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41:戦利品処分と「奴隷落ち」①

 

 絡みつく鎖を模した看板の下にある両開き扉の右片方を開けると、内部は酷い有様だ。

 床は石張りで掃除も多少はされているし、なにより肥溜めはひとつもない。しかしそのような雰囲気にさせるのは、何よりもそこにいる人たちの影響だった。

 剣や槍、弓といった思い思いの武器を携え、革や金属といった事情様々であろう鎧を身につけている男たちが、入ってすぐの広間のあちこちで輪を作って立談している。床に座り込む集団も、ちらほらあるが。

 奥にはこちら側とあちら側が頑丈そうな鉄柵で仕切られている受付台があり、男たちが列を作っている。ところどころで口喧嘩が起きているのも、趣があってままいい。

 そんな広間に一歩、二歩と入っていくと、黒い髪の少年の姿を見つけた者からどよめきを上げる。


「げ、元気出せって!ルイスは、残念だったけどよ……。今度たらふく奢ってやるからさ!なっ!」

「お前についていって救われたヤツが大勢いるんだ。誇っていいことだぜ。」

「オレが今も弓を持てるのは、あの戦いで『一番星』の下にいたからだって本気で信じてる。あの時一緒に行ったみんなだって、そう信じてる。」

「家族と生活できるって、幸せなことなんだ。それをオレに授けてくれた『一番星』は、オレにとっての英雄だ。」

「失っても、立ち上がれ。何度でも夜空で輝く『一番星』みたく。」


 傭兵たちの声と手が、肩に少しずつのしかかっていく。

 だがそれは、重荷ではない。

 自分にかけてくれる、誰かの期待。自分を信じてくれる、誰かの思い。自分に任せてくれる、誰かの願い。

 それを糧にして、もっと強い力を手に入れる。


「カルヴィトゥーレさんは、いますか。」

「ギルドマスターなら二階右の会議室にいるはずです。」


 偶然空いていた受付にいた受付係から教わった部屋に向かい、扉の前に立つ。


「ハヤトです。」


 扉をノックしながら声をかけると、扉が隔てる向こう側からバタバタと忙しない足音が聞こえてきて、中から扉が開かれる。

 そこには革のベストを着た、ブロンドの髪の優男がいた。


「……ハヤトくん。大丈夫なのかい。」


 形の整った眉を寄せて訊ねてくる男に、ハヤトはややかすれた声で返す。


「集会って、もう終わりましたか。」


 すると男は「いいや。」と答えると、後ろにいる面々を目線で指し示した。


「まだ一つ、残っているモノがある。」


 カルヴィトゥーレに促されて中に入ると円形の机があって、椅子がいくつか並べられていた。そこにはレオノルドやイスタキア、レイバルが座っていて、その一番奥にカルヴィトゥーレが座る。


「さあ、そこに座って。」


 ハヤトが残っていたもう一つの椅子に腰かけると、カルヴィトゥーレは声高々に語りはじめる。


「当事者が全員揃ったため、残っている捕虜の処遇についての話し合いを、改めて始めようではないか。」


 三人は頷き、ハヤトは唾を飲み込む。


「現在処遇が決定していないのは、ハヤトくんが直接戦闘を行って捕縛した『紅い疾風』のみだ。この者は金貨三枚の懸賞金がかけられている。では、身柄の処分と懸賞金の行き先について話し合おう。」


