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57:足止め②

 


 その日の夕方。ハヤトとリオンは都市の東門から出てすぐの所に店を広げている、とある工房にいた。


「職人ギルドまで護送すればいいんですね。」

「ああ。取引は息子がするから、代金を受け取ったら戻ってきてくれ。」

「わかりました。」


 鼻につくひどく渋い匂いを漏らしている工房の敷地の外で、なめし加工がされた動物皮を積んだ馬車を引き取った二人組。馬車の左をハヤトが歩き、荷台の後ろにはボルトが装填されたクロスボウを肩に担ぐリオンが腰かけて、深みのある赤褐色の瞳を光らせている。


 この都市の東には職人らの工房や商店が集中している地区がある。ここのところ、ごろつきに物資を強奪される事件が何件か発生しているらしく、それを警戒した革なめし工房のオーナーが今回の依頼主である。

 報酬金は銀貨一枚と銅貨十枚。馬車の手綱を握るのはオーナーの息子で、日中は工房で職人の下について働き、夕方からは父の仕事を手伝っているそうだ。


「大変ですね、後継ぎっていうのも。」

「まったくです。職人は頑固者が多いし、父はなんでもかんでもボクに押し付ける。だからこうして革をギルドに卸しに行くのが、ささやかな楽しみなんです。」


 ひどく渋い匂いと頑固な職人たちから離れて、穏やかに馬車を走らせるのが楽しみになるほど、この青年は疲れが溜まる生活を送っている。後継者というのはどの世界でも苦労が絶えないらしい。


「でも父がボクに期待してくれているのは理解してますし、ボクも父の期待に応えたいんです。かと言って、こき使うのは勘弁してほしいですが。」

「馬車馬の如く、って感じですもんね。」

「はははっ、面白い例えですね!本当に馬車馬の如く働いてますよ!」


 けらけらと笑う青年に釣られて、ハヤトも笑う。


「それにしても、傭兵にはハヤトさんみたいな人もいるんですね。意外でした。」


 彼といい、宿場町で出会った服装品店の家族といい。一般人が「傭兵」に対して抱いているイメージは芳しくない。それにも関わらず、こうして依頼を出すほど彼らはごろつきによる強奪を恐れていた。

 こうして町中を歩いている間にも、暗がりに沈んだ路地や建物の窓の奥からぎらついた目線が、こちらを……いや、荷台に山積みにされた革を狙っている。


 問題ある所に傭兵あり。それがこの世界における「傭兵」という職業の立ち位置だ。


「では取引をしてきます。終わったら戻りますので、荷物をお願いします。」

「はい。任されました。」


 青年は青銅で作られた、大地に根差すキクに似た花と突き立てられた金槌の看板を軒先に掲げている、石造りの建物に入る。


 職人ギルド「デロー・スペルマ」。フィグマリーグ侯爵家が後ろ盾になっている、フロリアーレ王国の各地に支部がある職人たちのためのギルドだ。

 職人ギルドの仕事は主に三つ。まずは原材料の調達と流通で、これは彼らの収入の大半を占める事業。次は職人同士のトラブルの解決で、生産物の販売価格や市場での出店権の奪い合いなどを仲裁する。最後は職人と傭兵、職人と一般人の仲立ちで、今回の依頼も職人ギルド経由で出されたものだった。


 フィグマリーグ侯爵家の人間が内務卿を任され、王国の金庫番として大金を動かせるのは、こうして市井で暮らす人々の生活に深く関わっているからなのかもしれない。

 ハヤトが看板と建物を交互に眺めながら、鷹のように鋭い目をしたかの人物に思いを馳せていたところ、どこからか現れた五人組の男たちが声をかけてきた。


「ギルドの者です。商品はこちらでお預かりします。」


 朗らかに笑んでいる男たちは、馬車の傍に立つハヤトとリオンを取り囲む。彼らが着ている丈長の衣は立派な物で、仕立てがしっかりとされている。

 しかしこちらに見えないように「何か」を携えていることと、履いている靴があまりにも粗末なことを仄暗い黒に染まった瞳は既に捉えていた。


「すみませんが、依頼主から荷物を警護するように指示されていますので。」


 不動のまま相対するハヤトに対し、男は一歩たりとも退かない。


「既に商談は成立しましたので、荷物を引き取ると申し上げているんです。」

「それ以外については指示されていませんので、対応できかねます。」


 四半歩、半歩とにじり寄ってくる男たち。毅然とした態度を貫く二人組。そこに__


「お前たち!何をしている!」


 建物から出てきた紫色の布を首から両肩にかけている初老の男の、矢のように鋭い叫び声を聞きつけた男たちは一目散に立ち去る。初老の男の後ろには青年もいて、ハヤトとリオンの姿を見つけるなり慌てた顔で駆け寄ってきた。


