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17:黄金色の髪の少女1・②


「おらあッ!」

「のわーッ?!」


 次の日も。そのまた次の日も。ハヤトとリッツは訓練に励む。


 ただ、最近はずっとハヤトの勝ち越しが続いており、一方でリッツの腕立て伏せの回数はほとんど減っていない。むしろ多くなる日もあった。

 二人で高め合っていければ……ハヤトはそう思っていたが、ハヤトの五十連勝が確定した、今日この時。レオノルドはリッツを一人呼び出し、とうとうハヤトは自主訓練の時間となってしまった。


 自主訓練といっても、一人でやることと言えば剣の素振りくらいのもの。それだって城で訓練を受けた時と最近を比べると、速度もキレも正確さも格段に成長している。ルイスに似合いそうなキャラクターのコスプレや、ホノカが気に入りそうな食べ物のことを考えながらであっても、寸分も狂わずに素振りができるほどに。


 純粋な熟練度の話をすると、これ以上の成長は時間に委ねるしかない。そろそろ新しい技術の習得も並行して挑戦したいところだが……。

 そのように考えながら半裸で素振りをしていたところ、予期せぬ来客があった。


「調子はどう?」

「まあまあかな。」

「まあまあじゃなくて絶好調でしょ、その感じだと。」


 今日は黄金色の髪をまとめずに後ろへ流し、鈍く輝く金属の鎧ではなく、その辺りを歩いている住民が着ているような、地味な色のドレスを着ているルイスがそこにいた。


「今日はお休み?」


 ハヤトがそう訊ねるとルイスは少し目を反らして「今日は……。」と言いかけるが、すぐに首をぶんぶん振って、ハヤトに向き直る。


「そう、休みなの。けど暇だったから、あんたの様子を見に来てあげたのよ。」

「休みの日まで構ってくれなくてもいいのに。」


 ハヤトが微笑みかけると、ルイスは丸っこい鼻を「ふんっ。」と鳴らす。


「別に好きで構ってあげてるわけじゃないんだからっ。将来のライバルを観察してるだけよ。勘違いしないでよね!」


 __生のザ・ツンデレ発言キタコレ!


 ハヤトが内心で勝手に大興奮していることなど露知らず。ルイスは頑丈そうな柵に腰かけると、ハヤトが握っていたトリカブトの剣を眺めている。


「綺麗な剣ね。あんたの?」

「うん。貰い物だけどね。」

「いや、自分で買ったって言われた方がよっぽど信じらんないわよ。まあ、そんな剣をあんたなんかにあげちゃう人っていうのも、何者って感じだけど。」


 何者もなにも、モンカソー男爵その人である。


「……ちょっと、見てもいい?」

「いいよ。」


 ハヤトが差し出すと、なぜかルイスの方がおっかなびっくりといった様子で、ゆっくりと柄と刃に手を添えた。


「わ……すっごくキレイ。」


 ルイスは煌びやかな宝石がついたアクセサリーを見ているかのように黄金色の瞳を輝かせて、刃を陽の光に照らしたり、間近に覗いたりして観察している。そして特に手を守る鍔に施された、深い切り込みが特徴の三つ又の葉の装飾に食い入っている。