 カルヴィトゥーレの号令の直後、イスタキアが手を挙げる。


「私の意見は変わらない。『紅い疾風』は『奴隷落ち』の処分とし、懸賞金は捕縛に直接貢献したハヤト・エンドウが全額受領するべきだ。」

「私も同意見だ。部下を使い、多くの罪なき人々を苦しめた『紅い疾風』には、死よりも過酷で徹底した償いをさせるのが、その罪の重さに相応しいだろう。」


 二人の意見を黙って聞いていたレオノルドが、机を平手で叩く。


「懸賞金はそれでいい。だがッ!『紅い疾風』は両足落とし、両手落とし、それから絞首刑の『公開処刑』一択だッ!ヤツは痛みでわからせなきゃならねェッ!!」

「そうだ!『紅い疾風』の一味の被害者を全員呼んで、息絶える瞬間まで石を投げさせてやらねぇんじゃ、あいつらはどこに怒りを叩きつけりゃいいんだァッ?!」


 イスタキアとカルヴィトゥーレは、「奴隷落ち」。

 レオノルドとレイバルは、「公開処刑」。

 日本ではどちらもあってはならず、事実としてありえない罰し方だ。しかし中世ヨーロッパ風のこの世界では、おそらくどちらもありえるもので、罪深い悪しき者に下されてしかるべき罰なのだろう。

 多くの人々を苦しめた報いとして、生き恥を晒しながら生かされ、精神的に殺されるか。

 多くの人々の苦しみと憤りを、その肉体に全て背負い込ませて、物理的に殺されるか。

 どちらにせよ、残酷な結末が待っていることに変わりはない。ただ、ほんの少しだけ「死」に至るまでの過程が異なるだけ。

 イスタキアは殺気立った師と傭兵を前にして、毅然とした態度を貫く。


「公開処刑は、確かに罰としては効果的だ。誰しもが持つ『死』への恐怖を揺さぶり、おびやかし、実行する。しかし最終的に『生』を諦めさせてしまうその方法は、ヤツに罪を償わせる方法としてはあまりにも短絡的すぎる。」

「短絡的だと?奴隷落ちじゃあ、ヤツは少なからず生かされる。ヤツのせいで大勢の村人が死んで、大勢の村人が苦しめられたんだ。そんなヤツらが一番死んでほしい、死なせたいって思ってるあいつが!生かされるんだぞ!持ち主以外は、触ることも殺すこともできねぇ『奴隷』になってさぁ!」

「そうだとしても、私たちは奴隷落ちの方針を支持しよう。自身の手で攫った女たちに受けさせた辱めを、あの肉体で自身が受ける。それこそが『紅い疾風』の罪深さに見合った罰だ。」

「テメェらみてェな物好きはいいかもしれねェ。だが!そういう閉じ籠ったやり方じゃあ、ハアースで生きてる連中だけじゃなく、ヤツに少なからず簒奪された連中は納得しねェぞ!」


 まるで戦場で相対したように殺気立ち、今にも椅子から尻を離して殴り合いを始めそうな雰囲気の四人。ずっとこの調子だったとすれば、四日間も議論がまとまらないのにも納得がいく。

 だからこそ彼らは、この日揃った最後のひと欠片に目を向けているのだ。


 「奴隷落ち」派、二人。

 「公開処刑」派、二人。


 残り一人がどちらに票を投じるかで、あの赤毛の女の処遇が決定する。

 その一人は、じっくりと考えた。

 閉鎖的だが徹底的な、奴隷落ち。

 短絡的だが効果的な、公開処刑。

 ふと、ハヤトの頭は、「奴隷」という言葉に関心を示した。


「奴隷って、具体的にどういう存在なんですか。」


 カルヴィトゥーレは淡々とした声色で答える。


「奴隷は『身分』であり、『職業』のようなものだ。奴隷は犯罪者や敵軍の将、背教者といった罪深い者に『奴隷落ち』という罰を課されて、初めてその身分になる。」


 カルヴィトゥーレの説明に、イスタキアも続く。


「所有者の命令に対して絶対に抵抗しない、所有者とその庇護下にある者を傷つけないといった、『五つの誓い』を宣誓した後、鉄の首輪を嵌められる。」

「奴隷って誰でも持てるんですか。」

「ああ。奴隷を養う財力と、徹底した辱めを下す能力があると認められれば、誰でも奴隷を所有することができる。」


 罪を償うという名目があれば労働をさせることも、戦わせることも、所有者の意思で決められる。凌辱し、痛めつけ、襤褸切れのようにすることだってできる。しかし罪を償わせなければいけないため、しっかりと食わせて生きさせるカネも必要になる。

