1. 俺の最期
俺は父さんと母さんの教えを大事にしていた。
「母さん、緋色、今日のご飯は何がいい?」
専業主夫をやっている父さんは、その日もいつものように晩御飯の献立について聞いてきた。
「なんでも良いわよ」
「俺も別になんでも。父さんの料理は全部うまいから」
「それが一番困るんだけどね」
父さんは困ったように言っていたが、嬉しそうでもあった。そんな父さんを見た俺と母さんは、思わず笑っていた。
父さんが家事をして、母さんが外で働く、そんな俺の家族のことを変だと言う人たちもいた。けれど、俺のことを大切に育ててくれた両親に対して、俺は感謝をしていたし、俺にとってはそれが当たり前の家族だった。
その日は雪が降っていたせいで、部活は体幹トレーニングと筋トレだった。そのせいですっかり疲れた俺は、部活の仲間と買い食いをしながら帰っていた。コンビニでチキンを買って、友人たちとだらだらと喋っていたら、冬だったこともあって辺りはすっかり暗くなっていた。それで、急いで電車に乗って家に向かうと、友達もみんな違う駅で降りたり、もう少し先の駅だったり、最寄り駅で降りたときには一人になっていた。
雪道の自転車は不安だったから、朝は駅まで徒歩で来た。だから、帰りも滑らないようにゆっくりと歩いていた。
少し歩いてから信号待ちをしていると、信号待ちをしている人の中に、吐いた息で手を温めながら靴ひもを結んでいる中学生くらいの子がいた。そして、雪道に滑ったようにして、無防備なその子に車が向かっていた。
その恐ろしい光景に、周囲の人たちは叫び声をあげて動けないでいたが、俺は考えるより先に体が動いていた。
『『困っている人がいたら手を差し伸べなさい。いじめられている人がいたら助けなさい』』
両親の教えに体を突き動かされた俺は、その子を守ることができたが、俺自身は車を避けることができなかった。凄まじい衝撃と痛みを体に受けて意識が飛びそうになる中、子供を守れた誇らしさと、両親への申し訳なさが頭を埋め尽くした。