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43:黄金色の髪の少女3

 

 一階の広間に上がってきたリオンに、さっそく傭兵たちの鋭い眼光が向く。しかし前にハヤトが立ちはだかったのと、彼女の首に鉄の輪が嵌められているのに気がついて、傭兵たちは事の次第を察したようだった。



「ハヤトくんはこれから、どうするつもりだい。」


 ふとカルヴィトゥーレが訊ねてくる。

 リオンが率いていた盗賊集団は壊滅。ハアースの安寧を崩そうとする存在は、しばらく現れないだろう。国王から下されたハアースの「治安維持」の任務は、達成できたのではなかろうか。

 これからはもっと多くの仲間を集めていくことを考えれば、いつまでもハアースに留まっている理由はない。

 それに、ここには。大切にしたい思い出があまりにも詰まり過ぎている。


「王都に戻ろうと思います。王様にここでやったことの報告をしないと。」

「そうか。それは、少し寂しくなるな。」


 カルヴィトゥーレとハヤトが惜しい人と離れることを思いながら見つめ合っているが、もう二人はまったくもって事情を理解していないようで首を捻っている。


「そういえば、レオンには言っていなかったか。ハヤトくんはベイグルフ王からハアースの治安維持の命令を下されて、ここにやってきたんだよ。」

「な……なんだとぉッ?!」

「ハヤトッ、お前何者なんだぁ?」


 あはは、と後頭部を掻きながら、三人を人気の無い所に誘う。そして周囲に聞こえないように円を組んで、小声で明かした。


「実は俺、王国の力になるために、この世界とは違う世界から呼び寄せられたんです。でも武器の加護も属性の加護も持ってないので、人一倍王国の役に立たなくっちゃいけなくって。それで、ここに。」


 声も図体もビックサイズなレオノルドも、さすがに絶句している。


「はは……盗賊からオウサマの小間使いになっちまったのか、アタシは……。」

「ごめんね。これから色々と忙しくなると思う。」

「いや、まあ。お前の『仲間』になっちまったからにゃあ、なんでもやるけどさ。」


 リオンは赤毛の長髪を指で梳きながら、口元に不器用な笑みを浮かべている。

 肥溜めのような世界でのし上がっていたはずが、急転してフロリアーレ王国の王様の命令を受けて行動するようになったのだから、彼女の人生は波乱万丈に満ち満ちているだろう。その原因の大きな一つは、自分ではあるのだが。


「……ではキミが去る前に、見せなければいけないか。」


 ふと、カルヴィトゥーレが落ち着いた、しかし暗く厳しい表情を見せる。


「きっとキミは、見るべき物だろうから。」


 青い瞳に誘われるまま、ハヤトたちは受付台の横の鉄柵の扉を通って奥へ進む。今日も職員たちがあちらからこちらへと忙しなく歩き回っていて、半身になってようやくスムーズに行き来できるほどだ。

 そんな「鉄の鎖」のバックヤードをさらに進んでいって辿りついたのが、頑丈そうな鉄柵の扉で閉ざされた、そこそこの広さの部屋だった。


「ここは?」


 ハヤトが訊ねると、カルヴィトゥーレは目線だけ向けながら、扉の施錠を解いた。


「ここは、遺品保管庫だ。」


 内部には大小さまざまな木箱が並べられた棚が、所狭しに置かれている。二歩、三歩と歩いただけで塵が舞い上がる物もあれば、まだ真新しい品が詰め込まれている木箱もある。

 大量に納められている木箱の、手前から二番目の棚の右側に保管されていた木箱をカルヴィトゥーレは示した。


「これがルイス・ティティスの遺品だ。レイバルたちが回収できた装備品、ギルドや宿屋に預けていた物の内、競売で残った品。彼女が彼女の物としてこの世に遺していった全てが、これだ。」


 木箱はあまり大きくない。ずたずたになって防具としての機能を失っている、鈍く輝く金属の鎧。彼女が一年かけてハアースで稼いだ硬貨が入った革袋。木箱に入りきらず、縁に乗せられている細身の剣。それから数着の衣服。

 一つひとつが、彼女が実際に身につけていた物。使っていた物。使わずに貯めてあった物。

 何度も見たことがある物もあれば、見た覚えのない物も僅かにある。

 その見た覚えのない物の中には、一冊の本も含まれていた。

 厚い革で装丁された、立派な拵えの本。

 字が読めないと言っていたはずの彼女が、なぜ本を持っていたのか。ハヤトは理解ができずにいた。


「あっ。」


 ちょうど保管庫の前を通り過ぎようとした一人の女の職員が、ハヤトたちがいるのに気がついて足を止める。そしておもむろに中に入って、ハヤトの手元にある本を目線で指し示した。