 所有者の命令に逆らうことを許されない、ヒトではあっても人間でない存在。

 「紅い疾風」__黄金色の髪の少女と同じ「風の加護」らしき力を持ち、高い戦闘力を持っている赤毛の女。

 背中を任せつつ、クロスボウで援護させる「戦力」として、この上なく最適な存在ではないか。


 __欲しい。


 少年の黒い瞳が煌めいた。


「彼女が奴隷になったら、俺が貰えますか?」

「それはつまり……『奴隷落ち』の罰を課した上で、ハヤトくんがその身柄を引き受けるということかい?」


 その通りだと答える代わりに、ハヤトは力強く頷いた。


「小僧……テメェ話聞いてたか?」

「ヤツは間接的にルイスの仇じゃねえか!お前だってあの女に苦しめられた連中の気持ち、理解できるだろッ?!」

「懸賞金を手にするハヤトなら、女一人養うのは無理のない話だ。それになにより……男、だしな。」


 四者二様の反応を示しているが、これで「奴隷落ち」派は三人になった。それは紛れもない事実である。


「改めて確認するが、ハヤトくんは、『紅い疾風』を『奴隷落ち』の処分とし、懸賞金の金貨三枚を受領した上で、ヤツの所有権も受け取る。ということでいいかな。」

「はい。そういうことでお願いします。」


 これにて、結論に達した。


「では『奴隷落ち』の意見多数により、『紅い疾風』リオン・ムラの処遇を決する。『奴隷落ち』の罰を課し、その所有権をハヤト・エンドウに認める。そしてヤツにかけられていた懸賞金である金貨三枚もハヤト・エンドウが全額受領する。それでよいか。」

「私は異論無しだ。」

「……チッ。わぁった、もうそれでいい。好きにしやがれッ。」


 可否を示していない最後の一人となったレイバルは、床を叩くように席を立つ。


「お前には失望したよ、ハヤト。ルイスを失ったお前なら、連中の苦しみも理解できると思ったんだがな。」


 彼はそう言ってハヤトの頬に唾を吐きかけ、部屋を後にした。

 ハヤトが頬から垂れる透明の粘液を裾で丁寧に拭き取ると、カルヴィトゥーレは深い、深いため息をついた。


「私としても、レオンやレイバルの意見に思うところがないわけではない。遺族の痛み、苦しみを本人にぶつける機会を、たった五人による取り決めで奪ってしまうのは、当事者である彼らからすれば計り知れない不満が湧き上がることだろう。」


 「だがな。」とイスタキアはゆっくり口を開く。


「公開処刑は忌むべき罰だ。人々が怒りや悲しみを乗り越え、強くなる機会を永遠に奪ってしまう。感情と理性を持つ私たちだが、感情のままに犯罪者の『死』を求めれば、目の前の肉塊に無我夢中で喰らいつく獣へと成り下がってしまう。それでは、いけない。」


 レオノルドも先程とは違って落ち着いた表情になっている。


「正直、小僧がアイツを欲しいっつうとは思わなかった。何か小賢しい考えすんじゃねェか、くれェは思ってたけどよ。」


 彼の言ったことを、おそらくカルヴィトゥーレも思っていただろう。ルイスと自分の関係を知っている彼なら。

 憤りも、もちろんある。

 悔しさだって、ある。

 しかしそれは全て、自分自身に対するもの。


「俺はもっと、強くならないといけないんです。」

「ハヤトくん……。」


 仄暗い黒に染まった瞳が見ているところを、三人はまだ理解できていなかった。

 しかし、ただ一つ。はっきりとしている事実がある。

 少年の口元は、悪寒すら感じさせるほど醜く湾曲していた。


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