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18:黄金色の髪の少女1・③


 爽やかな表情のハヤトは軽くなった手を腰のベルトに引っ掛けて、軽くなった足で宿屋に戻っていた。隣にはまだルイスがいて、歌にもならない明調の鼻歌を右耳で聴いている。


「出し切った、って感じね。」


 ルイスが柔らかく微笑む。


「うん。もし鎧を作るならこういうのが欲しいって、ラノベ……冒険小説、を読みながら考えてたからさ。」


 二次元の物語に出てきた主人公たちは個性的な鎧や武器を携え、個性的な戦い方をしていたものだ。残念ながら自分は武器や属性の加護を得られず、彼らのような一騎当千の戦いぶりを実現させることはできないが。

 ひと月。そしてこれからしばらくも、触れることのできない自室のコレクションたちを思い出していたハヤトに、ルイスは「ふうん。」と鼻を鳴らす。


「本、読んだことあるのね。」


 ふと、ハヤトはルイスに振り向く。

 彼女は変わらず柔らかい笑みを浮かべているが、しかし黄金色の瞳は遥か遠くにあるものを切望しているような、不思議な色をしていた。


「うん。故郷でたくさん読んだよ。」

「本、好きなの?」


 ハヤトは活字よりはマンガを好んでいたが、ハマった作品があれば原作小説も読みたくなるタイプだった。アニメ放送版やマンガ版とは異なる原作特有の表現や情景描写を見つけるたびに、不思議と胸が高鳴ったものだ。


「好きだよ。読んでるとさ、特に力が込められて書いてある部分があったりして。そういうところを見つけると、ああ、この人はこういう表現にこだわってるんだなあ、ってわかってくるんだ。」


