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51:黒き婚約者③

 

 人が集まる場所では、大なり小なり人同士のトラブルが発生する。それをカネで雇われて口で、あるいは拳で解決するのが傭兵という生き物である。

 ただ、傭兵が必要とされる場面というのは往々にして拳が必要になるものだ。


「ふんッ!」

「ひッ?!」

「ハッ!」

「でッ?!」

「よッ!」

「ぶッ?!」


 乾いた土の上に転がっている、みすぼらしい三人組。最近、とある酒場に頻繁に出入りしては、効能不明の粉薬を店の客に押し売りしている連中だった。これらを物理的に排除してほしいというのが、酒場の店主からの依頼である。


「じゃ、後はお願いします。」

「はいよ。」

「マジで一人で伸ばしちまうとはね。恐れ入ったぜ。」


 三人の身柄を、カネで雇った「沼の男」で油を売っていた傭兵たちにギルドまで運ばせて、ハヤトは依頼主の酒場の店主に報告に行く。


「とりあえず殴って倒して、ギルドに連行しました。薬についても、たぶんギルド側で追って調査してくれると思います。」

「ありがとう、助かったよ。あいつらのせいで店の看板に泥が付くところだったからね。」


 他人の店の中で勝手に怪しい商売をしようとしたのだ。彼らがしていたことが善か悪かなどは全くもって関係なく、当然の報いである。


「報酬とは別に一杯奢らせてくれ。先代から預かった看板を守ってくれた、ウチの救世主にね。」

「救世主なんて大袈裟ですよ。その一杯が美味しければ十分です。」

「ハハッ、言うじゃないか!もちろん期待してくれていいとも!」


 恰幅の良い長身の男は、立派な口ひげを揉みしだきながら腹太鼓を鳴らす。

 同じ日の午後。ハヤトは宿場町の荷受け場から布の生地を運んでいた。服装品店のオーナーからの依頼で、怪我をした息子の代わりの力仕事要員として雇われたのだ。


 もっとも、意外と布の生地そのものを盗もうとする輩もそこそこいるらしく、そういう手合いに対する牽制の意味でも男手が必要らしかった。実際、こちらの隙を窺うような目線を察知した回数は、両手でも数えられないほどだ。


「いやー、助かったよう。傭兵ってのは荒くれモンばっかだと思ってたけど、あんたみたいなイイ男もいるんだねぇ。」


 ガハガハと笑ってハヤトの肩を叩く中年の女の横には、腕に包帯を巻いた息子と、生地の運搬では微塵も頼りにならなかった娘がいて、二人ともハヤトに熱視線を送っている。


「ホントに助かったぜ。いっそのこと、このままウチで働かないか?そんで妹を嫁にしてやってくれ!」

「お、お兄ちゃん……っ!」


 頬どころか耳まで真っ赤にしながら、娘は兄の脇腹を殴る。


「キミも家の仕事手伝ってるんだよね。」

「う、うん……刺繍は、まだまだだけど。縫いの作業は、私でもできるから……。」

「縫うのだって大変な作業だし、キミはすごいよ。俺もちょっと手伝ったことあるから、よくわかる。」

「ほ、ほんと?……えへへ。もっと、頑張る……っ。」


 はにかむ娘の顔には、まだ幼さが大分残っている。十代前半といったところだろうか。それなのに家業を精力的に手伝っていて、向上心まであるのは素晴らしいことだ。目的もなく学校に通うよりも、ずっといい。


 そして夜。ギルドには酒場の用心棒に関する依頼が何件かあって、今晩はその中の一つに当たっていた。

 酒場は一日よく働いた人々が癒しを求めて集まり、酒を飲んで飯を喰らい、そして酒を飲む場所だ。荒くれ者も温厚な人も皆が等しく酔っ払う、世知辛い世の中では数少ない楽園である。


「おいッテメェ!なぁに見てんだオラッ!」

「ああっ?!そっちがガン飛ばしてきたんだろぅがッ!」


 そしてアルコールが入ると荒くれ者も温厚な人も等しく、態度と声が大きくなる。大きくなった態度と声は隣の、時には反対側にいる別の客と擦れ合って、不協和音を響かせることが、ままある。


「はいはい。続きは外でお願いしますねー。」


 しかし外の冷たい空気に当たれば酔いも多少は覚めてきて、基本的には事も起きずに収まるもの。収まらなくても、外で勝手に殴り合っている分にはご自由にどうぞ、である。

 ただ、たまに前触れもなく暴発することもある。


「オレぁ何人も()ったんだぞッ!テメェなんざ怖かねぇッ!」


 座っていた椅子とテーブルを蹴り飛ばし、他の客が使っているテーブルなんかも押し倒しながら暴れる男。彼は得物こそ床に落としたままだが、革と金属の鎧を着ている。一般人が対処しきれる道理などない。


