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31:遅すぎた閃き

 

「じゃ、あとは頼むぞ。」

「っても、交代の連中が来るまでだけどな。」


 一緒にこの農村に来た傭兵の内、五人はしばらく村に残る。しかしそれも、自分たちが戻り、盗賊の人数などの報告をしてから送り出される、傭兵と自警団の駐屯部隊が到着するまでである。


「むしろこーやって平穏無事に過ごせんのが、もうちっと長引くってなら。いわゆる……役得!ってやつだな。」

「ケッ!すっかり村の空気に染まりやがって!」


 のんきに寛いでいる傭兵の尻を軽く蹴りながら、傭兵は自身の荷物を肩に担いで集会場の出入り口へ向かう。


「ほんに助かった。お前さんらが来てくんねぇち、儂らはどんにこてなっとたかぁ……。」

「ああ、ああ。そりゃもういいって。オレたちはカネ貰って仕事をしただけだ。」

「んだて、お前さんらが__」


 老齢の男の相手は傭兵の男に任せ、ハヤトも一足早く外に出た。

 外では他の傭兵が帰り支度を整えていて、荷車に空の樽や木箱を載せている。しかし村人たちに囲まれてしまって、特に若い女の村人からの熱視線のせいで頻繁に手元が止まっている。

 ハヤトはやれやれ、と首を振って、自分の荷物ごと木箱を積み上げていく。

 そうして一人でほとんどの荷物を荷車に載せ終えた頃。額に汗に気がついて拭い払おうとしたハヤトの額に、一枚の手ぬぐいが舞い降りた。

 いつの間にかすぐ横にいたネイが、手ぬぐいでハヤトの額を撫でながら微笑んでいる。


「ありがとう、ネイ。」

「いいんやあ。」


 こうしてすぐに気を遣えて、人懐っこい性格の、朗らかに笑う美人……自分が異世界ファンタジー物の主人公だったら、勢いそのままに連れて帰ってしまったかもしれない。

 しかしこの世界で、彼女を幸せにするのは自分ではなかった。ただ、それだけのことだ。


「いつかで、いい。また来ぃやか。」

「うん。また、いつかね。」

「……うんっ。」

「よーし、揃ったな。行くぞー!」


 号令に合わせて、荷車の車輪が回りだす。

 傭兵たちは各々の荷物と得物を担いで、十日間を過ごした村に背を向ける。


「……ハヤトくん。」


 寂しそうに細い眉を寄せながら、けれど口元は朗らかに緩めて。去り行く黒い髪の傭兵に小さく手を振る、しがない農村の、しがない村娘。

 もう二度と、会うことはないかもしれない。もしかしたら、また会えるかもしれない。

 その時、自分の隣には誰かがいるだろうか。誰が、いるのだろうか。

 いつとも知れぬ未来に思いを馳せながら。しがない村娘は土の香りを孕んだ爽風に、もう届かない言の葉を預けた。


「さようね。私の、(うい)の人。」




 カルヴィトゥーレが打ち出した作戦は、被害の拡大を防ぐことに成功していた。

 ハヤトたちが担当した農村以外にも、ハアース周辺にある被害を受けていていない村に多くの傭兵が派遣され、そのどれもが盗賊の襲撃を撃退することに成功したのである。

 ハヤトが村での戦いを制してから五日。そろそろ駐屯部隊が到着した頃だろうか、と考えながら、ハヤトはぬるいエールが入った木組みの杯を仰いだ。


「オレんとこはかーなり危なかったぜ。あと二、三日着くのが遅れてりゃあ、倉庫はもぬけの殻になってたな。」

「あたしたちもそんな感じ。ま、半分はあたしが仕留めてやったけどね。」

「すごいね!さすがルイスだね!」

「ほ、褒めても何も出ないんだからっ。」


 いつもたむろしているギルド近くの酒場の一角で「黒曜の髑髏」のメンバーたちと状況報告をしあっていたハヤトは、隣で頬を赤くしているルイスと肩を寄せ合いながら、これからのことを考えていた。

 ハアースに帰還した後にカルヴィトゥーレから聞いたところによると、いくつかの部隊が捕虜を取ることに成功しており、現在は尋問を行っているらしい。拠点の場所、盗賊側が立てている具体的な作戦などが判明すれば、今後の作戦が立てやすくなる。

