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55:十字路の集落

 

 農村を発ってから四日後、旅立ちから数えて三十五日目の夕方。ハヤトとリオンは乗り合い馬車が来る、十字に交わった街道に拓かれた集落にたどりついていた。


「二人で銀貨四枚だ。客が集まったら明日ん昼前には出るぞ。遅れてもカネは返してやらんからな。」


 客を待っていた乗り合い馬車の御者に銀貨を渡したハヤトは、宿屋を探すべく集落を歩く。市場が開かれている影響で通りに人の往来が絶えること無く、住民らしい人もそうではないように見える人も、活力に満ち満ちた表情をしている。


 集落には大小貴賤の様々な宿屋がいくつかある。ハヤトが入ったのは軒先が装飾でそこそこ賑わっている、中程度の規模の宿屋だった。

 酒場を兼ねたロビーでは剣やら斧やら弓やらを担いでいる男たちが木組みの杯を片手に談笑しているが、騒がしいというほどでもなく。良い程度に和やかな雰囲気を演出する一助となっていた。


「二人部屋は銀貨二枚だ。」


 受付係の若い男に銀貨を渡して、部屋へ向かう。

 案内された部屋は素朴な家具がいくつかと、大人二人が肩を合わせずに並んで寝られるベッドが置かれている。クッションは藁だが大きく膨らんでいて、湿気た匂いもしない。そしてなによりも、夜風や地這い虫が侵入する余地がないほど、壁に塗られている漆喰に欠けがない。

 手入れが行き届いている部屋の、手入れが行き届いているベッドの傍に荷物を下ろして、リオンは静かに腰を預けた。


「まッたどういう魂胆なんだ。こんな良い部屋借りて。」


 もしかして、ついに……と自身の胸元を抱くリオンに、ハヤトは眉を寄せる。


「ひと月以上歩いたんだから、最後くらい良い部屋の良いベッドで寝たいじゃんか。」

「ははん。堪えてねぇように見えたが、内心じゃあキツかったわけか。」


 ハヤトは下ろした荷物に鎧や盾を立て掛けながら、「まあね。」と呟く。


「ほうら、ご主人様。若い女の柔らかぁい生脚だぞ。」

「……なにしてんの。」


 ふと顔を上げると、リオンがベッドの上で脚を組み、太ももをこれでもかと見せつけていた。いつの間にかブーツやら脛当てやらの一切合切を外している脚は少し汗ばんでいて、オイルランプの光で照っている。

 情欲をくすぐるような艶めかしい仕草と光景ではあるが、しかしハヤトは至って冷静に、ジトーっとした目でベッドの上の女を睨む。


 リオンはやがて胡坐をかいてしまって、「ケッ。」と息を吐き捨てた。


「ホンットにつまんねーな、お前。股座に付いてるモンは何見たらヤる気になんだ。」

「バカなこと言ってないで、早く着替えて。飯食いに行かないと。」

「わーったよ。」


 余計な武具を床に下した二人は、それぞれ最低限の武装をして町へ繰り出す。

 手頃な酒場で上等とは言えない飯を安くてぬるい酒で胃袋に流し込み、屋台で真っ赤な林檎を一つ買って、半分ずつ食べながら宿に戻る。

 何の変哲もない平穏な夜は、すぐに更けてしまう。


「ふぃーッ。たらふく食ったぜ。」


 リオンが擦っている腹には大皿の肉料理とパン二つ、スープ一杯、エール三杯が収容されている。


「いっぱい食べたね。」

「ああ。食える時に食わねぇとな。」

「カネがある間は、ってことでしょ。」

「よくわかってんじゃねぇか。」


 爪で歯に詰まった物を取り除くのに集中しているリオンを傍に置いて、ハヤトはベッドの上に寝転がって、今日までの旅路に思いを巡らせている。

 たてがみのある巨大な熊との遭遇戦。共闘し、数日を共に過ごしたベイルとリン。宿場町で出会った住民。音も無く現れ、霧のように消えたアリス。手ずからごろつきの悪意を退けた農村。賢くて優しい聖職者フアニィ。


 三十五日の徒歩の旅は、出会いと別れに満ちていた。

 これからも多くの人と出会い、知り合って、別れる。

 数多くの出会いの中には、「仲間」になってくれる人との出会いもきっとある。


「王都に戻って、それからどうすんだ。」


 隣に来たリオンは肘をつき、手の甲に頬を乗せている。


「とりあえず城に行く。王様に報告しないと。」

「お、おう。……マジで行くのかよ。」


 普段は余裕ある様子のリオンの顔に、珍しく緊張感が色を出す。


「で、またどっかに行かされる。」

「王様の小間使いってのも、楽じゃあなさそうだな。」


 二人は揃って腕を枕にして、天上をぼんやりと視界に映す。


「どっちを優先する?」


 ハヤトは「どっち」が何を指しているのか理解できずに、「何のこと?」と聞き返す。


「命令を終わらせんのと、仲間探しだよ。」


 ああ、とハヤトは唸る。

 どちらを先に、などという考えはそもそもハヤトの頭の中に無かった。王の命令も、仲間探しも同時並行全力投球で取り組むつもりだった。

 ただ、リオンにそう訊ねられると考えてしまう……ようでいて、結局のところ方向性は変わらない。


「どっちも頑張るよ。王様の命令も、仲間探しも。」

「おいおい。『一羽を落とすには弓作りから。』ってことわざくらいは、アタシでも知ってるぜ。」


 この世界では有名なことわざなのだろうか、とハヤトは内心で頷く。意味するところはおおむね、一つのことを成し遂げるならば、準備をする段階からそれに集中しろといったところだろうか。

 しかしハヤトの故郷には、こんなことわざもある。


「一石二鳥。」

「イッセキ、ニチョウ……?」

「俺の故郷のことわざだよ。一つの石を投げて二羽の鳥を落とすみたいに、一つの行動で二つ得をするって意味。」

「そんなに上手くいくかね。」


 脚を組んで、「ハッ。」と鼻で笑うリオンだったが、不意に主人の仄暗い黒に染まった瞳を見てしまって、思わず喉を鳴らした。


「それくらいできなきゃ、追いつけない。」


 瞳に映る、二人の少女の背中。

 少年が見ているその大きさを、奴隷の女は未だ知らない。

 だが、自身を手ずから下した少年がそこまで言う存在をして、胸は上下している。


「だから、今日はゆっくり休まないと。」

「……そうだな。」


 オイルランプに灯された火を消して、ベッドに体を潜り込ませる二人。

 黒い髪の少年と赤毛の女。二人の行く先に、幸運の一番星が輝かんことを。


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