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14:二人の先達③


「……ハッ!」


 宿屋の二階。六人部屋のベッドの一つで、ハヤトは唐突に目覚めた。


 昨日の記憶、特に夜の酒場での記憶が曖昧だが。革張りの鞘の剣はある。丈長の衣も着ている。体に違和感はない。ゆっくりと上体を起こしてみても、特におかしなところはなさそうだった。

 問題は、いつどうやってこのベッドに辿りついたのか、だが……。


「……訓練するか。」


 ハヤトは考えるのをやめ、昨日の訓練場へと向かった。




 訓練場にはレオノルドやリッツの姿はなく、近くで槍を持った兵士が小便を垂らしているくらいだった。

 ハヤトは丈長の衣を脱いで柵にかけると、その辺りに転がっていた木の剣を手に取る。そして最も基本的であり、最も効果的な持ち方で振りはじめた。


 ぶおん、ぶおんという鈍い音がひどく静かな訓練場に響き渡る。


「……ザコ男。」


 しばらくそうしていると、不意にどこからか鈴のような愛らしい声が聞こえてくる。その直後、背後から強烈な気迫を感じとったハヤトの体は、勝手に前転した。

 耳をつんざく轟音、大地を揺るがす暴風。自分が立っていた位置には風によって土が吹き上げられた跡と、一本の細身の剣が突き刺さっていた。


「へえ、やるじゃない。ザコのくせに。」


 その向こう。柵の側に、一人の少女がいた。鈍く輝く金属が肩と太ももを守る鎧を身につけた、黄金色の髪を二つまとめにしている少女が。


「アンタ、昨日地下牢に連れていかれた新人でしょ。」

「……だから、なんですか。」


 おそらくは風も、剣も、強烈な気迫も、彼女が放ったものだろう。前触れもなく攻撃してきた人物に対して、ハヤトは訝し気に目を細める。


「あたしも見てたのよ。アンタが警備に連れていかれる、あの無様な姿。」


 少女はニヤニヤと笑いながら柵を軽々と乗り越えると、細身の剣に向かって歩く。


「困るのよね、歳が近い傭兵がアンタみたいなザコだと。あたしまで弱く見られちゃう。」

「歳が近い……?」


 十七歳のハヤトと同じくらいの年齢というと、この少女も十七歳前後だろうか。それに傭兵ギルドにいたということは、この少女は傭兵なのだろう。鎧を着て、細身の剣を携える、この少女もまた。


「できれば、二度とギルドに顔を出さないでほしいのだけれど……鍛えてるってことはアンタ、傭兵でやっていくつもりなのよね。」

「そのつもりです。」


 できないことをできるようになる。その過程として、傭兵稼業での経験はきっと役に立つ。だからいきなり投げ出すわけにはいかない。そのために下準備をしているのだから。


「いずれは競う相手になるわけね。ならその前に、ちゃんと名乗ってあげる。」


 少女の黄金色の瞳が緑色に光り輝く。地面に刺さった細身の剣を抜くと、刀身に付いていた土塊も足元を汚していた泥も、見えざる風によって一切が吹き飛ばされた。


「あたしはルイス。ティティス村のルイスよ。」

「ハヤトです。ハヤト・エンドウ。」

「ハヤト、ね。いいわ、覚えておいてあげる。」


 ルイスと名乗った少女は細身の剣を鞘に納めながら去っていく。黄金色の髪を風に乗せ、細い脚で土の道を蹴りながら。


「……い。おい!」


 彼女が去っていった後。訓練も始めていないのに汗をだらだらと垂らしているリッツが、ハヤトの側に駆け寄った。


「お、お前!あのルイスと何かトラブったのか?!」

「……。」


 正直に言うと身に覚えはない。口ぶりからして、おそらく彼女側から一方的に因縁をつけられただけだろう。それにしても、リッツがこれほどまでに縮こまる相手なのだろうか。


「あのルイスって子、強いの?」


 何気なく訊いたつもりだったが、リッツは顔を青白くする。


「強いなんてもんじゃあねえ!一年前に一人で颯爽とギルドに現れて、あっという間に『鉄の鎖』の頂点捕食者の一席まで上り詰めた、ハアースで最強格の傭兵の一人……『|羽の剣《the Feather Sword》のルイス』だ!」

「羽の剣の、ルイス……。」


 土が吹き上げられた跡と、一本の細身の剣が突き刺さっていた跡を眺めながら、ハヤトは黄金色の髪をたなびかせる少女に思いを馳せていた。


 __たぶん、ツンデレキャラだなあ。





 腕立て伏せ五百回を終えた後。レオノルドに連れられて酒場で牛肉の塊を食べたハヤトとリッツは、再び訓練場にいた。太陽はまだ高いところにある。


「おらッ!打ち合い開始ッ!」


 武器も盾も用意させないまま、レオノルドは突然そう言い放った。

 しかしハヤトとリッツは思い出す。『「おきに」の武器を探す時間なんて、戦場には一瞬たりともありゃしねェ。』という昨日の彼の言葉を。


 これは素早い判断力を鍛える訓練だ。瞬時にそう判断した二人の男は、一番近くにあった武器を迷わず拾い上げた。

 ハヤトは槍。リッツは長身剣(ロングソード)


