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24:洞窟拠点制圧戦①

 翌朝。盗賊の亡骸も村人の亡骸もすっかり片付いて、しかし赤い染みだけが残った村の広場に、傭兵たちが集まっていた。


「さて、お前ら。村へのご奉仕はこれくらいで切り上げて、仕事の時間だ。」


 レイバルの足元には手足を縛られた男が倒れている。意識はないようだ。


「こいつが仲間を売ってくれたおかげで、オレたちは盗賊共を皆殺しにできる。まずはこいつに感謝してやれ。」

「賊らしくていいじゃねぇか。ありがとよぉ!」

「クソ野郎は縛られてんのがお似合いだな!」

「助かるぜ!ケッ!」


 唾を吐きかけられても、縛られている男は動かない。


「で、こいつが吐いた情報によりゃ、連中はこっから北に少し行ったところの洞窟を拠点にしてんだと。村人に確認したら、前はそこで錫を掘ってたっつってた。正面以外に出入り口はねぇが、念のため正面から突っ込む部隊と、周りを見回る部隊に分けようと思う。」

「おいおい!明らか稼げねぇトコにゃ行きたくねぇよ!」


 出来高制の傭兵稼業で、敵を倒す機会すら得られないのは死活問題だ。最初に不満を叫んだ傭兵に続いて、そーだそーだと一部の傭兵は不平不満を垂れているが、レイバルは「まあ聞け」とたしなめている。


「昨日の戦いで怪我したヤツは足手まといになっから、悪いが見回り組に入ってもらう。あとは槍持ちも、洞窟ん中じゃあ邪魔になっから見回り組だ。戦利品を後で分けてやるから、それで勘弁してくれ。」


 報酬金は命と体を張って戦う連中が優先して受け取る。しかし拠点から強奪した戦利品は、全員で分配する。自分事ではあるが、ハヤトはそれで納得できた。

 先程から不平不満を垂れていた傭兵も落ち着いたようで、負傷した傭兵や、血の気盛んだが槍を持つ傭兵は自ら集団から離れて、新しいグループを作っている。


「じゃ、そういうこって。見回り組に志願してくれるヤツは言ってくれ。盗賊共がうろついてる洞窟に突っ込みてぇっつう命知らずはあっちに集まってろ。」


 わらわらと移動する傭兵たちと、さらに別のところで話し合うレイバルやキスク、ルイスといった「黒曜の髑髏」の中心メンバー。

 ハヤトは彼らが話し合う姿を横目に、鎧の金具や、昨日盗賊の亡骸から奪ったそこそこまともな斧の具合を確認していると、三人の傭兵グループが声をかけてきた。


「昨日はすごかったな、お前!」

「何人殺したんだ?」

「五人です。まあ、仕留めたのを確認できたのは、ですけど。」

「かあーっ!マジか!オレなんか二回もトドメ持ってかれちまったのによぉ!」

「オレなんかろくに射れなかったよ!やっぱ乱戦になっちまうと厳しいなぁ。」

「だぁから剣や槍にしろっていつも言ってんだろ!」

「だったらもう敵の弓持ちは始末してやんねぇからな!」

「へへへっ。そりゃあカンベンしてくれよぉ……!」


 ガハガハと笑い合っている彼らの鎧にも、微かに血の跡が残っている。

 ここにいる全員が、昨日の戦いを生き残ったのだ。少なくとも、あの戦いは。

 次は、生き残れるだろうか。


「頼りにしてるぜ!」

「今日はオレらにも手柄、分けてくれよな!」

「それは保障できかねます。」

「おっ?!言ったなこんにゃろーっ!」


 肘で肩を小突いたり、肩を叩いたりしながら笑う傭兵たちにつられて、ハヤトも思わず笑ってしまう。

 そうだ。余計なことは考えなくていい。

 今日も生き残って、こうして仲間と笑い合えればそれでいい。

 出来高制の傭兵稼業だが、戦場では互いに守り合って生き残る。その中で偶然倒した敵の数が、報酬にも反映されるというだけなのだから。


「ようしお前ら!こっちはオレとルイスが担当だ。見回り組はキックが請け負う。もう一度聞くが、見回り組にいきてぇヤツはいるか?」


 静まる傭兵たち。彼らの狂気と殺意に満ち満ちた恐るべき眼を一つひとつ確認したレイバルは、茶色い歯が見えるくらいに口を湾曲させた。


「よし!バカな命知らず共!行くぞッ!」

「「オーーッ!!」」


 傭兵たちの雄叫びが、金色の海原に響き渡った。




 体感時間にして、三十分強。森の土を無遠慮に踏み荒らした傭兵たちは情報通り、森の中の洞窟に辿りついた。

 茂みの中から様子を窺うと、見張りは一人もおらず、しかし入り口の辺りには桶に入った排泄物や、空き瓶なんかが大量に転がっている。そして洞窟の中は、ランタンか松明かが灯されている。

