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25:洞窟拠点制圧戦②

 黄金色の瞳が緑色に輝く時、少女は風を纏う__「風の加護」とはそういう力だ。

 ルイスの線の細い体は細い脚で踏む、風に舞う木の葉のように不規則な、しかし木々繁る山丘を駆ける雌鹿のような力強いステップで、剣閃を繰り出す。

 左足、右足、左足と踏み込みをかけたルイスの進路に合わせて、盗賊頭は鉄塊の剣を左から右へ薙ぎ払うも、黄金色の瞳が緑色に輝き、風圧で押し上げられた体が鉄塊の剣の上で、軽やかに跳ね上がる。

 獲物を求めて刃を光らせる細身の剣が、盗賊頭の太い首を捉える。しかし盗賊頭は振り抜いた鉄塊の剣の重量と勢いに体重を預け、その大柄の体を強引に捻り返した。


 盗賊頭は勢いそのままに回転し、体をルイスに向ける。そして左足に全体重を乗せながら、鉄塊の剣を後ろから上へ、上から下へめいっぱいに振り下ろした。

 ルイスは盗賊頭の動きを、黄金色の瞳で全て捉えていた。だからこそ少女は、鉄塊の剣の刃とも言えない刃が自身の丸っこい鼻を打ち割る寸でのところまで来るのを待つ。そして左足を僅かに引き、上半身を少しだけ反らせて、鉄塊の剣の軌跡から細身の体を退かせた。

 鉄塊の剣が地面にめり込み、盗賊頭の体が硬直した、その時。細い脚がルイスの線の細い体を高速で回し、細身の剣の刃が盗賊頭の右上腕を一直線に切り裂いた。


「ぐぅ……ッ?!」


 苦悶の表情から搾り出た喘ぎ声をルイスは右耳で聴きつつ、盗賊頭の大きな背中を狙って距離を詰める。


「て……めぇッ!」


 しかし細身の剣の刃は鉄塊の剣の柄頭で弾かれ、ルイスは「チッ。」と小さく舌打ちをしながら二歩だけ飛び退いた。

 だが、右上腕の傷は浅くない。傷口は真紅朗々とした血液を大量に吐き出し、右腕全体の自由と膂力を奪っている。


「ルイス!」


 ちょうど、そういう時だった。

 盗賊頭の体の向こうに、黒い髪の少年が現れた。


「人質は確保した。お前の仲間も全員死んだ。あとはお前だけだ!」


 ハヤトの宣告に、盗賊頭は周囲を見回す。

 手を縛ってあったはずの女たちはマントや布で包まれながら、傭兵たちが広間の入り口まで運び終えたところで、それを妨げるはずの部下たちは既に、自身の血で喉と体を染め上げながら地に伏せている。

 仄暗い黒に染まった双眸が、盗賊頭の瞳を捉える。


「殺す前に訊く。お前は、『紅い疾風』の一味か?」

「『紅い疾風』、だと……?」


 地に付いた鉄塊の剣の刃先で、ガチガチ、と歯ぎしりし、右上腕から鮮やかな赤い液体を散らしながら。男は小刻みに揺れる髭と頬を、これでもかと打ち震えさせた。


「オレたちは……オレたちだァッ!」


 盗賊頭は怒りに震える顎で自身の奥歯を砕きながら、右足を踏み込む。


「わかった。」


 ハヤトは姿勢を低くし、盗賊頭に向けて一息で二歩、三歩と駆けていく。


「オラアアアアアッッ!!」


 傷口から鮮血溢れる右腕で鉄塊の剣を引きずりながら、盗賊頭は目の前の黒髪の少年へ一直線に詰め寄る。土煙を巻き上げながら鉄塊の剣の柄を力いっぱいに握りしめ、あのいけ好かない黒い瞳を弾け飛ばさんと振り上げ__

 その遥か高い所で、黄金色の瞳を鮮やか翠緑に光らせている少女が、空を蹴った。


「はあああああーッ!!」

「ヴ……グォッ?!」


 背中から肋骨の隙間に突き、右胸を貫通する細身の剣。


「ハッ!」


 そして低姿勢のまま懐に潜り込んだハヤトが繰り出した短身剣は左胸に撃ち込まれ、さらに柄頭を盾で叩いて奥へ潜り込んだ鈍い刃先が、肺を穿った。


「……ごぼぁッ!」


 口から垂れる、赤黒い粘液。

 ぼたり、ぼたりと唇から滴り落ちる粘液を目で追いながら、盗賊頭の体は倒壊した。

 空気が堰き止められた喉を上下に動かし、体は小刻みにもがき、焦点の合わない目で黒い髪の少年と黄金色の髪の少女を見上げる、罪深き者。


「ヨ、ル……ライ、ツ……。」


 茶色の瞳から、灯火が消えた。




 血生臭い洞窟で、戦利品として回収できそうなものを漁っている傭兵たちは、盗賊の亡骸から樽の中まで一つひとつ改めている。報酬金とは別に換金できる戦利品は、原則として早い者勝ちである。


「これはどうかな。」

「うーん……銀っぽいわね。いいんじゃない?」


 戦利品回収に慣れていないハヤトだったが、かなり慣れている様子のルイスのおかげで、それなりの値がつきそうなアクセサリーや武器の部品など、いくつかの戦利品を手にすることができた。