「ハヤトさん!リオンさん!大丈夫ですか!?」

「荷物は無事ですよ。」

「そうじゃなくて、あなたたちがです!」

「はい。別に襲われたわけじゃないので。」


 見ての通りだ、と言わんばかりにリオンも肩をすくめる。


「ま、襲われても戦うけどな。それが仕事だしよ。」

「それは、そうかも、しれませんけど……。」


 苦い顔をしている青年とは異なり、初老の男は満足げに顎を上げる。


「依頼主の指示を忠実に守る。傭兵はそうでなくては。」

「ええ。忠実な番犬として、ちゃんと荷物を見張らないとですよね。」


 初老の男にとっては嫌味か、侮蔑のつもりだったのだろう。しかしハヤトの不敵な笑みに、男も思わずたじろいで「ま、まったくだ。」と頷いてしまう。


「それで、取引は成立ですか。」

「ああ、はい。思っていたよりは安かったですが、十分な利益になりました。」

「公正な価格、です。お間違えの無いよう。」

「これはこれは、失礼しました。」


 職人サイドと「デロー・スペルマ」サイドで激しい舌戦があったことが、交錯する二人の目線から察せられる。

 そうして話している間に、本物の職員と思われる男たちが荷台から革を下ろしていく。彼らの慣れた手つきによって、山積みになっていた革はあっという間にギルドの倉庫に納められた。


「では、次もよろしくお願いします。」

「お待ちしております。」


 ずいぶん軽くなった馬車に伴って、ハヤトたちは来た道を引き返す。なめし革が硬貨に変わってからも警戒を怠ることはなく、青年と馬車をひどく渋い匂いを漏らす工房に送り届けることができた。

 青年は戻ってすぐに今回の顛末を伝えたようで、オーナーの男がわざわざ工房から顔を見せた。


「いつもは傭兵なんか雇わないんだが、今度ばかりは雇っておいて本当によかった。機会があれば次もキミたちに頼みたい。」

「名指しで依頼してもらえればすぐに飛んでいきまので、次もよろしくお願いします。」

「はははっ、そりゃ頼もしいな!ほら、今度の報酬だ!」

「確かに受け取りました。」


 オーナーの男から受け取った麻袋はずいぶんとずっしりしている。本来の報酬にかなり色を付けてくれたらしい。

 依頼主は商品が守られて満足し、傭兵は懐が重くなって満足する。これでいいのだ。


 王都での最初の仕事を無事に終えたハヤトとリオンは、今日の宿を探して再び都市を徘徊することにした。

 とはいえテルナは大陸指折りの大都市というだけあって広く、そして路地は複雑に入り組んでいる。暗がりに沈んでいる路地に踏み入ることはせず、余計に通りへ入ることもせず。二人は銀の看板を掲げる、あの建物……傭兵ギルド「銀灰」から南へ行った所の宿屋に泊まることにした。


 派手ではない、武骨な造りの木造建築の宿屋。交渉によって一泊小銀貨三枚のところ、六泊銀貨三枚……小銀貨にして十五枚で借りることができた二人部屋には、実用的な家具と手入れが行き届いているベッドが備え付けられている。


「んで、カネはいくらだったんだ。」

「銀貨一枚、小銀貨六枚、銅貨二十三枚だった。結果的に荒事も無くてこれなら、かなり良い額かな。」

「ほーお、そんなもんなのか。」


 ひと月前まで傭兵に追われる側だったリオンには、馴染みのない感覚に違いない。宿場町では一緒に仕事をできなかった分、これからはこうして一緒に仕事をして、傭兵稼業の金銭感覚を身につけてもらわなければならない。


「でも王都だけあって、物価もかなり高いみたい。」

「ああー、あれか。ヒトが多いとモノも高ぇって話。」


 リオンは一つまとめにしてあった赤毛を解いて、「よくわかんねぇけど。」と吐き捨てる。


「まだカネはあんだろ?」

「うん。前に貰った金貨が残ってるし、リオンの懸賞金もまだ手を付けてない。」

「アタシ遠慮なく食って飲んでしてっと思うけど。意外となんとかなんだなぁ。」


 と、のんきに椅子でくつろいでいるリオンを仄暗い黒に染まった瞳が射貫く。


「なんとかしてる、だからね?」

「……悪りぃ。」


 とはいえ傭兵の仕事で得られるカネは、基本的に一人が食べていくことが想定された金額になっていると、ハヤトはこれまでの経験から見ていた。

 一人で何人も……それこそ家族単位で養えるほどのカネを稼ぎたいのならば、名を挙げて有力者から名指しで依頼を受けられるようになるか、チームを組んで大口の依頼をこなすしかない。

 何にせよ凡人として生まれた自分に足りないのは「力」、すなわち「仲間」。それもたった一人で数十人分の戦力になるような、強力で信頼できる仲間がもっと必要だ。


「リオンにも頑張ってもらうからね。」

「わぁーったよ。少なくとも自分の食い扶持の分くれぇはやってやる。」

「期待してるよ。」

「はいはい。」


 リオンはそれきり、クロスボウの手入れに勤しむ。ハヤトも床に下ろした鎧や盾、安物の斧の造りの具合を一つひとつ確認していく作業を始めた。他者の命と財産を守るために命を危険にさらした時間を、カネに変える道具だ。手入れを怠るわけにはいかない。

 黙々と作業を進める時間は少しずつ、少しずつ過ぎていった。

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