 それから、どこからか拉致してたらしい、憐れにもこの世を去った女の遺体も二つある。事故なのか故意なのかはわからないが。


「……行くぞ。」


 小さな掛け声と手の動きに合わせ、傭兵たちが茂みから姿を現す。


「ルイス、ハヤト。お前たちが先行しろ。」

「わかった。」

「わかりました。」


 名指しされたハヤトとルイスが、傭兵たちに先んじて洞窟の中に入っていった。

 内部は松明が掲げられているおかげで明るく、しかしところどころに暗がりがある。その中に盗賊が潜んでいないかどうか確認しつつ、二人は手の動きだけで傭兵たちを誘導しながら進む。


 ふと、角の奥から話し声が響いてくる。こちらに近づく足音はない。

 音を立てないようにゆっくりと、だが大胆に、松明が作る影に体を沈めながら、角の先を窺い見る。

 角の向こう側は少し開けた空間になっていて、そこらに毛皮を縫い合わせた寝床、物資で満杯の木箱、空の酒瓶、そして盗賊が転がっている。木材で組まれたバルコニーのような足場もあって、その上で弓を抱えた盗賊もいた。

 そして奥の方の一角に、他の盗賊よりも明らかに上等な鎧をまとう大柄な男がいた。


「くっそ……なんで傭兵が村に……どこが雇ったん……。」

「もしかして、この前襲ったデカい隊商の雇い主じゃねぇっスカ?!」

「なんかの旗……りで旨い酒とカネ……チクショウッ!」


 男は怒りに任せて、積まれていた木箱を蹴り飛ばす。するとその陰に隠れていたモノが、ハヤトとルイスにも露わになった。

 藁に布を敷いた上に寝そべっている、一糸まとわぬ女たち。手は後ろで縛られ、髪は乱れ、体はやつれ細り、離れたところから見てもわかるくらいに弱っている。

 ハヤトは直感的に、これが面倒な状況であると理解した。


「なに、女がいるだと?」


 ルイスに見張りを任せ、レイバルに奥の様子を報告する。するとレイバルもハヤトと同じように理解したらしい。


「まずいな……一人ならやりようがあるが、何人も人質がいるのは想定外だ。」


 編み込んでいる髭を撫でながら、レイバルは黙ってしまう。

 入り口にあった遺体といい、村で見た数々の亡骸といい、盗賊は何をするかわからない。特に死に物狂いになった連中はなおさら危険だ。

 しかしだからといって、何もしないわけにはいかない。命を危険に晒して他者の命と財産を守るのが、傭兵の存在意義だ。


「ルイスに一発決めてもらうしかねぇか。」


 だがこちらには、心強い味方がいる。

 ハアースの傭兵ギルドでも、トップクラスの実力者が。


「弓持ちは何人いた?」

「見た限りだと数人ってところです。」

「なら盾で押せば行けるか……よし。お前はルイスにこう伝えてこい。」


 レイバルは作戦をハヤトに説明する。それをしっかりと聞き取ったハヤトは、見張りを続けているルイスのところに戻った。




 これまでは、おそろしく順調だった。

 最初はたった三人で始めた。のんきに歩いていた傭兵たちを奇襲して、装備を奪ってやった。それから数人増えたら、次はカネや食べ物をたんまり抱えていた村人を襲った。さらに頭数が増えたら、護衛をそこそこ連れた商人も襲った。

 カネも酒も食べ物も、武器も鎧も、若い女だって。全て奪ってやった。それができるだけの「力」があった。奪えば奪うだけ「力」はさらに増していった。この手のひらの上に、何でも揃っていた。


 次は、村だった。村を奪ってやりたかった。村には街道よりもずっとたくさんの食べ物とカネがある。部下たち全員にあてがってやれるだけの女もいる。その全てを、村そのものを奪ってやりたいと思った。

 やれる。オレたちならやれる。そこら辺を徘徊してる、襤褸と刃が欠けた鋤しか持っていないような、物乞いまがいの野盗とは違う。それができるだけの「力」がある。

 最初から一緒にやってきたあいつらに、部下の半分を任せた。あいつらはオレ以上に上手く戦えるし、上手く部下を使える。だから間違いない。あいつらは「力」を使いこなせる。そしてさらなる「力」を手元に引き寄せられる。

 たった三人で始めたんだ。これまでも、これからも。三人で全てを奪いつくす。

 オレたちにはそれができる「力」がある。


「あ、アニキッ!村に行った連中があッ!」


 目の前にいるこいつから、あの報告を受けた時。オレの頭ン中は真っ白になった。

 死んだ。あいつらが?昨日までずっと一緒にやってきた、あいつらが!オレよりもずっと戦いが上手く、部下を使うのも上手いあいつらが!!

