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87:徴税官からの依頼②

 

 キハロイから北東に数日歩いた所にある小さな宿場町は、その規模にそぐわない賑わいを見せていた。


 宿場町の東の縁には幌を付けた馬車が何台も停められていて、住民や旅人、傭兵と思しき人々が群がっている。暴動でも起きているのか、とハヤトたちが身構えてしまうほどだ。

 ただ、彼らの目的は馬車の持ち主である商人たちが荷台に詰め込んでいる商品で、敷物に広げられた品物を我先にと手に取って、銅や銀の硬貨を投じている。


「何事ですか?」


 その様子をやや離れた所から眺めていた短身剣を携えている女にハヤトは声をかけた。女は両腕いっぱいに抱えている雑貨を持ち直しながら、黄ばんだ歯を見せて笑う。


「なんだか知らないけど、もうすぐアプリー公爵のお嬢さんが来るらしくてさあ。お付きの商人だけ商売するためにひと足早くやってきたんだと。」


 ほう、とハヤトは内心で首を傾げる。


「貴族って商人と一緒に行動することもあるの?」


 カルリスティアはとんがり帽子のツバを撫で、「ん。」と頷く。


「だいたい、贔屓にし、してる商人が、いる……。に、賑やかしで、ついてくる、ことも、ある……。」

「アタシも見たことあるぜ。護衛やら付き人やらに囲まれたやけに立派な馬車が、大勢連れてどっか行くとこ。」

「手、出してないよね?」


 ハヤトから仄暗い黒に染まった瞳を向けられたリオンは「バカ言え。」と肩をすくめる。いくら大人数を従えた元・大悪党であっても、貴族が従えているような精強な兵士を相手取ったことはないらしい。


 それにしても、この小さな宿場町をこれほど賑わせる商人を伴えるとは。アプリー公爵家の影響力の大きさは本当に計り知れない。


「で、どうする?」

「とりあえず、アストリエスさんたちがいつ来るか確認しないと。」


 人でごった返している所を眺められる位置では、彼らの護衛らしき金属板の胸当てを着けた兵士たちが、近くに鹿毛の馬が留められている天幕の近くで立談に興じていた。


「キハロイの徴税官ルーク殿から、アストリエス様の護衛を依頼された者です。アストリエス様はいつ頃ここに来ますか?」


 ハヤトが傭兵登録証を見せつつ声をかけると、兵士たちは四人の顔をそれぞれ覗き込む。突然現れた怪しい四人組を警戒しているのだろう。

 すると彼らが囲っていた天幕の中から一人の若そうな男が現れ、すぐさま口を開く。


「二日か三日といったところだろう。まあ、遅くはならないはずだ。」


 男は持ち手が太い長身剣を左腰に携えており、目の細かい丈長の鎖帷子とベストに似た黒革の胴防具を着込んでいる。それでいて足元は確かで力強く、装備の重さをまるで感じさせない。


「オレはこの部隊を任されているケイルだ。」

「ハヤトです。よろしくお願いします。」


 差し出してきた手を握ると、巨岩の一端に触れているかのような幻すら視えてくる。この雰囲気と装備の質からして、かなりの実力を持った戦士であることは察するに易い。

 ケイルと名乗ったその男もハヤトの手から()()を感じ取ったようで、握ったままの右手をしきりに揉んでいる。


「……あ、あの?」

「すまん、癖でな。」


 じ、と見つめてくる焦げ茶色の瞳の持ち主は、悪びれた様子をこれっぽちも見せないまま手を離す。


「ルーク殿に雇われたというのは正直、信じられないが。まあ、お前の手は信じてやろう。」

「え。ああ、どうも……?」


 男の焦げ茶色の瞳は光ったままだ。結局のところ、いまいち信用されていないことには変わりないらしい。


 しかし、こちらはどうか。


 ハヤトの左隣で二人のやりとりを見ていたカルリスティアは、ローブの裏から紫色の布の端を見せつける。その「色」と「見せ方」の意味をケイルは把握したようで、胸に手を置いて僅かにこうべを垂れた。