「すごく細かくって、本物の葉みたい。もしかしたらネイル工房の職人が作ったんじゃないかしら。」


 最近聞いた名前だ。五本薔薇の一角で、金属加工を得意としている技術者集団だったか。名門貴族の当主であるクリオなら、そこの製品を持っていても不思議ではない。


「かもね。」

「かもね、って……あんた、そういうの頓着しない感じなのね。」


 ジトーっとした目でルイスはハヤトを見つめている。オナー人にとって「武器」の価値を気にかけることは、庶民か貴族かに係わらず重要な価値観のようだ。


「あんたにとってはただの剣かもしれないけど。あんたの周りには、これを狙ってる人間が大勢いると思いなさい。」


 それはつまり盗難や強盗に気をつけろ、と警告してくれているのだろうか。しかしおそらくオナー人であろう彼女が言うのだから、本当にそうなのだろう。


「わかった。気をつけるよ。」

「そうよ。それでいいの。」


 そろそろ見終わったようだったので返してもらおうと、ハヤトは手を差し出す。だがルイスはトリカブトの剣と、ハヤトの手と、ハヤトの黒い瞳を交互に見つめた。


「あんた、次からは素直に返してもらえると思わないことね。」

「え?」


 ルイスはいたずらっぽく微笑んで、トリカブトの剣をハヤトに手渡した。


「だって、あたしも狙ってる一人なんだから。」


 まるで獲物を見定めた猫のように、両の瞳は黄金色に妖しく輝いている。

 ただ、ハヤトはここで一つ、大したことではないが試したいことができた。

 先ほどはなかなかのツンデレっぷりを見せてくれたルイスだが、こちらから一歩踏み込んでからかってみれば、なかなか「良い」ものが見られるのではなかろうか……と。


 魔が差した、というやつである。


「それってつまり、俺からこの剣を渡されたいってこと?」


 男から女に剣を渡す。それにどのような意味があるかは、カルヴィトゥーレから教えてもらっている。そしてオナー人である彼女がそれを知らないはずがない。ハヤトはその隙を突いた。


「……ッ?!」


 ハヤトが即座に垂らした釣り針は、見事大きな獲物を釣り上げることに成功した。


「あっ、ああああっ!あんたなんかにっ!渡されても!渡されてもっ!!」


 端整で愛らしい顔を真っ赤にし、それどころか首まで赤くなったルイスは、目をぐるぐると回しながら必死に頭と口を動かそうとしているようだった。しかし口はぱくぱくと動くだけで、頭はもう回っていないらしい。


「あっあっあんたぁ!それどーいう意味かわかってんでしょうねえっ?!」

「もちろん。俺はそのつもりだよ。」

「……ッッ!!!」


 顔も耳も首も赤くなっている人が次はどこが赤くなるのかと思ったが、さすがにこれ以上は赤くならないらしい。


 気になっていたことは確認でき、ルイスのパーフェクト赤面もしっかり堪能できた。これ以上からかうと後が怖いので、そろそろネタばらしを__

 と、思っていたハヤトの人差し指に、柔らかいものが絡みつく。見るとそこには、ルイスの細い人差し指があった。


 ルイスの真っ赤になった顔はどこか与り知らないところへ向いていて……ただ、潤んだ黄金色の瞳は、ハヤトの黒い瞳をしっかりと映している。


「……べ、別に。嬉しくなんて、ないん……だから……。」


 その時、ハヤトは理解した。遅すぎではあったが。

 この少女の属性が、金髪ツインテールのツンデレチョロインだったことに。


 __まあ、なるようになるだろ。


 少年は、考えるのをやめた。

 そして少年は話を逸らすことに全ての力を注いだ。


「そういえば!俺まだ鎧の用意してないんだった!」

「は、はぁ?!あんた、立派な剣は持ってて鎧は持ってないわけ?!」


 正確には立派過ぎる板金鎧は持っている。が、あれは傭兵には似つかわしくない。防御力は高いだろうが、悪目立ちしそうだ。傭兵らしいもっと軽量で、しかし実用的な鎧を入手するべきだろう。


「ルイス、鎧ってどこで買えばいい?」


 強行された話題転換だったはずだが、ルイスは既に冷静さを取り戻しているようだった。


「ギルドの裏手に鍛冶師の工房があって、みんなそこで買ってるはずだけど。てかあたしもそこで買ったし。」


 傭兵ギルドの周りには、傭兵にまつわるモノの店が集中するのだろうか。とにかく、板金鎧はそこに持ち込んで下取りしてもらい、新しい鎧を買おう。レオノルドがほぼ毎食奢ってくれるおかげで、金貨にはまだまだ余裕がある。