 一方で、「間に合わなかった」村もいくつかある。そういった村にはハアースの市場でギルドが買い上げた物資を、いくらか融通するなどの措置が取られるようだ。


「これからどうするのかしら。」


 ルイスはぬるいエールが半分入った木組みの杯を二度、三度と転がす。


「第一段階の作戦は概ね成功してるから、これからは防衛が間に合わなかった村に物資を送ったり、また別の村に行ったりすることになると思う。」

「ってえと、まだまだオレらの出番は減らねぇってこっか!」

「ですね。まだまだやることいっぱいです。」

「よっしゃ!たらふく食って力を蓄えるぞーっ!」


 キスクはそう言って、皿に山積みにされている鶏肉のモモ肉を貪り食う。周りのテーブルでも、ひと仕事終えた傭兵たちが酒や食事へ好き勝手に手を伸ばしている。

 こうしてのんきに飯を食えるのは、農民が畑仕事や家畜の世話に精を出してくれるおかげ。

 この硬くて味気の無いパンだって、ネイのような農民たちが半年かけて麦を育て、脱穀機で麦籾を取り、風車で挽いて、ハアースの市場で売ってくれるからこそ存在している。

 どんな経験も無駄ではない。このパンがどうしてここにあって、自分の血肉に変わるのかを知ることができたのだから。


 それから、この異世界にはアニメからそのまま出てきたような献身的な女の子が、大きな瞳の召使い以外にいることがわかった。

 金髪ツインテールのツンデレチョロインに人前でツンツンされたり、二人きりの時にデレデレされたりするのも趣きがあっていいが、たまには甘やかしてくれるタイプの人に甘やかされるのも気分転換になっていいかもしれない。

 隣で杯を仰いでいる黄金色の髪の少女に知られると、鋭いチョップが飛んできそうなことを考えながら、ハヤトは硬いパンを齧った。




 その日の夜。ハヤトとルイスは連れ立って、宿屋に戻った。

 受付台で台帳に書きこんでいた中年の女に生温かい目線を向けられつつ、ルイスが借りている部屋に入る。既に部屋代は折半したので、正確にはハヤトとルイスの部屋だ。

 鎧を床に下し、得物はベッドの横のチェストや小さいテーブルの上に置く。それから貴重品だけ持って水浴び場で汗と汚れを落としたら、ベッドに潜り込むのにちょうどいい時間になる。


 ルイスは何も着ずに寝るのが普通らしく、今日もルイスが一切の服を脱いでベッドに入るのを待ってから、ハヤトは部屋に入った。

 ルイスが左。ハヤトが右。寝る場所は決まっている。

 左手で細い腰を手繰り寄せ、布一枚越しに肌と肌が触れ合う。右腕に頭を預けてくるルイスの頬は少しだけ緩んでいて、青白い月明りに照らされていてもわかるくらい赤くなっている。

 鼻先に触れるほど近くにある黄金色の髪からは、柔らかくて熱っぽい匂いが漂ってきて、不思議と心が安らぐ。


「あたしの髪、好きなの?」


 ルイスが微笑みながら問う。ハヤトはすぐに答えず、しばらく黄金色の髪に鼻を(うず)めてから、ルイスの額に口づけた。


「好き。いい匂いするし、柔らかいし、綺麗な色だから。」

「あっそ。」


 ハヤトの答えに満足したのか、ルイスは「ふふっ。」と笑う。


「なんで服着て寝るの。」


 ふと、ルイスが眉を寄せる。同じことを二度目に一緒にベッドに入った時も訊かれた。


「それが習慣、だから?」

「……そう。」


 いつも通り答えるとこの少女は黄金色の瞳を潤ませ、不機嫌そうに頬を膨らませるが、ハヤトからしてもそう返す他に無かった。

 それに、生肌を晒して寝ている少女がいるベッドに何も着ずに潜り込むと、色々なところが精を出したがるのを抑えきれなくなりそうで、ハヤトはむしろ恐ろしさすら覚えていた。

