルさんは聖女様を過剰に信仰し、教義を守ることに頑固そうだった。ガナンさんは罵倒されても怒った素振りを見せなかったり、教義を守ることへのこだわりが弱そうだった。信仰心対する姿勢やその他の様々なものの考えの違いから、二人が相互理解することは難しそうで、どうにも今後の旅は前途多難になる予感がした。
その後、そういった不満について一度我慢して、僕たちの関係性について少しだけ話し合った。
「私は年上ですけど、敬語を使わなくとも問題ありませんよ」
「私にも別に気を使わないでください」
二人とも敬語とさん付けをしなくてよいと言ってくれたが、僕という個人を見て発せられた言葉というよりも、僕の肩書きに対する敬意から発せられた言葉に思えたから、あまり喜ばしいものに思えなかった。だから、僕が両親のことを見捨てたことや素直に親と思えなかったことを知ったら、彼らもきっと僕のことを責めるようになる。里の人たちがそうだったように、彼らもきっとそうなる。
その後、詳しく話し合った結果、ガナンさんに対しては年上だから敬語を外さず、さん付けで接することになったが、プレッセルとは同い年だからため口と呼び捨てで接することになった。話し方ひとつで関係性が劇的に変わることはないだろうが、どういった相手に敬意を抱いて接しているのか、言葉遣いなどについて知ることは、その人の人となりをある程度理解することに役立つ。
僕らがお互いのことを理解するための話し合いは、晩御飯を食べている間も続いていた。