 作者のこだわりや癖は理解しにくかったり、隠れていたりする。だからこそそれを見つけられた時、作者と自分が文字を通じて繋がった気がする。

 ハヤトはアニメもマンガも好きだが、小説をそうして楽しむこともまた好きだった。


「ルイスは?」


 だからこそ、ついそう訊ねてしまった。

 そして、なぜ黄金色の瞳が遥か遠くにあるものを切望しているような、不思議な色をしているのかに気がついた。


 すぐにハヤトの胸の奥には心地の悪い熱が溜まっていって、ぎゅ、と圧迫される感覚に襲われる。

 この感覚に名前をつけるとすれば、「懺悔」が最も適していた。


「……なんであんたが、そんな顔すんのよ。」


 自分がどのような表情をしているのかは鏡を見ないとわからない。

 ただ、少なくとも。ルイスが寂しそうな顔をしていることだけが、ハヤトはわかっていた。


「字なんて読めなくても困んないもの。依頼はギルドで受けられる。登録証は受付係が書いてくれる。あたしは剣を振り回せばカネが手に入る。それでいいじゃない。」

「でも字が読めれば……。」


 いや、とハヤトは口を閉ざす。

 依頼はギルドで受けられる。書類は職員が用意してくれる。自分たちは依頼主の代わりに剣を振ればいい。ならばどうして、傭兵に「字」が必要か。

 勉強すれば良い仕事に就けるだとか、新しい知識を学べるだとか。安易にそう言うことはできる。


 だが。彼ら傭兵に、誰が教えるのか。この「十七歳の少女」ですら教わってこなかったものを、「傭兵」に誰が教えるのか。


「だーかーらー。なんであんたがそんな顔すんのよっ。」


 ルイスが親指でぐりぐりと押す左頬がどのような形をしているのかなど、ハヤトには知る由はないのだが。


「ごめん。」

「なんであんたが謝んのよ。」

「あっ、いや。……ごめん。」


 為す術の無いことを悟ったハヤトは、ルイスの優しいチョップが額を打つのを黙って受け入れた。

 乾いた土の道を歩いていく、しばらくの間。二人の間に会話はなかった。

 少し重くなった手が、ぶらり、ぶらりと宙を揺れる。


「あんたが何者なのか、ホントにわかんなくなってきた。」


 異世界から来て、王の城で数日凄過ごし、王国の貴族たちとは知り合いで、現在は王様から治安維持の任務を受けている。隠さずに言って、彼女がどこまで信じてくれるのやら。


 隠しているわけではないが、明かそうと思うことでもない。ハヤトにとって、ただそれだけのことだった。

 そうして黙ったままのハヤトの横顔を、ルイスは流し目に窺っている。


「武器はそれを使うつもりなの?」

「いや。別に買おうかなって。」


 ルイスはハヤトがしっかりと握っている革袋を見下ろし、「ふうん。」と鼻を鳴らした。

 足が離れたところから、さくりさくり、という足音が昼過ぎの雑踏に消えていく。


「剣にすれば。」


 剣が無難だろうか、とハヤトは内心で呟く。

 レオノルドの訓練では剣や槍、斧を何度も使ってきた。どの武器もある程度は使いこなせると思いたい。

 だが、自分の技量は実戦でどこまで通用するだろう。生き残れるのか、活躍できるのか。それともあっさり命を落とすか。


 ああ、だめだ。こうして余計な事を考えはじめるから「小賢しい」と揶揄られるのだ。


「もうちょっと、色々と試してみたいんだ。」


 ルイスは黄金色に輝く目を細めると、「あそ。」と口を尖らせた。

 宿屋に着き、革袋の硬貨入れを中年の女に預けたハヤトは訓練場への道へ行く。


「あたしはギルドに顔出しに行くから。」

「そっか。またね。」


 そう言ってハヤトが片手で挨拶すると、ルイスは柔らかく微笑んで、手を振り返す。

 黄金色の髪を風に乗せ、彼女は傭兵ギルドの方へと歩いていった。




 訓練場に戻ったハヤトは、落ちていた木製の武器と盾を拾い上げて柵に立てかけた。

 剣。槍。斧。それから盾。どういった組み合わせにするかで戦闘スタイルも変化する。


 ハヤトは短身剣を二本、左右に構えてみる。二刀流というやつだ。そのまま二度、三度と振ってみる。

 見た目は派手だが、なかなかどうして上手くいかない。同時に振るだけで重心が不安定になり、しっかりと踏み込んでも速度が剣に乗らない。それぞれの手へ意識を分散させると、余計に集中が削がれてしまって、狙い通りの高さを突くことすらままならない。

 もっと鍛錬が要るか、そもそも実用的ではないのか。どちらが原因なのかわからないハヤトは、早々に「二刀流」を選択肢から外した。


 剣と盾の組み合わせは堅実で良い。長身剣か短身剣かで射程や操作性は変わるが、盾があることの安心感はこの上ない。視界は狭まり機動力も損なわれるが、鎧を着けて戦うことを考えれば、いずれにせよ下がる機動力を気にかけることもないだろう。


 斧と盾の組み合わせも、これがなかなか馴染む。斧が当たる距離と盾で防げる範囲がほぼ同じなので、コンパクトな動きが求められる接近戦に適しているように感じられた。それに斧そのものの使い勝手の良さが、盾を持つデメリットを概ね相殺してくれている。


 盾は片手が完全に塞がるため、槍との両立はできない。腕に括りつけてしまえば話は別だが。ただ、そもそも槍は距離を保って戦う武器なので、かさばる盾は邪魔かもしれない。

 一通り試してみたところで、レオノルドが一人でハヤトの隣にやってきた。


「斧は良いぞ。」

「ですよね。」


 まあ、この男ならそう言うだろうとは思っていたが。

 ところで、リッツの姿が見当たらないようだが。食事を取りにでも行ったのだろうか。


「リッツは?」

「あいつはしばらく休ませる。考える時間が必要だ。」

「そうですか。」と、ハヤトは呟いた。


 半月と少し、共に苦楽を……正確にはひたすらの「苦」を過ごした仲だ。彼の様子が気になるのは当然のことだった。

 しかしハヤトの中では彼の心身への心配よりも、このレオノルドと二人きりで訓練をすることへの恐怖が上回っていた。


「訓練はどうしますか。」

「あ?別に何も変わらん。まあ、小僧と打ち合う相手がいねェけどな。」


 相手をしてくれるつもりは無いらしい。相手にならないのも、火を見るよりも明らかだが。


「やりてェことでもあんなら、やりゃあいい。」


 じゃあ、とハヤトは迷わず答えた。


「斧と盾を使った戦い方を教えてください。」

「おう。きっちり仕込んでやるよ。」


 ガハガハと笑うレオノルドの横で、ハヤトは木の柄を握る。


「よろしくお願いします。」


 双眸は、仄暗い黒に染まっていた。





 リッツが訓練に来なくなってから、七日が経った。

 今日も西から登る陽が長い影を作る時間から、レオノルドと二人きりで鍛錬に励んだ。しかしこの日は昼前に取る最初の食事の後、ハヤトは一人で「鉄の鎖」に来ていた。

 昨日も冷やかしに来たルイスからの伝言で「黒曜の髑髏」の集会が行われるとのことだった。それも酒場ではなく、昼の傭兵ギルドで、だ。


 ハヤトが両開き扉を右側だけ開けて中に入ると、奥の一角に五十人くらいの傭兵が団子になっていて、その中央ではレイバルやキスクといった主要なメンバーが固まって話していた。


