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37:洞窟拠点、再び②

 

 盗賊は誰しもが、最初から汚い世界にいたわけじゃあない。

 アタシはフロリアーレとやらの国の南の方にある、「ムラ」という村で生まれた。

 父は猟師だった。弓や罠の扱いが村で一番上手かった。しょっちゅう山に入ったおかげで風読みにも長けていた。そんな父から、アタシは狩猟や風読みの技を教わった。

 母は占い師だった。星の位置や輝く強さから未来を視る、いわゆる占星術師というやつだ。さらに薬草の扱いにも慣れていて、村人から頼りにされていた。そんな母から、アタシは星読みや薬草の扱いを学んだ。

 まあ、そこまではわりかし普通の村娘だった。


 十六歳になった頃、アタシは父と母から継いだ技や知識に、大した故もない自信を持っていた。アタシは父と母が多くはない収入を切り詰めて溜めていた、アタシと姉を嫁にやるための持参金を盗んだ。そして頼りない自信を胸に、そこそこ大きい都市に行った。

 アタシは自警団に入った。最初は父のような弓使いになりたくて、弓の技を教わろうと思っていた。けれど女の膂力では扱いきれないのがすぐにわかったから、クロスボウの技を教わることにした。


 一年が経ったある時、自警団の兵士で盗賊の拠点を叩くことになった。訓練兵を卒業していっぱしのクロスボウ兵になっていたアタシは、討伐隊に組み込まれた。一年間、一緒に訓練をした同期たちと共に。

 行軍は順調だった。戦いも順調だった。アタシの顔面に、盗賊が放った矢が飛んできた、あの瞬間まで。

 胸の奥の、さらに奥。心臓とは違う「何か」が激しく震え、熱を帯び、力を放った。

 その力は頬骨を貫かんとしていた矢を、周りにいた同期や先輩ごと吹き飛ばした。


「お、お前……リアヌ人だったのかよッ?!」


 アタシの頭からは、まだ離れない。

 一年間。共に同じだけ汗を流し、共に同じだけ都市を巡回し、同じ鍋で炊いた飯を食ったあいつらが向けてきた、親の仇でも見たような冷たい目線を。

 その後のことは、あまり憶えていない。気がついた時には味方だったはずの兵士たちは、手足と首がバラバラに引き裂かれていて、敵だったはずの盗賊たちは、アタシを「姉御」と呼んでひれ伏していた。


 その日から、六年間。アタシはこの肥溜めみたいな世界に、今も身をやつしている。

 「力」と「数」だけが、物を言う世界。

 どちらも得られた人間だけが、全てを手に入れる世界。

 出自によって居場所を失った人間(アタシ)にとっては、おそろしく都合が良かった。

 使える部下にも恵まれた。盗賊で徒党を組むのも上手くいった。作戦だって、最初は順調に事が運んだ。

 まあ、今となっては。傭兵に滅ぼされた盗賊団が使っていた洞窟に逃げ込んで、精一杯に要塞化して、近づいてくる「死」の足音から目と耳を反らしているのだが。


 部下たちも薄々感づいているはず。しかし「死」から反らした目は村や街道で捕まえた女の尻と胸に、耳は使()()()ている女たちの嬌声に向けられている。交代で戻ってきた四人もすぐに得物から手を放して、無能な女たちの尻と胸を見に行った。

 しかしそれだって、いつまでも続くはずがない。

 そうら、とうとうここにまで傭兵共が出張ってきた。盾を掲げ、得物の刃先をぎらつかせ、殺気に満ちた眼光を放っている傭兵共が。


 父さん母さん、アタシは悪い娘だったよ。本当にごめん。持参金なんて可愛く見えるくらいのカネを、アタシは他者から簒奪してきた。楽に死ねる身分ではなくなってしまった。

 姉さん。いつもキツイ態度で当たってしまって、本当にごめん。優しい姉さんのことだから、怒ってなんていないと思うけれど。幼かったアタシは、初恋の人を姉さんに奪われたと勘違いしてしまったんだ。思えば二人は初めから、お互いの顔しか見えていなかった。