 そう。こういう時の為に、傭兵の用心棒がいる。

 黒い髪の傭兵は暴れる男に素早く近づくと、脇腹に拳の一撃を、脛に蹴りの一撃を食らわせる。酔っ払いが反応できるわけもなく、その場で腹と脛を抱えてうずくまったら、後は襟なり腕なりを掴んで、外に放り出せばいい。


 暴れていた男は不意打ちを食らったことによる混乱と、勝ちえない実力者の出現に怯えて逃げ去ってしまう。得物を置き去りにして。


「これはどうしますか。」

「三日くらいは人質だな。戻らなかったら売り払って、修理代に当てる。」


 いくらカネを払っていても、客は神様などではない。どれだけ硬貨を積み上げても客は客であり、暴れ出せば客ですらなくなる。当然の報いだ。

 そうして酒場の喧騒が深夜になって落ち着いた頃に、黒い髪の傭兵はようやく宿への帰路につく。


 手元には銀貨が二枚と小銀貨十二枚、いくつかの銅貨が転がっていて、月の明かりに照らされて鈍く輝いている。


「一泊が小銀貨五枚……リオンと俺の飯代はだいたい一日小銀貨三枚……銀貨はこの町では、小銀貨五枚分……。」


 人が多く集まり、しかし生産地が近くにあるわけではない宿場町は、物価はなんでも高い。特に食費と宿代は削りようがない。最初に貰った金貨三十枚は半分も残っていて、まだまだ手持ちに余裕があるとはいえ、「カネ」はいつでも心配の種のひとつである。


「ただいま。」


 部屋に入ると相変わらずベッドの上でうずくまっているリオンがいて、持ち主の帰還に身じろぎ一つで返事をしている。


「体調はどう?」


 しばらくは黙っていたが、やや掠れた声で「まあまあ。」という返答が来る。


「その感じだと絶不調って感じだね。」


 ハヤトはベッドの横のテーブルに置いてある林檎が二つのままであることに気がつくと、すぐにナイフで林檎を剥いて、「ウサギさん」を木の平皿の上に並べていく。


「はい。リオンの分。」


 一羽は自分で齧って、残りの三羽は仲間に差し出す。するとブランケットの中から手が伸びてきて一羽、また一羽と「ウサギさん」を攫ってはブランケットの内側に消えていった。





 十八日目の朝。ハヤトとリオンは揃って、宿屋の部屋を引き払った。


「悪いな。アタシのせいで長居することになっちまって。」


 荷物を背負いながら、リオンは隣を歩く黒い髪の少年に深みのある赤褐色の瞳を向ける。その彼は隣を歩く赤毛の女に、優しく微笑みかけた。


「次は正直に言ってほしい。そしたらちゃんとお世話できるし。」

「世話なんて……。」


 と続けて、いつものようにやさぐれた文句を垂れようとするリオン。しかしこの若い主人が一人で宿代の確保も食事の世話もしてくれた事実を思い出したのか、それ故の気恥ずかしさによるかは定かではないが、吐き捨てるように「……わぁったよ。」とだけ言って顔を反らしてしまった。


 宿屋を出たハヤトはリオンを連れて、「沼の男」に顔を出した。リオンが動けない間に宿代を稼いでいた場所だ。

 たった二日ではあるが、内心では少し愛着が湧きつつあった。出入り口の上に垂れ下がっている、沼から這い出る男の看板はかなり不気味だが。


 内部は今日も傭兵たちで賑わっている。そして黒い婚礼服の女の姿が見えないのも、相変わらずだ。

 ここ三日間はしばらくギルドの中で過ごしていると、いつの間にか彼女が背後や正面に現れて頭を撫でられていた。今日も少しの間待っていれば現れるだろう、と思っていた。


 しかし今日は、油を売っていた傭兵の一人がハヤトの姿を見つけてすぐに声をかける。


「『黒い婚約者』からの伝言だ。名指しの依頼が来たから、『沼の男』から出て行くってよ。」


 不意に現れ、霧のように消える。

 人に伝言だけ預けて去るのもまた、彼女らしいというもの。


「お話ししてくれてありがとう、ってさ。」


 時に妖しく、時に優しく微笑んでいた黒い婚礼服の女の顔が、頭に浮かぶ。

 彼女もまた、与り知らないどこかであの服を着て、弓と矢で仕事をこなしながら「生きて」いく。誰を伴うこともなく、独りで。

 自分と彼女の道は寄り添い合って伸びる運命ではなかった。ただ、それだけのこと。


 __こちらこそ、ありがとうございました。


 遠いどこかへ去っていく背中に向けて、ハヤトは頭を下げたのだった。


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