「どうも。」


 ハヤトが声をかけるとレイバルはハヤトの肩を抱いて、中心まで引っ張っていく。


「ようし、役者は揃ったな。じゃあ仕事について話すぞ。」


 気がつくと隣には鈍く輝く金属鎧を着たルイスがいて、細い腕を組んでいる。黄金色の瞳を、獲物を見つけた蛇のようにぎらつかせながら。


「今度の雇い主は、天下の『オルク=ワルリスト商会』サマだ。ま、正しくはその下部組織って話だが、細かい違いなんて知らねぇ。お前ら全員を連れていっても、しばらくは飲んだくれてられるだけのカネが入るってことだけ理解しときゃあいい。」

 おおっ、とレイバルを囲む傭兵たちは歓声をあげる。


「だが大口の依頼っつうことは、そんだけ危ねぇ仕事だっつうのは間抜けなお前らもよーくわかってんだろう。今度もそういう類だ。」


 レイバルはどこからか皮紙の巻物を取り出して、全員に見えるように開いた。中心には「ハアース」と書き示されている円があり、周囲には街道らしき線、森や川、山といった特徴的な地形が大味に描かれている。

 その内の、右側にあるバツ印。「タタイ」と書き示されているところを、レイバルは太い指で叩いた。


「このタタイってチンケな村の近くで、野盗の被害が増えてきてる。この辺りはいくつか道があって、商人の行き来も多い。んで、襲われた隊商の中に『オルク=ワルリスト商会』の旗を掲げてた連中もあったのが、話の始まりだ。」


 ハヤトの隣で、ルイスが細い喉で小さく唸る。


「お前らも知ってる通り、『オルク=ワルリスト商会』の護衛はオウサマの騎士にだって劣らねぇ手練れだ。そんなヤツらが皆殺しにされ、荷は根こそぎ奪われ、ついでにそれを率いていた女商人も行方知れず。この盗賊共は間違いなく、盗賊とは名ばかりのぼろっきれ着て徘徊してる、乞食みてぇな連中とは違う。」


 誰かが唾を飲む音が聞こえるほど、荒々しい傭兵たちは静まり返っている。


「先に聞いておく。この仕事は間違いなく死人が出る。もしテメェがその内の一人になりたくねぇってんなら、今ここで去れ。それだって賢い選択だ。オレは笑いも引き留めもしねぇよ。」


 レイバルは静かに、しかし震えるほど力強く問いかけた。その言葉を聞いて瞳が輝いていた五人の傭兵たちが団子から離れていき、瞳から光を失った傭兵だけが残っている。

 レイバルは四十三人の傭兵たちの顔を一つひとつ覗き込んでから、まばらな茶色い歯を見せるようにニヤリと笑った。


「こんの命知らず共!全員の顔をちゃーんと憶えておけ!ここにいる連中をお前は守り、お前を守る。そら、もっとしっかり見ておけよ!」


 黄金色の瞳の少女。口数の多い男。髭を編み込んだ男。それから酒場で唾と質問を飛ばしてきた傭兵たちと、そうでない傭兵たち。ハヤトは一人ひとりの表情をしっかりと改めた。


「出発は四日後だ。二日と半日かけてタタイに行って、一晩休む。次の日から野盗探しだ。わかったかお前ら!」

「ああっ!腕が鳴るぜ!」

「さっさと始末してカネと酒に変えてぇ!」

「この仕事が終わったらオレ、結婚するんだ!」

「間抜けな盗人に槍をぶっ刺すのが楽しみだぜぇ!」


 石造りの建物を揺るがし、受付係たちは顔をしかめる、男たちの雄叫び。それに混じってルイスも、隣にいるライバル候補の少年を見遣る。


「あんたは……大丈夫そうね。」


 ふっ、とルイスが笑む、その横で。ハヤトもまた仄暗い黒に堕ちた双眸で、レイバルの手元を睨んでいた。

 口元に、妖しい笑みを浮かべながら。

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