 みんなが今も、あの辺鄙な村で静かに暮らしているのかはわからない。しかし、きっとどこかで、大金を盗んで出ていった悪い娘のことを想ってくれていたら。

 アタシはそれだけで、悔いはない。


 結局、七年も付き合ってくれたのは相棒だけだ。せめてこいつに今生一番の晴れ舞台をくれてやるのが、アタシがこいつにできるせめてもの報いというもの。

 アタシは相棒のばねを力いっぱいに引っ張って、木軸のボルトを装填した。


「さあて、始めようか。」





「入れ入れ!盾を上げろ!」


 広間の入り口に一息で突入した傭兵たちは、形様々な盾で壁を作りながら一歩、二歩と奥へ詰め寄っていく。その後ろでハヤトは左手に盾を、右手に斧を構えている。


「こうして顔を合わせて対面できたから、記念として一度だけ言ってやる!武器を捨てて投降すれば、命だけは助けてやろう!」


 盾の壁を作り、悪しき者共を睨む傭兵たち。

 みすぼらしい武器を手に、憎き者共を睨む盗賊たち。

 その最奥にいる者同士の目線が、交錯する。


「ハッ!入口の連中は始末できたみてぇだが、アタシたちは『数』がいる。黙って頭下げると思ったら大間違いだ!!」

「そう言ってくれてよかったよ!おかげで遠慮せずに、思う存分お前らをぶっ殺せるからなッ!!」


 斧を構えた「一番星」と、クロスボウを肩に担ぐ「紅い疾風」。


「始めろーッ!」「潰せーッ!」


 二人の号令と共に、傭兵と盗賊が激突した。


「皆殺しにしてやるッ!」

「テメェら!死ぬ覚悟できてんだろうなぁッ!」

「死にたくない!死にたくないぃッ?!」

「畜生ッ!なんだってこんなことに!」

「家で待ってる嫁のためにもオレは死なねえぇぇッ!!」

「ヒャッハー!カネと酒がごろごろ転がってるぜーっ!」

「おいお前ら!どこ行くんだ!」

「傭兵なんか、まともに相手してらんねーよ!」


 血の気盛んな傭兵の振るう刃が、間抜けな盗賊たちの命と血肉を瞬く間に刈りとっていく。一人の傭兵が二人、三人を相手しているようなペースで、盗賊たちの数がみるみる減っていく。

 黒い髪の傭兵は傭兵が作る隊列の右側の端にいて、無理やり回り込もうとしてくる盗賊たちを肉塊に変える作業をしていた。


「おらッ!」

「ひぇっ?!」


 木箱を使って頭上を飛び越えようとした間抜けの足元を、前蹴りで打ち崩す。そして地面に落ちてひっくり返っている盗賊の左頬、鼻柱、喉元に刃を突き立てた。


「畜生畜生ッ!やってやる!やってやるぞッ!」


 後ろで隙を窺っていた盗賊が、大声をあげて駆け寄ってくる。黒い髪の傭兵は盗賊の正面に向かって立ち、盾を左肩で担ぐように構えて、振り下ろされた短身剣もろとも押し上げた。


「わッ?!」


 天地が逆転したことに理解が追いつかないまま、重力に従って地面に転がった盗賊の喉笛を、黒い髪の傭兵はブーツの踵で力いっぱいに踏みつける。そして苦痛で哀れに歪んだ顔の額に、斧の刃先を叩きこんだ。

 直後。仄暗い黒に染まった瞳が飛翔する鏃を捉え、盾を正面に掲げた。

 かつん、という軽い音は微かな衝撃となって、向こう側から左手に伝わる。盾の縁から覗くと、矢を射かけてきたらしい盗賊が、再び矢を番えようとしているところだった。


「弓持ちだ!」

「任せな!」


 離れた所にいた味方の弓持ちが、黒い髪の傭兵に矢を射かけた盗賊に矢を浴びせる。


「がぁッ?!」


 味方が放った矢は盗賊の手元をすり抜けて、見事に左胸を撃ち貫いた。

 そうして少しずつ、無数にいるように見えた盗賊たちは減っていき、最初こそ厚みのあった盗賊の列はずいぶんと薄くなっていた。


「押し切れーッ!」


 傭兵の列の中央が、一瞬だけ盗賊の群れを捌ききった。間抜けな盗賊たちの亡骸を足蹴にし、未だに抵抗している連中の背後や側面に襲いかからんと、全身から熱気を放射している。

