表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/129

36:洞窟拠点、再び①

 


 翌日。朝から部隊を進めて、すぐに分岐地点に着いた。ここからハヤト隊は東へ、イスタキア隊は北へ行く。彼女らとの行軍はここまでだ。


「では、私たちはここで。キミの頭上に幸運の一番星が輝かんことを。」

「イスタキアさんも、ご武運を。」


 イスタキアは得意げに頬を緩ませる。


「ああ。悪しき盗賊共の首、きっちり切り落してくるさ。」


 騎士とその付き人。自警団の兵士たちは、北へ続く土の道を辿っていく。ハヤトたちも東の林の向こうにあるはずの目的地に、つま先を向けた。

 それからは、特段変わった出来事は無かった。盗賊と偶発的に遭遇することも、農民や商人とすれ違うことも。

 東へ伸びる道には、誰もいなかった。


「こりゃあ、ひでぇな。」

「……ま、こういうこともあるさ。」


 以前「黒曜の髑髏」の傭兵たちと解放した村にも、誰もいない。焦げ崩れた家屋の周りには片付けられていない瓦礫が残っている。畑に揺れる麦は収穫されておらず、金色の海原が風に揺られて波を打つ。

 焼け落ちていない家屋には何者かが入り込んだ痕跡があり、食料だけでなく日用品や家財道具の一つすら残されていなかった。

 村人の亡骸を葬った、村の外れに建つ教会の扉は打ち壊されていて、内部は荒れ果て、静まり返っていた。ただ、二歩三歩と踏み込んだ所でこれ以上の侵入を拒むように奥から血肉が腐りはじめている気味の悪い匂いが漂ってくる。


「ハヤト。少し離れた所で、村人の死体がまとめて転がってた。」


 とある傭兵からの報告を聞いたハヤトは、その場所に足を運ぶ。

 そこには粗末な武器を握ったままの数人の男たちの骸と、二十数人の農民らしき亡骸が取り残されていた。農民らしき亡骸は一様に南の方向を向いていて、背中にばかり傷がある。

 彼らは狩られたのだ。狩人に追われる、小さな野獣のように。

 だが一人ひとりを葬っている時間はない。太陽は既に頂点を過ぎ、降りてくるところだ。


「行こう。」


 ハヤトの声に、傭兵たちは足音で応える。ハヤトは傭兵たちを先導する形で、森の中を慎重に進んでいく。


「止まれ。」


 掛け声と手の動きで傭兵たちを留まらせ、数人を連れて先に進む。

 やがて、以前にも来た少し開けた所を臨む位置に辿りついた。


「こりゃまるで要塞だな。」

「はっ。オレ様の槍にかかりゃあこんな要塞、ひと時とかからずに落とせるぜ。」


 勇ましいのは結構なことだが、ハヤトの仄暗い黒に染まった瞳は眼前にそびえる「それ」を鋭く睨んでいる。

 以前見た時は洞窟の入り口がぽっかりと口を開くだけだったそこは、木材で組まれた簡素な櫓が三つと、ハアースの防壁のような粗末なバリケードで塞がれている。粗末な弓を持った盗賊が二十何人もいて、周囲に目を光らせている。


 距離と幾つか重なった薮のおかげで辛うじて見つかっていないが、大人数で攻め入ろうとすれば、すぐに見つかってしまうだろう。

 個々の戦闘力は間違いなく傭兵が上だが、敵の人数は未知数。それを考えると屋外ではなく、閉所である洞窟の中で戦えば事実上の一対一(タイマン)に持ち込めるはず。問題はどうやって無傷で洞窟内に突入させるか、だが……。


「……二人はここで、合図を待ってください。合図したらみんなを連れて、仕掛けてください。」

「何をする気だ。」


 自慢の槍を抱える傭兵は右隣にいる黒い髪の傭兵の、仄暗い黒に染まった瞳を覗きこむ。


「安全策、ですよ。」




 秋にしては暖かい日差しが頭上から照らし、体を温めてくれる。ひたすら立って周辺を見張っているだけで、女の体をまさぐる楽しみのない仕事をしていると、体に溜まる熱は頭の冴えを少しずつ、少しずつ奪っていく。

 今なら「姉御」のあの張りのある太ももに頭を乗せたら、一瞬で意識を手放してしまえるだろう。一度だけ、一瞬だけでいいから、あの艶やかな太ももを素肌で味わいたい。あわよくばそのまま押し倒して、あのいけ好かない顔を体液と汗と涙でめちゃくちゃにしてやりたい。

 邪な妄想と股間のモノを膨らませながら、粗末な作りの弓を抱える男は大きなあくびをした。


「……ッ。」


 口を塞がれ、喉仏を鋭い刃で切り開かれるまで。

 白目を剥き、力が抜けて崩れゆく体をゆっくりとその場に倒し、動かくなるまで口を塞ぎ続ける。そうして瞳の奥の灯火が潰えるのを確認してから、光を失った黒い瞳は次の標的を捉え、忍び寄る。


