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94:ネイル工房②

 

「で、聞きたいことがあるんですけど。」

「おいおい。次は(あん)ちゃんかよ。」


 ()()()()()()()()を見送った後、ハヤトはすぐにアダルフのもとを訪れた。なにがしかの作業の準備をしているところだったらしく、見習いの男たちが炉に焚かれた火を大きなふいごで吹いたり、金属の棒を整理したりしていた。


「今、『碧い刃』っていう連中のことを調べているんです。何か見聞きしたことはありませんか。」


 アダルフはちぢれた髭を皮手袋で揉みしだくと、「まあ、な。」と呟く。


「お前たちが来る少し前の話だ。タスアっつう都市の駐屯部隊からの注文で、武器と鎧を荷馬車に積んで送ったんだが、キハロイを出てちょいと行った所で野盗に襲われちまったんだ。」

「え?!大丈夫だったんですか?!」

「人手も馬も欠けなかったが、荷物がいくらかやられた。」


 フロリアーレ王国屈指の技術者集団の製品が何者かに奪われてしまうだなんて。狙われたにせよ偶然にせよ、大事件であることには違いない。


「まあ見習いどもが拵えたモンしか積んでなかったからな。痛手っちゃ痛手だが。」

「それでも……。」


 彼らも職人たちの弟子として日々研鑽している。経験豊富な師には劣るとも、技術と知識を併せ持った優秀な技術者たちだ。そんな彼らの製品が悪しき者の手に渡ってしまった。


「でもどうして、『碧い刃』と関係してるって思ったんです?」


 野盗と碧い刃。関係があるからこそ彼はこの事件について話したはずだと考えていたハヤトに、アダルフはこれでもかと眉を寄せて答えた。


「手綱を任せた見習いが言うにゃあ、揃いの緑の布を腕に巻いてたらしい。」

「緑の布……碧い刃……。」


 ネイル工房の荷車を襲った野盗はおそらく、仲間とそれ以外を判別する印として緑色の布を使っていたはず。キハロイ周辺で組織だった活動をしているのが碧い刃だけならば、二つは結びつけて然るべきだ。


 もっとも、碧色を青寄りの緑と表すか、緑寄りの青と表すかは人によるが。


「ギルドに依頼は出しました?」


 アダルフは手元にある黒い頭の金槌の具合を改めつつ、「いや。」とかぶりを振る。


「数打ちモンで、まるきり盗ってかれたわけでもねぇんだ。ま、話は通してある。」


 周囲で手を動かしている若い男たちの反応は薄い。アダルフを含め、本人らがこの事件のことをあまり気にかけていない間は一介の傭兵に過ぎないハヤトが口をはさむ余地はない。


「具体的に何が奪われたのかっていうのはわかりますか。」

「目録ってことか?まぁだあったか?」


 薄い頭髪で覆われた後頭部を掻くアダルフの横で二人の会話を聞いていた女職員が、手元に重ねられている植物紙から顔を上げる。


「ありますよ。お見せしてよろしいですか。」

「ああ、まあ……。」


 彼はしばらく黒い瞳を、じ、と見上げて。


(あん)ちゃんらならいいか。」

「ではご案内します。」


 女職員に促された場所は、書類を保管している部屋の一つ。内部には木の棚が並べられ、全ての段に巻物や冊子が山ほど積んである。女職員はいくつかを広げ見て、その中の一つを差し出してきた。


 内容は「秋のふた月」の「二の週」の「風の日」、日本でいう十一月の第二木曜日に当たる日にキハロイを発った荷物の顛末についてだ。


 剣十本、槍十五本、戦鎚五本、男女兼用の防具セット二十人分をアプリー公爵領の都市タスアへ送り出した。しかし六日目に野盗に襲撃され、八日目に剣四本、槍二本、戦鎚三本、防具セット七人分を失った状態で到着した。襲われた地点での盗賊の目撃情報はなく、偶発的に遭遇してしまったのではないか……との但し書きがされている。


「襲われた場所ってどういう所だったんですかね。」

「詳しくは手綱を握った者にお聞きになるのがよいかと。」


 荷車の手綱を握ったのはネイル工房で働く見習いたちの中では最年長の、老鍛冶師に師事している立派なもみあげの男。しかし本人は木工が得意らしく、彼だけは老鍛冶師にあてがわれている作業場の端で黙々と木材に手を入れていた。