 オレには何もない。ただあいつらよりも体がデカくて、腕っぷしが強いだけだ。それだけなのにあいつらは「アニキ」と呼んで付いてきてくれた。頭も口もあいつらの足元にすら及ばないのに。

 それなのに、オレが残った。それから今まで奪ってきたカネと、酒の瓶と、なけなしの武器と、なけなしの部下だけが。


 そして、このデカい剣も。

 剣と呼ぶのも憚られる、ただの鉄の塊でしかないこの剣は、オレたちの中ではオレしか振り回せない。だがあいつらはどこからかこれを持ってきて「アニキにピッタリだ!」って愉快そうに笑っていた。

 ああ、そうだ。こいつはオレにピッタリだ。

 ただ体がデカくて、力が強いだけのオレにピッタリだ。

 目の前で盾を構えて並んでいる、あいつらの頭を叩き割ってやるのに。


「ピッタリじゃねぇか、なあ。」




「行け!盾を上げろ!」


 広間の入り口に一息で突入した傭兵たちは、形様々な盾で壁を作りながら一歩、二歩と奥へ詰め寄っていく。その後ろでレイバルやルイス、ハヤトも各々の武器を構えている。


「傭兵やっててもこういう機会はなかなかねぇから、記念として一度だけ言ってやる!武器を捨てて投降すれば、命だけは助けてやろう!」


 盾の壁を作り、悪しき者共を睨む傭兵たち。

 みすぼらしい武器を手に、憎き者共を睨む盗賊たち。

 その最奥にいる者同士の目線が、交錯する。


「バカ言え!テメェら誰の拠点(ホーム)にいると思ってやがる!命乞いなんざしてたまるか!!」

「ハッ!こっちは最初ッからお前ら全員ぶち殺しに来てんだよ!盗賊の命乞いなんざ、聞いてやらねーよッ!!」


 長身剣を構えたレイバルと、剣の形をした鉄塊を振る盗賊頭。


「突撃ーッ!」「ぶっ殺せーッ!」


 二人の号令と共に、傭兵と盗賊が激突した。


「ルイス!」

「ええ!」


 直後、ルイスの黄金色の瞳が緑色に輝く。そして左肩に置いて掲げていたハヤトの盾に飛び乗って、力いっぱい踏み込んだ。

 洞窟に響く、暴風の音。見えざる力はルイスの細い体を宙へ放り投げ、盗賊頭の眼前に送り込んだ。


「くそッ!加護持ちか!」

「そのダッサい剣もろとも、あたしの風で狩りとってあげる!」


 盗賊頭と「羽の剣」が激突している間、傭兵と盗賊も激しい戦いを繰り広げていた。

 後ろに退く場所のない盗賊たちは、命を捨てる勢いで立ち向かってくる。この瞬間の、ヤツらの鬼気迫る戦いぶりだけは、王国の騎士にも劣らないだろう。

 しかし日々、身命が危ぶまれる場所に身を置いている傭兵は、覚悟も、技量も、装備も格が違う。

 頑丈な作りの盾は、盗賊らが持っている粗末な盾を打ち砕く。鍛冶師と傭兵がカネと技と手間を込めた武器は、ろくに手入れもされていない安物の武器を叩き壊す。


「ハアッ!」

「ぎゃッ?!」


 とはいえ、盗賊の亡骸から奪い取った斧も二人、三人仕留めるのには使えた。まあ今では、その辺に転がっている盗賊の遺体に刺さったままになっているが。

 頭蓋骨を二つに割ったみすぼらしい斧から手を放し、倒れ込む盗賊の手から短身剣を奪う。そのままの勢いで戦意を失いかけていた盗賊に詰め寄ると、盗賊の抵抗を難なく盾で受け流しつつ、無防備な脛を蹴り飛ばした。

 短身剣を逆手で持ち、木箱に頭と体を打ち付けた哀れな盗賊の首に、力いっぱい突き刺した。

 剣の刃先に開かれた所から溢れ出る鮮血は、筋張った首を伝って滴り落ちて、赤い泉となって広がっていく。

 その様に瞬きほども目を向けず、ハヤトは洞窟の奥で繰り広げられている激闘を眺めていた。

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