 黄金色の髪の少女の清らかな体と心を、欲望のままに穢してしまう。自分がそうなってしまって、この少女が何を思うのか。想像するだけで恐ろしい。

 きっとこの少女は、微笑んで受け入れてくれる。そう、信じてはいるが。

 ただ、理由はもう一つある。


「おやすみ、ルイス。」


 そうして額に口づける頃には、黄金色の髪の少女は静かに寝息を立てている。

 この少女はおそろしく寝つきが良い。さっきまで話していたと思えば、次の瞬間には瞼を開けていられなくなっていて、また次の瞬間には腕の中で脱力しきっている。

 右腕を枕にして安らかに寝る少女の顔を見ていると、逸っていた欲望もすっかり静まってしまう。だからこそ、少女の安眠をわざわざ妨げる気分にはならなかった。

 柔らかい生肌から伝わる温もりと、黄金色の髪の匂いに体と心を温めてもらいながら、ハヤトの目もゆっくりと閉じていった。




 翌朝。ハヤトが身支度を整えていると、ベッドの上で蠢く人影があった。


「おはよう、ルイス。」

「おあおー……。」


 喉の奥が見えそうなくらい口を開けて欠伸をして、ルイスは掛布団の中でもぞもぞと動く。このタイミングで下着を着けているのだろうか、とハヤトは横目にルイスの様子を窺う。


「見ないで。」

「ごめん。」


 いつも本人に察知されてしまうので、詳しいことはわからずじまいだが。


 身支度を整えたハヤトは訓練場へ行き、剣の素振りを始める。少し経ってから黄金色の髪を二つまとめにしたルイスがやってきて、柵に腰かけてある丈長の衣を取ってハヤトの訓練を見守る。訓練が終わったら酒場で牛の塊肉を貪る。


「飽きないの?」

「ん、全然。」


 ルイスは「ふーん。」と半端な返事をしながら、とろりと溶けたチーズが乗ったパンを齧っている。

 チーズのかぐわしい匂いに食欲をそそられながら塊肉を平らげたハヤトは、異常事態につき中止しているレオノルドの訓練に行く代わりに、ルイスと共に「鉄の鎖」に顔を出した。

 ギルドにはこの早い時間から完全武装の傭兵たちが待機している。いつもはカネと女と得物の話で賑わっているギルドの広間は、肌を刺すような殺気で充満し、呼吸の一つひとつで肺と喉を焼く。

 広間の一角に集まっている「黒曜の髑髏」のメンバーたちも、表情だけでなく得物の具合を改める手つきからして、ヒリついた雰囲気を漂わせている。

 来たばかりの頃は、物怖じしたことだろう。だが今のハヤトは殺気立った彼らを見ても、もう驚きも恐れもしない。


「どうも。」

「随分ピリついてるわね。」

「おお、お前らか。まあ、状況が状況だからな。」


 昨晩は酒場でかなり羽目を外していた彼らだが、一夜を越えれば「傭兵」となるというわけだ。


「何か目新しい情報はありますか。」

「いいや、特には。盗賊共に一泡吹かせてやったっつう会話なら、耳を塞いでも聞こえてくるけどよ。」

「良い事ですね。」

「ああ、そうだな。」


 ただ、ハヤトの胸の奥にはまだ、モノがつかえている感覚があった。

 仮に今回の騒動を引き起こした盗賊が組織化されていて、高度な計画を立てる頭があるとしたら。ギルド側が積極的に行動する可能性を、まったく考慮しないだろうか。

 むしろギルドが対抗策を打ち出すことを織り込んで作戦を立てている可能性の方が高いだろう。「はぐれ」の偵察を出したり、物見を張り付けたりしてまで村の様子を確認する、用心深い連中だ。

 で、あるならば。ここまでやってきた、ハアース周辺の農村を好き勝手なタイミングに……あるいは、あえて()()()に襲撃する行為が、連中の「本命」のための布石だったとしたら。