「さっさと突っ込め臆病者どもッ!」

「でやああああッ!」

「うおおおっ!」


 ハヤトは槍を両手で構え、リッツの鼻先へ突き出す。しかしリッツは剣を右から大振りにして槍を弾くと、剣を左に構えて突撃してくる。

 やはり槍では接近戦で勝てない。なにかしら、「一手」が必要だった。

 しかし何がある。身の回りに何がある。革張りの鞘に納められた剣は刃がついているので怪我をさせる。鞘はベルトの金具に繋がっているので自由に使えない。ではまた別の武器を拾うべきか。


 そのようなことを考えている間に、ハヤトの左脇腹に木の刃が到達した。


「うぐ……ッ。」


 刃はついていない。しかし痛い。左脇腹の感覚は打たれた一瞬だけ途切れ、戻った後から内臓が抉られたような痛みが神経を焼き、脳を震わせる。立ち上がっているのも辛いほどの激痛だ。


「小賢しく考えてる時間はねえぞッ!」


 レオノルドの檄も、ほとんど歪んで聞こえる。

 だが、まだ立てている。

 ならば、戦える。


 ハヤトの瞳から、光が消えた。


「くっそおおおおッ!!」


 槍は長い。長いと取り回しが悪い。だが他の武器に変える時間はない。ではどうする。

 ハヤトは槍を刃に近いところで構え、槍の柄のほとんどを脇の後ろに送った。


「でやあッ!」


 長身剣は刃が長い。刃が長いということは、重心は手元から離れた上のほうにある。つまり制御が難しい。

 大振りに振られた刃は体の反対側まで抜けていき、返す刃はしばらく来ないだろう。今回は右から左へ行っている。あとは木の刃が描く軌跡に、当たりさえしなければそれでいい。大きく避けても小さく避けても、当たりさえしなければ。


 瞳で風圧を感じられるくらい、ギリギリだっていい。


 __そこを、突くッ!


「ぐッ!」


 木の刃がリッツの左胸を打ち、上半身を打たれた衝撃と長身剣の重量とで、右足に重心が乗った。そこにハヤトは迷いのない、渾身の前蹴りを放った。


「ぐはあッ?!」


 前蹴りを腹に受けたリッツは後ろに倒れ込み、泥のような土に体が沈む。そして痛みのよって体の動きが鈍くなったところで、ハヤトの槍の刃先が上下する喉仏を捉えた。


「そこまでだッ!」


 レオノルドの号令で、ハヤトの瞳に光が戻った。


「小僧ッ!腹に一撃貰った時点でテメェは一度死んだが、その後の巻き返しは完璧だった!腕立て伏せ百回で許してやるッ!」

「ありがとうございますッ!」


 レオノルドは満面の笑みで、ハヤトの肩をガシガシと叩く。


「テメェは一撃入れて終わるな!敵は一撃貰えば、次は死に物狂いで突っ込んでくる!『殺るまでは殺られる』ってことを忘れんな!テメェは腕立て伏せ二百回だッ!」

「す、すいませんっしたッ!」


 一方でリッツに対しては丸太のような腕を組み、厳めしい表情で威圧している。

 レオノルドからの指導を受けたハヤトとリッツは、それぞれの武器を構えなおして相対する。


「それは没収だッ!」


 しかし目にも留まらぬ速さと抗いきれない剛腕でレオノルドが奪い取ってしまう。号令に合わせて武器を手に取り、相手に向けて刃を振りかざす。武器を拾っては打ち合う、拾っては打ち合うという訓練は、日が沈みかかる時間まで続いた。





 訓練を終えたハヤトはレオノルドに連れられて酒場で牛肉の塊を平らげた後、傭兵ギルドに顔を出した。


「……ぷっ。みっともない。」


 どこかの集団から、聞いたことのある愛らしい声が聞こえた気がする。

 だがハヤトは気にかける素振りを全く見せずに、ギルドの二階に行く。目的の部屋は、階段を上って左側の廊下の奥。手前から三つ目の部屋だ。


「失礼します。」


 ノックしてから部屋に入ると、しっかりとした身なりのカルヴィトゥーレがいた。暗調の木材で作られた書斎机に腰かけて本を読んでいた彼は、ハヤトの姿を見ると、ぱたり、と本を閉じる。


「まったく。どうしたんだいその姿は。」

「……訓練で、ちょっと。」


 どこぞの少女傭兵に嘲笑され、カルヴィトゥーレが心配そうに眉を寄せた原因は、ハヤトの服は上半身も下半身も泥にまみれた跡が目立ち、布地はところどころが裂けて素肌が見えてしまっていることだった。