 同時に。洞窟を見えざる風が吹き抜け、頬を撫でた。


 __……風?


 黒い髪の傭兵の瞳に灯る炎が、ゆらりと揺らいだ。


「待てッ!!」


 リーダーの怒号に、突き進まんとした傭兵たちの足並みが乱れる。その直後。

 傭兵たちを鎧ごと、大風が突き飛ばした。


「のわーッ?!」

「うわぁっ!」


 風圧に体と足元が押し退けられ、瞼は閉ざされ、列が乱れる。しかしその背中をたった一人で支える、黒い髪の傭兵がいた。


「盾を下げるな!押し込まれるぞ!」


 大将の声は逆風を穿ち、傭兵たちを奮起させる。両足で地面を掴んで踏ん張り、盾を掲げて風を受け流す力を与える。

 傭兵たちの背中を支えながら、黒い髪の傭兵は鉄帽の縁から暴風の源に目線を当てた。

 積み上げられた木箱の玉座に立つ、赤毛の女。その瞳を雄大な原生林に萌える緑楔石(グリーンスフェーン)のような深緑に輝かせながら、左手をこちらに差し向けている。

 ルイスのように体や武器に纏わず、塊として撃ち出す。それはまるで、「魔法」のよう。

 だが裏を返せば、ルイスのような高速移動はしない可能性があるということ。


「奥のヤツは俺が抑える!左側!道を拓け!」

「おうよぉッ!」

「任っせたぜッ大将!」


 黒い髪の傭兵からの命令に応えるように、左側に陣取っていた傭兵たちが抵抗する盗賊たちを力ずくで押し退け、切り伏せ、たった一人のための僅かな道筋を手繰り寄せる。


「うおおおおッッ!!」


 黒い髪の傭兵は一切躊躇わず、仲間たちが切り開いた道に身を投じた。

 傭兵たちの雄叫びが背後から聞こえてくる。ここから先には前にも後ろにも、右にも左にも敵がいる。しかし、味方はいない。

 仄暗い黒に染まった瞳の奥。風前に揺らぐ炎が、煌々と燃え上がった。


「はッ!」


 ガシャリ、と鎧が鳴く。腰を落とし、盾を突き出し、一息で体を前に押し出す。


「待てッ!」

「止まれ!」


 立ちはだかり、短身剣を振りかぶった盗賊たちの視界から、黒い髪の傭兵が消える。横顔に盾の縁が叩きつけられ、右耳を斧の刃が切り攫った頃には、傭兵は既に盗賊たちの間をすり抜けていた。


「姉御が危ねぇっ!」

「足を止めさせるぞ!」


 高台の上にいた盗賊の数人が異変に気がつき、矢を射かける。しかし左から飛んできた矢は盾に突き立ち、右から飛んできた矢は不規則な足繰りで避けられる。


「ここは通さねぇ!」


 黒い髪の傭兵の行く手を阻む、大柄な男。赤毛の女に駆け寄ろうとする傭兵に、男は空の右手を背中まで引いてから、渾身の右ストレートを繰り出した。高速の拳は傭兵の鼻先を捉えている。


「おらあッ!」

「くあッ?!」


 しかし走る勢いそのままに傭兵は男の懐に滑り込んで、大柄な体を盾に乗せて放り投げる。そして体を翻すと、背中から地面に倒れ込んだ大柄の男の顔面に斧の刃先を突き立てて、顎を骨ごと千切り取った。

 なおも仄暗い黒に染まった瞳に囚われている赤毛の女。その前に、もはや壁はない。

 黒い髪の傭兵はあちら側とこちら側を隔てる段差を駆けあがり、盗賊たちの「女王」と対面した。

 深緑に輝く瞳の「女王」は脚と腕以外を革鎧で包み、右手でクロスボウを握って肩に担いでいる。左手から放たれる暴風でたなびく髪の隙間から、ちらりと覗く額には、大粒の汗がいくつも滴っている。


「へえ。お頭自ら、アタシを手にかけようって?」

「不本意かもしれないけど、お前は生きて捕まえさせてもらう。」

「生きて罪を償えー、ってやつだな?だったら尚更、頑張らないとか。」


 背中の筋肉を強張らせ、右足と盾を突き出す黒い髪の傭兵。

 クロスボウを肩に担いだまま、瞳を深みのある赤褐色に変えた赤毛の女。

 傭兵と盗賊。戦士と犯罪者。狩る者と狩られる者。

 語るべき言葉など、ない__


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