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21:黄金色の髪の少女2・②

 翌朝。盛大にあくびをしながら、借りているベッドがある六人部屋を出たハヤトは、廊下の奥から聞こえる足音に気がついて振り向いた。


「……おはよ。」

「おはよう、ルイス。」


 鈍く輝く金属の鎧を身に纏い、黄金色の髪を二つまとめにした少女は、やや機嫌が悪そうに眉を寄せている。


「オヤジさんのとこ、行くの?」

「うん。そのつもり。」

「ふーん……。」


 ルイスは片方の尻尾髪を指先で梳いたり、くるくると回して弄ったりしている。

 口を尖らせているこの少女が何を待っているのかは、ハヤトもすぐに理解できた。


「微調整とかするだろうから、先輩の意見が欲しいなー。」

「先輩……。」


 ふふ、とルイスの口元が緩む。


「しょ、しょうがないわねぇ。じゃああたしが『先輩』としてついてってあげる。」

「ありがとうございます。」


 不機嫌そうに寄っていた眉はいつの間にか弧を描き、自信に満ち満ちた笑顔でハヤトの黒い瞳を覗いている。


「言っとくけど。あたし、鎧にはけっこうウルサイから。」

「へえ。そうなの。」


 一階に続く階段を下りながら、前を歩くルイスが鎧を見せつけてくる。


「これだって、裏打ち、鋲打ち、金具の調整は自分で全部してるし。」

「裏打ち?」


 聞き慣れない単語に、ハヤトは首をかしげる。


「鎧の形を整える支えよ。板金の鎧は要らないけど、革鎧は裏に布とか板金を何枚か貼らないと形が崩れるの。革一枚じゃ防具にならないってのも大きいけどね。」


 ファンタジー物のゲームやアニメに出てくる定番防具「革鎧」。軽くて丈夫で、そこそこリーズナブルというイメージがあっただけに、革鎧特有の手間もあることにハヤトは驚きを隠せない。

 ちなみにルイスの鎧は両肩を金属の板が三枚連なった装甲が、肘より先や胸、脚などは革の装甲が防護している。太ももは金属の鎖の布……いわゆる鎖帷子(くさりかたびら)がスカートのように垂れ下がっている。金属と革が両方使われている鎧だ。


「ルイスのこだわりは?」

「ふふん。知りたい?」


 訊いてほしそうにちらちらとハヤトの顔を窺っていたルイスは軽快なステップで振り返ると、ハヤトが鎧全体を見られるように一歩下がった。


「買った時は胸当てと小手も板金だったけど、動きにくかったから革に変えたの。もちろん付け替えも裏打ちも自分でやった。腰のは邪魔だったから外しちゃった。肩当ての鋲は青銅のやつに打ち直して、要らない懸帯(ベルト)と金具は外した。だから最初と比べたらだいぶ軽くなったし、身動きとれるようになったわね。」


 いつになく饒舌なルイスに、ハヤトは温かく微笑みかける。


「そっかそっか。ルイスはすごいね。」

「ちょっと!説明してあげたんだからちゃんと見なさいよっ!」


 頬を可愛らしく膨らませるルイスは、腰に手を当てて、ハヤトの前で直立している。


「ごめんごめん。」

「ふんっ。」


 こうしてすぐ不機嫌そうにするところもツンデレキャラらしくて可愛らしいと、ハヤトはルイスの膨らんだ頬を見ながら思う。


「でも、なんでそんなに軽量化にこだわってるの。」


 鎧は軽さよりも防御力のほうが大切なのではないかという、素人の純粋な疑問だった。


「あたしは『風の加護』を使って速く動けるから、鎧は軽いほうがいいのよ。」


 すぐに返ってきたこの答えが、彼女にとっては全てなのだろう。

 普通の人間は普通の筋力で動くしかないから、攻撃は「受ける」ことを前提にしている。しかし彼女にとって攻撃は「避ける」ものだから、機動力を高めることが優先されるのだ。

 いわゆる「回避タンク」的な戦い方をしているのだろうと想像しつつ、ハヤトは彼女の鎧を上から下までじっくりと眺める。

 上半身は動きやすさ重視で革の装甲が多い。腰回りの装飾は細身の剣を留めているベルトだけで、装甲どころか小物入れすらついていない。太ももを守っているのが鎖帷子のスカートだけなのは、その方が膝を大きく上げられるからだろう。