 最初は真四角だったのであろう木材は背に緩やかな波を負っており、中央には小さな穴が貫き通っている。何かの土台だろうか。


「何を作っているんですか?」


 ハヤトが声をかけると男は厚い片刃のナイフでひと欠片削ぎきってから、顔を上げて答える。


「クロスボウさ!鎧着てッても上手いこと使えるモンを考えてんだ!」


 クロスボウと聞いて赤毛の女が「ほーお。」と唸る。


「何で作るんだ。」

「胴はイチイ!ばねは鉄で組むつもりだ!」

「じゃ、そいつは胴になるっつうわけか。」

「てこった!」


 景気よくガハガハと笑う男は、小さな切り傷の跡が多い指先でナイフをくるくると回している。


「で?どうせオレのこと訊きに来たんじゃねぇんだろ?」

「『秋のふた月』に荷馬車が襲われたことについて教えてもらおうと思って。お兄さんが手綱を持つ係だったんですよね?」


 事件が起きたという日の出来事について訊ねると、男は立派なもみあげをナイフの柄で掻きながら少しだけ視線を逸らした。


「左手が上り坂になってる森の中の道だった。あいつら馬に乗って坂の上から突っ込んできやがったんだ!護衛させてた傭兵をあっという間に押し退けちまった!」


 男は刃の背に親指を当てて木材の腹を、ザクリ、と削り落とす。


「どんな連中でした?」

「傭兵抑えるヤツらと荷物に手ぇ付けるヤツらがいたな。」

「役割を分担していたんですね。」


 とすると普段から同じ手口で通行人を襲撃しているか、そうでなくとも役割分けを相談して確実に実践する連携力があるということになる。


 いやそもそも、ただの盗賊が馬を飼いならせるだろうか。手間もカネもかかる馬を襲撃に活用できるほど使いこなしている連中が、野原を放浪している野盗と同格とは考えづらい。


「リオン。普通の盗賊が馬を飼えると思う?」

「手に入れらんねぇもんの世話なんかできるわけねぇだろ。」

「だよねー……。」


 馬の調達と継続的な管理、そして巧みな連携をする襲撃者。背後に大きな組織があると仮定した方が、むしろ状況を読み解きやすそうな気がする。


「他に何か気になったことはあります?」


 立派なもみあげの男は手を止めて、じっくりと記憶を掘り返していく。そんな彼をハヤトたちが辛抱強く待った後、彼は「そういやぁ。」と唸るように口を開いた。


「女がいたなぁ。後ろで偉そうに指図してたから、たぶんアイツが隊長だ。」

「どんな女ですか?特徴は?」

「顔立ちからして絶対にオナー人じゃねぇ。でもリアヌ人っぽくもなかった。なんとなぁくマグリ人っぽい気がする……。」


 しかし納得はいっていないようだ。オナー人ではなく、リアヌ人でもなく、マグリ人に似ているがそうでもない人相ということしかわからない。

 ナイフの柄で側頭を掻きむしる男と、首を傾げるハヤト。すると左隣から細く白い手が伸びてきて、少年の丈長の衣の裾を引く。


「キーエ人、かも……。」

「キーエ人?」


 ハヤトは知らない人種だ。それもアルズ人と違って、完全に初耳の。


「どういう人たちなの?」

「ぁ……な、南西の、草原地帯にす、住んでる。馬に乗って、遊牧し、してる。」


 遊牧生活を営む騎馬民族の類か。故郷の世界にもそのような人々がいることをハヤトは思い出して、なぜだか少しだけ親近感を覚えた。

 そしてキーエ人という言葉を聞いたリオンも何か思うところがあったようで、一つまとめにしている赤毛を揉んでいる。


「キーエ人が率いてんなら、どっかで調達して使っててもおかしかねぇか。」


 供給ルートを断つことができればさらなる戦力拡大は防げるだろうが、盗賊がどこからどのようにして馬を調達するかなど、まったくもって知った事ではない。


「あっ!あとよう!アイツら腕に緑色の布切れを巻いてたぞ!」

「それはきっと仲間の印ですね。」

「そうだな、きっとそうだ。」


 アダルフがこの事件を挙げたということ、そして彼の話の内容。それらからはネイル工房の商品を奪った野盗と「碧い刃」のつながりがいくらか感じられた。確信とまではいかないものの、関係していると見ていいだろう。