「失礼しました。」

「ん……。」


 こくりと頷くカルリスティアの横顔が、かつてないほどに頼りがいがある……気がする。


「お嬢様とはどのようなご関係で?」

「ぇ……とも、だち。」

「お越しの旨、お嬢様にお伝えしましょうか。」


 カルリスティアが、ちらり、とこちらの様子を窺う。


「一応、伝えてもらえると。ルークさんもアストリエス様と彼女を会わせてほしそうにしていましたから。」

「そのように。」


 こうして恭しい態度をしていると貴族に仕える騎士に見える。いや、本当にその通りではあるのだろう。


「後ほど改めてご挨拶に伺います。宿はお決まりで?」

「いや、これから探すところです。」


 ケイルはしばし考え込むと、「では。」と西を指し示す。


「この町の西に、『蝋すくい』という宿屋があります。お嬢様が泊まられる予定なので、そちらをお使いいただければ事も早く進むでしょう。」

「わかりました、ありがとうございます。」


 ハヤトが会釈している間、ケイルは目線だけを周囲の部下たちの表情に向けていた。


「ここにお前らが使える場所はない。さっさと宿でも探してくるんだな。」


 恭しかった態度はどこへやら。しかしアストリエスへの連絡役を引き受けてもらい、宿も紹介してくれた。ここに留まる必要はない。

 ハヤトは彼の言葉に従って、数日を過ごす宿を探すべく西の方角へつま先を向けた。





 宿屋「蝋すくい」はこの宿場町で最も名の知れた宿屋であり、酒場でもある。母屋の一階が酒場となっており、二階と離れに泊まる客向けの食事を提供している。


 客の中には剣や弓を担いだ傭兵たちもそこそこいるが、この小さな宿場町に傭兵ギルドが無いせいでキハロイへ向かう者か、キハロイからどこかへ行く者がほとんど。

 ほとんど、というのは長いこと馴染みの宿屋に泊まり、地元の住民から直接頼まれて様々な厄介事を片付けている傭兵もいるためだ。


「ギルドが無くてもやっていけるものなんですか。」

「まあーねえー。むしろこっちが良いようにできて助かってるよーう。」


 町の様子について尋ねた短身剣を携えている女がまさにその類で、彼女は軒先に置かれた丸太のテーブルの一角に焼粘土の広口瓶(ジャー)を大量に並べていた。


「まーそりゃ、キハロイならもっと稼げんだろうけどさーあ?頼りにされんなぁー良い気分よねぇー。」


 宿屋「蝋すくい」で部屋を借りたハヤトたちが食事を求めて一階の酒場スペースにやってきた時から、短身剣を携えている女は紫色の液体で満たされた杯を仰いでいる。表情は朗らかで余裕があり、髪にも肌にも張りがある。


「なかなか儲かってるみてぇだな。」

「たぁいへんだったんだよう、初めのうちは!」


 女は大きく杯を傾け、雫が滴る下唇を舐める。

 ギルドがある場所に傭兵が集まるのか、傭兵が集まる場所にギルドが作られるのかはわからない。いずれにせよ同業者が多ければ多いほど、割りの良い依頼が奪い合いになるのは必定。


 しかし傭兵ギルドには依頼主と傭兵の仲立ちをし、仕事を適切な人材に割り当てるという役割がある。仲介者無しで仕事をすることの大変さをハヤトたちは未だに知らないが、「ギルド」の看板を挟まずに住民からの信頼を勝ち取るには苦労をすることになるだろう。


「ちょっと飲み過ぎないでよ!用心棒だろう!」

「へっへー、ちょっとくらいだーじょーぶだってぇ。」


 宿屋の女将に頭を(はた)かれても、酒を仰ぐ手は止まらない。


 住民たちと交流し、寝食に困らないだけの収入を得る生活はきっと、とても良いものだろう。傭兵であるはずの彼女が、傭兵らしからぬ柔和な雰囲気を醸していることからして。

 少し……ほんの少しだけ、憧れてしまう。


「あんたも傭兵かい?こんなになっちゃあいけないよ!」

「はい、気をつけます。」

「おおい!なぁにを気をつけるってー?!」


 小さな宿場町の、とある宿屋にはそういう生き方をする傭兵もいるのだと知った少年は、沈みゆく陽に照らされながら「もしも」の生活に思いを馳せてみることにしたのだった。


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