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101:新たな情報

 

 リオンとハルハルを壁の外に送り出してから九日が経った日の、夜明け直前。カルリスティアと寄り添って眠っていたハヤトは勝手口から聞こえてくる物音に気がついて、右腕を握っている細く白い手を丁寧に動かした。


 のっそりと起き上がったハヤトは、トリカブトの剣を左手に携えて勝手口のすぐ近くまでやってきた。扉に耳を当てて様子を窺うと、二人分の気配を感じ取れる。

 陽も出ていないこの時間に訪ねてくる人物は、ちょうど二人しか思い当たらない。


「リオン?」

「ああ。」


 扉の向こうから返ってくる、よく聞き慣れたやさぐれボイス。

 勝手口を開けた先には頭巾を被った女と栗色の髪の幼女が、やや険しい表情をして立っていた。


「おかえり、二人とも。」

「ああ。」

「にいちゃんっ!」


 少しやつれた雰囲気のリオンはハヤトを押し退けて中へ入っていき、相変わらず元気いっぱいなハルハルはハヤトの腹に思い切り飛びついてくる。

 小さな体をしっかりと抱えて居間に戻ったハヤトは暖炉に火を入れてから、桶で汲んできた水を火にかけた。


「何か食べる?」

「ああ、頼む。」

「ボクもお腹空いちゃったぁ。」


 丸椅子に腰を落ち着けてくつろいでいる二人に、まずは軽く温めた水と布切れを渡してやる。二人はすぐにブーツや靴を脱ぎ、衣の袖や裾もたくしあげて湿らせた布切れで素肌を拭う。


 ようやく穏やかな表情を取り戻したリオンとハルハルに、ハヤトが暖炉に腹を向けながら見遣る。


「そっちはどうだった?」


 問いかけられた二人は揃って、したり顔で少年の横顔を見つめていた。





 端的に言うと、リオンとハルハルは「碧い刃」への潜入に成功した。


 キハロイの東に広がるあばら家の群れ。そこで乞食たちの中から人手を募っていた男と接触したリオンとハルハルは、北へ行った所にある朽ちた砦まで連れていかれたらしい。


 砦へ続く道は荒れ果てた頼りないものが一つだけ。しかし砦の内部や地下に大量の食料や装備品を貯蔵しており、物資はそれなりに充実しているそうだ。天幕をいくつも張るほどに居住区が不足しているらしい。


 そして、砦を占拠していた集団の中で三人だけ、常に緑色の布切れを腕に巻いている人物がいたという。


「そいつらが連中の幹部だ。(かしら)はズスリスっつういけ好かねぇ野郎で、カネ稼ぎ担当。参謀はコイレって腕の立つ元傭兵で、人集め担当。略奪隊を率いてるフルシアっつうキーエ人の女は……まあ、そのまんま()()を指揮してる。」


 リーダーのズスリス、参謀を務めるコイレ、実動部隊の隊長フルシア。この三人を幹部としている組織こそが……。


「それが、碧い刃。」

「つうこった。」


 三人の幹部が率いる「碧い刃」。ハアースでの経験からして、なかなかに手ごわそうだ。

 暖炉と豆が浮かぶスープで体を温めながらリオンからの報告を聞いたハヤトは、ため息を一つだけ吐き出す。だがリオンはまったく構わずに話を続ける。


「規模は七十といくらかってとこだが、まだデカくなるつもりだ。流れの傭兵までかき集めてやがる。」


 リオンが率いていた盗賊集団が三百を下らない規模だったことを考えても、安定した基盤がないごろつき集団にしては大きな組織のように思える。


「意外と大きいね。」

「たまにどっかから食いモンやらなんやらをまとめて()()してくるらしい。ま、にしちゃあデカいわな。」


 話しぶりからして、おそらく略奪以外に物資を補給する手段を持っているようだ。


「物資の供給源はわかった?」


 ハヤトが問うと、ハルハルが「はーい!」と勢いよく手を挙げる。


「なんかね、どっかにたっくさん丸太を持ってって食べ物とかに交換してるんだって。」

「勝手に切ってるっぽい木材のこと?」

「ああ。北ぁ行ったトコに、丸太を欲しがってる連中がいるんだと。」


 リオンは木のスプーンを宙に振りつつスープから顔を上げ、「へっ。」と鼻で笑う。


「あいつら、だいぶ前から旨い事業(シノギ)やってるみてぇだぞ。」

「他にも何かあるの?」

「ああ。モノ好きに女の奴隷あてがうだの、傭兵団作ってカネ稼ぐだの、隊商から掠めたモンで行商するだのってな。しかもイリー公国じゃあ、貴族のガキ攫って身代金をたんまりふんだくったって自慢してやがったぜ。」


 森林の違法伐採、商人から奪った品で商売、傭兵団を結成してカネ稼ぎ、奴隷を利用したあくどい商売。そして貴族の子女を相手に身代金目的の拉致行為。「碧い刃」はかなり幅広い手段で資金調達を行っているということか。


 そういえば、とハヤトは内心で唸る。リオンたちがどのような事業でカネを集めていたのかを訊いたことがなかった。


「リオンたちはどうしてたの?」

「似たようなモンだ。」


 と、赤毛の女はスープを啜りながら言ってのける。


「……貴族には手、出してないよね。」

「ッたりめぇだろ。」


 牙のような八重歯を剥いて、「そりゃ命知らずっつうんだ。」と眉を寄せている。


 しかし「碧い刃」という組織は、命知らずの行為すらやってのけて存続している。証拠を残さずにやっているのか、よほど上手く交渉しているのかはわからない。


 問題なのは七十を超す構成員、ネイル工房製の装備、余裕ある物資、集めた資金を投じて「どこ」を目指しているのか。


「あいつらの目的は、なんだと思う?」


 仄暗い黒に染まった瞳に射抜かれた赤毛の女は、豆と根菜を一口で飲み干してから深みのある赤褐色の瞳で睨み返す。不敵な笑みをうっすらと浮かべて。


「思うもなにも、もう()()()()ぜ。」


 見てきた、とは。いったいどういう意味か。


「どういうこと?」

「なーんか企ててるらしくってさぁ、チビと交代であちこち漁ってみたわけだ。したらよ……。」

「はい!これね!」


 ハルハルはどこからか取り出した植物紙の巻物を、食卓の上に広げてみせる。


「几帳面な連中で助かったっちゃあ助かったがな。かぁなり危ねぇ橋、渡ってきたんだからな。」

「がんばって写してきたんだよっ!」

「これって……。」


 粗い目をした植物紙に殴り書かれていたのは、キハロイを()()()()()()()()()()()ための計画__「碧き衝撃作戦」についてだった。


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