 もしくはどこかに、「本命」を探るための手がかりが隠されているとしたら。例えば__


「襲撃部隊の、人数……。」

「ん?」


 思わず口を突いたその言葉の続きが、ハヤトはどうしても気になって仕方がなかった。


「ちょっとカルヴィトゥーレさんの所に行ってくる。」

「そう。あたしはここにいるから。」


 口だけで「わかった。」と返事をしながら、ハヤトのつま先はギルドの二階に向けていた。

 階段を上がって左側の廊下の奥。手前から三つ目の部屋。そこがカルヴィトゥーレの仕事部屋である。


「ハヤトです。聞きたいことがあるんですが、いいですか。」


 ノックをしながら声をかけると、中からくぐもった声で「入っておいで。」という声が聞こえてくる。

 扉を開けるとこめかみを親指で押さえながら、手元に積みあがった皮紙の巻物や植物紙を読み込んでいるブロンドの髪の優男がいて、部屋の入口に立つ少年に微笑みかけていた。


「何を聞きたいんだい。」


 いつもと違って生気を感じない。かなり疲労が溜まっているようだ。


「村に来た盗賊の部隊の規模が知りたいんです。」


 何のために、と言いたげな顔をしているが、それはハヤトも曖昧なところだ。

 カルヴィトゥーレは書斎机にうず高く積まれている皮紙の巻物や植物紙をしばらく漁って、その中から数枚の資料を取り出した。


「これが各村の規模、派遣した傭兵の人数、傭兵たちの報告をまとめた物だ。」

「ありがとうございます。」


 ハヤトはカルヴィトゥーレから受け取った資料を上から下、左から右と、隅々まで読み込んだ。

 村に派遣する傭兵の数は、村の人口や貯蔵庫の大きさ、畑の広さなどが考慮されている。規模が大きい村には三十から四十人の部隊を、規模が小さい村には十人から二十人の部隊を、といった具合だ。

 村の規模、派遣された傭兵の人数、傭兵が報告した盗賊の人数。

 それぞれの情報をひとまとめ、ひとまとめと見比べていったハヤトはふと、ほんの些細な「違和感」を覚えた。


 ある村は人口が五十二人。畑の規模はそこそこ大きく、貯蔵庫もそこそこ。傭兵は四十二人派遣された。結果として三十八人の盗賊を討伐、全滅させている。

 またある村は、人口が三十四人。畑の規模、貯蔵庫の容量は中程度。傭兵は二十七人しか派遣されなかったが、盗賊も十四人しか来ず、しっかりと全滅させている。

 そしてある村は、人口七十九人。畑の規模も貯蔵庫もハアース周辺の村で最も大きい。傭兵は最多の五十一人が派遣された。六十人もの盗賊が押し寄せたが、これもまた悉く討伐されている。

 規模の大きい村には、傭兵も盗賊も大人数が来る。規模が小さい村には、傭兵も盗賊も少人数が来る。どの村もカルヴィトゥーレの判断通りになっている。

 ただ、二つ目の村のように、貯蔵庫の規模に対して盗賊側の人数が頼りない村がいくつかあった。襲撃した目的が「物資の強奪」であるならば、むしろ多めの人数で襲撃するべきところで。


 村人に手を出していないというのも、やはりひっかかる。住民を攫って何に使うのかは知った事ではないが、少なくとも荷物持ちくらいには使えそうなものを、彼らは「ヒト」には一切手をつけていない。

 偵察や物見を配置するほどの抜け目のなさにして、これらの行動には「ズレ」がある。

 今だ。今こそ自分は小賢しく頭を使わなければならない。

 何か、考えが至っていないところがある。だがそれは何だ。自分は何に気付いていない。胸の奥を締め付ける熱は、一体何を訴えかけている。

 しっかりと偵察を出す堅実さ。高度な計画を練る用心深さ。無法者の盗賊を組織化できるリーダーシップ。こちらの作戦を見抜く狡猾さ。全てを兼ね備えているかもしれない()()()の「本命」は何だ。


 __偵察?


 まさにその時。ハヤトの頭に一つの「答え」が舞い降りた。

 そしてそれが指し示す未来は、黒い髪の傭兵に呼吸を忘れさせた。


「この襲撃も、偵察……?」

「ん。どうしたんだい?」


 書類を睨んでいた目をそのままで、書斎机の向こう側に立ち尽くす少年を見遣るカルヴィトゥーレに、ハヤトはさらに差し迫った表情を向ける。


「交代の部隊の規模は、襲撃してきた盗賊の人数を基に決めるんですよね?」

「それだけではないが、概ねそうだ。派遣した傭兵から上がってきた報告から、私とレオンで駐屯部隊の規模を判断している。」


 襲撃してきた部隊の規模が大きければ、駐屯部隊の規模も大なり小なり大きくなる。その逆も、また然り。

 では、少人数での襲撃もまた、「偵察」だったとしたら__


「大変だあッ!!」


 部屋を突き抜ける、叫び声。ハヤトとカルヴィトゥーレが入り口へ振り返ると、そこには顔面を真っ赤に変え、肩で息をし、編み込んだ髭にすら汗が滴っているレイバルがいた。


「一度ヤられた村が、また襲われたッ!」

「なんだとッ?!」


 カルヴィトゥーレが目を丸くして立ち上がる。

 ハヤトは、ギュ、と締め付けられる胸から、からがら息を絞り出す。


「どこの村ですか?!」

「どこっつうより、いくつかの村だ!物資も村の住民も、交代で行った部隊の連中もろとも壊滅したらしい!」


 ああ、とハヤトの肺から空気が抜ける。

 間に合わなかった、と。


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