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127:教官補佐の仕事③

 

 夕方。ハヤトたち四人の姿は学園の外にある宿屋を兼ねた酒場「朽ちた木立」にあった。ここ数日、食事面で世話になっている酒場である。この店は小さいがそれなりに繁盛しており、数人の店員と二人の料理人が忙しなく働いている。


「兎肉とパンだよ!」

「羊の乳のシチューだ。」

「どうも。」


 男女二人組の店員に心付けと代金を手渡した後。四人はそれぞれの取り分を勝手に手元へ寄せて、勝手なタイミングで食べ始める。


「リオンとハルハルの方、どうだった?」

「ま、ぼちぼちだな。覚えんのが早ぇのは助かる。」

「そーそー!みんなオイジージナ人(ボクたち)の言葉、いっぱい覚えてくれたよ!」

「二人とも教えるの上手だもんね。」

「そーかなぁ。へへへっ。」

「アタシは褒めてもなんも出ねぇぞ。」

「うん。リオンはそう言うと思った。」

「ンだとコラ。」


 そのような他愛のない会話もほどほどに交えつつ、今晩の食事を終えて宿舎に戻った。今夜の寝床の供……と言うとやましい意味に聞こえる……は、栗色の髪の幼女である。


「にいちゃん!だっこ!」

「はいはい。おいでーハルハル。」


 近頃のハルハルは寝間着に着替えた後、こうして抱きついてくるのが習慣になっていた。小さな体を受け止めたハヤトはそのまま藁とシーツが敷かれたベッドに寝転がって、毛皮のブランケットを肩までかける。


「ぎゅーっ!」

「しょうがないなあ。」


 腕を枕にして、胸に丸っこい鼻を擦りつけてくるハルハルの頭をゆっくり、ゆっくりと撫でてやると、可愛らしい頬を緩ませながら「へへ。」と笑みをこぼす。


「おやすみハルハル。」

「おやすみ、にい、ちゃん……。」


 身を寄せ合ったまま二人は少しずつ、意識を深い所へと沈めていった。


 __……ちょっと暑い。


 ただ、黒い髪の少年だけはしばらく経って目を覚ましてしまった。


 キハロイよりも北に位置するテルナに在るとて、冬はもう越えた。ハルハルと眠るのは冷めない湯たんぽを一晩中抱えるようなもので、その体温は温かいというよりも暑く感じるほどのもの。


 すやすやと眠る栗色の髪の幼女を起こしてしまわないよう慎重に起き上がった少年は、べたつく汗を流して乾いた喉を潤すべく、ベッドから抜け出て部屋の扉を開けた。


 学園の中には井戸が二つある。一つは教官用の宿舎の裏手へ少し行った所にある、撥ね釣瓶(シーソー)式の井戸だ。稼働させるとなかなかの騒音を立ててくれるが、ゆっくり動かせば問題ない。


「ふぃーっ……。」


 眠気が飛んでしまうのと爽やかな心地を取り戻すことを天秤にかけて後者を選んだハヤトは、汲み上げたばかりの冷たい井戸水で顔全体を思いきり洗う。


 やはり程よく残っていた眠気は完全に吹き飛んでしまったものの、冷たい井戸水で汗を洗い流す爽快感には敵わない。ついでに手で桶から水を掬って飲めば、清涼な飲料として熱にやられた喉を潤してくれる。


「よ、っと。」


 桶に残った水を井戸に戻したハヤトは、栗色の髪の幼女が待つベッドに戻るべく踵を返し……。


「ん?」


 ふと、どこからか音を聞きつけた。火花が散るような、鋭く激しい音を。


「……一応、ね。」


 黒い髪の少年は音が聞こえてきたと思しき方向へつま先を向けた。


 足元に気を遣りつつ月明かりに照らされた石造りの建物に沿って歩いていき、とある角を曲がった先。土が剥き出しのスペースが例の音の発生源だと突き止めることができた。


「ふっ、くう……っ!」


 そして同時にブロンドの髪の美少年が独り、蒼い電閃に包まれている姿を発見した。


「ルイナーク……。」


 しばらく物陰から小柄な彼を観察したハヤトは、やはり、と内心で頷く。


 彼は先ほどから長身剣を正面に構えながら、「雷の加護」の力を発揮しつづけている。蒼い電閃は全身を這ったり長身剣の先端まで走ったりして位置も大きさも安定せず、本人は蒼い電閃が位置を変える度に苦悶の表情をさらに険しくする。


 感情が昂ることで強まると思われる、加護の力。ルイナークはその制御にかなり苦戦しているようだ。きっと毎晩、こうして一人で練習しているのだろうが。


 彼は剣術も身のこなしも光る物を持っている。しかし加護の扱いが未熟では、性質をよく知る者と相対した時に不利をこうむってしまう。命を賭けた戦場ならば、おぞましい結末を迎えることになるだろう。


 助けに、なってやりたい。傲慢かもしれないけれど。


 しかし武具の加護も属性の加護も持っていない自分では、どうして彼の助けになれようか。せめて知識だけでも分けてやりたいが、彼が自分からの教えを素直に受け取ってくれるだろうか。


 しかしハヤトは、いや、とかぶりを振った。


 自分は間違いなく助けになってやれる。ただ、その手段に自分自身が直接的に関与しなければならない道理は無い。


 なぜなら自分には頼りになる「仲間」がいるのだから。


「……一緒に頑張ろう、ルイナーク。」


 本人に届くはずのない、小さな声。絶対に伝えたい、確かな思い。


 黒い髪の少年は仄暗い黒に染まった瞳を煌めかせながら、孤独に輝く藍宝石(アウイナイト)の奥に秘められた可能性の蕾を開かせる「策」を練るのだった。


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