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69:森林都市ロウネ

 

 異世界に来て、六日間を王の城で過ごして、辺境伯領へ送り出されて。まばらな歯を見せる笑顔が特徴的だった御者と共に通ったあの道を、少年はまた辿っていた。


 西にある広大な山脈からオナー地方、そして北の海へと伸びている大河「レーシ川」に沿う土の道を、鉄板を履いた車輪がごとり、ごとりと蹴り進む。

 この天蓋付きの立派な馬車は随分と上等な作りをしているようで、荷台で静かに座り込んでいる三人の男女は、やりたいこともやるべきこともないこと以外に特段の不満を抱いていなかった。


 まあ、やりたいこともやるべきこともないことこそ、これ以上にない不満なのだが。


「で、あと何日揺られてりゃあいい?」


 知る限り馬車の旅は二度目のはずのリオンは、荷台の木枠に腕と頬を預けながら、やさぐれボイスで問いかける。


「あと三日ってとこかな。」


 ですよね、とハヤトが御者に問いかけると、布の仕切りの反対側から「ああ。」とぶっきらぼうな答えが返ってくる。


「だってよ。」

「馬車は楽なのはいいが、まあそれだけだな。」


 川のほとりで釣り糸を垂らしている漁師に聞こえそうなくらいの「はああぁあ……。」という大きな、大きなため息をついて、一つまとめにした赤毛を指先で弄ぶリオン。

 対照的に銀色の髪の少女は、布一枚で仕切られた小さな窓から見える景色を両の目にずっと、本当にずっと映し続けている。


「み、見てっ、羊!いっぱい!」

「ホントだ。かわいいね。」

「ぅ、うんっ。」


 石垣の柵の内側で茶色の草を食んでいる茶色の毛玉たち。どこからか聞こえてくる、のんきな嘶き。

 紺碧の瞳を爛然と煌めかせるカルリスティアの隣で、ハヤトも革袋の水筒を満たす薄い酒を口に含みながら牧歌的な風景を眺めている。

 この世界に来て、およそ四か月。とうとうこの国にも冬が訪れようとしている。


 三人組を乗せた馬車がオナー地方南部のアコイ郡の都市で、ハヤトも一晩だけ立ち寄った森林都市「ロウネ」に到着した頃には、住民たちの中に布や毛皮のマントを肩から垂らして、そこそこ厚手の衣服を身につける者もちらほら見られるようになっていた。


 普段から暑苦しい装いをしている傭兵たちも、思い思いの防寒具を着ている。ハヤトも例外ではなく、森と小高い山々に囲まれた半盆地にあるロウネの寒さに耐えるべく、服装品店で厚手の布のマントを手に入れていた。


「これ着てるだけで、意外と温かいね。」


 マントと言っても背中の中ほどまでしか覆っていないものの、丈長の衣と鎧のさらに上にもう一枚あるだけで、体の熱が背中に籠る感覚がある。


「アタシは別に寒くねえけど。」

「ぁ……私、も。」


 はて、とハヤトはリオンとカルリスティアの様子を見遣る。

 リオンは丈長の衣と革の軽装鎧。カルリスティアは黒いローブ。二人とも特別な寒さ対策をした装いではない。

 もしかすると産まれてから今までこの国の気候に身を置いてきた二人は、暖房や防寒具が充実している環境で育った自分よりもずっと寒さに強いのだろうか……そのような考えがハヤトの頭の中に浮かぶ。


「とりあえず持っててよ。寒くなったら着てくれればいいから。」

「あいよ。」

「わ、わかった。」


 どちらかと言うと「渋々に」といった表情でお揃いの布のマントを受け取った二人は、ハヤトと同じように肩で羽織ったり、背負っている背嚢にかけてしまったりした。

 そのようなことがありつつ。三人はこの都市で果たすべき「目標」のために、傭兵ギルドへと足先を向けた。





 森林都市ロウネには三つの傭兵ギルドがある。中でも老舗にして最大手である「首狩人の大鎌」という傭兵ギルドの門戸を三人は叩いた。

 内部はやはりというか、なんというか。両開き扉の先には傭兵や住民で溢れる広間があり、奥には鉄柵で仕切られた受付台があり、二階へ続く階段もある。


 ただ、このギルドが当初は森で狩りをする猟師向けの酒場兼宿舎だった名残が、ギルドの母屋の東側が大きなシャンデリアが有名な酒場と直結していることから窺い知れる。

 むしろ中世ヨーロッパ風の異世界観を嗜む者からすると、ギルドの母屋、酒場、宿屋が連なっているこの形状こそ、典型的な「ギルド」のようにも思えた。


「ここの森に現れるっていう巨獣について知りたいんですけど。」


 そこそこ長い列に並んで、ようやくやってきた自番。ハヤトは鉄柵の向こうにいる受付係の男にそう言い放った。

 すると男は手元に目線を落としたまま、呆れ顔で首を横に振る。


「ロウネの森の東部や南部で足跡などの痕跡が見つかっています。探すのであれば、その辺りを探索してください。」


 それきり、受付係の男は口を閉ざした。


「そ、それだけですか?」

「ええ。ほら、さっさと行ってきたらどうですか。懸賞金は早い者勝ちですよ。」


 ああ、とハヤトは内心で唸る。

 受付係の彼は。いや、きっと四人いる受付係の全員が同じ話を何度も、何度もしてきたに違いない。


「東部と南部で、足跡や爪の跡が見つかっています。」

「痕跡が目撃されたのは、東側と南側に集中しています。」

「森の東と南の方で、痕跡が見かけられています。」


 少し間、受付台の近くで耳をそばだてただけだが。彼らが受付台の前に立った者に話した内容の大半が、巨獣の痕跡が森の東と南で見つかった、というものだった。

 ギルドに溢れる、剣や弓で武装した者たち。その全てが森に現れた「謎の巨獣」を追い求めているらしい。


「つって、んなデケェ地図まで張り出してるわけか。」


 一つまとめにした赤毛を揺らしてリオンが見上げる、巨大な地図。

 茶色の植物紙を何十枚も繋ぎ合わせて作られたその地図には、ロウネ周辺に広がる大森林にあるらしい特徴的な地形や人工物の配置が大味に記されている。

 ぽつり、ぽつりと赤い墨で点や丸が書き足されていて、「足跡二つ、子どもの背丈ほど」だとか、「巨木ほどの蛇が這った跡」だとかの簡易な但し書きもされている。


「集まった情報は、とりあえずここに書くんだとよ。」

「利害の一致ってやつだね。」


 全員がライバルだが、いち早く「謎の巨獣」の正体を暴きたい。そのために部分的に協力するという雰囲気になっているようだ。


「案外、誰かがあっさり見つけちまったりしてな。」


 頭の後ろで腕を組んでいるリオンの言葉に、ハヤトは耳を傾ける。

 何十という傭兵が躍起になって探しているのだ。実在するか否かはさておいて、「謎の巨獣」の正体が暴かれる時は意外とそう遠くないのかもしれない。


 重要なのは、本当に()()が実在する場合は自分たちがいの一番に発見して、カルリスティアと共に討伐しなければならないということ。カルリスティアが活躍する機会を作れれば、彼女が自信を持てるようになるはず。

 森の中を探索することにはなるが、隣には狩人の技を父から受け継いだ「紅い疾風」がいる。彼女の目と鼻が、森に潜む巨獣へと導いてくれるはず。


 そのように、思っていたのだが。


「アタシじゃあ、見つけられそうにねぇな。」


 彼女はあまりにもハッキリと、主人に告げたのだった。

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