「その本、開けてみてください。」


 職員に促されるまま、ハヤトは表紙を開く。

 そこには一枚の茶色い植物紙が挟まれていた。

 二枚折りになっているその紙を取り、本を脇に挟んでおいて、紙を開く。

 中には流れるような書体で、この世界の文字が記されていた。





 あたしの大切な人へ



 あたしが字が読めないって知った時、あんたはすごく申し訳なさそうな顔をしてた。でも謝る必要はない。あたしは字が読めないし書けないけど、代わりに読んでもらえばいいし、こうやって代筆を頼めばいい。それに剣があるし、鎧もあるし、加護だってある。あたしにはこれさえあれば十分。そう思ってた。


 でも、あんたと話していて思ったの。もし字を読めたら。本を読んで、もっと頭が良くなったら、あんたが好きな本の話ができるのかなって。


 だから、この本を一緒に読んで、字の読み方を教えてほしい。それから、一緒にたくさんの本を読みたい。あんたが好きな冒険小説だって、たくさん読みたい。


 あんたともっと、たくさん一緒にいたい。ずっと。ずーっと一緒にいたい。


 あんたがこの本を受け取った時、あんたはあたしがどういう気持ちで渡したのかすぐにわからなそうだけど。でも、こうして手紙まで用意してあげたんだから。いくら鈍感でも、ちゃんと理解してよね。


 それから子どもは少なくとも三人は産む。煉瓦の屋根の家を建てて、二人で眠れる大きなベッドを置く。そこで、ずっと一緒に暮らす。


 あたしほどのイイ女には、ピッタリでしょ?


 女に惚れされた責任は、絶対取ってもらう。手放したりしたら、許さないんだから。


 代わりにあたしも、惚れたからには絶対にあんたの側から離れない。


 どんな時でも、あんただけの味方でいてあげる。死ぬまでずっと一緒。死んでも、ずっと一緒。


 だから、たくさん愛してね。



 あんたのルイスより





 膝から力が抜ける。

 胸の奥から、冷たい熱がこみ上げてくる。

 頭の隅から隅まで、たった一人の少女の姿で埋め尽くされていく。

 柔らかくて熱っぽい匂い。素肌の温もり。愛らしい笑顔。潤んだ黄金色の瞳。艶やかに光る黄金色の髪。鈴のような声。


『じゃ、あたしたちも出るから。』

『あんたが、悪いんだから。』

『全部終わったら、次はあたしが頼んだげる。』

『説明する権利をあげる。』

『ちゃんと一緒にいたげるから。』

『あたしの髪、好きなの?』

『ほ、褒めても何も出ないんだからっ。』

『ふん。どうしてもって言うから付いてきてあげてるんだから。』

『ほーら。おーきーて。』

『ま、生き残って、のんびり戦利品集めができるだけマシよ。』

『褒めてる。すっごくね。』

『……あそ。よかった、わね。』

『ちょっと!説明してあげたんだからちゃんと見なさいよっ!』

『この前の、本気?』

『……なんであんたが、そんな顔すんのよ。』

『……べ、別に。嬉しくなんて、ないん……だから……。』

『別に好きで構ってあげてるわけじゃないんだからっ。将来のライバルを観察してるだけよ。勘違いしないでよね!』

『バカ。腑抜け男だっつってんの。』

『あたしはルイス。ティティス村のルイスよ。』


 会いたい。彼女に会いたい。

 これまでのこと、これからのこと。たくさん話し合いたい。たくさん笑い合いたい。たくさん泣き合いたい。

 もっと。もっと、もっと。二人でできたことはたくさんあったはずなのに。二人でやりたかったことも、たくさんあったはずなのに。

 なのに、なぜキミは。


「なん、で……いな、い、ん……。」


 キミの温もり。キミの優しさ。キミの夢。キミの想い。

 どうして、この薄っぺらな紙からしか感じられなくなってしまったのだろう。

 どうしてキミは、この薄っぺらな紙の向こう側にしか、いないのだろう。


 ふと、脇から零れ落ち、表紙が開いた本が目に留める。

 本の題名は『器の剣《the Sword of Grail》』。

 剣。剣だ。

 男から女へ、あるいは女から男へ。異性の相手に「剣」を渡す意味。

 真っ先に自分が伝えなければいけなかったのに。

 腕の中にいて、微笑んでくれていた時に、伝えなければいけなかったのに。


「ぁぁ……ルイ、ス……ル、イス……ぅ……。」


 胸の奥からこみ上げてきた冷たい熱が、目元から溢れ出して止まらない。酷い痛みが胸を締めあげて、苦しくてたまらない。

 息も絶え絶えになり、肺が空気を求めても、口元から零れ落ちていく。

 もう何度呼びかけても、応えてくれる人はいないというのに。

 けれど。どれだけ遅くなって、取り返しがつかなくなってしまっても。それでもこの紙の向こう側にいる黄金色の髪の少女は、ちゃんと伝えてくれたから。

 だから、自分も。ちゃんと伝えなければ。


「おれ、も……だい、すきだ、よ……ルイス……っ。」


 どれだけ手を伸ばしても、届かない所。

 どれだけ呼びかけても、誰も応えない名前。

 たった一人の少女の名前と思い出は、黒い髪の少年の胸の奥に、深く、温かく、刻まれたのであった。


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