「せっかくなんで、選ぶの手伝ってください!」

「……いい、わよ。」


 しっとり方面の流れから完全に脱することに成功したハヤトは、レオノルドに断りを入れてから、泊まっている宿屋へ向かった。

 宿屋の受付台で油を売っていた中年の女に言って、預けていた板金鎧と革袋の硬貨入れを出してもらう。


「鎧、あるじゃないの。」

「これはちょっと扱いにくいっていうか、扱いきれないっていうか……。」

「まあ確かに、腑抜けのあんたには立派すぎるかもね。」


 ルイスには手と足の防具を持ってもらい、ハヤトはそれ以外の防具を箱ごと抱えている。それでも持ちきれなかった兜はハヤトの頭を覆っている。

 愛らしい声でチクチクといじられながらの道案内で、ハヤトはすぐに工房を見つけることができた。


 その建物は干した泥煉瓦で建てられていて、木板の屋根から石の煙突が一本突き出ている。火が入っていない炉や黒い金属の天板の作業台があるスペースは外向きに開いていて、軒先に金床の看板を下げた店舗スペースと直結していた。


「オヤジさんいるー?」


 ルイスが鈴のような声で呼びかけると、奥から一人の男がのっそりと現れた。小柄だが半肉質のその男はルイスの顔を見た途端、なにやら言いたげな表情で髭を揉む。


「なんでぇ、ルイス。まあたワシの手技を盗みに来よったか。」

「今日は違う。用があるのはこっちの腑抜け男よ。」


 今日は、ということはそれ以外の日はこの男から技術を盗もうとしているのだろうか。

 なんとも恐ろしい少女だと思いつつ、ハヤトは本題に集中することにした。


「買い取りってやってますか。」


 ハヤトが抱えている箱を目で指すと、男はハヤトの手元を見てから奥の台に手招いた。

 ハヤトとルイスが台に板金鎧一式を置くと、筋肉質の男は部品の一つひとつをじっくりと見つめる。


「ふーむ。青銅だが、しっかりした拵えしてやがる。一式揃えてぇとこだが……こういう板金鎧を野郎共は好かねえからなあ。」

「やっぱり一式揃いでも、あんまり高くなりませんかね。」

「だな。悪いな、若いの。」


 筋肉質の男は店舗を少し見回すと、ハヤトが腰に携えている剣に気が付いた。


「若いの。これ売っちまって、仕事はどうすんだ。」


 仕事、ということはハヤトが傭兵だと気が付いたらしい。


「これを売ったおカネで別の鎧を買おうかと。」

「ほーん……そういうこっか。」


 筋肉質の男はちらりとルイスを見る。


 ふと、ハヤトはこれがどこからか盗んできたものなのではないか、と疑われていたのだと気が付いた。しかし名前が売れていて、この男とも顔なじみなのであろうルイスがいたお陰で、トラブルが回避できたのだろう。

 筋肉質の男が再び鎧を精査しているのを、ハヤトとルイスはじっと待つ。


「こりゃあ、なかなか良い出来してる鎧だ。正直言うと、ワシはこれが喉から手が出るほど欲しい。商品っつうより、技を盗むためだが。」

 これも宮内卿が用意してくれた品である。半端なものではないとはわかっていた。


「だからあえて、若いのに提案だ。」


 筋肉質の男は台の上に一式を並べると、ハヤトの顔をじっと見つめた。


「これは手放さず、仕立て直すっつうのはどうだ。」

「仕立て直す、ですか。」

「ああ。こっから必要な部品だけ取って、お前さんの要望に合わした新しい鎧として作り直す。手間賃は貰うが、材料費はまけてやろう。別に買い替えるよりも得だと思うが、どうだ若いの。」


 この鎧には特に執着はないが、オーダーメイドのようで面白そうだ。それに彼もこの鎧を、カネを貰いながら堂々と弄ることができる。ウィンウィンというやつだろう。


「面白そうですね!それでお願いします!」

「よしきた!じゃあさっそく、どんな鎧が欲しいか言ってみてくれ。」


 台の裏から厚い植物紙と墨壷を取り出した筋肉質の男に、ハヤトは細かく要望を伝えていく。意気揚々と意見をすり合わせている二人の姿を眺めながら、ルイスは棚に腰を預けて微笑んでいた。

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