 低い姿勢で剣を構えたり、広いところを縦横無尽に走りまわったり。線の細い体でスタイリッシュな身のこなしをしている姿が目に浮かぶ。


「あんたってよく、そうやって一人で浸ってるわよね。」


 この世界に来てからというもの、そうしてばかりいるのはハヤトも自覚している。レオノルドに小賢しいと揶揄られてばかりいるのだってそのせいだ。

 ただレオノルドと違い、目の前の少女はちゃんと構ってあげないと、不機嫌そうな顔が本物の不機嫌な顔になってしまう。


「ルイスがちゃんと考えてることだから。俺もちゃんと考えないと。」

「……ふんっ。」


 ルイスは「風の加護」があるから、軽量化にこだわる。では自分は何にこだわるのか。

 その問いへの、今のところの「回答」が、工房の作業スペースにいた筋肉質の男の側に待っていた。


「来たか。バッチリ仕上げといたぜ!」

「これが俺の……!」


 黒い金属の天板の作業台の上に、ハヤトの鎧のパーツが並べられていた。

 全身を覆っていた青銅の金属板は胸と肩、腰だけが残った。手足の装甲は鋲が打たれた革が貼られたグローブやブーツに、羽飾りがついた全面兜(フルフェイス)は、装飾が一切無い分厚い鉄板の鉄帽(ヘルメット)に置き換わった。


「防具は胸、肩、腰だけ残して、他は革に変えてある。革も硬めに仕込んであるやつに厚く裏打ちしといたから、まあ一発二発までなら耐えるはずだ。ただ矢はどうしようもねぇから、それだけ気をつけておけ。」


 グローブを手に取ると、革と数本の金属の鋲だけで作られているとは思えないほど、重量が手にずっしりとのしかかってくる。片方だけで一キログラム近くはあるだろう。ブーツはさらに重たく、片足で二キログラムくらいだ。


「まあ、とりあえず着てみろ。細けえ調節はそっからだ。」


 この中世ヨーロッパ風の異世界に来て、ついに自分だけの鎧を身に纏う。

 異世界モノの作品を数多く見てきたハヤトは、胸を高鳴らせながら鎧を手に取って__


「……どうやって着るんですか?」


 苦笑いするハヤトに、筋肉質の男もルイスも苦笑いで返した。

 それから、太陽の光が頭頂に降り注ぐようになった頃。ハヤトとルイスはようやく工房を出ることができた。


「満足した?」

「うん!かなりいい感じ!」


 丈長の衣の上から着ている鎧は何年も着続けた上着のように体に馴染んでいる。重量は軽くなく、全身にずっしりとのしかかる感覚はあるが、ひと月以上続けた訓練で筋肉がついたおかげで、足元への負担はそれほど大きくない。

 それもこれも筋肉質の男と立ち並んで、金具の締め具合や鋲の種類を細かく調節してくれたルイスの知識と技術あってこそだ。


「いろいろ手伝ってくれてありがとう。」

「オヤジさんの手を見ながらすぐに真似できる機会だったもの。お互い様よ。」


 そうやってタダであの筋肉質の男からいくつもの技術を盗んだのだろう。本職の彼と比べても手際が良い作業をして、なんと強かな少女だとつくづく思わされる。


「それで、今日はそれ着て訓練?」

「そのつもり。実際に動きまわって、感覚を体に馴染ませないと。」

「ふうん。そっか。」


 ルイスは片方の尻尾髪を指先で梳いたり、くるくると回して弄ったりしている。彼女の同じ仕草をハヤトは朝にも見た。


「先輩にも見てほしいなあ。」

「……しょうがないわねぇ。」


 とうとうニヤけてしまうのを抑えられなくなっているルイスの横顔を温かい目で見ながら、二人は訓練場へ向かった。




 訓練場に着くと、レオノルドともう一人。ブロンドの髪の優男がいた。

 彼はハヤトが声をかける前にハヤトの存在に気がつくと、細い顎先に手を添えながらハヤトの鎧をじっくりと観察した。


「鎧が完成したんだね。実用的で良い鎧だ。」

「ああ、なかなかイカした鎧だ!小賢しいテメェにしちゃあ良い趣味だ!」


 ガハガハと大笑いするレオノルドを他所目に、カルヴィトゥーレはルイスに目を向ける。


「ルイス・ティティスか。最近ハヤトくんと一緒にいる姿をよく見るとは聞いていたが、本当にべったりみたいだね。」

「べべべっ、べったりじゃないわよっ!ハヤトが一緒に来てほしいって言うから、仕方なくついていっただけなんだからっ!」

「と、言っているけれど?」

「友達になったので、色々と付き合ってもらってます。」


 誇らしげに「友達」と言ったハヤトと、「うう……。」と顔を赤くしているルイス。傍から見れば友達というよりも付き合いはじめたばかりの若い恋人のように見える……という弄りを、カルヴィトゥーレは舌に乗せる前に飲み込んだ。


