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92:光の聖戦士と歴戦の傭兵②

 



 アスティはまず、各々の持つ情報を寄せ合わせることから始めた。


 傭兵たちの話によると「碧い刃」は、住民を懐柔して「仕事」を手伝うように仕向けているらしい。傭兵ギルドや酒場では構成員と思しき人物が傭兵と話し込んでいる姿が数回だけ目撃されている。


 老舗ギルドの「風の呼び声」では古参の傭兵たちが自発的に目を光らせており、見慣れない者には必ず声をかけるようにしているとのこと。ハヤトが初日にやや小柄な男から話しかけられたのも、この一環だった。


「連中がよく出入りしてるのは『灯の館』だ。あそこは稼ぎを増やしたがってる野郎が多いからな。」

「どうしてですか?」


 何度か聞いた名前の酒場だが、まだ訪れたことがない。ハヤトはただ確認するつもりでやや小柄な男に尋ねたが、彼はハヤトを囲っている仲間たちを見遣ると肩を抱き寄せてくる。


「……あそこの女はカネを積めば、『世話』もさせられるんだ。」


 金銭を貢ぐことで、女の店員に施してもらえる「世話」とは。

 ハヤトはしばし内心で首を傾げていたが、彼がわざわざ仲間たちに聞こえないようにした理由に気がついてからようやく、なるほど、と頷く。


「大金が稼げるって吹聴すれば、簡単に手足に変えられるわけですね。」

「ああ。ハマった女がいる野郎は特にな。」

「ハメたい、じゃなくて?」

「へへ。お前もそのクチかぁ?」

「おいバカども、お嬢とチビの前ではやめろ。」


 思わず話の路線を反らしてしまいそうになったのを、ハヤトはリオンに耳を摘ままれながら反省した。


 要するに「灯の館」を訪れる傭兵の中にはまとまった量の硬貨を必要としている者が多く、「碧い刃」は甘言によって彼らを組織に引き入れようとしている。このことは潜入を行うか従業員に聞きこみをするかして、事実かどうかを確認するべきだ。


 断じて、「灯の館」で受けられる「世話」に興味が湧いたわけでない。断じて。


「最近じゃ、乞食が酒飲んで騒いでるぜ。ウチでもあの乞食を追っ払えっつう依頼が増えてやがる。」

「一昨日なんて連中、銀貨なんか持って酒場にいやがったぞ。犬みてぇに散々食い散らかして、素寒貧になって帰ってってよう。」


 キハロイの門を東方向へ出ると目にすることになる、あばら家の群れ。そもそもあれはどうして、いつから形成されたのか。


「あの辺りっていつからあんな感じに?」


 ハヤトが誰にというのでもなく訊ねると、傭兵の何人かが腕を組む。


「ここ半年ってとこかぁ?」

「や、一年近いだろ。ほら、去年の戦争でさ。」

「そういや南にリアヌ人が押し寄せてきたって噂になってたなあ。」


 そのことに関してはおそらく、アスティが詳しいはず。そう考えたハヤトが振り向くと、ちょうど彼女もそのことについて語ろうとしているところだった。


「去年の『春のひと月』に、マジン王国との戦いが起きた。彼らの兵のほとんどは雑多な装備の傭兵と鎧すら着ていない魔法使いで、フラガライア辺境伯の騎士たちが蹴散らしてやったと聞いた。」


 機動力に長ける騎兵を相手にしては、火力に長ける魔法使いとて不利な戦いを強いられたことだろう。


「しかし辺境伯の軍が到着するまでに、多くの村が被害にあった。城もいくつか攻撃され、堅城と名高かったエンダリー城は半壊してしまったらしい……。」


 そもそも魔法を使わないオナー人と魔法を使うリアヌ人では、根本的に戦い方が異なるはずで……そのことにもっと考えを巡らせたいところだが、今回の作戦に関わらない。


「じゃああの人たちは戦争難民ってことですか。」

「じゃねーかな。ンでもって盗みやらケンカやらしやがるごろつきでもある。」

「アイツらが来てからってもの、忙しくってかなわねぇぜ。」


 傭兵が仕事に困っていないということは、トラブルが立て続けに起きているということ。故郷を破壊され、新天地を求めて逃れた先で盗みや暴力に堕ち、果てには鉄格子の向こう側に囚われる彼らこそ哀れむべきではあろうが。


「噂じゃあガキ集めて、モノ好きに股開か……。」


 彼が口を凍らせた原因はきっと、背後にある。ただ、振り向いて確認する気分にはなれない。


「と、とにかく。そういう人たちが大勢いるってことは、連中にとってはタダでいくらでも構成員を集められるようなものですよね。」

「奇しくもキハロイには『碧い刃』が人手を集める土壌が存在していたのだな。」

「ってこった。昨日来たばっかのお嬢様はどうせ、ンなこたぁ知らねぇだろうがよう。」

「知ってるわけねぇだろ!自分の足で歩いたことすらねぇんだ!」


 ハヤトは、チラリ、とアスティの顔を覗く。


「……その通りね。」


 大勢の従者と大勢の兵士に囲まれて、天蓋付きの立派な馬車に乗ってやってきた()()()()()()()()の姿が、心身を擦り減らしながら生活の糧を得る傭兵たちの目にどう映ったのかはわからない。