「ありがとうございます。また協力してもらうことになるかもしれないですけど、大丈夫ですか。」

「ああ、構わねぇぜ!」


 立派なもみあげの男は黄ばんだ歯を見せるように笑って見送ってくれた。

 借家への帰り道。丘を下っていくハヤトは後ろを歩いている赤毛の女に、意識と耳を向ける。


「リオン、どう思う?」

「かなり匂うな。現場も見てぇトコだ。」

「だね。」


 襲撃を受けたのは森の中の道、左側が坂になっている地点。直前まで身を隠しつつ、素早く馬に勢いづかせて突撃するには適した地形のように思われる。偶然に野盗がいて、偶然に通りかかってしまったとしたらかなりの不運だ。


 ただ、もしも襲撃者たちが、ネイル工房の荷馬車がそこを通ることを知っていたとしたら。襲撃するのに適した場所で()()()()()いた可能性すらある。


 そういえばと、この場に馬術を学んだ経験がある人物がいることを思い出したハヤトが左隣に目線を向ける。


「カーリー。馬に乗って坂を下るのって難しい?」


 カルリスティアは銀色に輝く前髪を揉み、「ん。」と小さく頷く。


「角度による。で、でも調教、されてる、馬ならけ、けっこう平気。」


 ただ、話には続きがあった。カルリスティアは紺碧の瞳で黒い瞳を覗きこみながら言葉を続ける。


「それ、より。森をは、走るのが、難しい。枝、とか。薮、とか。引っかかる、もの、多いし。足元み、見えないの、危ない。」


 視点が高い所に上がると、遠くまで見渡せるようになる。しかし馬の体で足元は隠れるだろうし、野薮や草木の枝に視界を塞がれるとさらに危険が増す。馬を操るための手綱や自身の頭に枝葉が引っ掛かってしまうのも危ない……と彼女は言いたいのだろう。


 ただ、もしも襲撃者の背後に「碧い刃」がいるとしたら。キハロイの内部に入り込み、馬と乗り手を高度に訓練し、良質な武具まで手に入れて、いったい何をしようとしているのだろうか。


 はらり、はらりと左右に揺れる一つまとめにした赤毛の長髪。

 ひたすらに正面を見据えている深みのある赤褐色の瞳。

 時折見せる牙のような八重歯。


「リオン。」

「んだよ。」


 黒い髪の少年は仄暗い黒に染まった瞳で、白んでいく東の空を睨んでいた。


「俺に考えがある。」





「潜入だぁ?」


 とろとろと揺れる火を灯す暖炉の前で、赤毛の女は頬杖をつきながら素っ頓狂な声を出した。


「碧い刃の実態を調べるにはそうするしかないと思うんだ。」

「まあ、あちこち歩きまわるよか手っ取り早いわな。」


 リオンは梳き下ろしてある長髪に指を通しながら、ちらり、と上階を見遣る。


「アタシにやれってか。」

「リオンが一番適任だと思う。」

「そりゃそうだ。」


 元・盗賊、それも数百人規模の集団の親玉だった人物だ。ならず者なりの作法や価値観を持っている彼女であれば、ごろつき集団の「碧い刃」に潜入して内情を探ることだって容易なはず。


 それにリオン自身が「風の加護」を持つクロスボウ使いとして頼りになる。人手を集めているらしい彼らにとって一人で数十人分の戦闘力を発揮できるリオンのような人材は、喉から手が出るほど欲しいはずだ。


「やれっつうならやるけどよ。どうすんだ?」

「問題はそこなんだよね。」


 ハヤトは腕を組み、思考を巡らせる。

 ここ数日間の調査でわかったことは、「碧い刃」の構成員らしき人物は頻繁には出没しないこと。住民も傭兵も商人も兵士も、身分に関わりなく出入りする酒場で勧誘活動をするのはリスクがあるためだろう。


 酒場「灯の館」に出没するという話の真偽は未だに確かめられていない。しかし仮にそれが本当だとして、女一人で入っていって勧誘役の目に留まるかというと……という話だ。


 確実に「碧い刃」の構成員と接触できる場所を見つけるか、せめてそういう機会を得られればいいのだが。今のところ足りていない情報は、まさしくそれであった。


「みんなも調査してくれてるから、具体的な方法は結果を聞いてから考えよう。」

「そうすっきゃねぇなあ。」


 顎を上げて喉の奥が見えてしまうほどの大きな、大きな欠伸をするリオン。暖炉の火が当たって光る、鈍色の金輪(かなわ)

 彼女は大丈夫。大丈夫だ。


「ところでリオンが行ってくれる前提で、ちょっと考えてた作戦があるんだよね。」

「へえ。んだよ、言ってみろ。」

「アストリエスさんにも相談するつもりなんだけど……。」


 彼女ならば、きっと。


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