 その見えている素肌というのも無傷ではない。擦れたり打ったりした傷がある。


「後でちゃんと、汗と汚れを落とすんだよ。」

「……はい。すいません。」


 このようなみすぼらしい格好で来たこと自体は、ハヤトも反省している。着替える時間が無かっただけで。


「今日は初日だから、まずはローゼイ家について話そう。」

「王家の一族ですね。」

「そうだ。だがローゼイ家は最初からフロリアーレ王国の王家というわけではなかったのさ。話は今からおよそ二百年前、王国暦百三十年頃に遡る……。」


 王国暦百二十九年。当時のフロリアーレ王国は、ライラク大陸中央部のオナー地方のみを支配する、大陸に数ある王国の一つに過ぎなかった。しかしその年の中頃、旧王朝最後の王は周辺諸国に対して突然、宣戦を布告するという暴挙に出た。

 周辺国への宣戦布告は、同盟を結んでいた別の国の参戦を招き、結果的にフロリアーレ王国は大陸全土の国との戦争へと突き進んでいった。


 最後の王は五人の息子と共に一万五千の軍を率いて、首都テルナを出立。息子たちは一人、また一人と戦死していき、最後は王自らが戦場で命を散らした。

 王位に着く者と後継者を全て失い、周辺諸国は全てが敵。混乱が起こるかに思われたフロリアーレ王国だったが、そこで玉座の後継者として立ち上がったのが、当時は公爵だったローゼイ家だった。


 ローゼイ家の当主は「大公」を名乗ると、急速に国内の派閥をまとめあげた。合計三万を超える大軍を結成すると、周辺諸国を一つ、また一つと滅ぼし、吸収していく。大軍による侵略と破壊を避けるために、戦わずに臣従した一族もあった。


 最初の宣戦布告からおよそ三十年後の、王国暦百六十一年。抵抗していた最後の国が降伏。旧王朝最後の王の暴挙に端を発する、後世に「薔薇戦争」と呼ばれる大陸戦争は、フロリアーレ王国の勝利によって終結したのである。


「王国を勝利に導いたローゼイ大公は、正式に王位を継承した。そうして現在のローゼイ朝フロリアーレ王国になったというわけさ。」


 大陸全土が敵となった、大戦争。王国の存続すら危ぶまれたその時期に王国を導き、勝利を辿り寄せたローゼイ家。


「なんかローゼイ大公、怪しくないですか。」


 旧王朝最後の王による、突然の宣戦布告。戦死していく後継者たち。急速に支持を集めたローゼイ家。絶望的状況からの逆転勝利。この物語(ストーリー)は、あまりにも「出来」が良すぎる。

 ただ、そのように感じているのはハヤトだけではなかったらしい。


「これは後になってローゼイ家が編纂させた歴史書の内容だ。元々はローゼイ家の印象を好意的にする目的があったはずだけれど。私もところどころに違和感を覚えている。」


 カルヴィトゥーレは形の良い顎に手を添える。


「旧王朝時代から、ローゼイ家の分家であるアプリー家が軍の指揮系統を掌握していた。ローゼイ家は周辺国と関税を取り決めて、管理する職務を与えられていた。両家は王国の重臣として、別格の扱いを受けていたというわけだね。」


 関税収入を管理するローゼイ家。軍の指揮をするアプリー家。旧王朝の時点でカネと軍をローゼイ家の一門が支配していたことになる。


 軍に言うことを聞かせられれば、普段もわざと護衛に手を抜かせられる。戦場では王子や王を危険な状況に陥らせられるかもしれない。無謀な戦いに挑むように仕向け、わざと負けさせて王の権威を失墜させられる、かもしれない。


 関税の取り決めや管理が一任されていれば、例えば実際の関税よりも少ない額を王に報告して、差額を自分の懐に入れられる。またそのように回りくどいことをしなくても、管理している関税から少しずつ横領することもできるだろう。それを賄賂として有力者に配り、「何か」があった時は味方するように言い聞かせておけば……。


「って、当時を知らない俺たちは勝手に色々言えますよね。」

「そういうことだ。歴史書に記されていることが事実とは限らない。二百年前に誰が何を思って、どのような行動をしたのか。私たちは、『今』から推し量ることしかできない。」


 カルヴィトゥーレは棚に並べられている鉱石や宝石の塊を、指先で撫でる。


「キミは多くの『今』を見つけられる人間になるんだ。『今』を知り、『過去』を知れば、『未来』に何が起こるかも見通せる。それは歴史的な出来事かもしれないし、明日の天気かもしれない。ただ間違いなく、その力はキミの命を救うだろう。」


 書斎机の横を通って、木組みの格子の扉窓を開ける。

 爽やかな乾いた風が部屋に吹き込み、冷えた空気で満たしていく。


「もっと勉強しないと、ですよね。」

「ああ、そうとも。キミにはもっと知ることが必要だ。」


 ブロンドの髪をなびかせる優男から。そして、筋骨隆々の髭の男からも。

 学び、鍛え、強くなる。


「できないことを、できるようにならないと。」


 全ては、彼女の隣に並ぶために。

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