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SS01:三十二回目の誕生パーティー

 幼なじみが十六歳になる今日、私も三十二回目の主役になる。



 私の誕生日は十二月の二十四日で、幼なじみの誕生日は二十五日。世間や友人たちがクリスマスで色めき立つ頃、私たちの親は朝からせわしなく動き回る。


 幼なじみの母親は若い頃からお菓子作りが趣味らしく、彼の家には本格的なオーブンもある。料理全般が得意な私の父と一緒に、しばらくの間二人でキッチンを占領する。

 私の母はウェディングプランナーの仕事をしている。会場のセッティングや衣装の用意、食事のメニュー決めまで取り仕切っているらしい。電気工事の仕事をしている幼なじみの父と結託して、それぞれの家を煌びやかに飾り付ける。


 では両親たちが張り切る間に、私たちは何をするのか。


「でもリンカーン大統領は、反対派だった俳優に暗殺されちゃったわけ。」

「ああ、また俺の知ってる人が……。」

「いちいち死を悼まなくていいから。」

「だって志半ばで殺されちゃうんだよッ!これからもっと多くの事を成し遂げたはずなのに!」

「ま、どっちみちとっくに死んでるけど。」


 世間や友人たちがクリスマスで色めき立つ頃、高校生は冬休み期間。長期休みといえば、大量の宿題が付き物。

 この幼なじみはどうせ遅い時間までゲームやらマンガやらアニメやらに夢中になってしまって、宿題を計画的に進めるなんてことはしない。だからこうして、「一緒に進める」という手段を取っている。


「集中しないなら、私帰るよ?」

「すいません。」

「よろしい。」


 帰る、なんて。思わず口にしてしまった。

 私からすればこの家だって、帰る場所の一つ……なんて。素直にそう言えたら、どれだけの事が楽に済むのだろう。

 目の前で宿題とにらめっこしている彼と過ごす時間は、一人で過ごす時間とほとんど変わらない。長さも、意味も、気楽さも。

 だから彼が私の側からいなくなるとすれば、それはもはや「私」がいなくなるのと同じようなもの。わりと本気でそうだと信じている。

 もっとも、彼が私のことをどう思っているのかまではわからない。


「ここの読む順番、なんだったっけ。」

「寝てて聞いてなかったの、知ってるからね。」

「すいません……。」

「ここは二番、四番、五番、三番、一番って順番で読んでくから、意味は……。」


 勉強も運動も、ちゃんと取り組めば人並み以上にできるはず。事実、中学まではどちらも上の下くらいだった。でも彼は高校から、なぜか、そうしなくなってしまった。

 理由は、訊けていない。そもそも本人が自覚しているのかもわからない。


「お茶のおかわり要る?」

「うん。欲しいかも。」

「あ、お湯無いや。ちょっと待ってて、持ってくる。」


 そうやって知らない内に私の手元にあるコップの中身を窺うくらいには、気が遣えるところは昔から変わっていない。普段から私をエスコートしてくれるところだって、昔と同じ。

 彼はずっと変わらない。でも、少しずつ変わっている。

 私が知っている彼と私が知らない彼は、刻々と離れていっている。


「……っ。」


 置き去りになっているスマホの中にも、私の知らない「彼」がいるはず。

 知りたい、と思ってしまう。知りたくない、とも思ってしまう。


「……なに考えてんだろ、私。」


 相手が幼なじみとはいえど、やっていいこととやってはいけないことの分別はつく。彼のプライバシーとプライベートは守られてしかるべきだ。

 当然、「私」からも。

 彼が戻ってきてからも心地の悪い熱で震えていた肩が、不意に柔らかい感覚で包まれる。


「ごめん、寒かったでしょ。エアコンの温度もちょっと上げるね。」

「あっ、いや……ありがと。」


 私はこんなに考えて悩んでいるのに、どうしてキミは素直にそうしていられるのだろう。女の子と付き合った経験なんて無いはずだから、異性への気遣いに手慣れる理由なんて……。


「これ、終わったらさ。」


 ふと、彼の目線の行き先がプリントから私の目に映る。


「どっか遊びに行こうよ。」

「どっかって、どこ?」


 思いがけず、ぶっきらぼうに聞き返してしまう。彼は困ったように眉を寄せている。


「いや、どこっていうのはこれから考えるんだけど。」

「ケーキ食べ放題がいい。」

「そんな店無いじゃん。」

「えー?目の前に用意してくれそうな人がいるけどなー。」


 彼はさらに眉を傾ける。


「二個で許して。」

「三個。」

「に、二個で。」

「三個。」

「……はい。」


 遅かれ早かれ、宿題を手伝ったお礼をしてもらわなければ。むしろケーキ三個で妥協してあげたことに感謝してほしいくらいだ。それに……。


「私も一個くらいは、奢ってあげるからさ。」

「マジで?」

「まあ一応、ハヤトにはいつも助けてもらってるし?そのお礼、みたいな?」


 彼は私の顔を覗き込んで、「そっか。」と微笑む。


「正月太りするよ?」

「まだ正月じゃないからセーフだし。」

「結果には、それに至るまでの経緯というものがあってだね。」

「う、うるさいなぁ……。」


 そうしてこれからのことを話している間に、宿題を進める手はすっかり止まってしまっていた。私も彼も下の階から私たちを呼ぶ声がするまで、気がつかないまま。

 でも彼と過ごす時間がほんの少しでも、一人で過ごす時間より多くなるのなら。

 これでもいいと思ってしまう私の心の奥の奥に、ふんわりと柔らかい温かみが灯っているのを感じながら。私はたった一人の幼なじみと一緒に冬休みの予定を決めていった。

 今日は十二月の二十五日。

 私の、もうひとつの誕生日。

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