「あっ、いいのみっけ。」


 一方でルイスは盗賊の懐から、金色に光るネックレスを発見した。またその手には銀の台座に赤い宝石がはまった指輪や、立派な装丁がされた本もある。さらに周囲を見ればハヤト以外の全員が、満足げな表情で手に入れた戦利品を見せつけ合っていた。

 手際も見極めも悪い自分では、熟達している彼らのように戦利品を見つけ出すことはできないはず。そうして諦めをつけつつも、ハヤトもせっせと戦利品探しを続ける。

 樽の裏、蓋の下。木箱の中、木箱の下。毛皮の寝床の近くや、その裏。亡骸の懐やその下。探せるところは全て探した。他の傭兵が探したところも漁った。

 それでもハヤトの手元には、銀色に鈍く輝く指輪と、そこそこ細かい装飾が施された剣の鍔と、土で汚れているネックレスしかなかった。


「ま、生き残って、のんびり戦利品集めができるだけマシよ。」

「そうだね……。」


 ほくほく顔で励まされても、沈みかかった心に光は差さない。

 そんな心を引きずりながら、ハヤトは最後にもう一度、盗賊頭の遺体と向き合った。

 ただの鉄の塊にしか見えない剣を腕に抱きながら、左胸から剣を生やす盗賊頭。


「重い……。」


 鉄塊の剣はハヤトが両手で握って踏ん張っても、びくともしないくらい重い。溶かせばそれなりの鉄材にできそうではあるが、そもそも運び出すことすら難しいだろう。

 そして何よりも、この重量の剣を一人で振り回していたこの男の能力に、ハヤトは心からの敬意を払っていた。だからこそ、最初に彼の遺体をまさぐろうとした時は少し遠慮してしまったのだ。


 だがしかし。その敬意は別にして、今度こそ彼の亡骸から目ぼしい物を回収しなければ。傭兵としては死活問題の状況だが、技能を成長させる機会でもある。

 ハヤトは意を決し、盗賊頭の衣服や体の隅々に触れて、所持品を確認した。すると彼のズボンのポケットに、何か細くて硬い物が入っていることに気がつく。

 手を入れて取り出すと、それは細い鉄の棒が二本溶接されている鉄の輪だった。


「これは……鍵?」


 ただ、鍵を使う場所なんてあっただろうか。そう思いながら周囲を見渡すと、洞窟の奥のさらに奥側。松明の作る影の中に、盾も入りそうなくらいの箱を見つけた。

 近くで見ると箱には金具で留められた蓋があり、正面には鍵穴もある。


「ファンタジー的な宝箱だこれ!」


 つい口に出てしまうほど、ハヤトは胸の高鳴りを抑えきれない。

 盗賊の集団の(ボス)が持っていた鍵で開く、ダンジョン最奥に鎮座する宝箱。ファンタジー好きなら興奮せざるを得ないシチュエーションに喉を鳴らしながら、ハヤトは鍵穴に、鍵と思しき物体を差し入れた。

 かたん、という軽快な音。蓋が動くようになったことを確認してから、ハヤトは一息に箱の蓋を開け放った。

 ハヤトは目を見張る。

 なんと箱の中は、きらきらと輝く銀貨や銅貨で満杯だった。


「ルイス!みんな!こっち来て!」


 ハヤトの嬉々とした声に何事かと寄ってきた傭兵たちは、ハヤトの足元にある硬貨で満たされた箱を見遣ると、大きな歓声を上げた。


「うひょーッ!これだから拠点持ちの盗賊討伐はサイッコーなんだ!」

「あんたが見つけたの?!やるじゃないッ!」

「ああっ、クソッ!こんなモンで喜んでたのがバカみてーだぜ!」


 沸き立つ傭兵たちは自身の戦利品をポーチやポケットにねじ込むと、硬貨の入った箱を音頭も取らずにあっさりと持ち上げた。


「今回最高の戦利品が通るぞ!道を開けろーぃッ!」


 えっさほいさ、と運ばれていく硬貨の箱。それを崇めながら、そそくさと道を開ける傭兵たち。傍から眺めていたレイバルも満足げに頷いている。


「俺も持ちますよ!」


 と、急いで追いかけようとしたハヤトの行く手には、ルイスや傭兵たちが立ちはだかる。


「一番の戦利品を見つけたヤツは何もしなくていいの!」

「そうだそうだ!オレらがちゃーんと運んでやっから、お前は後ろから見てりゃあいいんだよ!」


 頷く傭兵たち。硬貨の箱を運んでいる彼らも汗が滲む顔に爽やかな笑みを浮かべながら、ハヤトに親指を立てている。

 どうやらこの世界の傭兵たちには、本当にそういう習慣があるようだ。


「代わりに、帰ったらたっぷり奢ってもらうから!」


 ああ、とハヤトは頷く。

 つまり一番の戦利品を見つけた者は、皆からラッキーマンと称えられる。対して一番稼ぐことになった本人は、一緒に戦った仲間たちへ感謝と労いの杯を配る。ここまでがセットになっているらしい。

 そこまで理解したハヤトは、洞窟中に響き渡る声で叫んだ。


「俺に奢られたいヤツはいるかーッ?!」

「「おーッ!」」


 外までこだまする、傭兵たちの掛け声。

 この世界にまた一つ、平和が訪れた。

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