「ダハハハッ!お似合いじゃねェか!」


 まあ、喉の奥に留めておけない人間もいるが。


「ところで、どうしてカルヴィトゥーレさんがここに?」


 オーバーヒートして動かなくなってしまったルイスのために、ハヤトは最初から気になっていた話題への転換を試みた。


「ああ。今後のギルドと自警団の方針について、レオンと話しておこうと思ってね。」

「ギルドと自警団の、方針?」


 カルヴィトゥーレとレオノルドは目線で何かを確認し合ってから、再び話しはじめた。


「今度キミたちが行く依頼に関連しているかはわからないが、ちょっと気になる情報が入ったんだ。まあ、ちょっとした杞憂程度ではあるけれど。」


 そのように前置きをして、本題に入る。


「農村はこれから収穫期に入る。収穫物を都市で売り、硬貨や日用品に変えて戻る農民が増えるわけだが、その帰りや日用品で満杯になった倉庫を狙う盗賊もまた増えるんだ。」


 ふむ、とハヤトは喉の奥で小さく唸る。

 丹精込めて育てた作物を売って得たカネや日用品を持って帰る農民を、虎視眈々と狙う盗賊。中世ヨーロッパ風のこの異世界だが、どうやら「ファンタジー」と呼ぶにはあまりにも世知辛い世の中のようだ。


「んで、別の都市の自警団からの連絡で、最近この辺りでも『紅い疾風』の一味じゃねェかっつう連中が目撃されたらしい。」

「『紅い疾風』?」


 また出てきた聞いたことのない言葉に、ハヤトだけ首を傾げる。


「あたし聞いたことある。赤毛の女盗賊でしょ、金貨三枚の懸賞金がかけられてる。」

「ああ。王国南部の広い地域で活動する、盗賊集団の頭目。どこからか奪ったクロスボウと、『風の加護』と思しき力を使う指名手配犯……『紅い疾風《the Scarlet Gale》のリオン』。」


「紅い疾風のリオン」……この世界の人たちは『羽の剣《the Feather Sword》』やら『矢反らし《the Kick Back》』といった凝った異名をつけるのが好きらしい。


「確認したわけじゃあねェ。だが手練れの盗賊がどっかから湧いて出てきたっつうのと、何か関係があるやもしれねェ。」


 深刻そうな顔をしているレオノルドとは対照的に、カルヴィトゥーレはいたって落ち着いている。


「あまり考えすぎても仕方がないけれど、注意はするべきだろうと思っている。このことは今朝の内にレイバルにも伝えておいたから。」

「あたしたちの方でも、手がかりがないか探せばいいわけね。」

「ああ。可能な限りでいいから、よろしく頼む。」

「わかったわ。」

「こっちも、もうちっと連絡の数を増やしてみる。あとは巡回の回数と人数も調整しねェとだな。ああ、くそッ!頭使う仕事ばっか増えやがるなぁ!」

「頼んだよ、レオン。ギルドは名目上、何かあってからでないと動けないからね。」

「悪かったわね。何かあってからじゃないと動かなくて。」

「いいや、それでいい。キミたちはしっかりと力を温存しておいてくれ。」


 ルイスも、カルヴィトゥーレも、レオノルドも。全員が真剣な表情で話している。

 これが命を危険に晒す仕事をしている人たちのする顔なのだと、ハヤトは胸に刻んだ。

 自分も必ず、こういう顔ができる男になろうとも。


「さて、頭を使うのはここまでだ!訓練するぞ小僧!」

「はい!教官っ!」


 しかし今は、ただ強くなる。そして初陣を生き残る。それだけを考える。


「それじゃあ私はギルドに戻ろう。ギルド内でも情報共有しないとだから。」


 カルヴィトゥーレはギルドの方へ歩いていく。その背中を見守りながら、ルイスはハヤトとレオノルドから少し離れた所の柵に腰かけた。


「ガハハハッ!テメェの女同伴で訓練たぁ、いい身分だなぁおいッ!」

「だだだっ、誰がそんな腑抜け男の女よッ?!」

「いでででっ!ギブギブッ!ぐ、ぐるじい……ッ!」


 丸太のような腕で首と頭を締められるハヤト。茶化されて顔と耳を真っ赤にするルイス。そしてガハガハと笑うレオノルド。

 ハアースは、今日も平和であった。

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