 すぐ近くに別の気配がなく、ぽつねんとしている盗賊から一人、また一人と物陰に消えていく。形だけ見張りをしている盗賊が気づくには、まだ時間がかかるだろう。

 黒い髪の傭兵によって六人の盗賊が音もなく仕留められ、残りは数人でたむろしている盗賊か、簡素な櫓の上にいる盗賊のどちらか。

 ハヤトは先ほど覗き込んだ所に見えるように手を振る。そして洞窟の入り口に近い、木箱の陰に身を潜めた。それから、少し経った後。


「行くぞーッ!」

「ヒャッハー!」

「オレ様の槍に突かれて眠れ!」


 けたたましい足音と、けたたましい雄叫びが森の奥から轟き響く。陽気と退屈に挟まれてぼんやりとしていた盗賊は、突然の出来事に目と頭を回しながらも、抵抗するための行動に移った。


「な、何なんだよぉ?!」

「おいっ!その盾寄こせ!それだそれ!」

「中で酒飲んでる連中を呼んでこい!」

「ああくそっ!オレはここで死にたくねぇ!」


 抵抗を試みる盗賊もいれば、立ち向かうことすらせずに逃げ出す盗賊もいる。そして待機している仲間を呼ぶために、洞窟に入ろうとする盗賊も。


「ふッ!」

「へぇッ?!」


 しかし入り口に飛び込もうと駆けた盗賊は、木箱の陰に隠れていた黒い髪の傭兵に盾の縁で不意と横顔を突かれ、横によろけて倒れ込む。


「はッ!」

「ぅがぁッ!」


 ちらつく視界で盗賊が最後に見たのは、斧のぎらつく刃先が顔面に迫る、その瞬間だった。

 いくら要塞化してあっても、盗賊十数人が六十一人の傭兵に打ち勝つ道理はない。

 木材の砦を占拠した傭兵たちは転がっていた酒の瓶や貴重品を、手頃な木箱にまとめて置いた。あとで荷車に積みやすいようにだ。


「俺が先導します。盾持ちが通路を塞ぎながら前進。入り口は封鎖して、出入りを防いでください。」


 些細ながら戦利品と戦果を手に入れて満足したらしい数人の傭兵が、自ら出入り口を封鎖する役を買って出た。背後は彼らに任せ、まだまだ血の気盛んな傭兵たちを連れて、ハヤトは洞窟に突入した。

 内部は松明が掲げられているおかげで明るく、しかしところどころに暗がりと物陰がある。その中に盗賊が潜んでいないかどうか確認しつつ、ハヤトは手の動きだけで傭兵たちを誘導しながら進む。


 ふと、角の奥から大勢の人間の生活音と話し声が響いてくる。こちらに近づく足音はない。

 音を立てないようにゆっくりと、だが大胆に、松明が作る影に体を沈めながら、角の先を窺い見る。

 角の向こう側は少し開けた空間になっていて、粗末な格好をした男たちで溢れかえっていた。そこらに毛皮を縫い合わせた寝床、物資で満杯の木箱、空の酒瓶、そして盗賊が転がっている。

 木材で組まれたバルコニーのような足場がいくつも建てられていて、その上では弓を抱えた十数人の盗賊たちが、足元でくつろいでいる仲間に声をかけている。

 その奥の方の一角に、物資の山でくつろぐ赤毛の女がいた。


「あ、姉御ッ!これからどうするっスカ?!」

「他の連中とも連絡できねぇし。オレたち、こんな狭っ苦しい洞窟で……。」

「この肥溜めみてぇな世界に入った時から、まともな死に方できねぇってわかってんだろ。ぴゃーぴゃー騒ぐ元気があんなら、そこの無能な雌でも使って、黙って寝てろ。」


 赤毛の女は足元の木箱を蹴り飛ばす。するとその陰に隠れていたモノが、ハヤトにも露わになった。

 藁に布を敷いた上に寝そべっている、一糸まとわぬ女たち。手は後ろで縛られ、髪は乱れ、体はやつれ細り、離れたところから見てもわかるくらいに弱っている。

 そして、後ろや上から覆いかぶさり、女たちの状態など気にも留めずにやつれた体を貪り食らう男たち。赤毛の女と話していた盗賊たちも、終わりの知れない輪に身も心も捕らわれて、得物と鎧を打ち捨てる。

 ハヤトは直感的に、これがかなり厄介な状況であると理解した。


「捕まってる女がかなりいるのか……こりゃ面倒なことになったな。」

「ハッ。オレ様の槍で全員掬い上げてやる。」


 実力ある傭兵たちも状況の厄介さを理解したようで、首を捻りながら唸っている。

 前回はルイスが盗賊頭の相手をして注意を引き、自分たちはその間に他の盗賊を一気に殲滅した。しかし今回は、頭目らしき赤毛の女がいる所に飛んでいける戦力はいない。


「弓持ちはどんぐらいいたんだ?」

「数としては十と数人。高台があって、全員そこから見下ろしてます。」


 弓持ちは前衛が盾の壁を組むことで対処できる。問題は赤毛の女の戦闘力だ。

 赤毛の女……あれが噂に聞く「紅い疾風」だとすると、「風の加護」を持った強大な戦力であることは間違いない。剣で戦うルイスと異なり、遠距離武器のクロスボウを使うというところも厄介極まりない。


「けど、こっちには絡め手ができる『駒』はない。」

「だなあ。せめて人質さえどうにかできりゃ、思いっきり戦えんのによ。」


 捕まって、男たちに使()()()ている女たちを、どのように保護するか。近くに何人もの盗賊が、得物も防具も放って置いて順番待ちを__

 ふと、ハヤトの頭の中で一つの「策」が閃く。

 ハヤトは三人組の傭兵と槍を持った傭兵を集め、「策」の内容を事細かに伝えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