 しかし、彼らもまた知らないのだ。その雲の上にいるような人が今まさに、自分たちと同じ高さまで降りてこようとしていることなど。

 ほんの目の前まで、歩み寄ろうとしていることなど。


「ではまず壁の中と外での動きについて調べていこう。壁の外での動きについてはこちらで調べる。七日後に再び集結しよう!」

「じゃ、オレたちは壁の中にいればいいんだな。」

「ああ。いつも通りに生活しつつ、連中の動向を追ってくれたまえ。」

「よしきたッ!じゃあさっそく『灯の館』に顔出すとすっか!」

「昼に行ったってろくな女いねぇだろ!」

「相手させるカネなんか持っちゃいねぇよ!」


 ガハガハと笑いながら、各々の行く先へ向けて部屋を去る歴戦の傭兵たち。盾や弓を負っているその背中はとても大きく、熱を帯びているようにすら見える。


「キミたちにも都市での調査をお願いしたい。」

「わかりました。それっぽい所に行ってみます。」

「よろしく頼むぞ!ハッハッハ!」


 歯が見えるほど景気よく笑うアスティ。その表情を、じ、と見つめるカルリスティア。


「無理は、しないで。」

「ああ。もちろんさ。」


 灰色の瞳と紺碧の瞳は静かに、そして優しく視線を交わし合っていた。





 アスティから都市での聞き込みを任されたハヤトは「割れた杯」に顔を出した。この店は午前中と夕方から深夜にかけて営業しており、夫妻を含めた従業員たちは現在、休憩をとっている。


 その貴重な時間を彼らから譲り受けたハヤトは、酒場の一階に集めてまとめて話を聞くことにした。


「アプリー公爵令嬢のアストリエス様からの依頼で『碧い刃』の情報を集めているんです。やけに人手を集めようとしてる客がいた、みたいなこと知りませんか?」


 ワースとレナスの夫妻は困ったように顔を見合わせている。二人だけでなく、コリーンや垂目の姉妹店員、そして未だ話したことのないもう一人の女店員も黙ったままだ。


「ここって『風の呼び声』の男どもがよく出入りするのよ。」

「だから見たことないお客が来たら、すーぐわかるんだー。」

「でも妙なことしてるお客さんなんか見かけないよね。」

「そうねぇ。」

「ねーっ。」


 姉妹とコリーンの言葉に皆が頷く。ハヤトも客として訪れるためにわかることだが、この店は傭兵と思しき男たちが占拠してしまっており、それ以外の客はほぼ見かけない。

 忙しく働いている中でも自分たちの来店はすぐに気がつく三人をして、見慣れない客がいないと言うのであれば信じるべきだろう。


「お姉さんはどうですか?」


 ハヤトは念押しに、もう一人の店員に改まって訊ねてみる。


「私も別に、怪しい男は見てないわ。」

「そうですか……。」


 この店の内側は至って白いと見ていいだろう、と判断したハヤトは「何か見聞きしたらすぐに教えてください。」とだけ忠告してから次の聞き込みへ向かうことにした。しかしハヤトたちの姿はなぜか借家にあった。


「カーリーとハルハルは家で待っててほしいんだ。」

「えーっ!なんでなんでっ!」


 ハルハルが抵抗するのはもっともだが、ハヤトなりに理由がある。


 第一に、カルリスティアの身に危険が及ぶ可能性があるためだ。「碧い刃」の正体が何せよ、自分たちの行動を察知した彼らによって誘拐され人質になってしまうと、大勢の人間が動けなくなる。彼女の身の安全は、何よりも守らなければならない。


 第二に、ハルハルがまだ子どもだということ。戦闘で頼りになり、頭も切れるだろう彼女だが、「碧い刃」が攫った子どもにいかがわしい商売をさせているという噂を耳にした以上、彼らと接触する危険がある所に連れていくのは控えたい。


「二人を守りたいんだ。だから、お願い。」


 カルリスティアも、ハルハルも。少年の言い分を理解できないほど愚かではないし、少年の思いを汲み取れないほど鈍感でもない。むしろいくらかの不服を飲み込めるほど賢く、彼の言葉を素直に受け入れる寛容さも併せ持っている。


「わ、わかった。おとなしくし、してる。」

「カルリスティアおねーちゃんと待ってるね。」

「うん。待っててね。」


 こうしてカルリスティアとハルハルは家で留守の番をし、ハヤトとリオンはキハロイ中を巡って「碧い刃」の活動について探ることにしたのだった。


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